22_戦勝祭の前日、当日朝(ユウナレア)
あっという間に戦勝祭の前日になった。
ユウナレアが草案をつくっていなければ絶対に間に合わなかったという日程だったが、部下やガーノート、モゥレヴ伯爵の尽力もあり、どうにか形にはできるだろう、といった状態で当日に臨めるのは、予定通りの奇跡といったところか。
服飾職人――意匠士のコーレス・リーヴスが勘案した衣装も届いている。ゲイルの分と、ユウナレアの分。
儀礼用のドレスは黒を基調にしたユウナレア好みのもので、銀の刺繍を散らすことで『暗い』ではなく『格式高い』といった印象に仕上がっている。首と胸元の飾り布は、おそらくゲイルの髪色を意識した深い茶色で、金と銀の刺繍が施されている。これはスカートの裾あたりにも同じ意匠があり、全体をまとめていた。
念のためにと衣装合わせをしてみれば、見た目からは想像できないほど衣服としての性能が高かった。ユウナレアの体格だとコルセットを締め付ける必要がないのもあるが、デイドレスと同じくらいに着心地が良いのだ。
「とてもお似合いですよ、お嬢様。なんて素敵なのでしょう」
珍しくメイドのシェラが心からの笑みを見せてくれたので、少し安心した。英雄の隣に置くには、あまりに辛気臭い人形ではないかと心配していたから。
「それにしても予想外の生還だったというのに、そつなく立ち振る舞っているようだねぇ。やはり君は優秀だよ、ユウナレア」
と言ったのは、何故かユウナレアの私室に押しかけてきた義姉サーシェスだ。ユウナレアとゲイルの婚姻が締結される少し前にガーノートと結婚したそうだが、こちらとは違って恋愛結婚だという。
ガーノートからの熱烈な求婚があった、というのは周知の事実だ。サーシェス当人がおりにふれて嬉しそうに語るし、ガーノートも満足そうに肯定している。
「まっ、私としてはガーノート殿以外は考えられないが、君の場合は事情が異なるか。そういう意味では、都合が良いのかも知れないね」
まるで嫌味か皮肉のような科白は、しかしサーシェスにとって、ただの本音という以上の意味はない。この義姉には裏表がないのだ。貴族としては信じがたいが、それもまた辺境の気風なのだろう。
今も領軍服に身を包んでおり、あろうことか用意された椅子の上であぐらをかいている。背の高い細身の麗人ではあるので、彼女の立ち居振る舞いには、なんというか、歌劇に登場する人物のような華やかさがあった。
「旦那様には申し訳なく思っています」
と、ユウナレアは言った。ゲイルに対してまず思うことがそれなのだから仕方ない。当の本人が一切気にしていないふうなのも罪悪感を刺激してくる。その罪悪感と戯れ続けるのは、ただの自己満足だとは判っているのだが。
「君は君の役割を果たしているだろう? なにも申し訳なく思う必要なんかないはずじゃないか。弟君だって子供じゃないんだ、嫌なら嫌と言うはずだ。まさか恋物語の当て馬みたいに『おまえを愛することはない』だなんて、あの弟君は宣ったりしていないだろう?」
「そのような定型句があるのですか?」
「結構、流行っているらしいよ。くだらないよね。仮に愛するつもりがなくたって、わざわざ相手に言う必要なんてないじゃないか」
「それはまあ、そうですね」
恋愛については全く無知な自覚があるので、ユウナレアは曖昧な首肯を返すに留めておいた。熱烈に求婚したというのであれば、自分からゲイルへそうしたのが事実ではあるのだが――内情は、卑劣な取り引きを持ちかけたに過ぎない。
「そういえば、この間、弟君に返り討ちにあってしまってねぇ」
メイドに内緒でお菓子を食べた、くらいの言い方をサーシェスはした。
あんまりに軽い口調だったので一瞬だけ言葉の意味を理解できなかったが、言葉通りに解釈するしかないと気づく。
「返り討ち? なにか、旦那様が無礼を……!?」
「ああっ、いや、あれはどちらかといえば私が愚かだった。英雄の言葉を、生意気な部下と同じくらいに思ってしまったからねぇ。うっかり殴りかかったら、優しく制圧してくれたよ。それなりに鍛えているつもりだったが、赤子同然だった」
ははは、と悲しげに笑うが、いろいろとズレている。
なんと言えば良いのか判らず、ユウナレアは困る以外になかった。サーシェスは理解不能の明るさで軽く手を振り、いいんだ、と言った。
