目覚めた男
不幸な女の子を幸せにする系の話が嫌いな訳では無いんだけども
目を覚ますとそこは知らない部屋だった
かび臭い石造りの狭い部屋で土埃が積もり至る所に蜘蛛の巣が張っている
視界の端でゆらゆらと揺れる松明の火が俺以外の室内にいる人影を
壁に映し出していた
布団代わりに寝そべっていた石棺から上体を起こして室内にいる人間を見る
1人は部屋の入り口で壁にもたれかかり座っている鎧を着た兵士らしき男
もう1人は目の前で何事かをブツブツと呟いている襤褸を纏った奴隷らしき女
跪いて手を組んでいる姿勢から呟いているのは祈っているのだと気が付いた
よく見ると首には粗末な身なりからは想像できないほどきれいな聖守護像が
提がっており神官であることが分かった
他にも右手首には枷が付いており長い鎖が入り口の男の手へと伸びていた
このような扱いを受けていると言う事は奴隷神官なのだろう
その様子を眺めていると祈りが終わったのか急に無言になりゆっくりと顔を上げた
しばらくお互いに見つめ合っていると奴隷神官はゆっくりと立ち上がり被っていた
フードを取り払った
低めの身長と不健康に痩せこけた体付きに今にも死にそうな幼い顔付き
薄汚れてくすんだ腰まで届く長い金髪に陰のある沈んだ金色の瞳の少女
服装と同じぐらいにボロボロな少女はジャラリと枷と鎖の付いたその手を俺に
伸ばして言った
「……わ、わたしはあなたのいけにえ……だぐな……」
拙いと言うよりは疲労して碌に出ないといった感じで絞り出された声はしわがれた老人のようで死の気配を強く感じさせる
差し出された手を掴みその身を引き寄せてみると下水道のようなツンとした臭いが鼻についた
一瞬だけ顔をしかるが女の身体を抱く欲望を抑えられずそのまま抱きしめる
その身体は手足や服の隙間から見えていた通り骨と皮ばかりで少女と言うよりは
即身仏のようで何の面白みも無かった
突然抱きしめられた少女は特に抵抗することもなく無表情のまま身を委ねている
そもそも生贄などと名乗ったのだから何をされても抵抗などしなかっただろう
少女の髪を適当に撫でながら頭に浮かんだ疑問を聞いた
「今、俺は何も覚えてないんだがお前たちは何の為にここにいる?」
何も覚えてないが嘘は赦さないというように腕に少し力を込める
と言っても死にかけてる少女にそこまで負担を掛けるわけにはいかない
チラッと男の方に視線を送るが座り込んだ男は微動だにしなかった
「……わ、わたしはあなたのいけにえに……あ、あのへいしはぷのれとおうの
……ししゃです……」
息苦しそうな呼吸をしながらも少女はしっかりと答える
これ以上この少女が知る事も無さそうだと判断して雑に少女を抱えると男の方に
ジャラジャラと鎖の音をさせながら近付く
「おい、お前が王から持たされた命令はなんだ?」
入口に座っている兵士に声をかけてみるが一切反応が無い
さらに近づいて顔を覗き込むと兵士は呼吸をしておらず眠るように死んでいた
抱えていた少女を見ると知らなかったと言うように力無くふるふると首を振った
「いや、どうすんだよこれ」
死体の状態は寝ていると勘違いする程度には新鮮でそこまで時間が経っていないと判断して俺は少女を横に降ろして壁際に座らせると金具で固定されている男の装備を乱暴に剥ぎ取った
そして床に転がし服をはだけて胸を露出させると心臓を一定の速さと強さで
殴り続ける
しばらくの間続けていたが男が息を吹き返すことは無かった
仕方なく別の事に思考を巡らせる
何も覚えていないというのは嘘ではないが本当でもないので今できる範囲の事を考える
少女は死体に鎖で繋がれているので連れて行くとしたら鎖を外さないといけない
奴隷神官なんて奴隷に毛が生えた程度の価値なので連れて行かなくても良いが
聞き分けが良いので後で使えそうだ
「(つまり鎖から解放する必要がある)」
そう考えて死体の懐を探るが死体は鍵らしきものを持っていなかった
中途半端に剥いだ装備を全部外して確認しても見つからないどころか腕を切断
できそうな武器も持っていなかった
溜息が出そうになるのを堪えながら石棺を振り返る
中に何かしらの刃物があればそれでもいいし無ければ死体を引き摺って行こうと
決めて石棺に拳を振り下ろした
ドガァンと破壊音を響かせながら石棺の蓋部分が砕け散った
松明を手に持ち棺にあいた穴から中を覗いてみると副葬品が光を反射してキラキラと輝いている
棺の破片を手荒く退かすと中身の副葬品を明かりの元に晒す
キラキラと光を反射していたのは宝石で装飾された実用性の無さそうな短剣だった
他にも幾つかの儀礼的な盾や杖が入れられており埋葬されていた人物の位の高さをうかがえる
話の流れ的にこの棺に葬られていたのは俺になるんだが劣化具合を見るに相当昔の物だ
その中に1つ一切劣化の見られない新品同様の本が1冊混ざっていた
装飾的にも派手ではなく何故この中に混ざっているのか疑問になる
見た感じ頁に使われているのは草の茎や動物の皮と言ったものではないがこれは紙だろうか
副葬品の目録か死者の功績でも書かれているのかと頁を少し捲ってみる
そこには想像通りの内容が記号の様に羅列されていた以外に死者の保存方法や
復活手順などの根拠の薄い懐疑的な記述が書き記されていたあった
こんな処理の仕方をされていたら生き返るものも生き返らないだろう
興味を失い本を閉じると先程は何も無かった表紙に題名のような文字と意匠が現れていた
恐らく本を捲っている時に表紙についていた埃や汚れが落ちて見えるようになったのだろう
表紙の汚れを手で軽く払う様に動かすと浮かび上がるように文字と意匠があらわになる
「なんだ……髑髏の笑う月?いや、笑う髑髏の月か」
何の気なしに題名を読み上げると手に持った本が微かに光を放ち震えだした
ゾワゾワと言葉にならない怪しげな気配が空気を満たす
何かが起きた一体何が起こったと振り返るとジャラリと鎖の擦れる音をさせて
死んでいたはずの兵士が幽鬼の如く立ち上がっていた
幸せな女の子を不幸にする方がえっちに感じる