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8 CSAR

 耳障りなブザーが、Fベースに鳴り響いた。

「DDの襲来?」

 渚は、読んでいた『週刊文春』を放り出した。

「いや、その音じゃない。トラブル発生を知らせるブザーだ」

 向かいのソファーで『エビエイション・ウィーク』を読んでいたエリックは落ち着いていた。

「ベース内で事故発生じゃないかな。慌てる必要はない。すぐに、放送がある」

「そう」

 渚は安心してソファーに座り直した。だが、天井のスピーカーから聞こえた英語に、二人とも文字通り飛び上がった。

『アテンション。単機作戦中のヴァルヴァラ遭難。CSAR発動。関係者は各部署に集合されたし』


 渚がエリックと共にブリーフィングルームに駆け込んだ時、中にいたのはXOとサラップ……マイラ・フックスのウィングマン……だけだった。

「エリック、代わりにサンディ・ミッションに出られるか? 電気系統がおかしいんだ」

 XOが、サラップを顎で指す。彼の乗るハンターの電気系統に故障が生じたのだろう。

「行けます。場所は?」

「結構遠い。百二十マイルほどか。このあたりだ」

 XOが、地図の一点を指差した。……完全にヴォーゲオスの領域だ。

「ヴァーリャは無事なんですか?」

 勢い込んで、渚は訊いた。

「多分生きている。エンジントラブルで、射出したんだ。パットのチームがBo−105で飛ぶ。アルエートは整備中で、飛べない。アラートはマイラ・エレメントだったが、点検でサラップの機が引っ掛かった」

 XOが簡潔に答える。

「とにかく、離陸準備します」

 エリックが、踝を返す。

「すまん、エリック」

 サラップが、褐色の顔をゆがめた。


「ねえ、あたしも行く」

 機付長のカンガルー……確か名前はベネンデレント……らと、忙しく離陸前点検を始めたエリックに、渚はそう主張した。

「連れて行きたくない。通常のミッションとは違うから、何が起こるかわからない。危険だ」

 渚に背を向けたまま、エリックが答える。

「あたしが後席にいると、ミッションの邪魔になるの?」

「そういうわけじゃない。だが、万が一のことを考えると、犠牲は少ないほうがいい」

「そこまで危険な任務なの?」

 渚は詰め寄った。振り返ったエリックが、小さくため息をつく。

「ヴァルヴァラを助けたいと言う気持ちは判る。……よし、無線室へ行ってオームラを呼び出せ。COの許可が出たら連れていってやる」

「ありがとう!」

 渚は全力疾走で無線室を目指した。香港生まれだと以前に聞いたオペレーターの女性をせっつき、オームラABの重光を呼び出す。

「……状況は把握している。これもいい経験だろう。許可する。ただし、言うまでもないがエリックの指示には絶対服従だ。いいな」

 重光の、重々しい声がヘッドセットの中に響いた。むろん、日本語である。

「ありがとう、ひい爺ちゃん!」

 渚はヘッドセットをむしり取ると、礼の言葉と共にオペレーターに投げ渡した。


「お嬢ちゃんも一緒に飛ぶの?」

 渚が参加すると聞いたマイラの口調は、明らかに不満げだった。

「一応、COの許可は取った。見学させるだけだ」

 そっけなく、エリック。

 マイラが、値踏みするように渚を見つめる。渚も、強い視線で見返した。

 ふっと、マイラが微笑んだ。少なくとも、嘲りの意味は込められていない笑みだった。

「いいでしょう。ただし、Gスーツ着用のこと。何が起こるか判らないからね」

「了解、エレメント・リーダー殿」

 渚はぴしりと敬礼を決めてやった。


 二匹のホッキョクギツネに手伝ってもらってGスーツを着込んだ渚は、よたよたとアラートパッドまで歩いていった。エリックは、すでに前席に着いている。

 渚はカンガルーに手を貸してもらい、なんとか後部座席に潜り込んだ。例によってカンガルーが手際よく準備を進めてくれる。酸素ホース、無線のコード。射出座席のピン。ラジオのボリューム。セイフティ・ハンドル。

