第25話 体が勝手に動くのよ
「わかったわかった。言い訳は、妖精界に帰ってからやってくれ。すぐエダマメに連絡して、お前を連行していってもらうからよ」
「アタシ、信じてる。貴方はアタシを愛してくれていた。だから、警察なんかに突き出したりしないって!」
「はいはい。寝言は刑務所のベッドで好きなだけ言っててくれ」
「この鬼、悪魔! 後悔するわよ!」
「するわけねえだろうが。あ、おい。そういや、お前がさっき持って行った黄金はどこにあるんだ」
翔子の話では、風呂敷に包んで持ち去ったという話だった。例のポケット部分には入りきらないだろうし、どこかに隠してあるのは間違いない。
「その話、私も興味があるわ」
言ったのは翔子だ。ぶんどっていた自転車のカゴに、これでもかというくらい黄金を詰め込み中の。
まだ欲しいのか、お前は。女ってやつはどいつもこいつも強欲だ。男ってやつは、どいつもこいつもスケベだがな!
「アンタは誰? はっ、さては夫の愛人ね。キーっ! アタシに離婚届を突きつけたのは、この女のせいだったのね!」
現実を捻じ曲げてでも、すべてを俺のせいにするつもりか。ヒステリックを演じてるだけで、裏ではしっかり計算し尽くしてるようなタイプだけにたちが悪い。
今回もまた投げやりな態度をとっていたら、知らない間に全責任をなすりつけられかねない。俺に六億の借金を背負わせたのは、この牝なんだからな。
「愛人じゃねえし、そもそも郵送で離婚届を提出しやがったのはお前だろ」
「言い訳なんて聞きたくないわ! 慰謝料として六億円を請求します!」
そうきたか。だが、計算高い女にしては、ずいぶんとアホな手を使ってきたな。俺が頷くわけねえだろ。
ん? 何だ、こいつ。俺じゃないところをじーっと見てやがるぞ。一体どうしたっていうんだ。
コリーの視線を追っていく。辿り着いたのは、黄金を詰め込んだカゴを両手で抱え、幸せそうにしている翔子だった。
「請求できないとでも思ってるの? 甘いわね、五分五分よ。どうなの!?」
俺に問いかけてるようで違う。コリーの狙いは翔子だ。すぐにわかった。元クソ嫁は、取引をもちかけてやがる。
五分五分ってのは、口裏を合わせたら慰謝料を山分けにするって意味だ。これはかなりマズいぞ。金にガメつい牝と女だけに、手を組む可能性はかなり高い。
女同士の結託を甘くみちゃいけない。元人間なだけに、前世でも数多く俺は犠牲になってきた。おかげで引きこもりになったわけじゃないが、思い出すのもごめんだ。
「慰謝料の請求なんて、できるわけないでしょ」
おおっ! マジか、翔子。俺はお前を信じてたぞ。ドキドキしながら注目していた翔子が、唇を動かしてそう言ってくれた瞬間に、俺は狂喜乱舞しそうになった。
てっきりコリーの誘いに応じ、俺を奈落の底へ叩き落とすとばかり思ってたぜ。人間って成長するんだな。へへ。目から汗が出てきそうだぜ。
「貴女、まさか本気でこの牡を……!?」
驚愕に目を見開くコリー。なんだか昼ドラっぽくなってきたな。密かに好みの展開だったりするのは内緒だ。
「冗談はやめて。私は結婚しているの」
「じゃあ、アタシの言葉を理解できていないのね」
「いいえ、きちんと理解しているわ。その上で乗らなかったのよ」
睨み合う女と牝。ますます、生憎ドロドロなドラマのようだ。主人公は俺だとすると、取り合いをされている最中なのか!?
……幻想だとわかっていても、そんな想像をしたくなるのは男の、牡の性だよな。おっと。また目から汗が流れてきそうだ。
「だって貴女、山分けするとか言っておいて、人を利用するだけしたら約束守らずにいなくなるタイプじゃない」
少し前なら何だって!? と翔子の指摘に驚いていたところだが、六億の借金を背負わされた今では、心の底からそのとおりと賛同できる。あの牝は、明らかに翔子よりもたちが悪い。
「酷いわ。アタシはただ素直なだけよ。自分の心にね。そう、純真なの」
「金に純真だから人を騙すって最悪じゃねえか」
「言い訳は聞きたくないわ!」
「何で!?」
ツッコミに意味不明な返しをされたところで、ついついコリーの肩を掴んでいた俺の手が緩んでしまった。
ヤバイと思った時にはもう遅く、コリーは素早く俺から離れていた。
このままでは逃がしてしまう。すかさず飛んで追いかけるも、途中で何故かコリーは反転してきた。
諦めて俺に金を戻してくれる気になったのか。そう考えるのは非常に甘すぎた。
「死ねェ!」
物騒な台詞と共に、どこから取り出したのか切れ味鋭そうな包丁を両手に持って突っ込んでくる。
「うわっ! こ、殺す気か!」
なんとか体勢を変えて回避する。怒りの台詞をコリーへぶつけたのに、元クソ嫁はあろうことかニタリと笑いやがった。
「ごめんなさい、あなた。離婚したとはいえ、一度は夫婦になった関係。アタシにあなたをどうこうするつもりはないの。でも! 体が勝手に動くのよ! アクダマンに操られているせいで!」
「え?」
誰より先に、間の抜けた声を出したのは自転車アクダマンだった。どうやら奴は濡れ衣を着せられたみたいだな。とんでもなく分厚いのを。
「アタシのせいじゃないわ。すべてはアクダマンの責任なの。だから死ねや、オラァ!」
「口調まで変わってんじゃねえか! うおおっ! 本気で殺そうとするか、普通!」
「だからアクダマンのせいだっつってんだろうが! さっさと往生せえやァ!」
包丁の刃よりもギラギラに光らせた目で、コリーがどこまでも俺を追ってくる。
「俺を殺したら、牢屋で一生過ごすはめになるぞ」
「同じことを何度も言わせんな! アクダマンのせいなんだよ! ついでにアンタの生命保険の受取はアタシだから、遠慮なく逝ってらっしゃい!」
「それ、絶対漢字違うだろ! くおおっ! 危ねえ!」
顔面すれすれのところを、包丁が通過する。かろうじて回避できているが、このままではコリーの手にかかって亡き者にされるのは時間の問題だ。
なんとかするためには奴に頼るしかない。そう! 正義の味方のヒトヅウーマンに!
「がんばれー」
ああっ! あの女! 苦労する俺を地面で正座しながら、生暖かい目で見てやがる。応援の台詞を口にしてこそいたが、完全な傍観者だ。薄情者め!
頼りにしていたヒトヅウーマンは、どうやら役立ちそうにない。こうなったら、俺自身の力でコリーを――。




