捨てようと思った婚約者が引く手あまたでした
王太子の名前を考えていなかった
「ルビィとの婚約を破棄しようと思う」
学園の一室。王太子である自分を含む代々の王族に与えられた特権である執務室。そこには側近となる者たちが集められている。
「もちろん理由は」
「じゃあ、俺が立候補していいですかっ⁉」
話を続けようと思った王太子の言葉を遮るように尋ねるのは辺境伯令息――ギルバード。
「彼女の戦術は素晴らしくてな!! 魔獣討伐の際に助けられてからずっと辺境に来てほしかったんだ!!」
とうきうきと聞いてもいないのに語りだすさまに、
「ずるいぞ、ギル。ルビィ嬢は補助魔法の才能が素晴らしくてずっと目を付けていたんだが」
とギルバードの言葉にすぐに反応するのは騎士団長の嫡男クォーツ。
「ぼ、僕も……ルビィさまと魔法研究の話をもっとしたい……」
おずおずと口を開いて手を挙げるのは、魔法塔のエリートだが、その性格を鍛え直すために側近に加えられたリヒャルト。
「おやおや、皆さんもですか」
「そう言うマリオンはどうなんだ?」
クォーツの問い掛けにマリオンはにこやかに笑みを浮かべて、
「当然、私も立候補しますよ。あの人柄は当然ですし、何よりもルビィさまがいると聖魔法使いが20人必要な状況でも5人で済みます。聖魔法使いの過労死が防げるのですよ」
一時的でも人数が減らせるのは助かりますと告げる目は真剣に欲しているものだった。
「――で」
「なんで、ルビィ嬢との婚約を破棄するんだ?」
「おっ、教えて、くださぃ………」
「何かあったのですか? 詳しく話してください」
側近4人の勢いにたじたじになっているとそれまでずっと黙っていた宰相の息子――ルビィの弟であるサファイアが、
「殿下は最近男爵令嬢と良い仲になっていて、姉上を蔑ろにしているんですよ。諫言をお説教だとか嫉妬とか愚かな事まで言い出して」
眼鏡を直す仕草をしながら呆れたようにずけずけと毒を含んで告げる様に、
「ルビィが身分を笠に着てスピネルを冷遇するのが悪いのだろう!!」
と反論する。
「はっ、身分を笠に着て? どこがですか?」
「学園はまあ、一応、表向き身分を問わず平等を謳っていますが、それを実際に行うと殿下は甘い汁を吸いたい輩に囲まれて平穏な日々を送れていませんよ。大体、この執務室こそが、平等じゃないと言っているようなものでしょう」
「辺境の意味を田舎だと勘違いしている平民ときちんと辺境の意味を理解している平民を同等に扱う時点で平等などないけどな。ちなみに田舎と勘違いしている男爵令嬢も居たな」
「ま……ま、魔法を手品と勘違いしていたよ……あの男爵令嬢……。じゃ、じゃあ、君の使用している道具は何なの……」
「戦いなんて野蛮だ。話し合いで解決しようとお花畑な事を言っている男爵令嬢が居たな」
次々と側近が呆れたようにルビィの事を正当化。それと変なふうにぼやかして出てくる男爵令嬢の存在に、
「なんだそれは?」
と疑問を投げかける。
「さあ、何のことでしょう。自分で考えてください」
「さっきから棘だらけだぞサファイア。ルビィは身内だからって庇わなくても」
お前の評価は変わらないから安心しろと告げようとして、
「棘。ああ、棘に気付いているのならなんでそこまで棘まみれで言われているか理解してくださいね」
相手にするのは面倒だとばかりに冷たい視線を向けられて、
「サファはいいやつだな~。身内だという点を考えたら見捨てたくなるよな」
「いいやつ? はっ、こんな奴の所為で姉上にケチが付いたら困るだけですよ」
「ケチが付く前に俺が婚約者候補として立候補をするから安心しろ!!」
「そうなる前にルビィさまを聖女判定しますよ。それくらいしないとおかしいくらい素晴らしい行いをしていますから」
