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ユキばあさんのアイス 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 へえ、いまどきって色々なアイスが売っているんだねえ。

 バニラアイスと一口にいっても、カップあり、コーンあり、パックあり……。こーらくんは、違いを意識して買ったりしているのかい。

 聞いたところ、アイスの国内販売額はざっと3500億円をオーバーするらしい。30度越えの日が、珍しくなくなって久しい。年がら年中、アイスを食べるという人も私の知り合いにはいる。

 私が前に住んでいた場所は、当時のアイスブームがやってくるのがだいぶ遅くてね。アイスといったら、棒に刺したアイスキャンデーというイメージが強かった。

 そのぶん、というのもなんだがアイスキャンデーをめぐる、ちょっとした思い出があるんだよ。どうだい、聞いてみないかい?



 私が小さい頃は、まだまだ空き地がたくさんあった。

 遊ぶ場所には事欠かず、毎日、いろいろな場所をめぐっていたが、やがてとある公園を私たちはよく利用するようになる。

 面白い遊具があったわけじゃない。アイスキャンデー売りが、定期的にここへやってくることを知ったからだ。



 自転車の後ろに大きなアイスキャンデーの箱を乗せ、ベルをちりんちりん鳴らしながら、あの人はやってくる。

 すでに還暦を過ぎているかと思われる白髪のおばあさんで、箱についているのぼりには、「雪のアイスキャンデー売ります」の文字。ゆえに私たちは、彼女のことを「ユキばあさん」と呼んでいた。

 彼女の売るアイスキャンデーが私たちに好評を博したのは、売っているアイスがおいしいばかりじゃない。その日の数量限定で、手作りアイスキャンデーづくりができるからだ。


 こーらくんは、製氷皿とかを使ってシャーベットとか作った記憶ないかい? 私が一人暮らしをしているときなんか、カルピスの原液を皿に入れてね。冷凍庫に突っ込んで、即席のカルピスシャーベットを作っていたんだよ。

 アイスキャンデーも似たようなもので、たいていは型をとった容器の中にアイスの中身を入れ、固まるまでよく冷やす。その工作の機会が、子供心にとっても興味を惹かれたんだよね。


 ところが、ユキばあさんが用意しているものは、ちょっと形が違う。

 どちらかといえば、わたがし製造機のほうが近い。ひとかかえもある広くて深い銀製の釜で、中央には同じ銀色の筒が飛び出ている。そして注文があると、ユキばあさんは自転車の後ろにくくりつけた、アイスの箱の中をあさり始めるんだ。

 すでにできあがっているアイスキャンデーと、保冷のために敷かれた氷たち。そいつをかき分けていくと、中からキャップのついた、半透明のビニール製ボトルが出てくる。中身は青、白、赤などにほんのり染まっているのが見て取れたよ。


 客が選んだ色の中身を、ユキばあさんは釜の中へ放出。半分くらいまでの「かさ」になったところで、客に何もついていないアイスキャンデーの棒を渡してくるんだ。

 指示通り、キャンデーの棒を釜の中の液体に浸すと、ユキばあさんは釜の壁へ手を当てる。相手の顔を挟む時のように、釜の両端にばあさんの手のひらが押し当てられると、中の液体がパキパキと音を立て始める。

 それが始まりの合図。客はキャンデーの棒を液体にひたしたまま、釜の中でぐるぐる動かしていく。そうすると棒の周りに、どんどん液の色が集まる。

 さらに続けると、それらが全部固まって氷となるんだ。それぞれの判断で取り出してみるころには、立派なアイスキャンデーができあがっているという寸法というわけ。

 できたてかつ、自分で作ったものとなると、味わいもまたひとしおだったのさ。

 

 この手作りアイス、年齢の低い子ほど安く作ることができる。

 4歳以下の子ならタダ、5歳以降になるとお金を取られるが、12歳くらいまでは普通に買うアイスキャンデーよりも安い。

 どんな情報網を持っているのか、ユキばあさんの前ではいくら歳をごまかそうとしても、通用しなかった。大人が試そうとすると、アイスにしては法外な値段を要求されることもあって、人気はもっぱら子供に集中したよ。

 そして12歳になったら、この手作りアイスからは卒業する。それが集まる子供たちの間で、暗黙のルールになっていた。



 ことは私が11歳を迎えた夏に起こる。

 今年で手作りアイスが食べおさめと考えると、ユキばあさんを見かけるたび、ついつい注文してしまう。

 他のアイスキャンデーに比べると、もはや値段の差は10円もない。一本一本を大事にするべく、私はじっくり棒を釜の液にひたしていく。

 この手作りアイス。時間をかければ大きいものになるが、重さのバランスまでは保障外だ。ときに欲張って、特大のアイスを作る子もいたが、自重に耐えられずボキッ。地面に落ちてアリのエサというケースも何度も見てきた。

