第26話 地面に生えるの好きですね
「――うおっらあァァァ! 死ねやあァァァ!」
ひいいっ! 駄目だ。なんとか食い止めようと立ち向かったりしたら、絶対に殺される!
残された手段はただひとつ!
「おい! そこの自転車アクダマン!」
俺が話しかけると、正気に戻ったように奴は「え?」とハンドルを上げた。
「このままじゃ、濡れ衣を着させられるぞ。お前は平和を愛していたんじゃないのか!」
「は、はあ、それはそうなのですが……」
「だったら! さっさとこの牝妖精の中に入れ! こんな狂ったのを野放しにしていたら、平和な世界なんて夢のまた夢だぞ!」
「た、確かに!」
どうやら納得してくれたようだ。本当に平和を愛する者であれば、狂戦士も同然になっているコリーを放置などできはしない。
「なんて卑怯な牡なの! 敵に助力を求めるなんて、恥を知りなさい! よってアンタは死刑! 執行役はアタシよ! うおらあァァァ!」
かつて妻だった頃のおしとやかさなど、砂粒ほども残っていない。悪鬼羅刹ですら怯えるくらいの殺気を放ち、文字どおり狂ったように包丁を振り回す。
完全に目がイってやがるじゃねえか。金ってのは人間だけじゃなく、妖精ですらもここまで変えてしまうのか!
……ん? てことは平和を阻害してる一番の害悪は金ってことにならねえか?
いっそ金をなくせばいいんだよ! ま、こんな提案したら、怒りの炎を燃やすヒトヅウーマンと狂戦士に殺されるだろうけどな。
「地球の平和を守るため、コリーさんでしたね。貴女は私が食い止めます!」
「あぁ!?」
「……く、食い止めさせてもらえませんでしょうか?」
おい、侵略者。俺の元クソ嫁にひと睨みされただけで、卑屈になってんじゃねえよ。もっと侵略者らしい威厳みたいなのを見せてくれよ。
「怯えるんじゃない! お前は誇り高きアクダマンだろ。妖精の牝に後れを取らないはずだ!」
「不思議な展開ね。さっきまで倒そうとしてた敵を励ましてるわ。昨日の敵は今日の友ってやつね。熱血だわ。それにしても喉が渇いたわね。温かい緑茶が飲みたいわ」
お前ひとり平和そうだな、ヒトヅウーマンさんよ。できれば後頭部をどついてやりたいが、この状況で敵が増えるのは望ましくない。勘弁してやるから、感謝するんだな!
怒りの言葉が口に出ないよう気をつけて頭の中で連発したあと、執拗に繰り出される包丁をかわす。コリーの奴、確実に俺の急所を狙ってきやがる。慈悲も情もない一撃を見舞われるたび、冷や汗が全身から噴き出してきやがるぜ。
「そうでした。私はアクダマンと呼ばれる存在で、地球を平和へ導く者! この程度で臆してなどいられません!」
「だったらテメエから死ぬか、ゴラァ!」
「私はアクダマンと呼ばれる存在で、地球を平和へ導く者……ですが、戦いは嫌いなのでした。愉快愉快」
「愉快じゃねえんだよ、このヘタレが! 戦えねえんなら、そこで黄金でも吐き出してやがれ!」
それなら可能ですと、安堵したように黄金を吐き出すからたちが悪い。嫌味も皮肉も通じなくなるほど、コリーが恐ろしいということにもなる。
そして俺は、元夫だったにもかかわらず、そのコリーに絶賛追われ中だ。捕まれば殺されるという罰ゲーム付きでな!
