第1話
長いです。
侯爵が王城に向かう少し前、アーシアたちは隣国に向かうため森の中を進んでいた。
「ねぇバート、この森には魔物が出るって聞いたんだけど、本当かしら?もう随分歩いているけど、魔物どころか動物たちもいないわ」
森には魔物が出るから近づいてはいけないと言われていたけれど、今は姿すら見えなかった。
『魔物はいるよ。ただ僕らに近づいてこないだけさ。でも、動物たちが寄ってこないのはおかしいね。』
「そうなの?魔物は人間を襲うって聞いていたけど違ったのかな。今日はみんな出かけているのかもしれないわね」
私たちに近づいて来ないなんて、魔物は結構小心者だったのかしら?
それから暫くは何事もなく進んでいたんだけれど、
『アーシア止まって!血の匂いがする』
というバートの慌てた声が届いた。
「な、血の匂いって……誰か怪我してるかもしれないわ!バート案内して!」
動物たちが怪我をしたのかもしれない……私が癒してあげないと。
私には"テレパシー"の他にもう1つスキルがあった。
それが、"再生"というスキル。
全てのものを元あった状態に戻すという能力。
このスキルを使えば、怪我をする前の状態に戻せるのだ。
『ダメだよ!何があるかもわからないのに、アーシアを危険には晒せない』
バートの言っていることも理解できる……
「わかってる、わかってるのよ、でも救える命を見捨てることなんてできない!」
『……はぁわかったよ。でも僕から離れちゃダメだよ』
と、渋々ながら助けに行くことを許してくれた。
「ありがとうバート!」
バートの案内で血の匂いのもとに向かった。
そこにいたのは、血を流して倒れ込んだ獣人の男だった。
黒い短い髪の間から、小さな丸い耳が2つ見えた。
どうやら熊の獣人みたい。
目は閉じられていて、その表情からは苦痛以外何も感じられない。
引き締まった体からは血が未だに流れていた。
「っ今助けるわ!"再生"」
私は急いでスキルを発動した。
スキルの発動と同時に切りつけられた皮膚が塞がり、苦痛に歪められた表情が緩んだのがわかり、ほっと力を抜いた。
『アーシア大丈夫か?』
バートが心配そうに私の肩にとまった。
私がスキルを使用している間、周囲を警戒していてくれたのだ。
この人の傷は人為的なものだった……まだ周囲にこの人を襲ったやつがいるかもしれない。
「私は大丈夫よ。この人ももう大丈夫。暫くすれば目が覚めるはずよ」
『そっかーよかったなぁ。こいつを襲ったやつがいたから動物たちがいなかったんだな』
動物たちに怪我がなければいいけど。
暫く動物たちのことを考えていると、
「ん゛ん?俺は……」
という聞きなれない声が聞こえて振り返ると、獣人の男が起き上がるところだった。
「目が覚めたのね!本当によかったわ。もう痛くない?」
私は彼に近づきつつ怪我の具合を確かめようと手を伸ばした。
すると、彼は顔を怒りに染めて私の手を払い後ずさった。
「お前は誰だ!俺に何の用だ」
「クスッそんなに怯えなくても、もう大丈夫ですよ。ここにはあなたを傷つけるものはおりません」
威嚇する彼の様子が怯える猫のように見えて、思わず笑ってしまった。
それが気に触ったのか、
「人間は信用出来ない!」
私の言葉を聞き入れてはくれない。
だから、バートにお願いすることにした。
動物?同士仲良くできると思ったのだ。
『アーシアの言っていることは本当だ。この周囲にお前を襲ったものはいない。それにアーシアは人間でも信用出来る人間だ!お前の傷もアーシアが治したんだ』
すると彼はキョトンとした顔をして周囲を見回し、最後に自分の体に目をやった。
「治っている……おま、いや、あなたが治してくれたのか。……感謝する」
緩慢な動作が起きたての熊みたいで凄く可愛かった。
それに、精悍な顔に反してつぶらな瞳が可愛さを増長していた。
人間嫌いのようだけど、私には少しは心を開いてくれたのかもしれない。
「いいのよ。バートが気づいて知らせてくれたの」
「バート……もしや水を司るという神獣のバート様か?!」
「?神獣?バートは神獣だったの?!」
今までただの綺麗な鳥だと思っていたのに、神獣だったなんて……不敬罪とかにならないかな?