 エリックがエンジンを始動させた。キャノピーも下り、ロックされる。

「エリック。レディ・フォー・タクシー?」

 無線に女性の声が入った。マイラだ。

「エリック。移動準備よし」

 このミッションでは、マイラがエレメント・リーダーを務める。したがって、コールサインはマイラ・エレメントになるし、コントロールなどとの交信もマイラの仕事になる。渚はマイラが離陸許可を得る声に耳を傾けた。あっさりと、許可が降りる。

 アルファジェットが動き出した。すぐに滑走路端に着く。左前方に、マイラのA−7Dが見える。翼下内側パイロンにSUU−23らしきガンポッド、外側に小さなSUU−11ガンポッド、中央パイロンにはいくつもの穴が開いた円柱……。

「LAU−3?」

「そうだ。サンディ・ミッションだからな。対地攻撃の必要があるかもしれない」

 機内インターフォンで、エリックが答える。

 LAU−3はアメリカ製の2.75インチ……70ミリロケット弾十九発を収めたいわゆるロケット弾ポッドである。二十一世紀の戦場にとってはいささか旧式の部類に入る兵器だが、無誘導兵器としては割合命中精度が高く、適度に『低威力』なので、CAS任務には適した対地攻撃兵器である。

「マイラ・エレメント。テイクオフ」

 ずんぐりとしたA−7Dが、ブレーキをリリースした。一拍遅れて、アルファジェットも猛然と飛び出す。

 兵装満載にも関わらず、A−7Dが軽々と離陸した。ロールスロイス・スペイRB−168−62をアリソンがライセンス生産したTF−41A−1は、一万四千ポンドを越える推力をひねり出す。それにひきかえ、アルファジェットのラルザック04は、二基搭載しているとはいえ一基当たり三千ポンド程度の出力しかない。……実に倍以上のパワーである。

 すでに、救難用Bo−105が離陸してから三十分が経過していた。だが、その巡航速度はわずか110ノット程度だ。その四倍以上の速度で巡航するA−7とアルファジェットが、先行するBo−105に追いつくには、十分もあれば充分だった。

「一機なの?」

 渚はあたりを見回したが、飛んでいるヘリコプターは一機だけだった。通常、CSARは最低でも二機のヘリコプターと、二機以上の援護機……いわゆるサンディをもって行われる。ヘリが二機なのは、一機が救出作業中に残る一方が火力支援と監視が行えるようにするためである。もちろん、片方が撃墜された場合には無事な機が即座に救助活動に入り、全員の救出に当たる。

「ミゲルのアルエートIIIは整備中で飛べないし、RQAFにそんな余裕はないのさ。Bo−105だって、貨物室に二百リットル追加燃料タンクを取り付けてあるからなんとかなるが、百二十マイルの往復はかなりきついんだ」

 やや苦々しげに、エリック。

 マイラの声が、Bo−105に対し先行することを告げた。

 二機のジェット機は低空を巡航するヘリコプターをさっと追い抜いた。速度が違いすぎるために、編隊を組んで護衛するのは無理である。やや先行する形で定期的にレーストラックパターンの旋回を行って、上空から見守るしかない。

「渚。下を見てみろ」

 エリックが、言う。

 平原に、いくつもの円が描かれていた。……ヴォーゲオスの、コロニーだ。

「こんなところに落ちたなんて……」

 渚はつぶやいた。ひたすらに、ヴァルヴァラの無事を祈るしかない。

 マイラから通信が入り、ヴァルヴァラが発したと思われる救難ビーコンを捉えたことを告げた。渚は集中してマイラの流暢過ぎる航空英語を聞き取ろうとした。どうやら、ヘリの護衛をエリックに任せ、自らは先行してヴァルヴァラの捜索を行うようだ。

 マイラのA−7がぐんと高度を下げ、北に向かって飛び去った。

「よかった。生きてるのね」

「ああ。ほとんどのサバイバルキットにはラジオが入ってる。その発信を捉えたんだ。近距離なら、音声交信もできる。とりあえず、朗報だな」

「安心したわ」

「気を抜くなよ。CSARはバーで祝杯をあげるまで終わらない、ってのが相場だからな」

「うん」

 眼下には、相変わらずヴォーゲオスのコロニーが間歇的に現われては消えていた。緊張して待つうちに、マイラの通信が入った。ヴァルヴァラと音声でコンタクトが取れたらしい。エリックには現高度で警戒を命じ、ヘリには二百フィートで西から進入するように指示が出る。