とわいわいがやがやと盛り上がっている様に口を挟めないのは意味を理解していないと汚名を着せられている王太子と勢いに押されているリヒャルト。
「な、なあ……リヒャルト……」
「で、殿下は、ルビィさまに劣等感を持っているから正当に評価できていない……と思い、ます……」
緊張したように言葉を紡ぐリヒャルトからは積極的に言わないだけで、側近たちと同じ意見だと言われたも同然だった。
「――お前たちの目は節穴だ」
「そうです!! あたしはいつもルビィさまにいじわるされているんですよっ!!」
ノックもせずに入ってくるのは、
「スピネル。どうしてここに?」
「あ~殿下ぁ~。聞いてくださいよ。ルビィさまって、たまたまサロンでお会いして話をしようと近付いたらこっちを見るなり去って行かれたんですよぉ~。酷くないですかぁ~」
と抱き付いてくるスピネルをそっと支え、
「確かに酷いな。せっかく挨拶に行ったのに」
やはりルビィは自分の婚約者に相応しくないと決心して、
「やはり。ルビィと婚約を破棄してやる」
と宣言すると。
「ノックもせずに入ってきて」
「仲もよくないと言っている相手が寛いでいる時に近付いてくる」
「サロンに一人でいたか他にもいたのか」
「いえ、そもそも今の時間だったらサロンは貸し切り状態で、何かイベントのセッティングだったと思いましたよ」
「あ、そういえば……、この時期はマナー教室という企画で……たっ、確か、令嬢たちが主催になって希望届を出した平民女性をお茶会に招待するというのがあったと……思い、ます」
リヒャルトの言葉にサファイアがすぐに動いて、ある書類を取り出す。
「ああ、確かにありますね」
「嘘よ。だって、みんなサロンでお茶飲んでいるだけだったもの」
ぼろぼろと涙を流すスピネルを抱きしめて、
「可哀そうだったな。大丈夫だ」
と慰めると、
「…………婚約破棄の方は僕が直接父と姉に伝えておきます。もう無理なので」
サファイアが後半告げた言葉は聞き取れなかったので聞き返そうと思ったと同時にサファイアは立ち上がる。それに合わせるように、
「じゃあ、俺も」
「早いうちに動かねえと」
「が、頑張ってください……」
「これからのことを祈っておきます」
と意味不明な事を告げて他の側近も動き出す。
………それからすぐに、婚約破棄の話を父から直接言われた。
それと同時に王太子としての資質を問われて、王太子は白紙となった。
「そこまでその男爵令嬢に入れ込んでいるのなら結婚を許そう」
と謎の言葉と共に。
いったいどういうことが起きたのか分からずに、スピネルに婚約を破棄したことを告げて、結婚を認めてもらったと告げたら。
「はぁぁぁ!? 王太子じゃないあんたなんてきょーみないんですけど」
といきなりスピネルらしくないことを言い出して、
「王子様なのに、俺様系でも貴公子系でもない中途半端で、人気投票最下位だったけど、金も地位もあるからいっかなーと思ったのに何でこうなるのよ。やっぱ、クソゲーだわ」
「す、スピネル……」
「なんで高スペックを悪役令嬢に極振りしちゃったのよ!! おかしいでしょう」
一人で喚いているスピネルを見て、側近たちの言動を思い出す。
身分を笠に着てといったが、身分をきちんと弁えないとこのような甘言に騙される。
真実を確かめないで一方の言い分だけを聞いて悪だと決めつけていた。
(これでは確かに王太子失格だな……)
と今更になってルビィが素晴らしすぎるからこそ自分が劣らない相手を傍に置きたかったのだとスピネルを見て気づいた。
もう、手遅れだったが。
(今頃ルビィは正当に評価してくれて自分を欲してくれる誰かを選んでいるのだろう)
そう思うと自分の愚かさに笑いたくなったのだった。
実は何度か諫めていたけど王太子は恋によってて聞いちゃいねえ。そこで見切りをつけた側近ず。