兵士の遺物
ゾンビは魔力で動き出した死体
身体が腐っていたり欠損している状態が普通で治ることも無い
生前と比べても動きが鈍く知能も無いので腕力が強い以外は特に取り柄が無い
頭部を破壊すれば一般人でも殺せる
棺の部屋から出ると複数のグールが徘徊する大広間があった
さっき消滅した死体と同じ装備と言う事は同じ部隊だったのだろう
近くにいたグールの顎を打ちぬいた勢いで頸椎を砕いて腹部を蹴り飛ばす
その音を聞きつけて残りのグールが殺到するが接近してきた順番に一撃で戦闘不能にして蹴り飛ばしてやる
「このグールって言うのは魔力で動く死体なんだろ?
なんで首が折れたら動けなくなるんだろうな」
「……あすにはふじみやふめつを……ころせたってでんせつがあります……」
後ろで松明をできるだけ高く掲げながらダグナが言う
ちなみにアスとはアハトネウスを略してアスらしい
ダグナはそのままだが略すとしたらどれが一番似合うだろうか
「普通は倒せないが俺は倒せるってだけか、どっかで確認しておきたいな」
「……ためしてみます?……セカイのハドウよ、ツドいてアダなせ……!」
そう言うとダグナは祈り唱えて魔術を編み上げると残っていたグールに魔術を放つ
本と松明で両手が塞がっているが魔術行使に問題は無いらしい
神官が魔術を使っているのも若干疑問だがそういうものなのだろう
魔術の標的にされたグールは他のグールと違い剣と盾を装備していたが魔術を防ぐことはできなかった
死体が消滅する時とは逆に青白い光が頭部に集中すると空間が揺らぎ
小規模な爆発を巻き起こす
魔力の爆発で肩から上を消し飛ばされ盾は腕ごと失い剣は半ばほどから砕け散ったがグールはそれを意に介さず突っ込んでくる
その頭部を失ったグールの攻撃を軽くいなすと腹を思い切り蹴飛ばして距離を取る
「頭が無くなったのに本当に死なないな、これどうやって処理すればいいんだ?」
「……あすならしんぞうをつぶせば……もんだいないはずです……」
魔力を使ったせいか死にそうな顔になったダグナはその場に蹲ると息も絶え絶えに言った
蹴り飛ばされて床に転がっていたグールの心臓をスタンピングするように踏み潰す
すると立ち上がろうとしていたグールの体がビクッと痙攣して動かなくなった
近くに倒れている仰向けのグールは体の正面を鉄製の胸当てで覆われているので
蹴り転がしてから骨ごと心臓を踏み潰してみると同じように動かなくなる
次に砕けた剣を拾い上げてグールの心臓に刺したり首を斬ったり顔に突き立てて
確かめてみるとそいつらも動かなくなった
首の骨を折っても殺せない理由はよく分からないがそれ以外の致命傷なら俺は
グールを問題なく殺せるらしい
しばらくすると全ての死体が青白い燐光を舞い散らして存在感を薄れさせ始めた
離れた場所にある死体も距離に関係無く全てを本に吸われて跡形も無く消滅した
燐光を吸い込んだ本が柔らかに輝くと月色の光がダグナの体を包み込むと体調が
僅かに回復したようで粗くなっていた呼吸も徐々に整っていく
最初に回復していた時は光った本を横目に消えていく死体の方を見ていたので気が付かなかった
蹲っていたダグナから松明を受け取ると空いた手を握り助け起こす
「俺がグールを殺せるのも不思議だけど、その本も不思議だよな
何か元気を与える魔術でもあるのか?」
「……こ、これはまりょくをもらってます……それでむりやりせいめいを
いじしてるんです……」
「生命維持ってかなりギリギリって事か、どこかに休憩して栄養を取れる場所でも
あればいいんだが」
「……あっちにぐーるのきょてんがあります……のこってるぶっしもらっちゃ
いましょう……」
ダグナが指差す方を見れば石造りのこの場所に不釣り合いな布で出来た小屋がある
グールが残ってないか確認しながら近づくとそこは兵士の野営地と言った感じで
燃え尽きた松明の残りカスと荷物が散らかっていた
布の入り口をそっと開いて小屋の中を覗いてみてもグールが動くような気配は無い
