25_戦勝祭の酒宴、祭りの終わり(ゲイル)
宴が始まってすぐ、ゲイルはマーヴィを呼んで家族へ説明させることにした。
とはいえ説明できることなど皆無に等しいのだが――とりあえず、ゲイルにも状況が理解できていないこと、射手を捕らえて軍部に送ったので、部下が尋問しているであろうこと、自分たちはつつがなく宴を終えた方がいいだろうこと、自分もユウナレアも全くの無傷であることを伝えさせた。
宴の最初のうちはラインバックの分家にあたる子爵家や男爵家が挨拶に来たが、顔と名前を正確に覚えている者はいなかった。なんとなく知っているような気はするものの、では誰かといえば、名乗られるまで判らなかった。
強いて知っているとすれば、戦死した部下の家族だった。領地を持たない子爵家の当主に「息子がゲイル殿の部下であったことを誇らしく思う」と告げられれば、さすがのゲイルにも思うところのひとつやふたつは湧いて出た。
「貴方の息子は勇敢に戦った。俺の部下であったことよりも、逃げずに戦ったことをこそ誇って欲しい」
そう返せば、子爵家の当主は感極まって泣き出してしまった。その夫人が当主の背中を擦ってゲイルに感謝を述べるが、困る以外になかった。
実感としては、あの戦場に誇りなどというものは存在しなかったのだ。
だからといって遺族へ正直にそう話さない程度の配慮は持ち合わせている。
しばらくすると酒宴が盛り上がり始め、三男のカート、ガーノートの妻サーシェス、ユウナレアが屋敷へ戻ることになった。念のために部下をつけさせたが、なんとなく、襲われることはないだろうという気がした。
「くれぐれも、お気を付けください」
心配なのかどうかよく判らない無表情でユウナレアはそう言った。ついでにイニアエスもユウナレアに付けさせたが、どうせならしばらくユウナレアに付けさせた方がいいだろうか、と考える。
そこからはもう席などあったものではなく、モゥレヴとゲイル以外の者は立ち上がって思い思いの場所で酒を酌み交わしており、酔っ払ったガーノートがゲイルの席へやって来て、中身たっぷりの酒杯を置いた。
「よう、弟よ。さっきのあれはなんだ。どうしてあんなふうに対処できた?」
「どうせ後で全員と共有する必要があるだろう。後でまとめて話す」
「狙撃されたのは後ろから見ていた俺にも判った」
それなりに酔いが回っている兄は話を聞かず、酒杯をゲイルへ押し付けながら、続けた。
「だが、あの対処はなんだ。どうして気付けた? どうやったらあんな身のこなしができる? 俺だってずっと訓練は続けている。立場が上になると時間の確保は難しいが、可能な限りはな。だが――」
あれは無理だ、とガーノート。
ゲイルは押し付けられた酒を胃の中へ落とし、無感情に肩をすくめた。
「毎日のように射かけられてみろ。弓兵が射る直前の気配くらい、豆粒ほど離れていても判るようになる。でなきゃ、俺はここにいない」
「……おまえ、もしかしてずっと戦場で戦い続けてたんじゃあないのか」
「そうだが?」
「隊長だろ。なんで後方にいない?」
「その方が損耗を減らせたからな」
もちろん指揮官が最前線で剣を振るのは間違っている。ゲイルにだってそれは判っているが、部下が死にまくっている場所に自分がいない、そのことに我慢できなくなった瞬間があったのだ。
実際、自分が前に出れば明らかに部隊の死者が減った。こんなことを続けていればそのうち死ぬに決まっていると自分でも判っていたが、後ろで指揮をしているのを我慢するのは、もう嫌になったのだ。
こんなことは長く続かない。いずれ死ぬ。絶対に死ぬ――そう思いながら戦い続けて、どういうわけか、死なないままで終戦した。
別の誰かに同じことをしろとは、口が裂けても言えやしない。なにしろ絶対に死ぬのだから。なにかの間違いで、生き残ってしまっただけなのだから。
「ゲイルよ。不甲斐ない兄を許せとは言えん」
なにかを噛み締めるように呟く兄へ、ゲイルは再び肩をすくめる。
「いいさ。最初のうちは恨みもあったが、延々と戦い続けているうちにそんなものは忘れた。それなりの理由があったことも、今は理解しているつもりだ」