 アルファジェットが、ゆっくりと大きな円を描き始めた。A−7が、もっと低空で小さな円を描いている。ヴァルヴァラは、救助に理想的な場所を選んでいた。航空機が接近するのに邪魔になるような山や丘がない開けた地形。付近にヴォーゲオスのコロニーも見えない。緑の絨毯の上に置かれたブロッコリーのような小さな森は、隠れ場所としては最適だろう。

 その森の際から、紫色の煙が立ち昇り始めた。ヴァルヴァラが、スモークに着火したのだ。セオリー通り、Bo−105が風下から近付いてゆく。開け放たれた左側のドアからは救難用ホイストが突き出され、右側ではガナーが銃架に据えられたMAG汎用機関銃を構え、油断なく目を光らせているのが見える。

 渚は眼を凝らした。ローターのダウンウォッシュで、紫色の煙が吹き散らされる。かすかに、人影が見えたような気がした。

 ……よかった。本当によかった。

「やばい……」

 エリックの、つぶやき。

「エリック。タリー。DDイエロー!」

 エリックがわめくと同時に、アルファジェットが急旋回した。

 渚の眼も、低空を飛行する薄茶色の粒を捉えていた。DDの群れだ。

「エリック、エンゲージ!」

 マイラの声。

 渚は成す術もなく、キャノピーの外を見つめていた。高度を落としたアルファジェットは、突如現われたDD群の後ろにつこうと旋回している。Bo−105は、突っ込んでくるDDをやり過ごそうと、機首を下げて懸命に高度を稼いでいる。

 マイラのA−7が、Bo−105を守ろうと、発砲した。機首のバルカン砲が、瞬く間に四匹のDDを叩き落す。

「覚悟しろよ!」

 エリックが叫ぶ。DDに向かって言ったのか、渚に向かって言ったのか。

 アルファジェットの翼下でHMP−400が吠えた。銃弾に貫かれたDDが、つぎつぎと落ちる。Gスーツを着ているせいか、今日のエリックの操縦は激しいものだった。操舵に応じて、機体ががくんがくんと揺れる。渚はひたすら耐えた。

 アルファジェットが深いバンクを取って急旋回した。再度攻撃するのだろう。渚はGで座席に押し付けられた。ヘルメットが振られ、キャノピーにごちんと当たる。

 アルファジェットが、DD群の後方に回り込んだ。サンドブラウンの集団は、まるで何かに導かれているかのように、逃げるヘリコプターを追っている。その数……三十はいるだろうか。

 マイラのA−7が、低空からDD群に迫った。ガンポッドが火を吐き、何匹かが落ちてゆく。

 DD群を追い抜いたA−7と入れ違うかのように後方から迫ったエリックが、発砲した。一匹を撃ち抜き、素早く別の一匹に狙いを定め、射弾を送り込む。

 がん。

 大きな衝撃を受け、アルファジェットが大きく揺れた。……DDと衝突したのか。

「やられた。油圧がない。射出しろ!」

 エリックが叫ぶ。

「そんな!」

「早く! 機首が上がらん。姿勢を保てない!」

 高速かつ低空での射出は危険である。だが、水平飛行していない状態での射出はもっと危険だ。渚はすぐさま腿の脇の射出ハンドルを引き上げた。どん、という衝撃と共に、後席のキャノピーが吹き飛ぶ。同時に、脚がシートに引き寄せられた。次の瞬間、渚はシートごと機外へと打ち出された。直後にシートが外れ、パラシュートが開く衝撃に見舞われた渚の身体は物理的な力に翻弄された。

 見舞われた衝撃の多さと激しさに渚の思考は鈍ってはいたが、いま自分が空中を漂っていることはなんとか理解できた。

 ……まずい、着地に備えなきゃ。

 思考がそこまでたどり着いた時には、渚は地面に叩きつけられていた。

「ふぎゅっ」

 おもわず悲鳴が漏れる。

 身体のあちこちから発せられる痛みの信号を無視し、渚はハーネスを手探りして解除ボタンを探り当てた。パラシュートのついたハーネスをもがくようにして取る。ヘルメットを脱ぐと、ようやく周囲を見回す余裕が出来た。わずかな風にあおられて、白いパラシュートがはためいている。自動で膨らんだオレンジ色のライフラフトが、地面に静かに横たわっている。傍には、サバイバルキットのケースが落ちていた。

 ……そうだ、エリックは?