『あーあバラしちゃった。アーシアが驚いて固まっちゃったじゃないか。僕は神獣だけど、アーシアの友達でもあるんだ。アーシアは僕が神獣なら友達じゃない?』
と悲しそうな声に私は何も考えずに口走っていた。
「そんなことないわ!バートは私の友達よ。例え神獣でもそれは変わらないわ」
そうよ、バートはバート何も変わらない。
これからもずっと友達だ。
「あなたはバート様の声が聞こえるのか?」
バートのことで頭がいっぱいで彼のことを忘れていた。
「ええ聞こえるわ。私はスキル持ちなの。あなたの傷を治したのもスキルよ。そういえば自己紹介もまだだったわね。私はアーシア、あなたは?」
何故か彼にはスキルのことを話してもいいと思えた。
彼が動物に近いからかしら?
「俺はルイス。熊の獣人だ。スキル持ちに会ったのはアーシアで2人目だ」
私の予想通り彼-ルイスは熊だった。
それにしても可愛い耳がピクピクしてる……触りたい
「ねぇルイス。その、私獣人に会ったの初めてなの。だからその、み、耳を、触らせてもらえませんか!」
我慢できずに頼むと、ルイスはポカーンとしてフリーズしてしまっていた。
私何か間違えたかしら?
『アーシア何言ってるのさ?!』
バートも慌ててる……やっぱり何か間違えたのね。
訂正しなきゃと口を開こうする前にルイスがモジモジしながら、
「そ、それはまだ早すぎると思うんだが。その、俺たちは知り合って間もない、だから、暫く一緒に生活してからでも遅くはない……と思う」
と言ったのだが私にはよく意味がわからない。
何が早すぎるのだろうか?
暫く一緒に生活すれば耳に触ってもいいのかな?
『アーシア、耳は獣人にとって性感帯なんだ。それを触りたいってことは、あなたと番たいって意味だよ!』
つまり私は、ルイスに結婚を申し込んでいたということだ。
初対面でいきなり結婚して下さい!なんて非常識な女だと思われてしまったかもしれない。
「アーシアはいい匂いがする……人間は嫌いだが、アーシアなら一緒にいてもいい。み、耳はまた今度、触らせてやる」
これは、婚約成立ということでしょうか?
ルイスに出会ってからまだ一刻も経っていないのに、嫌だとは思わなかった。
『はいはいイチャイチャするのはまた今度ね。今は早くこの森を抜けないと日が暮れちゃうよ!それにルイスを襲ったやつのこともあるし』
見つめ合う私たちに痺れを切らしたバートの声で、我に返った私は、本来の目的を思い出した。
新しい居場所を探すんだったわ。
でもその前に、何故ルイスが襲われたのか知らなければ。
「ねぇルイス、あなたは誰に襲われたの?どうしてこの森にいたの?」
「……人間だ。獣人は奴隷として高く売れる。俺は冒険者として魔物討伐にこの森に来ていた。普段なら人間ごときに後れを取ることなどないが、罠に嵌められて捕らえられた」
なんて酷いことを……奴隷は禁止されているはずなのに、未だにそんな馬鹿なことをする人間がいるなんて……許せない。
「許せないわ。あなたが人間を嫌うのは当然よ。……動物たちや獣人を虐げる人間なんて、私も大っ嫌いよ」
『アーシア……』
「……アーシア、君は何故こんな森に1人で?」
私の態度から何かを感じ取ったのかもしれない。
私は今までのことを全て話すことにした。
魔力がないこと、国や家族からも蔑まれていたこと、そして捨てられたことまで包み隠さず話した。
「話したらスッキリした。ずっと私に魔力がないのが悪いと思って耐えてきたけれど、もういいのよね。魔力がない人間は人間と認められなかった。なら私は人間になろうとすることを辞めるわ。ねぇルイス、私を冒険者として仲間に入れて貰えないかしら?世界を見て歩きたいの。色んなものを見て、会って、話してみたいわ」
何も迷うことはなかったのだ。
家族も国も、全てを捨ててきたのだから。
私という個を必要としてくれるものたちを探す旅に出たんだもの。
「アーシアは面白いな。人間になることを辞める……か。気に入った!今日から俺たちは仲間だ」
『ちょっとちょっと僕のこと忘れないでよ!』
「ありがとう。私はこれから力をつけて、いつかルイスたちを虐げる人間たちを改心させてみせるわ!」
私の新しい夢が見つかった。
この世界を変えてみせるわ、きっと……。