「すまぬ」
「いいと言ったぞ。それに――」
父の言葉を思い出し、ゲイルはまた酒杯を傾けてから、続けた。
「――親父殿には、中央貴族の連中に我慢しなくていいと言われた。もし最悪が訪れたとしても、俺は謝らんし、悪いとも思わない」
「そうか。そうなったら、領民諸共に道連れだな」
「兄上、俺を恨むか?」
「まさか。最悪が訪れたら、今度こそ挽回してみせる」
口端を釣り上げる兄に、ゲイルも同じ笑みを返して酒杯をぶつけ合った。
それから、意地が悪いと知りつつ付け加える。
「無理だろう。兄上の部下は練度が足りん」
「……おまえなぁ! いや、おまえに言われてはなにも言えんがな! 少しは自分たちの異常性を自覚しろ! 本当に『無敵の第三大隊』じゃねぇか!」
「はっはっは!」
悔しげに毒づくガーノートに、ゲイルは領都へ帰還してから、たぶん初めて大きな声を出して笑った。
相変わらず記憶の中の兄とは一致しない。それだけお互いに変わったのだと納得できた。かつての兄には、とてもではないが敵わなかった。ラインバックの武人とは兄のような者のことだと思っていた。
今ではガーノートに負ける気がしない。そういうことだ。
◇◇◇
夜も更け、モゥレヴが屋敷へ戻り、少し経ったあたりで第三大隊がぽつぽつと引き上げ始めた。彼らのうち半数ほどが明日には除隊してルッツを中心とした集団に変わるらしいが、まあ好きにすればいいとゲイルは思う。
酔っ払ってしまった兄ガーノートは第三大隊ではなく直属の部下に任せ、ゲイルはゲイルで適当に領民たちと言葉を交わしてから、徒歩で屋敷へ戻ることに。
宴の片付けは第三大隊以外の領騎士たちと、領民の有志が行うことになっているらしい。酒の仕入先や、広場に席や台やテーブルなんかを用意した建築業者だ。これもユウナレアの発案で酒や労働力を買った上にこういった催事の取り仕切りをすることは、商売の上でかなり有益だという。
たぶん、四年前よりも良い街になっているのだろう。
四年前よりも、きっと良き領地に変わっているはずだ。
ユウナレアが導き、実際に手を動かした者がいた。その結果――というよりも、その過程が、現在なのだろう。
「我慢するな――か。親父殿は、なかなか酷なことを言うな」
宴の明かりを背に、のんびりと夜に溶ける領都を歩きながら、ゲイルは苦笑交じりに呟いた。腰に吊るした愛剣の重みが心地よく、書類上の妻の手を乗せて歩いているよりも、よほど落ち着いてしまう。
襲撃があった。既に尋問は終えているだろうが、ユウナレアが推察した通り、おそらく中央の者が手配した暗殺者だろう。
ゲイルに生きていて欲しくない者がいる、ということだ。
「トカゲの尻尾、か」
潰した以上、トカゲの本体がわずかにでも動くはずだが……捕捉できるか否かが問題だ。あの暗殺者が暗殺に成功すれば、ゲイル・ラインバックの死など放っておいても『依頼者』に伝わるだろう。わざわざ仕事を終えてすぐに報告するかどうかは怪しいものだ。
であるなら、近くに『依頼者』がいない、という可能性も十分にある。
次第に町並みが途切れ、行きは派手な馬車で進んでいた道を、今は独りでのんびりと歩いている。
結局のところ――と、ゲイルは夜闇に劣らぬ冥さで笑う。
守り続けた領民、ユウナレアが発展させた領地、笑い合う人々、歓声を上げていた無邪気な子供たち。そういったものを目の当たりにしてもなお、ゲイルは『自分さえ我慢すれば』という気持ちに全くならないことが、笑えてしまった。
地獄を這いずってきた。
その地獄を引き伸ばしていた連中がいる。
おそらくは、そいつらにとってゲイルが邪魔なのだ。
大人しく身を竦ませているのであれば、わざわざ相手をするのは面倒だった。しかし尾を踏まれてへらへら愛想笑いしてやるほどには、優しくもない。
――おまえらが育てた地獄の鬼だ。
――目の当たりにして後悔しろ。
そう思った。
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