 やり直しをばあさんは認めてくれないし、それぞれの目で頃合いを見計らう必要があった。

 今日の私のチョイスはブドウ味。適度なところで引き上げ、他のアイスキャンデーと同じような丸い身体に整えると、さっそくその先っちょに歯を立てた。

 

 これが、崩れなかった。

 普段なら、さくりと歯を飲み込んだアイスの身体は、そのまま抵抗なく噛み切られて、私の舌の上を溶け転がるはずなんだ。

 けれども、今回は私の歯が立たない。何度かじりついても結果は変わらず、ユキばあさんはその様子を見て、すっと目を険しくする。

 その場にいる、手作りアイス待ちの子供たちの相手が終わると、「ちょっとおばさんの家に来な」と、おばさんはアイスの箱を自転車の前かごに置き、空いた後部座席をぽんぽんと叩いてくる。

 この手のやり方で、子供をさらっていく事件を聞いたばかりでもあった。私はユキばあさんの誘いをいったん断る。

 するとユキばあさんは、私の家へ連れて行ってほしいと申し出てきた。親御さんとじかに掛け合ってみるのだという。

 

 その後、私はユキばあさんを家まで案内した。両親と二、三話したあと、私はユキばあさんに付いていくようにいわれてしまう。

 ユキばあさんの自転車は、先も話した通り、前かごに箱が乗っている。完全に視界が塞がっているはずなのに、ユキばあさんは事故る気配を見せない。陽が西に傾きかけ、赤い光が照る中、ギーコラギーコラ音を立てて進んでいく自転車は、やがて一軒の店の前で止まった。

「あいす屋」と看板を掲げるその家は、雰囲気作りなのか、わらぶきの平屋といったかっこうをしている。ガラス戸が張った向こう側には、一升瓶を入れられる大型の冷蔵庫の姿がちらほらと見えた。

 店内へ通された私は、まず室内の寒さに驚く。外はうだるような暑さだというのに、ここはじっとしていると、身体から霜が下りてしまいそうな冷たさだ。

 そのうえ、あの大型冷蔵庫の中身。よく見ると、それはユキばあさんが箱の底に仕込んでいる、手作りアイスの原液たちだったんだ。そりゃあ、アイスキャンデーを売るならたくさんあって然るべきだけど、私にはちょっとインパクトが強かったよ。


 ユキばあさんはカウンター近くまで私を連れてくる。そこにはすでに、あのアイス製造機が用意されていて、私はまたアイスを作ること。それを食べることを指示された。


「このアイスには、あんたの明日が閉じ込められている、といったら信じるかい?」


 いつものように、釜に両手を添えながらユキばあさんが尋ねてくる。


「あんたに限らない。みんなが作るアイスには、みんなの明日が閉じ込められる。そいつを崩して、食べられなきゃ、その子の明日は終わるんだ」


 できあがったアイスに歯を立てる。昼に作ったのと同じ、鉄のような固さで、アイスは私の咀嚼をこばむ。寒い店内を出て試しても、アイスはいささかも柔らかくなる様子を見せない。


「がんばれ。私にはどうすることもできない。あんたが自分でやるんだよ」


 ユキばあさんは、店の戸口から私をじっと見つめる。

 いくらしゃぶったところで、ぬるくも柔らかくもならないアイス。それに延々と歯を立て、痛みをこらえるように、ばあさんに諭されて。そうしてようやく先っぽを削り取れたのは、数時間後のことだった。

 切り離されたアイスは、あっという間に溶けてしまう。同時に、棒に刺した残りのアイスは、またたくまに水あめのように崩れ落ち、地面へ吸い込まれてしまったんだ。

「よく頑張ったね」と頭をなでてきたユキばあさんは、袋に入ったアイスキャンデーを二本渡してくる。いずれも普通の、やわらかいアイスキャンデーだったんだ。


 翌日。私は下校途中にとある店の前を通りかかったとき、古びた看板が目の前に落ちてくるのを見た。

 大人数人分を下敷きにできる大きなもの。それも地面に大きくめり込むほど重くて、あと少し早く歩いていれば、大惨事になっていただろう。


 ――そいつを崩して、食べられなきゃ、その子の明日は終わるんだ。


 命拾いした私は、その足でユキばあさんの店に向かう。

 普段なら公園にいる時間帯なのに、ユキばあさんはカウンターに座って、じっと待っていたよ。私の姿を見ると、ほっとした顔になったけどね。


「子供はね、しっかり生きなきゃいけないんだよ」


 いつもそう話していたユキばあさんは、もういない。亡くなったのではなく、引っ越したらしいんだ。彼女の店はもう残っていない。

 ひょっとしたら今もどこかで、ユキばあさんはアイスを売りながら、助けるべき子供を探しているんだろうか。

 

 


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― 新着の感想 ―
[一言] ひょっとして、雪お◯なだったのかなと思ったりしました! 手が冷たい人は心が温かいと聞きますが、こういう大人が子どもたちを見守ってくれているのは、とても素敵だなと思いました。ユキばあちゃんの最…
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