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5 曽祖父

 ……なんでもありかい。

 驚いたことは間違いない。しかし、渚の脳裏に真っ先に浮かんだのは、突っ込みの言葉であった。

「……ひい爺ちゃんが、CO?」

「そうだ」

「シロクマじゃないの?」

「拓真君だと予想していたのか。はは。違うよ」

 重光が笑う。渚は素早く計算した。たしか1910年生まれだから……もう九十五歳になるはずだ。だが、目の前にいる重光は、とてもそんな歳には見えなかった。せいぜい七十歳程度の初老の男性だ。もともと若く見えるタイプだったが、それにしても若々しすぎる。ひょっとして、クローン人間だろうか? ここの猫たちなら、それくらいの魔術を使えるのかもしれない。

「フィリピンで死んだはずでしょ?」

「済まん。詳しく話してやるから、まあ座ってくれ」

 重光がソファーを指した。渚は扉を閉めると、大人しく座った。重光が急須に湯を注ぐ。渚は久しぶりの緑茶を味わいながら、重光の話を聞いた。



 戦死した少佐に代わって、大村大尉が暫定的に率いていたコロンベラ島海軍飛行場……。もはや稼動機無く、対空火器さえ払底した無力な基地。百名足らずの帝国海軍将兵は、迫り来る米軍機編隊に対し、抵抗する術を持たなかった。以前の空襲で主要な防空壕は避難した兵ともども壊滅し、新たに設けられた壕はあきれるくらい粗雑であり、機銃弾さえあっさりと貫通してしまいそうな代物だった。壕に駆け込む誰もが覚悟した。全滅必至、と。

 そこへ号令が届いた。総員、指揮所前に集合。

 全員が指揮所前に整列した頃には、すでに米軍機編隊は指呼の間まで迫っていた。現われた大村大尉が伴っている生物を見て、搭乗員の城山重光中尉以下の全員が危うく腰を抜かしかけた。直立歩行する、身長二メートル近い猫。

 大村大尉が早口で告げた。事情はよく判らぬが、この猫が我々の命を救ってくれる。総員、その場を動くな。

 波頭をかすめるほどの低空で先行侵入したP−38が、機銃掃射しながら迫る。着弾の土煙が、集まった兵ら目掛けて一直線に伸びてくる……。

 次の瞬間、全員が見慣れぬ平原にいた。かぐわしい風が、皆の鼻をくすぐる。米軍機も、陸軍が布陣する丘も、白波が打ち寄せるリーフも、あくまでも青い大海原も、どこにも無かった。

 兵たちがざわめく。混乱した城山中尉は、救いを求めるかのように大村大尉を見た。


 その世界は助力を求めていた。

 飛行する巨大昆虫は、じりじりとその版図を広げていた。抵抗する住民側にも軍隊はあったが、空を支配する相手に対しては常に不利な戦闘を強いられた。多くの兵が倒れ、それに数倍する住民が死んだ。

 国王は決断した。隣の世界には、空を飛べる者たちがいる。彼らに助力を仰ごうと。

 計画は慎重に立案された。双方の世界が直接接触するのは危険だった。それぞれの世界のバランスが崩れれば、取り返しのつかないことになりかねない。幸いなことに、地球では大規模な戦争が行われていた。そこで死ぬはずの人々や破壊されるはずの飛行機を移送すれば、影響は最小限に留められるはずだ。

 かくして、西太平洋で孤立したコロンベラ島海軍飛行場に白羽の矢が立った。


 巨大猫の不思議な力によって飛行場から回収された軍事物資を前に、士官全員が激論を交わした。ほとんどの若手士官は、事情はどうあれ生き延びた以上、戦場に戻って再び祖国のために戦うことを望んだ。命を助けられた恩義を主張する大村大尉の意見に同調するものはいなかった。それどころか、巨大猫の話を鵜呑みにした大尉をあからさまに非難する者さえ現われた。

 やがて、大村大尉が結論を出した。……俺は、皆の命を救ってくれたことに対して大恩を感じている。それゆえに、この猫の言葉を信じ、手助けするつもりである。我々はすでに死んだ身である。したがって、この行動は国に対しても軍に対してもこれを裏切る行為ではない。命を助けられたことに恩義を感じ、我に同調する者はついて来い。それ以外の者は、戦場に戻りあくまで陛下と祖国と海軍に対し忠節を尽くせ。

