表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/33

02_四年ぶりの帰還(ゲイル)

連続投稿の二話目になります。





「この四年、よくぞ耐えてくれた。停戦後の交渉は任せておけ。中央貴族共の口出しで一体何人死んだことか……」


 ラインバック領軍本隊へ砦を明け渡す際、当然といえば当然だがゲイルは実父であるモゥレヴと会うことになった。

 しかし、ゲイルの記憶にある父……モゥレヴ・ラインバック伯爵その人と、目の前の領軍総大将が上手に一致しない。


 こんな人だったか?

 というのが、ゲイルの率直な感慨だ。確かに、茶色の髪や長身は自分と似ているような気がする。記憶の中の父にも、まあ似ている。ぴったり一致しないのは、年月が流れているから当然だ。


「第三大隊は引き継ぎの人員を二名残して領都へ帰還し、指示を仰ぎます」


 なんとなく覚えている敬礼を見せ、命令を復唱してみせた。

 父モゥレヴは、やや戸惑ったふうに首肯する。


「承知した。ゲイルよ、文は確認したのだな?」


「……肯定します」


 貴族的な返答がとっさに浮かばず、なんだかよく判らない言葉を返す。そんなゲイルに、モゥレヴはやはりわずかな戸惑いを見せた。


 おそらくは――自分と同様、記憶の中のゲイル・ラインバックと目の前のゲイル・ラインバックが一致しないのだろう。

 一致するほうがおかしい。

 十五歳からの四年間、『狭間の泥沼』を這いずってきたのだ。


「……おまえの妻、ユウナレアについてだが……事情は後で説明する。くれぐれも丁重に扱え。では、大義であった」


 四年ぶりの親子の会話は、これだけだった。

 なんだかよく判らんな、というのがゲイルの感慨である。



◇◇◇



 そうして王国騎士団とラインバック領軍本隊へ砦を明け渡し、ゲイル率いる第三大隊はラインバック領都へ帰還することに。


 行軍は、おそらくかなり速かった。ゲイルを含めた誰にも終戦の実感などなく、領都までの道程は『帰還』というより『移動』だったからだ。

 ラインバック辺境領の国境からラインバック領都まで、大隊ならば八日かかるところを五日で踏破した。


 いくつかの村を通り過ぎ、いくつかの町を横目に、ひたすらに真っ直ぐ。途中で糧食が尽きたが、行軍の最中で斥候たちが野生動物を狩りまくった。


 領都を囲む城壁が見えてきたとき、ゲイルたち第三大隊はようやく、ほんのわずかだけ気を抜くことができた。

 終戦の実感はないが、とにかく戦場からは離れられた――。


 名ばかりの大隊とはいえ、その数は二百に登る。ぞろぞろと実家の屋敷まで隊を引き連れていいものか判断がつかなかったので、ひとまず通行門の脇へ隊を並べさせ、門番に「第三大隊の帰還」を伝えさせた。


 しばらく待つように言われ、仕方ないので待機することに。

 せっかく早朝に領都へ辿り着いたというのに、宿舎を使わせてすらもらえないのか――そんな内心を隠すことなく、ゲイルは思いっきり嘆息する。


「ひょっとすると俺たちは、正規軍だと思われていないのかも知れませんぜ」


 部下の中隊長が言った。部下といっても元々はラインバック領軍の者ではなく、隣領からの援軍が第三大隊に吸収され、騎士階級だったために中隊長に任命した男だ。第三大隊が解散すれば、部下でなくなるだろう。


「親父殿はなにも言わなかったが――」


 はて、と首を傾げながらゲイルは二百名の隊員たちを眺め回す。なるほど、確かに正規の装備を身に着けている者が少なすぎる。中にはナルバの兵が身につけていた鎧を死体から引き剥がして我が物にした部下もいた。

 付け加えるなら、元はナルバの軍にいた者までもが、ゲイルの隊員になっていた。捕虜を取る余裕がなかったので、裏切りを誘ってみれば乗ってきた者が、数えるほどだが確かにいる。


「――うむ。確かに、まるで野盗だな」


 途中で町に寄らなかったのは正解かも知れない。


「もしかすると、ラインバックの領軍に襲われるかも知れんですなぁ。大隊長、その場合はどうしますか?」


「可能であれば指揮官を先に殺そう。……うん? 殺すと拙いか? 困ったな」


 冗談ではなく、ゲイルは本気で困っていた。大人しく捕まる、などという選択肢は最初から存在しない。あの戦場では、捕虜という概念が途中からなくなった。いや、ここはあの戦場ではない……では、どうすればいい?


「まあ、適当に制圧してから兄上の指示を受けに行けばいいか」


 考えるのが面倒になり、雑な結論を出す。

 部下の中隊長は()()()()と笑いながら「了解です」と頷いた。


 そうこうしているうちに伝令がやって来て、晴れて第三大隊は領都へ入ることになった。目的地はライバックの屋敷に隣接している軍施設だ。宿舎や訓練場、その他もろもろをまとめた場所である。


 領都を歩いてみれば、領民たちからは奇異と恐怖の眼差しで見られることになった。第三大隊が歩くだけで「人のざわめき」というやつが全く途切れてしまうほどなのだ。辺境領の領都で領軍が進むくらい、大したことではないはずなのに。