役に立たないヒトヅウーマンとアクダマンを呪っていたが、お茶を欲しがってるアホ翔子はともかく、アクダマンに黄金を吐かせたのはどうやら正解だったようだ。
次々と量産される黄金たちに、欲望の化身にしか思えないコリーが視線を奪われ始める。そうか。金に目がないんだったら、それを利用すりゃいいんじゃねえか。
とはいえ、相手はコリーだ。普通なら六億より黄金の価値が高まればそちらを選ぶが、奴だけは両方奪おうとする。簡単には取引には応じないだろう。
だが、一時的に和解することは可能だ。とにかく今は時間を稼ぎ、その間に有効な解決策を考えるんだ。
「待て、コリー。俺も六億の借金を背負った。それについてはもう返さなくてもいい。その代わり、今だけ手を組まないか!」
「どういうことよ」
よし、乗ってきやがった。俺への愛情はないが、金への執着は凄まじいだけあるぜ。なんだか悲しくなってきたが、この際、気にしないようにしておこう。
「一緒にあのアクダマンに金を吐かせるんだ。お前は俺を殺してから奪えばいいと考えてるかもしれないが、時間が経過するほど他の誰かに奪われるリスクは高まるぞ。そして俺も簡単に殺されてやるわけにはいかん。お前が俺の案に応じてくれるなら、警察へ突き出したりもしない。どうだ!」
「納得はできないけど、渋々応じてあげるわ。あの黄金をひと欠片たりとも、誰かに渡したくはないしね」
「お前ならそう言ってくれると思ったぜ。しかし、どうしてそんなに金が必要なんだ。まさか身内が難病に倒れ、多額の治療費がかかるとかが理由なのか?」
「え? お金が好きなだけよ。他に理由があるの?」
俺の前ですっかり本性を見せたからか、前みたいな良妻を演じたりはしない。まあ、今さらだしな。
「じゃあ、とにかくアクダマンのところへ行くぞ」
「ええ、そうね」
応じてもらえたと安心し、俺が背中を見せた瞬間だった。
「隙ありっ! よっしゃ! タマ取ったぁ!」
直前まで消していた殺気を、コリーの奴が猛烈に復活させやがった。提案を承諾するふりをして、俺の殺害機会を狙っていただけだったのかよ!
こいつはマズいと思った直後、何者かが横からコリーを攻撃した。
「何してんのよ。上司の貴方が殺されたら、私の責任問題になるかもしれないじゃない。まだ一度も給料を貰ってないんだし、困るわよ」
フンと鼻を鳴らしたものの、翔子が助けてくれたのは事実だった。死を覚悟しただけに、嬉しいサプライズだよ、こんちくしょう!
「じょうぎょおぉぉぉ!」
「ちょっ!? 鼻水垂らして抱きつこうとしないでよ!」
喜びと感謝を全身で表現しようとしただけなのに、おもいきり叩かれてしまった。普通の人間の腕力では不可能な一撃に、またもや妖精ミサイルよろしく、頭から地面に突き刺さるはめになる。
さすがヒトヅウーマン。こちらの予想を上回る攻撃力だぜ。
「貴方、地面に生えるの好きですね。大地と結婚でもしたらどうですか」
コリーの迫力にビビることしかできなかったチャリ野郎に、ここまで言われるとはな。屈辱、ウメボシ屈辱! ってこれじゃ、翔子の物真似じゃねえか!
よっこいせと地面から上半身を引き抜くと、すぐ側には怒り全開のコリーが立っていた。
「人間の牝を手懐けるとは、クサレ元亭主の分際でやるじゃない。ご褒美にアンタの死後、妖精界中に言いふらしてあげるわ」
それはご褒美じゃなくて、お仕置きだろ。そんなツッコミも通用しそうにないほど、コリーは激怒中だ。憎しみの視線は俺にだけでなく、翔子にも向けられている。
「アンタにもアタシの包丁をご馳走してあげるわ。クソビッチにはお似合いでしょ」
「ええ、そうね。でもホスト狂いの牝豚にも相応しいと思うわよ」
正面からバチバチと視線をぶつけ合うコリーと翔子。体のサイズ差があっても互角に見えるのは、尋常じゃないコリーの気迫の影響か。俺が翔子を手助けしても、簡単に倒せるとは思えない。
これじゃ、ラスボスみてえじゃねえか。本来の敵であるはずのアクダマンはどうした!