振り返るとダグナが荷物を漁り兵士の替えの服を取り出すと俺に渡してきた
俺はそれを受け取り着ているとその間に何かの入れ物に松明の火を移して差し出す
「……これはらんたんです……まわりがもえないのでてんとのなかを……あんぜん
にさがせますよ……」
「へぇ、便利な物があるんだな。このテント?の中から物資を探せばいいんだな」
「……あとでてんともかいしゅうします……こわさないでくださいね……」
ランタンを受け取り分かったと手を振って応えるとテントの中を照らして入る
中心には机が置かれており上には印が付けられた数枚の地図や用途不明の器具が
いくつかと箱詰めにされた戦利品のようなもの
壁際にはグールが着ていた物と同じ兵士の武具防具と言った装備が予備などと一緒に数個の箱に分けられて入れられていた
近くには手入れの途中だったのか何本かの剣が転がっている
奥には箱の上に敷かれた布と袋があり中を見ると食料と思われる物が入っていた
その箱と袋を持ってテントを出ようとするとダグナが元々着ていた襤褸から兵士
の服に着替えている最中だった
そっと入口を閉めてテントの中でしばらく待機してからタイミングを見計らって
出ていくとダグナが木の椅子2脚を並べて座り燭台に置いた松明で何かを炙って
齧りついていた
手元には金属マグカップが握られており持っていた本はベルトで身体に固定され
周りに散らかっていた荷物はすでにまとめて隅に寄せてあった
ダグナが中身を見えるように箱を目の前に降ろして布を取り除く
「テントの中に食べ物らしき物を見つけた。焼いて齧るか?」
「……ものによりますね……なかをみてみましょう……」
そう言ってダグナは箱の中から長方形の黒い塊を1つ取り出すと包み紙を剥いて
齧りついた
しばらくもぐもぐと咀嚼し飲み込むと静かに頷いて箱の中から同じ物を取り出すと差し出してくる
俺はそれを受け取るとダグナの隣に座って包み紙を剝いた
これがどういう食べ物なのか分からなかったがダグナが既に食べているので
迷いなく齧りつくとかなりの歯ごたえで咀嚼すると酸っぱい味が口に広がった
どれだけ噛んでも飲み込むまで味も歯ごたえも変わらず不思議と癖になる食べ物だった
食べ終わると最初にダグナが齧っていた炙った物の欠片を口に差し入れられる
こちらは適度な歯ごたえなのだが塩濃い味であまり多くは食べられ無さそうだった
おそらく毎食食べるような物ではなく緊急時の栄養補給用の物なのだろう
「……くろいのがくろぱんです……ちゃいろのがほしにくです……」
「ふ~ん、この干し肉ってかなりしょっぱいな。飲み物って無いのか?」
「……これをどうぞ……きれいなみずです………」
既に飲み終わって空になっていた金属マグカップに円盤型の水筒からトトトッと
水を移して渡してくれる
本当は少しだけ飲むつもりだったのだが水の冷たさに思わずゴクリと一気に
飲み干してしまう
食事というか効率的な栄養補給も終わり一息ついたダグナはうとうとしているが
今後の事を話してくれた
まずはここを脱出しダグナの所属する教会に行き儀式「再臨の儀」の結果を報告
その後に王に謁見したら教会指定の聖地を巡って聖遺物と言うのを回収する
全てが終わったら信仰神者として国に祀られると言う
聞いていて思ったがこれはダグナの今後の予定だ
詳しくは知らないが奴隷神官を信仰神者などという地位の高そうな役職に就かせるのは教会側の都合なんだろう
そこまで言ったところでダグナが肩に寄りかかって意識を失ってしまった
そもそもダグナは生きてるのも不思議な状態だったのだから貧弱そうな身体で
ここまでよく耐えた方なのかもしれない
眠ったダグナをどうするか考えて他に休めそうな場所も無かったので仕方なく膝枕に移行して休ませる
パチパチと燃える松明を眺めながら静かな時間が過ぎていった
グールは魔力で動き出した死体
肉を喰らうと身体の腐敗や欠損が回復する
知能は無いが脳の制限が外れているので生前よりも動きが早く膂力も強い
致命傷を与えても浄化しない限り動き続けるので聖職者以外は殺せない