 こんなとき、副官のジェイムズがいたなら一般論や客観的視点を教えてくれたのだが、いないものは仕方がない。


「せっかく地獄から舞い戻ったってのに、まるで地獄の鬼でも見るみてぇだ。こいつはお笑い草だぜ。死ぬ気で守ってたのがこれなんだからよ!」


 誰かが吐き捨てた。おそらく領民の何人かはその言葉を耳にしたのではないか。ゲイルは部下を注意するでもなければ、領民に対する怒りを覚えるでもなく、記憶と一致しているはずの領都の町並みが、なんだか違うことに戸惑っていた。


 知っているのに、知らない街。

 まあいいか、とゲイルは奇妙な未視感(ジャメヴ)をただ無視した。



◇◇◇



 領軍施設の訓練広場に並ばされた第三大隊は、順番に仮設の天幕へ呼ばれ、ちょっとした質問を受け、答えた順に兵宿舎へ案内されていった。


「これはなにをしているのだ?」


 天幕の入口に控えていた兵士に聞いてみれば、兵士はぎょっとしたふうにゲイルを見上げ、警戒心を隠さずに腰を落としてから、


「名簿を作成している、とのことですが」


 と、答えた。

 ゲイルは「ふむ」と鼻息を洩らし、軽く頷いた。


「名簿か。確かに、元々の第三大隊の名簿など、なんのアテにもならんからな。元が第一大隊にいたやつもいれば、隣領からの援軍だった者もいるし、ナルバを裏切って部下になったやつもいる」


 必要だろうな、とゲイルは独りごちる。

 しかしその名簿を作成したとして、どのように使うのかは、いまいちよく判らない。必要ではあるだろうが、これから自分の部下はどうなるのか。


 とりあえずは兵宿舎で待機ということになる……のだろう、たぶん。

 そんなふうに納得したところで、「次の方」と声が掛けられた。

 いつの間にやら部下のほとんどが兵宿舎へ吸い込まれていったようで、訓練場に並んでいる隊員は数えるほどしか残っていない。


 天幕に入ると、簡素な長机と椅子、文官らしき男が二名。


「国境戦参加時点での所属、第三大隊における所属、名前を教えて下さい。元の所属がどのようななにであれ、処罰の対象にはなりませんが、虚偽の報告であったと判明した場合には処罰の対象になる可能性があります」


 机の上の紙切れから顔を上げすらせずに文官が言った。

 なるほど、名簿の作成だ。


「最初の所属は……忘れた。所属があったのかも知れんが、判らん。第三大隊では臨時大隊長だ。名前はゲイル・ラインバック」


「ラ――ラインバック!?」


 ぎょっとしたふうに文官が机から視線を引き剥がしてゲイルを見た。


「モゥレヴ・ラインバック伯爵閣下の御子息……次男の、ゲイル・ラインバック様で、間違いありませんか?」


「そうだ」


 首肯を返せば、文官の二人は椅子から立ち上がり、深々と頭を下げる。


「大変失礼しました。直ぐに領騎士を呼びますので、ゲイル様は屋敷へお戻りください。ラインバック家の方々も、ラインバック領民も、我々も……ゲイル様の帰還、心よりお待ちしておりました」


「構わん。仕事だろう。指示は以上か?」


 感極まったような文官の言葉に対し、ゲイルの返答はあまりにも素っ気なかったらしい。文官は虚を突かれたような顔をして「あ、はい」と答えるだけだった。



◇◇◇



 四年ぶりの実家に戻ってみれば、盛大な――とは言い難いにしても、そこそこ程度の歓迎があった。

 もはや顔も名前も知らぬような家人や近衛騎士、見覚えのある老執事に、メイド長……おおよそ二十人ほどが、屋敷の前にずらりと並び、ゲイルを迎えてくれた。


 開かれた屋敷の扉、内と外のちょうど境界に、見知らぬ女がいた。


 陽光を青く反射するほどに漆黒の長い髪。

 それとは対象な、病的に白い肌。

 飾り気のないすらりとした黒一色のワンピース。

 さっとインクを引いたような柳眉には感情が乗せられておらず、人形みたいに整った相貌にもまた、感情の色が窺えない。

 背は、かなり低い。

 手足は、ひどく細い。


 ちょっと触ったら折れそうだな、とゲイルは思った。


「戦場よりお戻りになったこと、誠に光栄に存じます。その勇気と忍耐に心から敬意を表します。帰還を待ち望んでおりました。貴殿の偉大なる功績をたたえ、喜びと感謝の意を捧げます」


 見本のようなカテーシーと、台本を諳んじるような抑揚のない口調。

 頭の角度を元に戻したその女の瞳には、やはり感情らしい感情は窺えない。


「アーカッシュ男爵家より二年前に輿入れしました。ユウナレア・ラインバックと申します。はじめまして、旦那様」


 ふわり、と――用意しておいたとばかりの、完璧な微笑。

 ゲイルは「ふむ」と頷き、少し考えてから、言った。


「モゥレヴ・ラインバックが次男、ゲイル・ラインバックだ。兄上か、もしくはユウナレアから指示を受けろと聞いている。指示をくれ」


「…………」


「…………」


「…………」


 寒々しい沈黙が、たっぷり十秒ほど。

 なにかおかしなことを言ったか、とゲイルは訝しむが、微笑を維持したままのユウナレアが、ぎこちなく口を開いてくれた。


「で、では……お疲れを癒やすためにも、まずは湯浴みを。それから、食事にしましょう。メイド長、旦那様を案内して差し上げて」






感想いただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