第23話 再会
地面に激突するのだけは耐えたが、結構なダメージだ。俺の怪我って基本、敵より翔子の奴にやられたものばっかじゃねえか。
「どのような存在であったとしても、一番大切なのは信念よ。目先の欲望に支配されちゃ駄目! 気をしっかり持って! 私たちは相棒じゃない!」
「なんだか腑に落ちない点もあるが、とりあえずはお前の言うとおりだと納得しといてやるよ。確かに、たくさんの人間が住んでいる地球を、アクダマンどもに売り渡すわけにはいかねえからな」
「そのとおりよ。わかってくれて嬉しいわ」
そうさ。寝返ろうとしていた俺がアホだったんだ。気付かせてくれた翔子に感謝しよう。必死になって地面に落ちている金を、拾い集めてやがるけどな」
「……てめえは何をやってんだ、おい」
「ちょっと待ってて! 今、忙しいから!」
「だろうな。金から離れた俺を尻目に、地面で四つん這いになって、両手で金を掻き集めてる最中だもんな。てめえ、本気でクソッタレだな」
「心配しないで。私はいい大人よ、漏らしたりしないわ」
「そういうことを言ってるんじゃねえんだよ!」
今度は俺が爆発する番だな。遠慮はしねえぞ、この野郎。翔子の奴、平手打ちまで食らわせてくれやがったのに、当の自分が一番金に興味津々だったんじゃねえか。
「お前、直前まで俺に色々言ってやがったじゃねえか。なのにその有様は何だ、こら!」
「怒鳴らなくても聞こえます。心穏やかにならなければ、幸せはやってきませんよ。うふ」
「うふ、じゃねえよ! どこかの指導者か、お前は。とりあえず、金を拾うのをやめろ!」
「どうして?」
この女、目が本気じゃねえか。さっきの今で、真面目に何でかわからないって顔ができるか、普通。
「お前がついさっき、俺に命より重いものはねえみたいな発言をしてたんじゃねえか」
「そうよ」
今度はあっさり認めやがった。こいつの脳構造はどうなってやがんだ。別に見たくもねえけどよ。
「じゃあ何で、必死になって金を漁ってやがるんだよ。信念はどうした信念は!」
「心外! 翔子、心外!」
またそれかよ。両手いっぱいに金を抱えたアホ女に、怒鳴られても一切怖くねえけどよ。
「私は、貴方とは違う。これこそが信念なの。この金があれば、世界中で苦しんでる子供たちを数多く助けられる。そのためなら私はどのような汚名を着せられようとも構わないわ!」
台詞だけ聞けば、立派にも思えるんだがな。俺の視界には、四つん這いのまま目を血走らせて金を抱えてる女しかいねえからな。どうにも素直に受け取れねえ……っていうか、また上手く誤魔化そうとしてるだけじゃねえか。
「なるほど、そいつは素晴らしい考えだ。じゃあ、相棒の俺が寄付する場所を用意してやる。これも一種の共同作業だな」
少しはうろたえるだろうと思いきや、何をとち狂ったのか、またしても翔子は俺に向かって手を振り上げた。
――って、ちょっと待て。お前、手に硬い金を握ってるよな。その状態で俺を殴るつもりか!? う、嘘だろ。お、おい!
「うぎゃあぁぁぁ!!!」
断末魔の叫び。言葉自体はよく聞くが、よもや俺自身がこのタイミングで放つことになるとは夢にも思っていなかった。
地面にボトリと落ちた俺が手足をヒクつかせるなか、明らかな殺意を抱いていたであろうクソ女が涙ながらに口を開く。
「大金を子供たちが見たら、どうするの! 輝きに目が眩んで、将来を見失ってしまうかもしれないでしょ! だからこそ、その時が来るまで誰かが保管しておかなければならないのよ! とても辛い役目だわ! でも! 私は背負ってみせる! 世界中のかわいそうな子供たちのためにも!」
「こっちにデカい尻を向けながら言われても、何の説得力もねえんだよ!」
頭がクラクラする中で、なんとか立ち上がる。血が出てねえだけ、マシか。クソ女め、手加減なしで俺の頭をぶっ叩きやがって。もう許さねえぞ。
とはいえ、何を言っても金に目が眩んだアホ女には届かねえだろう。いい方法ないのか。誰でもいい。あるなら、俺に教えてくれ!
心の中で願ったその時だった。
「ひゃっほー。なんだかよくわからないけど、たくさんの金が落ちてるわ。アタシってばラッキー!」
どこからともなく現れた羽の生えた猫が、地面にまだ落ちていた金に向かってダイブした。周囲の光景など目に入らないとばかりに、抱きついた黄金に頬擦りする。涎まで垂らす姿は、まさに無様そのものだ。
「本物よ! 本物の金だわ! 一体いくらになるのかしら。こうしちゃいられない。すぐに監禁してくれるところに電話しないと……!」
瞳を金より輝かせる猫の有様に、側で四つん這いになっていた翔子が真顔に戻る。
「……私、こんなだったの?」
「ようやく自分の醜態に気づいたか」
人の振り見て我が振り直せという言葉もあるが、自分を見失っていた翔子にここまで効果を発揮してくれるとはな。
さっきまでの姿が翔子の本性だと思っていたが、どうやらまだ人として守るべき最後の一線は越えてなかったみたいだな。
それに比べて、どこからともなく現れたあの空飛ぶ猫は最悪だな。ん? 空飛ぶ猫? それって俺と同じじゃねえか。つまりは妖精だよな。何でこんなところにいやがる!
あの翔子にドン引きされるほどの勢いで金を漁る猫を、じっくり観察してみる。するとどうだ。どこかで見たような気がしてくるじゃねえか。
ははは。見たことがあるような、じゃねえよ。俺のよく知ってる奴じゃねえか。あの顔は忘れもしねえぞ、この野郎。
「てめえ、コリーじゃねえか! ここで会ったが百年目だ。覚悟してもらうぜ!」
指差しただけじゃなく、怒鳴るように言ってやったのに、あのクソ牝、こっちを見もしやがらねえ。勝手に六億の借金を背負わせやがったくせに、いい度胸じゃねえか。
「無視してんじゃねえよ。そこだよ、そこのお前だよ!」
「あら。アタシの他の誰かいるのかしら?」
「わざとらしく明後日の方を向いて、きょろきょろしてんじゃねえよ! 名前もきっちり呼んでやったろうが! 元嫁のコリーさんよ! まだ書類提出してねえから、正確には夫婦のままだけどな」
「え!? まだ提出してないの? アホね。早くしないと、取り返しがつかないことになるわよ。アタシは別に構わないけど」
何をしれっと言ってやがんだ。ふざけんなと怒鳴ってやりたいところだが、その前に書類だけは提出しておこう。




