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01_戦の終わりと契約結婚(ゲイル)

新作です。

連続投稿の一話目になります。





 戦の始まりがなんだったのかは、もはや戦場を這いずる者たちには、どうでもいいことだった。国境における両国端部同士のちょっとした小競り合いが、いつの間にか引くに引けないところまで――そんなことは、彼らにはもはや関係ない。


 戦術的な一局面が延々と繰り返され、小規模な戦闘が繰り返されるたび、確実に命が散っていく。


 この日も、そうだった。


 国境に所狭しと配置された拠点のひとつ『大鷲の砦』は、リウエ王国軍によって落とされていた。ナルバ王国軍の大半は砦から逃亡、もしくは殺されている。捕虜はいない。捕虜を取れるだけの余裕がないからだ。


 戦が始まって二年ほどは、互いに捕虜も取った。しかし戦が進むに連れ、捕虜を取って飯を食わせるだけの余裕がなくなり、逆に捕虜を取られた側も交換条件を飲めるほどの余裕がなかった。

 現代戦の華である魔法兵など数えるほどしか残されておらず、大規模な魔法戦など一年を過ぎたころには見かけることもなくなってしまった。


 もはや泥沼――というより、戦争の形態としては両国共に敗北だ。

 今回はリウエ王国が砦をひとつ制圧したが、侵攻すればするだけ補給線が伸び、軍圧が薄くなる。戦術的には勝利といえるだろうが、戦略的にはとっくに敗けている。両国、共にだ。一刻も早く幕を引かねばならない。


「やれやれ……どうにか、勝ったか。おいジェイムズ、最悪だが、どうやらまだクソッタレが続くぞ」


 砦の最上部、物見台の上で血と汗に塗れた男が呟いた。

 背が高く、身長の半分以上が脚のような体格をしている。リウエにおいてごく一般的な茶髪は返り血に染まっており、着込んだ甲冑はズタボロで、首からは出血が続いている。動脈をぎりぎりで避けただけの半死人。


 ゲイル・ラインバックというのが男の名だ。


 ラインバック辺境伯の次男であり、この『狭間の泥沼』を四年間戦い続け、生き抜いた、大隊長である。

 戦の緒戦、まだ両国共にこんなことになると思っていなかった頃、初陣を飾るために出陣してから――もう四年。

 十五歳で身長ばかりが高いひょろひょろの少年が、生き地獄を這いずった結果がこれだ。


 元はそれなりに端正だった相貌には無数の切創が刻まれ、かつては生気に満ちていたはずの瞳は、あまりにも濁っている。


「ジェイムズ。後続がこの砦を使い物になるようにするだろうから、今度は防衛戦だ。クソが。こんな砦なんぞ奪ってどうする。燃やしてしまえばいい。いや、そんな燃料がないか。ジェイムズ、とにかく身体を拭いて、飯を食う――」


 ふと、ゲイルは己の言に反応がないのに気付く。

 共に砦へ突入し、同じくらいに敵兵を殺しまくった副官のジェイムズは、とっくに事切れていた。


 これまでゲイルが量産してきた死体と同じように、ジェイムズの死相もまた、この戦場と同じように濁っていた。


「――ハ、勘弁してくれよ。また俺だけ……」


 虚空を見つめ続ける戦友の瞳を閉じるだけの体力もなく、ゲイルは半笑いのような表情で身体を横たわらせた。

 雲ひとつない青空が、ひどく嫌味だった。



◇◇◇



 一週間後、ゲイル率いるラインバック領軍第三大隊は、接収した『大鷲の砦』をそのまま最前線の拠点として利用していた。


 第三大隊などと自称しているが、第一と第二の大隊は既に壊滅しており、人数は二百まで削れている。軍団長であったゲイルの叔父は戦が始まって一年もせずにナルバ国軍による大規模魔法攻撃によって戦死していた。


 戦争が長引くに連れ、ラインバック領軍だけでは戦況の維持ができず、周辺領からの援軍もあり、結果的に戦力の逐次投入を続けることで戦争は長引いた。

 これはナルバ王国側も事情はあまり変わらず、リウエ王国にしろ、ナルバ王国にしろ、どちらの国の中枢も戦場からはあまりに遠かったが故に、「相手に大きく損害を与えた状態で停戦したい」と欲張った結果が、この有り様である。


