11_楽しい買い物(ゲイル)
ゲイルは部下たちを連れ、兵宿舎へ向かい、飯を食った。
名代として第三大隊をまとめるつもりでいたレイエンは、宿舎の食堂で隊員に囲まれるゲイルを眺めて嘆息していたが、朝食を済ませていなかったのだから仕方がない。「とりあえずはレイエンに任せた」と適当な隊員に告げておいたので、後の苦労は軽減されるだろう。
ちなみに宿舎の食堂は、四年前もよく利用していた。
食堂のおばちゃんは、四年前とほとんど変わっていなかった。
「それにしても隊長、なんでその四人なんです? いやぁ、まあ、マーヴィは判りますがね。誰か好きに連れて行っていいんなら、俺でもマーヴィを選びます」
帰還した日、街を歩きながら話していた中隊長がそんなことを言った。
ゲイルはマナーのことなど思い出すことなく、がつがつと食事を腹に収めながら、その合間に答える。
「イニアエスは、貴重な魔法兵だからな。周辺の警戒には最も適している」
「隊長だったらイニアエスの魔法感知なんぞ必要ないでしょう」
「俺には、な。実家にいるのは、おまえたちじゃない」
「そいつは道理ってもんですねぇ」
話題の人物であるイニアエスは、ジェニーとダニーに挟まれて、ほわほわと穏やかに微笑んでいる。あれはたぶんろくに話を聞いてないな、とゲイルは苦笑した。意外に大雑把なところのある女なのだ。
「俺ぁてっきり、眼の負傷に関して責任感でも湧いて、妾にしようってぇ腹かと思いましたよ。あいつなら隊長の子供、五人でも十人でも孕むでしょうよ」
「俺は次期当主じゃないから、子を設ける義務などないぞ」
そう思ったのでそう言えば、中隊長はお手上げとばかりに両手を上げた。それから、上げた両手をゆっくりと降ろし、わずかに声を潜めて続ける。
「……軍に残る分は、レイエンの野郎に任せるのがいいと俺も思います。除隊する連中に関しては、ルッチの野郎が舵を取る手筈になってます」
「舵を取る?」
「とりあえずは傭兵団でも組織しようかって話でしたよ。まあ、隊長は細かいことは気にせず、好きなように振る舞ってくださいや」
「そうか。なら好きにする。レイエンは少し見栄を張りすぎるところがあるから、おまえが補佐してやれ」
「ええ、任されました」
満足そうに口端を吊り上げる部下の顔を、この四年でゲイルは数え切れないほど見てきた。その部下が死ぬのも――もう、数えるのをやめてしまった。
この先も増えるのだろうか?
停戦して、あの地獄から離れたというのに、そんなことは有り得ないという気分には、まったくならなかった。
◇◇◇
食事を済ませ、五人で軍部を出る。イニアエスがゲイルの右後ろ、ジェニーとダニーはゲイルの両隣、斥候のマーヴィがゲイルのやや前方といった布陣。
なにかを警戒して――というより、普通に歩き出せばこうなってしまうのだ。もはや習性というべきかも知れない。
「とりあえず軍部を出ましたが、どちらに向かうんすか?」
ちらりとゲイルを振り返るマーヴィ。
「とりあえず、買い物だな」
「買い物ですか?」
「なにを買うのですか?」
両隣の双子がゲイルの上着の裾を掴みながら――決して手は掴まない。邪魔になるからだ――顔を上げる。
「服だ。俺たちの服を買いに行く」
「隊長。俺ぁ金を持っていません。イニアエスも、ジェニーもダニーもです。隊長の奢りってぇことですかい?」
「いや、俺も金は持っていない」
一文無しである。マーヴィが苦笑を洩らすが、別にゲイルとしては冗談を言ったわけではない。
「おまえらを俺個人の配下にするのは許可を得た。公費が使える。伯爵家の金で、好きなだけ買い物をすればいい」
「あの……ゲイル様? それでどうして真っ先に服を買いに行くのか、聞かせていただいてもよろしいですか? 装備を揃えるよりも、必要なのでしょうか?」
不思議そうに首を傾げるイニアエス。両目を眼帯で覆っているにも拘わらず、歩みに淀みがないのは、彼女が魔力感知で周囲を認識しているからだ。
白に近い金髪は真っ直ぐに背中まで伸びており、頑丈そうなローブで身体の線はすっぽりと隠されている。背筋を伸ばして歩く姿は『綺麗』と言えないこともないが、なんというか、たぶん物騒な雰囲気の方が強い。
それはイニアエスだけでなく、まだ十歳の双子もそうだし、先を歩くマーヴィなどは見るからに野盗か傭兵かといった身形だ。貴族服に身を包んでいるゲイル自身も、おそらく傍から見れば『物騒』という印象になるはずだ。
「装備というなら、これから買うのはラインバック家の者だと偽装するための装備だな。最前線の隊長の部下としてではなく、伯爵家の次男の配下として振る舞う必要がある。クソほど面倒だが、そういうものだと割り切れ」
「ゲイル様の随意のままに」
真顔でイニアエスは即答した。両脇の双子も深く頷いており、マーヴィもまた当然とばかりに頷いている。
そういうわけで、ゲイルたち五人は徒歩でのんびりと街を練り歩き、途中でマーヴィが市民から「一番の服飾店」を聞き出したので、そこへ向かった。
市街の大通りに面した、それなりに大きな店だった。造りは商店とは全く違っており、凝った扉を開けて店内へ入ると、まるで執事のような格好をした男が開いた扉の先で待ち構えていた。
四年前は、こういう店があっただろうか?