 渚は空中にパラシュートでも漂ってないかと眼を凝らしたが、それらしいものは発見できなかった。代わりに視界に飛び込んできたのは、身の毛もよだつような光景だった。

 数百メートル向こうの低空で、Bo−105がDDの群に取り囲まれている。……飛行速度はDDの方が速い。逃げ切れない。

 ドアガンが発射され、右舷から迫ったDDががくんと高度を落とした。左舷後方から体当たりしてきたDDは、ポップアップでなんとか躱す。

 マイラのA−7が、突っ込んできた。ガンポッドが吠え、たちまち三匹のDDが撃墜される。だが、ヘリコプターとDDの相対位置が近すぎて、もっとも危険な奴を叩き落せない。DDの数を減らしただけに留まる。

 と、一匹のDDが、上からBo−105に迫った。渚は思わず避けろと叫んだが、聞こえるはずもない。

 メインローターが、DDと接触した。

 DDの外殻が、榴弾の弾殻のようにはじけ飛んだ。折れたローターブレードが、手からすっぽ抜けた野球のバットのごとく、あさっての方向へ吹っ飛んでゆく。

 ぐらりと傾いたBo−105に、傷付いたDDがしがみついた。揚力と推力をいっぺんに失ったヘリコプターは、石のように落下した。渚はおもわず眼をそむけた。

 とりあえず、今は自分の身を何とかすることが肝心だ。

 渚は自分の身体を探り始めた。痛みを感じるところを、指で強く押してみる。……骨は折れていないようだ。首の痛みも、軽い。どうやら、多少の打撲だけで済んだようだ。

「これで晴れてマーチン・ベイカー・タイ・クラブの一員ね」

 渚はため息をつきながら、邪魔なGスーツを脱ぎ捨てた。手袋も外す。中は、冷たい汗でぐっしょりと濡れていた。

 手袋をフライトスーツのポケットにねじ込んだ渚は、サバイバルキットのケースの脇に膝を付いた。あまり期待しないで防水ケースをこじ開けた渚だったが、中身は彼女が想像していたよりも充実していた。航空機乗員のサバイバル用品としては定番のシグナル・ミラーにストロボ・ライト。スモーク兼用のシグナル・フレアー。医療キットのケースとサバイバル・ブランケットのパック。おなじみのスイス・アーミーナイフとマグネシウム・ファイア・スターター。ボトル入りの水と、浄水錠剤の小瓶。小さなスポンジ。布にプリントされたチャート。レーションは、ノルウェーのコンパクトASの製品が入れてある。そして、もっとも重要なサバイバル・ラジオ。これは、古臭いPRC−90だった。新型のPRC−112が普及するまで、アメリカ海空軍の航空機搭乗員用の標準救難用装備だった品である。大きさはVHSのビデオテープをややスリムにしたくらいで、折り曲げたラバーアンテナと、イヤホンがついている。

 一番奥には、拳銃が入っていた。てっきり古ぼけたブローニング・ハイパワーあたりが入っていると思っていた渚は、小さく感嘆の声をあげた。出てきたのは、同じFNでもずっと新しい製品、ファイブ・セブンだった。5.7×28という突撃銃用の弾薬を小型化したようなユニークな弾を使う銃だ。……DDの外殻を貫通するには、通常の9ミリルガーくらいでは無理ということか。スペアの弾倉は一本だけだった。

