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第13話 俺を罠にはめたな

 有無を言わせず、封筒を渡してきた空飛ぶ猫が去っていく。可愛いを通り越して、なんとも不気味な光景だ。


 俺も羽を使ってる時はあんな感じなのか。今後はあまり人前で使わないよう、気をつけるとしよう。


「妖精界にも速達とかあるのね。誰から?」


「ええと……嫁からだな」


 差出人には、あなたの妻とだけ書かれている。嫌な予感がしてくるぜ。


 封筒の中には……紙が二枚入ってるな。一枚は……。


「離婚届じゃねえか……」


 いつの間に用意したのか、嫁の方にはしっかり氏名が記載されている。


「なんてこった……」


「ろくでもない奥さんだったみたいだけど、離婚を切り出されるのはショックなのね」


「……あいつ、コリーって名前だったのか。初めて知った」


「ええっ!? 貴方、奥さんの名前知らなかったの!? 一緒に住んでたんでしょ!?」


「結婚だって相性診断システムに決められたものだし、俺は一人前になってすぐ地球へ送り込まれたからな。嫁の差し金だったわけだが。要するに夫婦でありながら、同じ家で生活をした日数はゼロということだ」


 この人が奥さんです。互いの細胞同士を結合させ、子供を作りました。あ、生まれましたよ、牝です。よかったですね。では一人前になったので、地球へ行きましょう。


 ほとんどがそんな流れだ。愛を確かめ合うどころか、互いを知る時間すらない。


 俺だけじゃなく、相手にとっても同じだ。だからこそ、今回みたいな事態が起きるのかもな。


 それを教えてやると、さすがの翔子も驚く。とはいえこの女のことだ。今回もどうせ、こちらの想定外のところで仰天してるんだろうさ。


「貴方の話が本当だとすると、妖精の牝はお腹を痛めて子を産んだりはしないのね」


「どうもそうみたいだな。だから人間で言うところの性行為をする必要もない。なのに性器はあるから不思議だがな」


「あるの!?」


「あるよ。普通に用を足したりするし。人間のと違って奥に隠れてんだ。例のポケットみたいなとこにな。別にこんな話に食いつかなくてもいいだろうが」


 翔子との話を切り上げたところで、スマホが鳴り出した。


 おや。どうやら髭面係長からみたいだな。意外と早かったじゃないか。


「お、お前っ! よくも約束を破ってくれたな」


 こちらに唾は飛んでこないんだが、大口を開けた髭面係長が盛大に俺を罵ってきた。そこで俺はつい先ほど、翔子にもした説明をしてやった。


 開いた口が塞がらないというのは、今の髭面係長のためにある言葉だな。さすがにかわいそうだ……とは微塵も思えねえ。いい気味だ。


 こちとら前世では屈折して生きてたんだ。性根が腐ったような復讐は、お手の物なんだよ。ざまあみやがれ。


「満面の笑みね。その反応だけでも、前世では学生時代に虐められていたんだと推測できるわ」


「以前の人生はもう忘れたさ。今の俺は妖精。しかもエリートだ」


「ホスト狂いだった奥さんに離婚されかけのね」


 翔子との会話に興じていると、スマホから「俺を無視するな!」という声が届いてきた。


 髭面係長の奴、もう正気に戻ったのか。もう少し、ショックを受けた間抜け面を晒してりゃよかったのによ。


「無視も何も話は終わっただろ。約束を守って考慮はしたぞ。じゃあな」


「待て! さてはお前、夫婦で企んで俺を罠にはめたな!」


 被害妄想もここまでくると凄まじいな。そんな真似をして、俺にどんな得があるんだよ。本気で言ってるみたいだから、余計にたちが悪いな。


「お前の嫁とも連絡が取れなくなってるんだ! くそったれめ!」


 髭面係長が強気でいられたのもそこまでだった。


 恐らくは奴の妻なのだろう。巨大な猫が髭面係長の頭を片手でがっしり掴み、そのままどこかへ引きずっていってしまった。


 持ち主のいなくなったはずのスマホに、今度は違う猫の顔が映る。


「これは前係長のものだな。都合がいいから、返す前に少しだけ借りておこう。やあ、初めまして。君が日本担当のウメボシ君だね。私は新しく係長に就任したエダマメという者だ。これから、よろしく頼むよ」


 哀れ。髭面係長の奴、俺の報告が原因で解雇か左遷になったみたいだな。せいぜい、残りの人生を苦しみやがれ。


「……で、お前は何で俺の背後で爆笑してんだよ。理由は大体わかるけどな」


 俺のウメボシって名前もなかなか特殊だが、新任の係長もエダマメときやがった。妖精世界では日本の地名や料理名などの名前が多いのかもしれないが、日本人からしたら違和感があるどころか、吹き出してもおかしくない。


 女性らしさを忘れてるのかと指摘したくなるくらいゲラゲラ笑ってるもんだから、当然のように翔子の存在をエダマメに気づかれてしまう。


「む。そちらの女性は地球人だね。ウメボシ君の知り合いかな」


 育ちのよさそうな感じが気に入らないが、新しい上司にいきなり文句をつけるわけにもいかない。今の俺は妖精として、生きていくしかないしな。


 あ、そうだ。ついでにこいつの紹介をしちまえばいいんじゃねえか。くくく。俺を散々からかって遊んでくれた仕返しを、今こそさせてもらうぜ。


「彼女は地球人の女性で八ツ橋翔子。ヒトヅウーマンとして悪と戦う正義の味方です」


「おおっ! そうだったのか。よく頑張ったな、ウメボシ君。この難しい任務を、よくぞ三年という短い期間でやり遂げてくれた!」


 三年かかってやっとかよ、くらいは言われると思ってたが、よもや褒められるとは。


 そんなに達成困難な任務をよく用意したな。もうちょっと気軽に、誰でも変身できるようなのを作れよ。処女の人妻じゃなきゃ駄目な理由でもあんのか。


「日本の、しかも君の担当地域に与えられた変身ブローチの条件があまりに特殊だったので、上層部も半ば無理かと諦めていたみたいだからね。きっと喜ばれると思うよ。ボーナスも間違いないだろう。おっと、そういえばウメボシ君に重大な報告があるのを忘れていたよ」


「重大な報告?」


 何かはわからねえが、響きだけで嫌な予感がしてくるんだが。なにせ、信じていた嫁の裏切りを知ったばっかりだからな。


「ああ。君の奥さんに関してだ」


 やっぱりかよ。なんとなく、そうくるような気がしてたぜ。新任係長のエダマメも沈痛な面持ちだし、これはかなりキツい話を食らうかもしれねえな。


 覚悟しとくか。そうすりゃ、簡単には無様な驚愕ってのを披露しなくて済むだろ。

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