あったとしても、ゲイルには縁のない場所だったので、思い出せなかった。服なんぞ、用意されたものを着ていただけだ。
「失礼ですが、ご予約はされておりますでしょうか?」
慇懃に首を傾げる店員の態度は、ユウナレアの部下の文官を思い出させた。自分の仕事に誇りを持ち、その誇りが他者を見下させている、そういう類の視線だ。
が、貴族服を着ているゲイルはさておき、他の四名はいかにも下層の民といった服装なので、訝られるのも仕方がないだろう。
「予約はないが、服を見たい」
「申し訳ありませんが、当店は予約制となっておりまして……」
「それは本当か?」
なんとなくだが、嘘だと思った。店員の男は一瞬だけ眉を上げたが、即座に微笑を浮かべて、もちろんでございます、と頷いた。
「そうか。では別の服飾店を利用することにする」
特に引き下がることなく、ゲイルはさっさと店を出た。不満げにしている部下たちに苦笑を洩らしたのは、彼らがゲイルを蔑ろにされたことに苛立っているのが理解できるからだ。
「気にするな。あの店に金を落とす羽目にならず、幸運だった」
と、ゲイルは言った。
それで部下たちはあっさり納得してくれた。
◇◇◇
それから、マーヴィが改めて市民へ聞き込みを行い、『上等な衣服も売っている』『評判の良い服飾店』を探して買い物をした。
大通りからは何本か道を逸れており、店舗の大きさもそれほどではないが、店主の人柄が良かった。
見るからにならず者、といった風体のマーヴィに対してですら穏やかな調子を崩さず、双子の姉弟にはあれも似合うこれも似合うと、まるで甥や姪を可愛がるような態度だった。双子もまんざらでもない様子で試着を繰り返していた。
イニアエスに対しては、盲目の女に対し、非常に心配そうな様子だった。当人がまるで気にしていないのを察し、店主は「とびっきりお洒落な眼帯を用意します」と意気込んでいたので、結局はその店で全員分の衣服を、替えも含めて十着ずつ注文することになった。そのうち一着は着替えて帰ると言えば、店主はちょっとした仕立て直しも申し出てくれた。着替えの際に身体の寸法を測り、それに合わせて購入した既製品に手を加えるそうだ。
「ありがとう、店主。あんたに敬意を。ここは素晴らしい店だ」
「あらまあ、それはこちらこそありがとうございます。ところで購入した衣服はどちらへお届けいたしますか?」
「ラインバックの屋敷まで頼む。ゲイル・ラインバック宛で届けてくれ。証明書が必要であれば、署名する」
「ラインバッ――ゲイル様でございますか!? ご帰還なされていたので!?」
目を剥いて驚きを示す店主に、ゲイルは普通に首肯を返した。
「ああ。つい先日な」
「これはこれは、失礼がありましたら、何卒ご容赦を……」
「失礼などあるものか。ここは良い店で、あんたは良い店主だ。満足してる」
「ありがとうございます。それで、その……奥方様は……その、あの、そちらのイニアエス様は……?」
「部下だ」
「左様でございますか」
どうしてだかほっとした様子の店主だった。ゲイルはごく短時間だけ首を傾げたが、まあいいかと気にしないことにした。
「では、調整と運搬を頼む」
「お任せください。……ゲイル様、四年間、私達をお守りくださいまして、本当にありがとうございます。ご帰還を、心よりお祝い申し上げます」
ほんのりと涙ぐむ店主である。ゲイルは小さく笑み、まともな格好になった部下たちを連れて店を出た。
「……なんか、悪くないっすね」
マーヴィが言った。
きれいなおべべに着替えたことでないのは、ゲイルにも理解できた。
◇◇◇
その後、なんとなく市街をぶらつき――ただし金を持っていないので、買い食いなどはできなかった――そろそろ日が傾き始めるかというあたりで屋敷へ戻った。
屋敷の者にゲイルの部下たちを紹介する必要があったし、セバスに部屋を用意させる必要もある。特にユウナレアには、あれこれ話をする必要があった。
帰宅早々に書類上の妻へと面会を求めれば、やはり彼女は執務室にいるとのこと。もしかすると、一日の半分以上を机の前で過ごしているのだろうか。
そんなふうに考えながら扉を開けてみれば、ユウナレアの怜悧な瞳が入室したゲイルを射抜き、加えて彼女はこんなことを言った。
「……愛人と隠し子を連れて街を練り歩いていると聞きましたが」
一体誰に聞いたのかは知らないが、そいつは目が悪いし、俺の妻は耳が悪いのかも知れないな、とゲイルは思った。
もっとまともな斥候を紹介してやるべきかも知れない。
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