 サバイバルキットから拳銃とPRC−90を取り出した渚は、ケースのストラップを伸ばし、肩に担げるようにした。とりあえずPRC−90のOFFスイッチ兼用のセレクターを回してBCNに合わせ、ビーコンを作動させておく。予備の弾倉は、胸ポケットに突っ込んだ。フライトヘルメットは迷った挙句、置いてゆくことにする。

 拳銃を手にする。渚は日本人女性としては手の大きい方だが、約四センチという大口径リボルバー用弾薬並みの長さを持つ5.7×28弾薬を収めたグリップは、手に余った。

 何度も拳銃を握り直しながら、渚はBo−105が落ちたと思しき方角へ向け歩みだした。運がよければ、助かった乗員がいるかもしれない。気落ちしている場合ではない。エリックも探さねばならない。そしてもちろん、ヴァルヴァラも。

 不意に背後に気配を感じ、渚は慌てて振り向いた。

 駆けて来る人影があった。

 金色の髪。……ヴァルヴァラだ。

「ヴァーリャ!」

 渚は、急いで拳銃をポケットにしまった。思わず、満面に笑みを浮かべてしまう。エリックはいまだ生死不明だし、おそらくBo−105の乗員にも死傷者が出ているはず。おまけに、ヴォーゲオスの領域に放り出された身である。にもかかわらず、ヴァーリャの無事な姿は渚の気分を浮き立たせた。

「渚!」

 手を振りながら駆け寄ってきたヴァルヴァラが、いきなり渚の胸倉をつかんだ。

「え?」

 戸惑う渚の顔面に、叩きつけるようなロシア語の怒声。

 ……そうだ、グエがないんだ。

 射出した時に、飛んでいってしまったに違いない。ヴァルヴァラの肩にも、載っていない。これでは、お互い言葉が判るわけはない。

 渚はうろたえつつも頭を働かせた。ヴァルヴァラの怒りは、言うまでもなく渚に好意を持っていてくれるからこその怒りであろう。CSARに付いてきたという危険な行為に対し、それを咎めるものだ。だから、『あなたを助けにきた』とか言っても、その怒りを静めることはできない。

 ……とにかく、ヴァルヴァラを落ち着かせるしかない。

「待った」

 渚はシロクマ仕込みの英語……彼の留学先の影響でミッドランド訛りの発音が難点だが……で、努めてクールな口調で言った。

「Bo−105がDDに撃墜された。パットのクルー。生存者の可能性。エリックは行方不明。急いで探す必要がある」

「そ、そうね……」

 ヴァルヴァラが、胸倉を離した。渚はクールな表情を保っていたが、内心では安堵の息をついていた。なまじ美人だけに、怒った時のヴァルヴァラの迫力は並大抵のものではない。

「まず、マイラと連絡を取りましょう」

 冷静さを取り戻したヴァルヴァラが、自分のPRC−90を手にした。音声通信モードに切り替え、マイラをコールする。

 すぐに、応答があった。早口の英語でのやり取り。きーんという音と共に、A−7が低空で通り過ぎる。

「マイラがBo−105の墜落を確認。コールに反応なし。場所は南西へ千五百ヤード……千四百メートル」

 PRC−90を耳に当てたヴァルヴァラが、渚が聞き取り易いようにゆっくりと喋る。

「エリックは?」

「コールに反応なし。ただし、射出は確認」

「よかった……」

 渚は日本語でつぶやいた。

「マイラはジョーカー(燃料不足状態)まで上空待機してくれる。行きましょう」

 PRC−90のスイッチを切ったヴァルヴァラが、渚の肩をぽんと叩いた。


 DD群の姿はどこにも見えなかった。渚とヴァルヴァラは、Bo−105が落ちたらしい場所を足早に目指した。周囲は、膝丈くらいの雑草のあいだに二メートルを越すほどの萱のような植物の茂みが散在しており、遠方の見通しがきかない。

 ふと気付いた渚は、自分のPRC−90のセレクターをOFFにした。マイラに位置が伝わった以上、電波を出し続ける意味がない。たしか電池は十数時間しか持たなかったはずである。節約しておくに越したことはない。

