振られて
振られた。彼はそれこそ身が引き裂かれる思いだった。
「あなたは変わっちゃった」
芝居の台詞めいた言辞にいざ邂逅すると、それは重く胸を打った。
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晩酌の席に一つ年下で、まだ学生の栞奈を呼び寄せ、繰り言を言うようになったばかりではない。
すでにいっぱしの仕事人のつもりだろう、どうすれば上手くこなせるか、横着する方法を披露するにおよんで、彼女があきれ顔になったのも、陶然とあごをさする彼は気づかなかった。
一度や二度、それも心労の果ての所為であったなら、彼女も同情しただろう。が、そうでないことは、晩酌につきあわされる頻度がいや増すにつれ、疑えなくなった。
青春のひとときを捧げた男と離れるのは彼女としてもつらかった。
別れるときめてから幾日も、栞奈はさんざん泣いて、なおさめざめとつづく際限のない悲しみのなか、ふいに、未来の幸福がほのめいた。
彼と、そうでない別のものがあらわれて、ひとつが掻き消えた。
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『直すから──』彼はそういいかけてやめた。
彼女のためにみずからを矯正すると、造作なく言葉にはできても、実行は至難であると、わかっていた。
そのままのおれを知ってもらわねば、きっとこのさき、同様のことにぶつかる。栞奈がそれを望まないなら、無理に引き留めることはない。
それから、一度だけ会って食事をし、閨房を訪れた。
最後に、と相手にも自分にも誓って、その場をあとに舗道を歩いていると、次第に冷ややかな解放感につつまれた。
その冷淡さは彼女ひとりのみではなく、全女性へむけられているのを、感じていた。
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それ以降、酒量はずっと減り、おだやかに女性を愛するようになった。広く女と交際し、旧交を温め、彼女たちの話にすすんで耳を傾けた。
しかし自身の内側については、つとめて秘するようになり、そして、恋を覚えたことは一度としてない。
ただ、今はより深く、それでいて身近に、女性たちへの愛を感じている。
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