第22話 黄金
正面からストレートに説得したところで、でもとか言いだすのがオチだ。この女は筋金入りのアホだからな。だが俺だってボーっとしてたわけじゃねえ。翔子を動かすための秘策は当然ある。
「いいのか? あの自転車、真っ先にお前を断崖絶壁と言ったんだぞ。ここで始末しとかねえと、仲間連中に言いふらしたりするんじゃねえか? そしたらお前は、あっという間に断崖絶壁ヒトヅウーマンとして認識されるな」
「なっ――!? 大概にしてくださいよ! 貴方は好き勝手言いすぎです! こうなったらまだ成功した経験はありませんが、貴方の中にお邪魔させてもらいます! 教育のために!」
「おうおう、ずいぶんと立派な発言だな。教育のためってのを理由にしたら、何でも許されると思ってやがんのか。冗談じゃねえよ。確かに褒められたもんじゃねえかもしれねえが、こうした面だって俺という存在の個性なんだよ。それを否定するってんなら、俺もお前を否定させてもらうぜ!」
「うわっ、なんだか恰好いい、それ。貰っていい?」
「ああ、いいよ。好きなだけ貰っていいから、さっさと自転車アクダマンを倒してくれ。ヒトヅウーマンとしてな!」
今度はもう嫌そうにしない。俺の指示に従い、レオタード姿の翔子は真っ直ぐに自転車アクダマンを見る。
「そういうわけだから、倒させてもらうわ。この不景気で、愛する旦那様の務める会社の業績も下がってるみたいだし、良き妻としてサポートしないとね!」
人差し指を突き出し、ビシっと決めて退治を通告するヒトヅウーマン。
事情を知ってる俺からすれば格好よく見えなくもないが、傍目から見たらただの変な女だ。
いい歳しながら公園でレオタード姿になり、目の前の自転車に向かって何事か叫んでるんだからな。偶然に出会っていたら、間違いなく近づきたくない人種第一位だ。
ついでにその自転車からも足が生えたりしていて、尋常じゃないくらい気持ち悪いしな。
「な、なんということでしょう。どうして私たちの理想を理解してくれないのですか。平和を愛する心は同じはずなのに……!」
「そうかもしれないけど、方法が違うのよ。それに……言葉だけでは決して人は幸せになれないわ」
翔子も、もっともなことを言ってる感じだが、頭の中にあるのは金のことだけだ。開けて中身を確認するのは不可能だが、断言できる。たった数時間の付き合いでも、濃すぎる性格の大半は把握済みだ。逆も言えるかもしれないが。
「種族の差……かもしれませんね。私たちはあくまでも話し合いで解決したいと思っていますが、そちらにその気がない以上、仕方ありません」
ついに実力行使をする気になったか。平和だ何だと言ってないで、最初から悪役らしく、そうしてりゃよかったんだよ。
「これでどうでしょうか。私たちの星では価値がないのですが、地球では違うと聞きました」
まるで唾でも吐く感じで、奴が口から出したのは金色に光り輝く小さな石みたいなものだった。
おいおい、まさかこれは。いやいや、ありえねえだろ。しかし……どう見ても黄金、だよな。
ごくりと。すぐ側で生唾を飲み込む音が聞こえた。やっぱり翔子も、自転車野郎が吐き出したのを純金だと判断したみたいだな。
これでもかというくらい光り輝く黄金に、俺と翔子はしばし無言で金の塊を凝視する。
チッ。さっきから口の中に唾が溜まりやがるぜ。こ、これは罠だ。俺たちを油断させるためのな。だってそうだろ。どこの世界に、黄金を吐き出す自転車がいるんだよ。
「こ、こんな幻で騙せると思うなよ。俺は……俺たちは! こんなに安くない!」
「では追加させていただきます」
ぺっぺっという不快な音の次に、ごろごろという実に魅力的が音が聞こえてくる。
次から次に自転車アクダマンが金を吐き出しているのだ。冗談だろ、こいつ。どういう仕組みだ。どうなってやがんだ!?
「不思議そうな顔ですね。簡単な話です。貴方たちの星では価値ある物かもしれませんが、私たちの星では違うのです。ごくごくありふれたもので……そうですね、この星でいうところの石ころに近いですね」
「い、石ころ!? き、金が……」
声が裏返ってるぞ、翔子。情けない女だな。こんなあからさま手に惑わされやがって。恥を知りやがれ!
「ちょっと! 貴方、どこへ行くのよ!」
「散歩だ。気にすんな!」
「気にするわよ! 真っ直ぐにアクダマンの方へ向かってるじゃない! 小さい体で金を運ぼうとしてるし!」
チッ、バレやがったか。ま、大っぴらに行動してるから、当たり前なんだがな。よいしょっと。む! これは!
「おい! 大変だ!」
「やっぱり偽物だったのね!」
「いや、金って意外に重いぞ!」
「あ、そう……」
くっ、あの女。なんて目で見やがる。これじゃまるで、俺がゲス中のゲスみたいじゃねえか。
「遠慮しなくていいのですよ。お好きなだけ持って帰ってください。足りなければ、どんどん追加しますよ。こんなこともあろうかと、本星からたくさん持ってきていたのです」
「お前、俺をコケにしてやがるのか! 敵からの施しなど受けるものか! ちくしょう! 持ちきれねえぜ!」
「……たっぷり受け取ってんじゃないの。駄目妖精」
翔子の指摘は、氷よりも冷たかった。全身が凍えるかと思ったぜ。
「仕方ねえだろ。俺には借金があるんだよ! 元嫁に背負わされた六億円がな! まったく無駄遣いもしてねえのに、理不尽だとは思わねえか!」
「思うけど、それとこれとは話が別でしょ。金が命より重いなんてことは、あってはいけないのよ!」
むぐう! きたぜ。ズキューンと俺の胸を貫いたぜ。なんて鋭いひと言なんだ。
目が覚めたぜ。今は妖精でも、俺は元人間。地球に生まれ育ち、少なくない喜びを与えてもらってたじゃねえか。その恩を返さず、侵略しようとする連中になびこうとするなんて最低だ!
だが……だが! 少しだけ待ってくれ!
「そういうお前も、給料を貰えるようになるまで、ヒトヅウーマンとして戦うのを拒否してたじゃねえか。挙句についさっきだって、俺からブローチを奪われるのが嫌で変身もしやがったろ。全部地球のためってより、金のためじゃねえか」
「心外! 翔子、心外!」
誰だよ、お前。急に変なキャラを混ぜるんじゃねえよ。
「私はあくまで貴方たちが本気かを見定めようとしただけ。だってそうでしょう。地球を救うと言っておきながらも、貴方たちは妖精。極端な言い方をすれば他人事よ。不安を解消するためにも、共通意識を持ってほしかったの。確かに表面上はお金を欲しただけかもしれない。けれど考えてみて。お金を出すことによって、私たちは共同でひとつの取り組みを行うことになった。いわば、本物の同士になったのよ!」
そうか! ……そうか?
「お前が意地汚いのを、上手く誤魔化そうとしてるだけじゃ……」
「バカっ! まだわからないの!」
彼氏と喧嘩中の彼女よろしく、翔子が俺を平手打ちしてきた。人間よりずっと小さく、体重も軽いだけに楽々と吹き飛ばされる。おかげでせっかく抱いていた金が落ちてしまったじゃねえか。痛えし。