 城山中尉を除く士官の全員が、戦場に戻ることを希望した。下士官の半数が、それに従った。兵はその大半が、大村大尉についてゆくことを選択した。

 城山中尉は、逡巡の末大村大尉と行動をともにすることにした。信頼していた上官だったし、兵の大多数が大尉の考えに同調したことに心を打たれたからだ。海軍士官でこれほど兵に慕われる人は珍しいと言えた。


 戻ることを選択した者たちは、猫によってこの世界の記憶を消され、コロンベラ島近くの小島に移送された。大村大尉率いる小部隊は、さっそく王国軍と住民である知的哺乳類と協力して、飛行場造りに取り掛かった。整備の者たちは不稼動機をつなぎ合わせ、なんとか二機の零式艦戦を飛べるようにした。大村大尉と城山中尉は出撃を繰り返し、多くの虫……やがて地元の呼称を略してDDと呼ばれるようになった……を撃墜した。だが、わずか二機では押し寄せる虫のごく一部しか迎撃できず、多くの街や村が王国軍の奮戦にも関わらず蹂躙された。

 やがて、待望の追加機材が猫によって届けられた。どうやって手に入れたかは教えてもらえなかったが、新品のアメリカ製P−47が十二機だった。飛ばす機が無く不遇を囲っていた飛曹たちは、すぐにP−47に習熟し、戦果を挙げ始めた。城山中尉も予備部品不足から飛べなくなった零式艦戦からP−47に乗り換えた。運動性は零式艦戦に比べるべくも無かったが、圧倒的な馬力と頑丈さ、それに速度は驚嘆すべきものだった。すぐに城山中尉はP−47の虜となった。航続性能が貧弱だから空母搭載は無理だが、迎撃戦闘機としてはすばらしい機体だった。こんな機体を大量生産するだけの力がもし日本にあれば……。

 更なる増援が届く。今度は機材と人員だった。ベロルシア東部でソ連軍機甲部隊に蹂躙されるはずだったドイツ空軍ロベルト・フュルステンベルク少佐以下六十余名と、Fw190D七機。

 階級から言えばフュルステンベルク少佐が全体の指揮を取るべきだったが、現実主義者の少佐はあっさりと大村大尉の指揮下に入ることを承諾する。機材としてはさらにP−39が二十ほど届けられ、日独混成の部隊がアメリカ機を飛ばすという奇妙な空軍は急成長を遂げた。

 増援は続いた。北フランスで撤退し損ねたBf109G飛行隊の生き残り。フィリピンで追いつめられた『ろくいち二型』(三式戦)の分遣隊。連合国側の部隊は集められなかった。両陣営の者がいればトラブルは必至だったし、だいたい連合国側航空部隊がその基地において全滅するケース自体がまれだったからだ。

 いつの間にか、キャリエス王国空軍は、八十名以上のパイロットと予備機を含めると百機を越す機材を運用する規模に膨れ上がった。RAFをもじったような『RQAF』の略称も、この頃自然発生的に定着した。

 ただし、RQAF黎明期の機材損失は多かった。レシプロ戦闘機と、DDの速度差は小さい。機動性はむろん戦闘機が大幅に上回るが、乱戦になるとDDと接触し、墜落する事故は月に一回ほどの頻度で発生した。また、エンジントラブルも頻発し、ドイツ人整備員を嘆かせた。……日本人整備員からすれば、高稼働率を保っているように思えたのだが。

 やがて、第二次世界大戦が終結する。すると、RQAFの中に国へ帰りたいと言い出すものが急増した。王国側は秘密厳守と早期復帰を条件に、希望者をいったん元の世界へと送り返した。詳しい調達方法は定かではないが、彼らには連合国の捕虜となっていたことを証明する精巧な偽造書類が渡された。

 城山中尉も、そうやって一時帰国を果たした。空襲も免れ、戦前と全く変わらぬたたずまいの故郷の村に帰ってきた重光には、つい先日まで異世界でDDと戦っていたことがまるで夢のように感じられた。すでに結婚し、一人息子和典をもうけていた重光は、行方不明の戦友の消息を探ると偽ってキャリエス王国に戻った。

 終戦のお陰で、世界には余剰軍用機がどっと放出された。RQAFはあらゆる手を尽くしてそれらを買い入れた。F6F、P−51、テンペスト、Yak9……。城山中尉はF6Fに乗り換えて飛んだ。日本の整備班は液冷エンジンを苦手としていたので、P−51には主にドイツ人が乗り込んでいた。

