第18話 衣服にたくさん詰まってる
「わかったよ、じゃあ勝手にしろよ。俺は帰るからよ。まだ変身してなくてよかったぜ。さっさとブローチを返せ。また地道に候補者を探すからよ。考えてみりゃ、最初から給料を払う形で募集すりゃよかったんだ。処女で結婚した女が仕事と割り切って、応募してきてくれるだろうしな。そうと決まれば、グズグズしていられねえ。妖精界側に許可も取らなきゃいけねえし、忙しくなる」
「とうっ」
「あっ! 何しやがる」
人が――今は妖精だが、せっかく良案を思いついたってのに、翔子の奴、いきなり変身しやがった。
高く掲げられたブローチがまばゆく光り、翔子の全身を包み込んで――。
「――ブッ!」
たまらす、俺は吹き出した。お約束なのかもしれないが、目もくらみそうな光の中、変身しようとする翔子の服が綺麗に消滅したからだ。光のせいで事細かくは見えなくとも、ボディラインなどはきっちり確認できる。
変身中も意識はあるらしく、俺と目が合った翔子が自身の状況に気づく。
「こっち見てんじゃないわよぉぉぉ!」
変身が終わるまでおよそ三秒から五秒程度だったろうか。普段ならあっという間なのに、何故か今回は永遠にも等しいくらい長く感じた。要するに、ばっちりと翔子の裸体を鑑賞できたのである。
「ナイスおっぱい」
サムズアップして褒めてやったのに、空を舞う俺の脳天に翔子は怒りのかかと落としを見舞いやがった。
強烈な一撃によって地面に叩き落された俺の後頭部を、なおも正義の味方ヒトヅウーマンとなったはずの女が執拗に踏みつける。
顔面が地面にめり込む。このままでは、地球が俺の墓になっちまう。
転がって振り下ろされ続ける足を回避すると同時に、素早く立ち上がって抗議する。
「何しやがんだ、てめえ!」
「それはこっちの台詞よ、スケベ猫。セクハラだわ。訴えてやる。慰謝料は六億よ!」
「六億の借金ならもう背負ってるよ。それに、変身中どうなるかなんて俺が知るわけねえだろうが! 一回でも変身したらそいつが所有者になって他人に譲渡できねえし、試させたりもできなかったんだからよ!」
俺の反論を聞いた翔子が、ピクンと眉を反応させる。
「ちょっと、エロ猫。今のどういう意味よ。所有者がどうたらと言ったわね」
「おう、言ったぞ。ブローチを使って変身したが最後、所有者と認識されて逃れられないんだ。これでお前は一生ヒトヅウーマンだ。やったな!」
「そうね。死が二人を分かつまでずっと一緒なんてロマンチックね……なんて、言うわけないでしょ! 聞いてないわよ、そんな話!」
「だろうな。俺、言ってねえし。大体、説明したら引き受けてもらえねえだろうが。悪徳な生命保険と同じような勧誘に、お前は引っかかったってわけだな。はっはっは」
「とても素敵な爽やか笑顔じゃない。私、貴方に少なくない殺意を覚えたわ」
怒りでこめかみをヒクつかせる翔子が、右足を高く振り上げる。今一度、俺にかかと落としを食らわせようと企んでるのは想像に難くない。甘く見られたもんだな。この俺が、二度も同じ攻撃を――おおおっ!?
驚愕と共に俺が目を大きく見開いたのは、目の前の光景が原因だ。変身を終えた翔子は角度が結構きわどいレオタード姿になっているのだが、その状態で足を大きく上げたからもう大変。
股を開いたも同然のポーズに、人間だった頃の価値観を引き継いでる俺はノックアウト寸前。かかと落としをかわすのも忘れて、ついつい見入ってしまった。
ちっ、認めたくないもんだな。若さゆえの過ちってやつを。
ニヒルに笑ってみたところで、繰り出されるかかと落としが消えてなくなるわけじゃなく、幸せのあとには代償を求められる。
うごっと悲鳴を上げることもできず、頭にかかとを乗せられた俺は、トンカチで打たれる釘よろしく地面に沈んでいく。
抜群の手応えならぬ足応えがあったはずなのに、何故か翔子は怪訝そうな表情を浮かべた。
俺をここまで痛めつけておいて、どうして不思議がる必要があるんだ。一撃で仕留められなかったのが不満だというのか、サディストめ。
追撃されると痛いので、口に出して文句は言わない。ふっ。俺も大人になったもんだ。
「やけに素直に食らったわね。なんだか気味が悪いわ」
「お前、俺を何だと思ってやがる。反省だってするさ。自分が悪いと感じればな。食らったのは、罪滅ぼしさ。すまなかったな」
「……は? ちょっと蹴りすぎたかしら。貴方、おかしなキャラになってるわよ。まるで悟りでも開いた賢者みたい」
他に言い方はないのかとも思ったが、いちいち反論するのも子供じみている。ここは素直に聞いておいてやろう。
「本当に素直になりましたね。貴女の服装が変わったのと、蹴りを放つ際に股間を凝視してから急に」
さらっと自転車野郎が、余計な発言をしてくれやがった。黙ってりゃ、わからないままだったってのに。
ほら、くだらない台詞のせいで、翔子の顔が五割増しで怖くなってんじゃねえか! これ絶対に、また俺が危害を加えられる展開だろ!
「股間を凝視……って、どういうこと?」
地面にめり込んだままの俺を助けようとするどころか、鼻をつま先で攻撃してくる。この女の辞書に手加減って言葉はねえのか。
「しょうがねえだろ。そんな服装になってんだから!」
「望んで着てるわけじゃないわよ。変身したら勝手にこうなったんだから。いくら私の巨乳が魅力的だからって、強制的に卑猥な衣装を着させるなんてあんまりだわ!」
激昂してんのか、巨乳を自慢してんのかわからない台詞後、改めて俺の顔面をガシガシ蹴りつける。誰か、お願いだから人権派の弁護士を連れてきてくれ。このままでは、本当に殺されかねねえぞ。
「そのレオタードには人間の筋力を上昇させる効果があるみたいですね。同時に高い防御力も備えています。地球にはない技術が、数多く使われていますね。ブローチが肉体と同化し、パワーアップさせるわけですか、実に興味深い」
お前はどこぞの科学者か。そんなツッコミはさておき、俺が上層部から受けたヒトヅウーマンの説明も同様だった。あの自転車野郎は、一見しただけで見抜きやがった。どうやらアクダマンだという話は嘘じゃなさそうだな。
「しかし、ひとつだけ解せない点がありますね。巨乳……?」
首を傾げるようにハンドルを斜めに傾けた自転車が、生えたままの足を使ってヒトヅウーマンとなった翔子に近づく。
「私の目視データには、バストサイズは極小と出ていますが……」
「な、何を言ってんのよ。目がおかしいんじゃないの!? どこからどう見ても、私はEカップの巨乳美人妻じゃない!」
「見た目はそうかもしれませんが、正確には違います。乳房とは違うものが、衣服内にたくさん詰まっていますからね」
にゅるっと。いきなりハンドルが伸びた。足は生足みたいなのを不気味に生やしたくせに、手はハンドルを伸ばして使うのかよ。