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第15話 どこの軍師だ、お前

「そういう事情だったのか、なるほどね」


 エダマメが納得したように頷く。


 言う必要もないだろうが、俺の給料から支払えというのは無理だ。嫁が借金しまくってなければ月五十万でも払えたんだがな。


 今の俺は休みなく毎日働き続け、五十年間も借金を返済していかなくてはならない身なのだ。


 絶対にいつか倒れるな。それだけは断言できる。


「翔子君だったね。よく考えてほしい。君の住む日本が、侵略者に占拠されたりしたら――」


「その話は無駄だぞ。説得するために、俺が前にしてる」


 上司に対するものとは思えない口調で接しているが、新係長のエダマメは注意したりしない。上下関係にはあまり厳しくないのだろう。丁寧な言葉遣いが苦手な俺にはありがたい限りだ。


「そうなのかい?」


「旦那と二人で非業の死を遂げるのも興奮するとかいって、キャーキャー言ってたくらいなんで」


「……他に候補者はいないのかい?」


「三年かかって見つけたのは、この残念女ひとりだけだな」


 重苦しい空気が流れる。地球の危機を救うためには正義感溢れる人物が望ましいんだが、生憎と厳しい条件が邪魔をする。


 今日まで三年もかかってるのを考えると、これ以上時間を無駄にはできない。


「でもさ。貴方たちが妖精なのはわかったけど、敵――アクダマンだっけ? そんなの、本当にいるの? そんな兆候、どこにも見当たらないけど」


「甘いな。敵さんは真面目かつ本気で侵攻してるんだ。お前の知らないところで、徐々に侵略範囲を広げてるのさ」


「得意げに言うけどさ、そのアクダマンってどんな奴なのよ」


「俺が知るわけねえだろ。見たことねえんだからよ」


 冷たい空気が、俺と翔子の間を流れる。


 なんとも言いようのない緊張感が高まる中、スマホの画面内でエダマメがコホンと咳払いをした。


「ウメボシ君の目的はアクダマンの侵攻を食い止めることではなく、あくまで連中と戦う地球の戦士を見つけることだからね。詳細な情報を与えられてなくとも、仕方のない一面はある……かもしれない」


 なんだか最後、言い難そうだったな。俺のせいじゃねえぞ。


 事情もろくに知らせず、ブローチを扱える女を探せとだけ命令して、俺を地球に送り込んだ奴の責任だからな!


「アクダマンというのは異なる次元の生物だ。それゆえに地球などでは実体を維持できないようだ」


 この機会にというわけではないだろうが、疑問に思っていた翔子だけでなく、俺にも説明するようにエダマメが話し始めた。


「だったら、余計に気にする必要ないでしょ。実体を維持できないのに、どうやって地球を侵略するのよ」


「地球の物質に憑依するのだ。乗っ取ると言ってもいい」


 衝撃的な説明に、俺と翔子が「乗っ取る!?」と声を揃えた。


「意思のある生命体などが対象だとまだ難しいみたいだが、意思のない物質、車や自転車などに入り込み、この次元における自分の肉体にできるみたいなんだ」


「そ、そんなことが可能なのか!?」


「恐るべき能力ね――って、何で貴方まで驚いてるのよ」


「妖精ではあっても、地球で過ごしてる期間の方が長いからな。知識や精神は人間に近いんだよ」


 前世も人間だったし、その時の記憶も持ってるしな。


「そうだね。だからこそ三年もの間、日本で任務を継続できたともいえる。他の者は長くても一年持たずに辞めてしまったからね」


 確かに休みなしであてもなく処女の人妻を探し回るのは辛かったが、そこまでか? ブラック企業だと愚痴ってはいたが、逃げ帰るほどじゃなかったぞ。


 あ、そうか。俺が元人間だから、そう思えるだけだったのか。


 妖精文化に慣れ親しんで地球に馴染んでない奴なら、キツいかもしれないな。ホームシックになる可能性もあるだろうし。


 考えてみれば、俺、この仕事の適任者だったんじゃねえか。


「話を戻そう。君たちも感じてくれたとおり、アクダマンの能力は恐ろしい。しかも最近では、植物なども己の肉体にできるようになってるみたいなんだ。この分では程なく対象範囲は小動物にまで拡大し、最終的には人間の体を乗っ取るのも可能になるだろう。そうなったら、もう手に負えない。誰が本来の人間で、誰がアクダマンに肉体を乗っ取られた者か、判別が難しいからね」


 俺が地球での任務を行ってる三年間で、アクダマンは地球侵略における準備を着実に整えていたってことか。


 戦力が物足りないから大々的には戦闘を仕掛けず、今は様子見をしてる段階なんだろう。


「人間まではいかなくとも、動物の体を扱えるようになった時点で、侵略の勢いを加速させてくるかもしれない。そうなる前に敵の大将を倒せればいいのだが、生憎とまだ地球に現れていないようだ。恐らく、本拠地で指揮をとっているものと思われる」


 だからこそ配下のアクダマンを倒し、敵のトップを地球へ引っ張り出すのだとエダマメは続けた。


 そこに異を唱えたのは、地球人の翔子である。


「どうして地球を戦場にしようとするのよ。敵を倒したいなら、貴方たちが乗り込めばいいじゃない」


「残念ながら、そこまでの技術力は我々にない。それにアクダマンから狙われているのは、妖精界ではなく地球なんだ。救うつもりがないのなら、妖精界に引きこもって対策を練っているよ」


 地球を救いたいのなら、星に住む人間が全力で対処するのが当たり前。アクダマンの存在を知らせないのは、不親切でも何でもない。地球に侵略者の存在を発見できる能力がないのが悪い。


 続けざまに故郷の駄目だしをされたんだ。さすがに翔子もヘコむだろう。


「だからどうしたのよ。私の時給の話とは関係ないわ!」


 マジでか。こいつ、開き直りやがった。


「そこまで言うなら地球を見捨てて、自分たちの世界だけ守ればいいじゃない。それをやらない理由はひとつ。正面からぶつかれば、妖精たちも負けるかもしれないと思ってるからよ!」


 スマホに映るエダマメに断言し、翔子は得意げに笑う。


「加えて妖精界を戦場にするのは嫌なのね。地球を救う名目で介入すれば、地球を戦場にして敵戦力を削れるわ。それに地球人がアクダマンに取り込まれそうになっても、すぐに手を打てる。戦いにおいて何よりも重視されるのは情報。地球に送り込まれた妖精たちの中には、偵察目的の奴もいるはずよ!」


 どこの軍師だ、お前。生まれる時代を間違えたな。


 だが言われてみれば、そのとおりだ。エダマメが違うと否定したところで、翔子の仮定の方がずっとしっくりくる。

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