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第1話 諸事情により処女の人妻を探してます

 マジでやってらんねえよな。ああ、かったりぃ。


 毎日毎日愚痴りながら、アスファルトの上を歩いてばかりで嫌になるぜ。


「ママ、猫ちゃんがいるー」


「あら、本当ね」


「でも、不細工な顔ー」


 あン? またか。


「見世物じゃねえぞ、コラァ!」


「えっ!? 猫ちゃんが喋った!?」


「ひっ、ひいっ! ほら、行くわよ!」


 ちっ。俺が喋ったくらいで、慌てふためいて逃げやがって。


 肝っ玉の小せえ母親だぜ。この分じゃ、六歳程度だったあの娘も、たいした大人にはなんねえな。


 ま、母娘揃って顔はなかなかだったから、いい女にはなるかもしれねえけどな。


 いい女でも頭が軽そうだから、将来は男を相手にして飯でも食うんだろうさ。ピンからキリまである色商売のうち、どこにはまるか楽しみだねぇ。けっけっけ。


 それと俺は猫じゃねえ。妖精だ。


 外見は不細工な三毛猫だけどな。


 おかげで道を歩いているだけで、さっきみたいにやいやい言われちまう。


 背中から羽を出して飛ぶこともできるんだが、今みたいな真昼間からそんな真似をした日には、動画に撮られまくった挙句、見世物にされて終わりだ。


 それだけならまだしも、珍しいからって解剖されたりしたら洒落にもならん。


 なんせ妖精とはいえ、俺の能力は飛ぶだけだからな。体の中に羽を隠せなかったら、とんでもない目にあっちまうぜ。


 それにしても暑いな。


 本格的な夏はまだだってのに、もうアスファルトからの照り返しがキツいじゃねえか。


 こんな中、長時間歩かされて休みもロクにねえなんてブラックもいいとこだぜ。上からぎゃーぎゃー喚いてねえで、連中も汗水垂らして働けってんだよ。


 そもそも何で地球の危機を救う手伝いを、妖精がしなきゃいけねえんだよ。勝手にやらせときゃいいじゃねえか、前世で住んでた星だけどよ。


 思い出したら腹が立ってきた。


 死ぬ間際に童貞で死にたくない。叶うなら生まれ変わりたい。今度は女に不自由しない超絶イケメンに。


 そう願うのは当然だ。


 で、くたばったんだが、少しして視界が急に開けた。


 死んだはずなのに、目が開いたんだよ。即座に思ったね。これは生まれ変わりだ。俺は前世の記憶を持ったまま、転生したんだってね。


 記憶が残ってりゃ、強くてニューゲームみたいなもんじゃねえか。俺は喜びに打ち震えたぜ、一瞬だけどな。


 猫の外見の自分を見た時は、腰を抜かしそうになったぜ。


 だってよ。普通、転生とかつったら、もっといい感じになるだろ。俺が見てきたアニメじゃ、大抵がハーレムチート万歳な主人公になってんぞ。


 理想と現実は違うっつったって、いくらなんでも不細工な三毛猫型の妖精はあんまりだろ。何でも取り出せるポケットもついてねえしよ。


「あー……今日も頭ん中、愚痴だらけだな。それもこれも全部、妖精界とかいうブラック企業のせいだ。ったく、やってらんねえよ」


 生前も住んでた日本の地元が、担当地域になったのだけは不幸中の幸いだったけどな。


 働けって飛ばされてから、もう三年になんのか。月日が立つのは早えよな。


 その間、一切成果を上げてねえけどな!


「大体が無理、無茶、無謀なんだよ。そもそも処女の人妻しか変身できねえアイテムなんて、どこに需要があるんだっつーの。地球を救う女戦士の候補者なんて見つかるか!」


「処女の人妻を探してるの?」


「そうなんだよ。まいっちまうよな。まずはそいつを見つけねえと、仕事になんねえんだよ……って、誰だ!」


 見上げたら、見知らぬ女がこっちを覗き込んでるじゃねーか。


 一体、いつの間に近くにいたんだ。考え事をしながら歩いてたせいで、すぐ側まで接近されないと気付けなかったのか?


 俺ってばうっかりさん。


 いやいやいや。そんな問題じゃねえよな。とっ捕まえられたりしたら面倒だ。いっそ飛んで逃げ――って、ちょっと待て。


 この女さっき、処女の人妻を探してるのか聞いてきたよな。どうせ街中をぶらぶらしてても見つかりっこねえんだし、おもいきって聞いてみるのもいいかもしれねえな。


 そうと決まれば善は急げだ。逃げられる前に、実行しとくか。


「コホン、あー……ひとつ質問したいんだがいいか?」


「嫌よ」


「そうか。さっきも言ったとおり、俺は処女の人妻を探してる。心当たりはねえか?」


「私、嫌って言ったんだけど」


「質問が聞こえなかったのか。じゃあ、もう一回言ってやろう」


「仕方ないわね。教えてあげるわ。あそこにいる人がそうよ」


 何だって!? そりゃ、いいことを……って、まさか、あのスーパーの前を歩いてる女じゃねえよな。


「もしかして……あそこを歩いている中年のオバハンのこと言ってんのか?」


「そうよ。私の見立てに間違いないわ」


「髪の毛掻き上げながら、得意げに言ってんじゃねえよ! ただの中肉中背の不細工なオバハンじゃねえか!」


「だからこそ、処女の可能性が高いんじゃない」


 この野郎――いや、このアマになるのか。完全に俺をからかってやがる。


「お前な、あんなりナメてると、猫のように長い舌で舐めてやるぞ! れろれろぉンってな!」


「ちょっと、何で猫なのに舌が長いのよ。信じられない! 驚きだわ!」


 ……待て。驚くべきところは、本当にそこなのか。違うよな。


「逆に何で舌が長いくらいで、そんなに驚くんだよ。だったら、俺が喋ってる時点でもっと、わーだのきゃーだの言えよ!」


「わー、きゃー」


「てめえ……」


「不細工な猫が全身プルプル震わせてる。きっもーい」



 何だ、この女は。



 何だ! この女は!



 いかん、いかん。怒りでブチ切れても何にもならん。こういう残念なアホとは、関わり合いにならないに限るぜ。


「そうか、邪魔したな。それじゃ、俺はこれで」

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