「あそこ」

 ヴァルヴァラが指差す。

 残骸の上に、テイルブームが突き出ていた。戦跡か何かのモニュメントの醜悪なレプリカのようだ。近付くと、ケロシンの臭いが鼻を突いた。

 つい先ほどまで空を舞っていた機械にはとても思えぬほど、Bo−105は大破していた。機首部は完全に潰れている。サイドドアの透明部分に付着しているのは、どう見ても血液だ。渚はおもわず顔をそむけた。

「待っていて」

 ヴァルヴァラが言い置いて、残骸に近付く。しばらく調べて戻ってきたヴァルヴァラの表情は曇っていたが、手にはグエが三つ載っていた。渚は安堵しながらそのひとつを受け取り、肩に載せた。

「だめよ。パットもアルノーもチャスも即死」

 同じくグエを肩に載せたヴァルヴァラが言う。……とすると、グエはよほど衝撃に強い生き物らしい。このぷにぷにした身体が、かえって衝撃吸収に役立つのだろうか。

 ヴァルヴァラが、PRC−90で状況をマイラに伝えた。しばらく話したヴァルヴァラが、諦めたような表情でPRC−90のスイッチを切る。

「FベースのアルエートIIIはまだ飛べないそうよ。いま、オームラからS−58を呼び寄せているけど……あれじゃあ航続距離が足りないわ。アルエートの修理が終わるのを待つしかないわね」

 シコルスキーS−58は、自衛隊を始め西側各国で使用された名機だが、いかんせん博物館レベルの旧式機である。とても往復二百四十マイルは飛べない。

「それって、非常にまずいってことよね」

「しばらく隠れている必要があるわね。来て。役に立つものを漁りましょう」

 渚は死体がある方を努めて見ないようにしながら、ヴァルヴァラを手伝ってヘリの残骸を漁った。かなり古びた折りたたみストックタイプのFAL自動小銃、新品らしいシュタイアTMPサブマシンガン、双方の予備弾薬若干、航空救難用サバイバルキットがふたつ、大型のマグライト一本と予備の電池、赤く塗られた小ぶりの手斧といったところが、収穫だった。

「こんなものね。さあ、エリックを探しましょう」

 二人は装備を分けて持った。渚はFALを受け取った。中学三年の時に、シロクマに連れられて中国ツアーに参加し、人民解放軍制式の八五式サブマシンガンを撃たせてもらったことがあるが、その時まったく的に当たらなかったことを思い出したのだ。五六式歩槍なら結構当たったので、おそらくFALを持った方が役に立つだろう。

「無駄かもしれないけれど、呼びかけてみましょう」

 ヴァルヴァラが、自分のPRC−90を手にした。セレクターを音声通信に合わせ、エリックをコールする。

 反応はなかった。

「降下予想位置は?」

 ヴァルヴァラに問われ、渚は懸命に頭を絞った。自分の降下位置、ヘリの墜落位置。それに、射出寸前に見たDDの位置。それらを勘案して、アルファジェットの飛行方向を割り出す。射出を目指す以上、エリックが進路を変更したとは考えにくいから……。

「こっち」

 渚は指差した。この先のどこかに、エリックがいるはずだ。……たぶん。


第八話をお届けします。お約束どおりの急展開であります。 では用語解説 CSAR/Combat search and rescue 戦闘捜索救難。敵地で撃墜された航空機搭乗員を救出するための作戦行動 サンディ・ミッション/Sandy mission CSARの際に援護する機をサンディと呼称し、その援護任務自体をサンディ・ミッションと呼ぶ SUU−11/M134ミニガン(ガトリング方式の7.62ミリ機関銃)を収めたガンポッド マーチン・ベイカー・タイ・クラブ/マーチン・ベイカーはイギリスの射出座席メーカーで、その製品は西ヨーロッパ製の軍用機に広く採用されている。射出して生還した航空機搭乗員がMB社に連絡すると、Ejection tie clubの一員としてネクタイを含む記念品が贈られる FAL/ベルギー製のベストセラー自動小銃。口径7.62ミリ。箱弾倉二十発。もはや旧式であるが途上国では現役である TMP/オーストリア製のコンパクトな短機関銃。口径9ミリ。箱弾倉十五発ないし三十発。現在はスイスのB&Tが製造

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