「弟君は私を踏み付けながら『気にしていない』と言ってくれたし、私も返り討ちにされた己の不甲斐なさに憤りこそすれ、弟君に対して嫌悪はない。まあ、そもそも弟君からすれば、私のことは眼中にないようだがね」
それは――カイラスが無礼を働いたときにあっさり赦したのと、たぶん同じなのだろう。いつだか服飾店で入店を拒否されたと言っていたが、その後、ユウナレアはマーヴィに問いただし、ラインバック家とその店の関係を切ることになったが、当人はもう覚えていないかも知れない。
どうでもいいのだ、ようするに。
きっと――私のことも。
そう思うと、どうしてか少しだけ胸が痛むような気がした。
気のせいだろう、たぶん。
◇◇◇
戦勝祭、当日。
予定ではラインバック家の面々が裏手の軍部へ向かい、領軍と合流してから領都をぐるりと一周し、領都中心の大広間で演説。後に伯爵家からの祝いという建前で、諸経費をラインバックで負担した上での祭りに移行する。出店が並び、音楽家が楽器を鳴らし、飾りに紛れた魔導灯が一晩中、夜を照らすはずだ。
ユウナレアは自室でシェラに着替えさせられ、コーレス・リーヴスの衣装を身に纏って一階の広間へ向かった。既に養父モゥレヴ、義兄ガーノートに義姉サーシェスが集まっており、ユウナレアに少しだけ遅れて、正装のカートが現れた。
「わぁっ! 姉さま、すごい! とても綺麗です!」
きらきらと目を輝かせるカートの後ろには、双子のジェニーとダニーが付き従っている。いつの間にやら従者のような立ち位置になっているが、ゲイルも執事のセバスもなにも言わないので、ユウナレアも口を出していない。
「ええ、ありがとう。カートも、とても素敵よ」
「ありがとうございます! ジェニーとダニーの衣装は、僕とセバスで選びました。いかがですか? 僕はとても良いと思うのですが」
言われて、視線を双子へ移す。浅黒い肌と灰色の髪を考慮してか、黒に近い灰色の儀礼服だ。所々にカートの髪と同じ茶色の意匠が施されており、特にジェニーに関しては異国の令嬢かと見紛うほどの仕上がりだった。
「二人共、とても素敵よ。カートをよろしくお願いしますね」
「もちろんです、奥様」
「承知しております、奥様」
返答は全く子供らしくなかったが、別に子供らしさを求めているわけではないので構わない。彼女らに『子供らしさ』を求める方が、よほど幼稚で無礼だ。
そうこうしているうちに、ゲイルが現れて――思わず息を呑んだ。
普段は乱雑に放置されているやや長い茶髪がきっちり整えられており、コーレス・リーヴスの儀礼服は、ユウナレアと同じく黒と銀を基調とした騎士服だ。深い漆黒の中、所々に光を青く反射する濡羽色の素材が用いられている。騎士服らしく上質の腰帯が取り付けられており、剣を帯びている。
まるで――恋物語の騎士様だ。
背が高く、身長の半分は脚という比率で、さらには束ねた鋼線みたいな肉の付き方をしていて……つまりは体躯が洗練されている。だから格式張った意匠の施された騎士服も、服に着られている感じがまるでない。
荒野の岩場で羽を休める猛禽類のような独特の雰囲気は、こういった格好をしていると、これ以上ないほど合致していた。
「……どうした? なにかおかしいか?」
呆然と凝視していた時間が長すぎたのか、ゲイルが不審げに首を傾げた。それでようやくユウナレアは意識を取り戻し、やや慌てて首を横に振る。
「いえ! おかしなところは、ございません。よくお似合いです」
「そうか。おまえも、いつも以上に美しいぞ」
なんの熱も込められていない言葉に、ユウナレアは自分の頬が紅潮するのをはっきり自覚した。この男は、嘘をつかない。そう思っていなければ、そう言わない。短い付き合いだが、そのことは明瞭に理解できている。
だから、つまり……ゲイルは、いつもユウナレアを美しいと思っていたことになるし、今日は、それ以上に綺麗だと思った……という、ことに、なる。
「……ありがとうございます」
「ふむ? まあ、いい。それでは行くか」
いつも通りの散歩だ、とばかりにユウナレアのために左手を差し出して来る。普段よりも速く鼓動する心臓に内心で悪態を吐きながら、ユウナレアはその手を取った。白い手袋越しの、いつも通りの無骨な手。
「ええ――行きましょう、旦那様」
頷いて、微笑んだ。
上手く笑えていたかどうかは知らないけど。
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