 領主子息であるゲイルは、戦争のかなり序盤のうちから戦時特例として異例の出世を重ね、運と実力で生き延びるうち、いつの間にやら大隊長だ。

 まだ正式な騎士としての身分すら持っていないのに。


 が、そんなことを気にしていたのは最初の一年ぐらいのもの。

 自らが隊を率いて敵を殺し、自らの指示で隊を退かせて味方を生かす――延々とその判断を迫られ続ければ、初陣に震えていた少年だって濁った眼をした死神になれる。性質(たち)の悪いことに、ゲイルには戦闘の才能があった。


 それは戦術的な一局面を覆す類の才であり、戦略的な局面を左右する才ではなかったのだが……仮に後者の才があったとて、戦場の一指揮官に打てる手など多くはなかっただろう。


 ゲイルはその日、自室として割り当てた部屋の中、ぼんやりと虚空を眺めて時間を潰していた。元が応接用だったのか執務用だったのかは判らないが、それなりに立派な革張りのソファーが置いてあり、そこに身を沈ませて天井を眺めている限りは、ひとまず平和だった。


 しかしそんなものは長く続かない。

 ゲイルの聴覚が廊下の向こうから響く足音を捕捉し、何者かが乱暴に扉を開けるまでの時間で、立てかけていた直剣を手に取り、ソファーの背中側へするりと移動する。しゃがむだけでソファーが盾になる位置だ。


「ゲイル大隊長!」


 ノックもなく扉を開けたのは、伝令と諜報と斥候を兼ねた隊員だった。

 彼はひどく慌てた様子で入室し、抱えていた紙束をテーブルの上に叩きつけた。敵の急襲にしては戦の匂いがしないな、とゲイルはぴくぴく鼻を動かしながら、部下がテーブルに広げた紙束へ視線を向ける。


「敵の動き……では、なさそうだな。ホレンス、なにがあった?」


 体躯に似合わぬ身軽さでソファーの背中側から身体を移動させ、息を荒らげる部下へ視線を向ける。

 普段は冷静なホレンス隊員は、何度か深呼吸をしてから、告げた。


「王都より……て、停戦の……通達がありました……っ!」


「停戦? ナルバの情報撹乱ではなく、か?」


「王都の騎士団が来ています。それに、ラインバック領軍の本隊も……」


「ふむ」


 だったら本当に停戦するのかも知れないな、と半ば他人事のように考えながら、ゲイルはテーブルの上に広げられた紙束を一瞥した。

 その中に、ラインバック辺境伯の封蝋つきの文が紛れているのを見つけ、雑に封を破り、文に目を通す。


 差出人は、モゥレヴ・ラインバック。

 ゲイルの実父だ。戦争が始まってからは一度も前線へ出なかったラインバック辺境伯その人だが、今更、ゲイルの心境は微動だにしない。


「どうやら本当に停戦するらしいな。この砦の前に広がる平原を和平会談の場所にするそうだ。王都の騎士団と、親父殿の領軍本隊が、第三大隊と入れ替わる形になるな。以降、第三大隊は領都へ戻って指示を仰げとの……うん?」


 文面を追っていたゲイルの目が細められる。

 瞳が何度も何度も左右へ動き、同じ箇所を何度も読み返している。


「……ど、どうなさったのですか、大隊長?」


 思わず、というふうにホレンスが問いを口にする。

 これからすぐに敵を迎撃する、などという指示であれば一秒の暇すら必要なく敬礼して復唱できていただろうが、戦が終わるというのであれば、次になにをすればいいのかなど彼らには予想もつかないのだ。


 もちろんゲイルにも予想などつかない。

 なのでゲイルは予想などしなかった。


 ただ、文面に間違いがないか、何度も確認しただけだ。


「指示はガーノート・ラインバック……兄上だな。もしくは、ユウナレア・ラインバックから受けること。なお、連絡が遅れたが、ユウナレアはアーカッシュ男爵家の長女であり、一昨年(おととし)にゲイル・ラインバックと書類上の結婚を済ませており、現在はラインバック領地経営の手伝いをしている……」


「…………」


「……なるほど、どうやら俺は結婚していたらしいな」


「……その、おめでとうございます?」


 かろうじて、という感じで部下はそれだけ言った。

 それくらい咄嗟に言える精神力がなければ、とうに死んでいただろう。


 無論、ありがとうと返す気にはなれなかったが。




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