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第11話 これは夢よ

 誰だ、お前。


 口を開こうとした俺の視界――スマホの画面内に新たな登場人物が現れる。たまにテレビ電話で顔を見る嫁だ。


 外見はこちらも猫だが、牝妖精だ。生まれ変わっても美的感覚が人間のままらしい俺には、綺麗なのかどうか判別すらできないが。


「レイジぃ。お待たせぇ。お金下ろしてきたからぁ、ドンペリ入れちゃうわよぉ」


「マジ!? 奥さん、超サイコー。俺、マジ、サービスするし」


「やぁだぁ。期待しちゃおっかなぁ」


「でも、旦那はいいのかよ。地球行って仕事してんのに」


「大丈夫よぉ。給料少ないって教えてあるしぃ」


 聞いてもいないのに、衝撃的な事実が嫁の口から飛び出した。つーか、テレビ電話繋がったままなんだが、あのチャラ妖精、忘れてんのか。


「ひっでー嫁。ま、俺としては? 超ありがてーけど? ただ旦那が上司に問い合わせたら、マジバレすんじゃねーの?」


「心配ないわ。旦那の上司には話を合わせてもらうことになってるから。お礼に一回だけ許したら、もう私の虜になってるしィ」


「マジで? 罪作りな女だよな」


「そうよぉ。でもぉ、全部レイジのためなのぉ。愛してるのはレイジだけよぉ」


 しなを作った嫁が、ソファーでレイジに寄りかかる。


 一尾始終全部見てるんだが、まだこっちには気づいてないらしい。


「あら? 私のスマホがないわ。変ね。バッグに入れてたと思ったのに」


「あ、スマホならテーブルの上に忘れてたぜ。俺が預かっといてやったから、安心――あっ」


「どうしたの、レイジ」


「旦那から電話かかってきて、受けたの忘れてたわ」


「――っ!?」


 嫁の顔が露骨に変わった。慌ててレイジからスマホを受け取り、画面に映ってる俺の顔を確認する。


 さて、どんな言い訳をしてくれるのやら。


 泣き喚くでも謝るでもなく、嫁はこほんとひとつ咳払いをした。パニクる前に冷静さを取り戻し、スマホを通して真っ直ぐに俺の目を見てくる。


「いい、あなた。これは夢よ。忘れた方が、お互い幸せになれるわ。私たちには娘もいるんだもの。ね?」


「ね? じゃねえんだよおぉぉぉ!」


 魂の叫びが、公園内に響いた。嫁のいるホストクラブらしき場所にも、うるさいくらいに届いたはずだ。


 例え妖精であろうとも、前世ではまったくモテなかった俺が嫁を得た。それだけでも嬉しく、新たな生をまっとうしようと思っていた。


 なのに、これである。


 さすがにあんまりだ。この場で号泣したとしても、誰ひとりとして俺に文句を言う奴はいないだろう。


 しかも信じていた嫁は言うにことかいて、これは夢だとかのたまいやがった。反省の欠片もしてやがらねえ。


「お前、娘はどうしたんだよ」


「やあねぇ。これは夢だって言ってるじゃない。あなたの奥さんは、お家できちんと娘と過ごしてるわよ」


 ――プチっと。


 何の躊躇いもなく、電話が切られた。


 スマホの画面が真っ黒に染まる。絶望の色だ。


 いやいやいや。待て待て待て。何だ、この展開は。何だこの有様は。


 混乱する頭を放置して、とりあえず指を動かす。手足も猫に近いが、そこは妖精。人間みたいにとはいかなくとも、ある程度は器用に扱える。


 嫁のスマホにリダイヤルするも、繋がらない。おかけになった番号は現在、電源が入っておりませんというアナウンスが繰り返されるばかりだ。


「あいつ、電源切りやがった」


 マジかと呟くしかない状況に、目の前が真っ暗になる。地面に膝をつきそうになった時、嫁がさっき俺の上司がどうのと言ってたのを思い出した。


「おお。ウメボシか。そろそろヒトヅウーマンを誕生させられたのか? 早くしないと地球は侵略されてしまうぞ」


 テレビ電話機能により、俺のスマホに姿を現したのは髭面の猫――要するに上司だ。係長で、俺の他にも何人かの部下を担当する。


 諸悪の根源ではなく、係長もまたブラック企業の犠牲者のひとりだ……と俺は思っていた。


「係長って、結婚してましたよね」


「うん? 何だ、いきなり」


 報告をする際などに、たまに世間話をしたりする。その時に聞いた記憶があった。俺の勘違いでなければ、幸せな家庭を築いていると言っていたはずだ。


「お前も知っているだろう。この間、マイホームを買ったばかりでな。嫁と子供と幸せに暮らしているよ」


「なるほど。ところで、俺の給料っていくらでしたっけ?」


「んん? 前に教えただろ。月々十万円だ。少ない給料ながら、多額の生活費をお前にあげている奥さんに感謝しないと駄目だぞ」


 髭面係長の野郎、いけしゃあしゃあと言いやがったよ。しかも真顔で。


 嫁とこいつに、俺は三年もの間、騙され続けてきたのか。悲しすぎて涙が溢れてきそうだ。


「本当のこと言わねえと、俺の嫁との一件を奥さんにバラすぞ」


 クソッタレな上司に、わざわざ丁寧な言葉遣いで接する必要はねえ。


 むしろ、問答無用でアンタの奥さんに事情をぶちまけねえのを、感謝してほしいくらいだぜ。


「仕事が行き詰ってる時は、気晴らしに遊ぶのも必要だぞ。どれ、私が代わりに有給休暇の申請をしておいてやろう」


「いいね。その間に、アンタの奥さんに会いに行かせてもらうぜ。証拠を持ってな」


 証拠なんてねえが、それを確かめる手段が相手にはない。


 俺の嫁に相談したところで無駄だ。揃って、こちらの発言が本当かどうかを悩んで終わる。


 休みを与えて誤魔化そうなんて、そうはいくか。まずは俺の本当の給料から教えてもらうぜ。

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