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第12話 エリートじゃねえか

「これで最後だ。教える気がないなら、すぐにでも奥さんに電話をかけさせてもらう。俺の嫁は口を割ったぞ」


 嫁が白状したというよりは、アホなチャラ妖精のせいで自爆しただけなのだが。


 そんな事情を髭面係長に教えてやる必要はない。勘違いしてもらった方が、ありがたいケースも世の中にはたくさんある。


「不倫の代償に奥さんから別れを切り出されるだけじゃなく、会社を解雇される可能性もあるな。これは大ごとだ」


 俺の行動を観察中の翔子が、またしても背後で呟くように言う。


「ずいぶんと脅し慣れてるわね。前世でいがわしい掲示板に、毎日のように書き込みしていた成果ね」


 うるせえよ。あながち間違っちゃいねえけど、そんなに書き込んでねえよ。誰かを脅したりもしてねえしな。


 構ってる暇はねえから、心の中でツッコミを入れるだけにしておくけどな!


 どことなく面白そうな雰囲気を漂わせる翔子とは対照的に、己の悪事が露見しそうな髭面係長は徐々に余裕をなくしていく。よし、あとひと押しだな。


「俺の質問に答えたら、係長の奥さんや会社へ教えるのは考慮してやらなくもねえぞ」


「完全に悪役ね」


 背後からの指摘は、華麗に無視させてもらう……っていうか、俺を騙した連中の方がよっぽど悪じゃねえか。むしろ俺は正義の復讐者みたいな立場だぞ。


 いちいち翔子の言葉に反応してる場合じゃない。まずは目の前の出来事に集中だ。対応策を練る前に、真実を明らかにしないとな。


「ほ、本当に妻や会社には黙っててくれるのか?」


「だから、考慮するって言ってるだろ」


 少しの間黙っていたが、やがて観念したらしい髭面係長は正しい俺の給料の額を告げた。


「月六十万だ」


「ろく――!? めちゃくちゃ高えじゃねえか!」


 共働きだった、前世の俺の両親二人合わせた給料の額とほぼ一緒じゃねえか。


「ボーナスは年二回。夏冬合わせて二百四十万だ」


 続けざまに放たれた髭面係長の告白に、一瞬目の前が真っ白になった。吹き出すどころか、言葉を失っちまったぞ。


 合計すると給料の四カ月分もボーナスで支給されてたんじゃねえか。俺の聞いてた話だと、ボーナスはなかったはずなんだがな。


 月の小遣いを五万円も貰えるのかと、喜んでいた俺がアホみたいだな。


 残りの五十五万は、あの嫁が自由に使っていたわけか。


 となると、ますますレイジとかいうチャラ妖精がいたのはホストクラブである疑惑が強まるな。


 まさか俺の稼いだ金が、ホスト狂いの嫁に消費されていたとは。これこそ、本物の悪夢じゃねえか。


「その他にも危険手当がつく。お前の担当地域は侵略を受けてるところだからな。いつ命を落とすかもわからん。地球を救うのは妖精界をあげての任務だから、身分も国家公務員になる」


「……俺、エリートじゃねえか。もしかして、かなりの血筋だったのか?」


「聞いてないのか。相性診断によって選ばれたパートナー、つまりお前の嫁さんが希望したんだ。誰もが敬遠する危険な地域と面倒な任務をな」


 妖精界側でも、処女の人妻を探して戦士にするっていう仕事を面倒だと認識してたんじゃねえか。


 その分、金銭報酬は払ってるんだから、きっちり働けっていう話だったんだろうな。


 待遇はブラック企業も同然だが、収入だけは恵まれてたんじゃねえか。


「福利厚生も完璧だ。バカンスを取得する権利もあり、その間は代役も派遣される。休日や長期休暇を取得しない場合は、その分だけ給料に上乗せされる。もちろん残業手当もつく」


 ほお、そうかい。俺は毎月一律で十万円としか聞いてなかったぞ。一体、俺はいくら貰ってたんだ。


「俺の先月の給料の額は? 十万円とか言ったら、即、会社と奥さんに不倫の事実をバラすぞ」


「ま、待てっ! ちゃんと正直に教える。ええと……お前の先月の給料は諸々の手当てがついて、手取りで百七万円だな」


 桁がひとつ増えてやがる。多少色がついたどころの話じゃねえぞ。


 まあ、髭面係長の話を聞く限り、当たり前だともいえるな。長期休暇どころか休日もとらず、毎日残業続き。過労死してもおかしくない労働環境だったんだ。その分の給料が保障されるのは当然だ。


 俺は何ひとつ知らなかったがな!


「と、とりあえず、こんなところだ。私は約束を守った。そっちも頼むぞ」


「大丈夫だよ、俺も約束を守る」


 電話を切ったあと、今度は即座に妖精界へ直接コールする。今日まで知らなかったが、俺の身分が公務員ならそこは日本でいうところの役所みたいな場所になるのだろう。


「もしもし。地球でヒトヅウーマン任務を遂行中のウメボシだ。俺が不在の間、嫁と係長が不倫していた。厳正な処分をお願いする。あと、係長の自宅の電話番号も教えてくれ」


 用件だけを告げ、今度は髭面係長の自宅の電話を鳴らす。


 すぐに出た奴の奥さんにすべてを暴露すると、気が狂ったように泣き喚きだした。


 いちいち聞いてやるのも面倒なので、さっさと電話を切る。これで髭面係長への報復はとりあえず終了だ。


「貴方、約束を守る人間――いいえ、妖精じゃなかったの?」


 翔子が聞いてきた。この場にずっといるので、俺がどのような状況に陥ったのかもよく知っている。


「破っちゃねえだろ。俺は奴の嫁や会社に教えるのを考慮すると言ったんだ。十分に考慮した結果、関係者に教えてやろうって結論に達したんだよ」


 嘘は言ってない。騙したと罵ってくるなら、最初に俺を欺いたのは誰だと返してやる。女の復讐は怖いとよく言うが、男の復讐も怖えんだよ。けっけっけ。


「うわ。陰湿そうな笑顔。貴方の前世がどんな人間だったかわかるわね」


「放っておけよ。どうせニートをこじらせて、勝手にひねくれてた駄目人間だったんだからな。おかげで二十年の人生、ろくなもんじゃなかったぜ。全部、自分のせいだけどな」


「へえ。生きてたら、私と同じ年齢だったのね」


「言われてみればそうだな。縁があったということで、さくっとブローチを受け取ってくれよ。俺を騙してくれたアホ嫁に引導を渡したあとでな」


 ニヤリとしたまではよかったが、俺の決意に水を差そうとするかのように、羽の生えた猫がどこからともなく飛んできた。もしかしなくとも、妖精のお仲間だ。


 パイスラしたいわけじゃないだろうが、肩からかけている大きめのバッグがなんとも特徴的だ。


「ウメボシさん? 超速達です」

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