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第17話 歩く自転車

 翔子との会話中に、明らかに俺たちのではない声が混じっていた。


 慌てて周囲に視線を飛ばすも、人影は見当たらない。古ぼけた自転車が一台あるだけだ。


 ――ん? 自転車だと? そんなの、さっきまではなかったよな。


「お前、自転車に乗ってたか?」


 翔子に尋ねてみるも、知らないと首を左右に振られる。もちろん、俺のでもない。そもそも飛べるし、この身長じゃ乗れないしな。


 じゃあ、俺の目の前にある自転車は誰のだ。ザ・ママチャリみたいな感じで、どことなく安心感を漂わせる自転車の持ち主はどこにいる。


 探しても見つからない。歌でも歌ってやりたいような気分になる。謎だ。まったくの謎だ。


「一体、この自転車は誰が、どうやってこの場に置いていったんだ」


 しかも、俺たちが気づかないうちに。そんな芸当のできる人間がいるものなのか。


「私ですか? 自分で歩いて来たんです。あそこの茂みから、こうやって」


 自転車の後輪部分から、人間の足みたいなのが二本、にゅっと生えてきた。なるほど。足があるのか。それなら歩いて――。


「――足ィ!? う、うわっ! うわぁ! 何だ、お前! うわっ! 気持ち悪いィィィ!」


 俺が叫ぶのも当然だ。自転車なのにタイヤを使わず、生えた足を器用に動かして歩いてやがるんだぞ!? 驚かない人間がどこにいる!


「何をそんなに驚いてるのよ。自転車なんだから、歩くのは当然でしょ」


「当然じゃねえんだよ! 俺が妖精になって地球に戻ってくるまでの短期間で、自転車がそんな劇的な進化を遂げてたまるか!」


「そうなの? 私はてっきり、大手メーカーが転倒事故をなくすために作った新製品だとばかり思ってたわ」


「こんな不気味なのが、ぞろぞろと街中を走ってたら卒倒するぞ! 心臓の弱い老人はいちころだ!」


「それは困りましたね。ご老人は大切にしなければいけませんし」


 そういう問題じゃねえんだよ。大声でツッコミを入れようとして、俺はようやく足と同レベルの重大な問題に気づく。


 俺の目の前にあるのは、確かに自転車だ。一般的なママチャリだ。


 なのにだ! どうしてこの自転車は、喋っているんだ! しかも落ち着いた渋い声で!


「こ、こここ」


「こけこっこー」


「鶏の鳴き真似をしてえんじゃねえんだよ! お前は少し黙ってろ!」


 翔子を怒鳴りつけてから、改めて自転車を見る。側で鶏みたいに唇を尖らせてる女は無視だ。今はそれどころじゃない。


「どうして自転車が言葉を話すんだよ! 現実じゃありえねえだろ!」


「そう言われましても、口もついてますからね」


 よくよく見ると、サドルの下の部分に小さな口がある。これじゃまるで自転車というより、自転車の形をした人間だ。


 俺が妖精であるみたいに、こいつが地球本来の存在じゃないとしたら……って、おい。推測が正しいとしたら、こいつの正体はひとつしか考えられなくなるぞ。


「お前……アクダマンか!」


 羽で宙を舞い、後方移動して距離を取りながら指を差す。指摘された自転車は慌てるでもなく、あっさりと肯定しやがった。


「私たちが名乗ったわけではないのですが、地球ではよくそう呼ばれますね。総称みたいなものは必要でしょうから、私たちも最近ではなるべくアクダマンと言うようにしています。その方が地球人や妖精の方々にもわかりやすいみたいなので」


 ……何だ、こいつ。地球を侵略したがってる連中の一員ってわりには、やたらとフレンドリーだな。


 まさか、俺を油断させようとしてやがんのか。


 可能性はあるな。見た目はママチャリでも、中身は妖精界の連中も恐れるアクダマンだ。俺の目は簡単に欺けねえぞ!


「俺たちにこっそり近づいてくるとはいい度胸だ。不意打ちをしたかったのかもしれねえが、残念だったな!」


「いえ。何やらお取込み中だったみたいなので、声をかけられるようになるまで待ってました。三十分くらいでしょうか」


「俺は騙されんぞ! お前らの手口なんぞ、お見通しだ! まだ一回も戦ったことねえけどな!」


 指差したまま言ってやってから、ヒトヅウーマンとなるのを承諾した翔子を見る。


「お前も何か言ってやれ! 滅ぼす予定の敵にな!」


 せっかく見せ場を与えてやったというのに、翔子の野郎、プイと横を向きやがった。完全に拗ねてやがる。


「いけませんね。先ほど、少し黙ってろなんて怒鳴ったせいですよ。女性は優しく扱わなければなりません」


 どこのジゴロだ、こいつ。アクダマンってのは、こんな奴ばっかなのか。


「さあ、私に貴方の綺麗な声を聞かせてください。遠慮する必要はありません。それだけで、皆が幸せになれるのですから」


「そうね。決めたわ! 私、ヒトヅウーマンになって、悪と戦う。覚悟しなさい、邪悪妖精!」


「あっさり敵に寝返ってんじゃねえよ! ヒトヅウーマンになれるのだって、妖精界の変身アイテムのおかげじゃねえか!」


「だって、この人……ううん、この自転車、優しいんだもん。どこぞの生意気猫と違って」


 うぐ。このアマ、完全に根に持ってやがんな。


 ちっ。本来なら謝りたくもねえが、この女を使って仕事しなけりゃ、借金は返せねえしな。俺が返す必要のある金なのかどうかは、いまだに疑問だが。


「嫌いは好きの裏返しって言うじゃねえか。照れ隠しだったんだよ。言わせんな、恥ずかしい」


「うわ、キモ。これだから引きこもりニートは嫌なのよ。ああ、吐き気がする」


 確かに前世はニートだったが、どうして今日会ったばかりの女に、ここまで言われなきゃいけねえんだよ。妖精になっても、バラ色の生にはならねえのか。絶望すんぞ、こんちくしょう。

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