 規模の拡大は続いた。敗戦で軍を放逐されたパイロットや整備員が、ドイツや日本には溢れていたのだ。RQAFは彼らを積極的に雇用した。傭兵部隊としての体裁が整ってきたのは、この頃だった。階級は原則として廃され、後にCOと呼ばれるようになる司令に大村大尉が、XOと呼ばれるようになる副長に城山中尉が就いた。フュルステンベルク少佐は参謀長となった。その他、古参の元士官数名が、編隊長に任命された。人員も機材も充実したRQAFはその持てる力を存分に発揮、DDの大規模襲来でもわずかな犠牲で乗り切れるほどになっていた。

 地球の歴史も動いていた。主要国空軍はジェット機の導入を始めていた。ベルリン封鎖が行われ、冷戦構造の基礎が固まりつつあった。NATOの結成、ドイツ連邦共和国と中華人民共和国の成立。朝鮮戦争。対日講和条約締結。

 この頃から、旧連合国の元軍人が、RQAFに雇われ始めた。もちろん、敵であった日本人やドイツ人の指揮下で戦うことを承諾した者だけが雇用されたが、反発が皆無だったわけではない。しかし、大村大尉は人格者であった。自ら率先してリスクの高い任務をこなし、整備員と共にオイルまみれになって機体を整備し、暇があればいかなる雑用も引き受けるその姿勢に、当初は『Japの下で飛べるか』などとほざいていた連中も、次第に司令を信頼し、その権威を認めるようになっていった。

 やがて、RQAFの機材にもジェット化の波が押し寄せた。F−86、F−84、バンパイア、MiG−15などが、大量導入される。だが、初期のジェット機はいまだ未熟であり、故障も多かった。その日、城山中尉は指揮所で全般指揮を執っていた。DDの数は二百近く。大村大尉とフュルステンベルク少佐が指揮する四十七機は、順調に撃墜を重ね、DDすべてを阻止し、一機の損失も出さなかった。……少なくとも、DDとの戦闘では。

 各機は編隊を組み直し、整然と基地に向け飛行した。大村大尉が直接指揮を執る編隊が待機空域まであと五分の位置に達した時、一機のF−86Fのエンジンがフレームアウトした。大村大尉機だった。高度は四千フィート。

 編隊僚機が見守る中、大村大尉は再始動を試みた。だが、J47は生き返らなかった。射出せよという僚機の呼びかけに、大村大尉は応答せず、滑空を続けた。眼下は市街地だったのだ。まだ充分に燃料を搭載した機が落ちれば、大惨事となる。RQAFを預かる者として、それだけは避けたかったのだろう。

 大村大尉の必死の操縦にも関わらず、高度は落ちていった。基地周辺ならば、不時着に適した場所はいくらでもある。しかし、機体はそこまで持ちそうになかった。大村大尉は失速しコントロールを失う前に、最後の操舵を行った。……市街の間に見えた小さな池目掛け、ダイブしたのだ。激しい水柱が立ち、機体はすぐに水没したが、知的哺乳類に怪我人は出なかった。むろん、大村大尉は即死した。

 次期司令には、城山中尉が昇格した。副司令には、フュルステンベルク少佐が就任した。



「で、64年のことだ」

 重光が、ぬるくなった緑茶を一口飲み下してから、続けた。

「わしは体調を崩して、地球の病院に行った。そこで、ガンが見つかった。悪性の、肺ガンだ」

「64年って言うと……」

 渚は素早く計算した。1910年生まれだから……。

「五十四の時ね。母さんの生まれる前の年じゃない」

「そうだ。芳江さんが利美を身ごもっていた時のことだ」

 芳江は渚の祖父和典の妻、重光から見れば息子の嫁になる。利美は渚の母で、重光の孫娘だ。

「で、どうしたの?」

「医者からはもう手遅れだと言われた。今の医学水準ならばどうにかなったかも知れないが、当時としては手の打ちようが無かったようだ。もってあと一年、という診断だった」

「……まさかとは思うけど……」

 渚の脳裏に、巨大猫の群が浮かんだ。

「わしは国王陛下に司令辞任を願い出た。余命一年では、任務をまっとう出来んからな。だが、国王陛下はそれを許してくれなかった。そちでなければ、RQAFはまとめきれぬ、と言ってな」

「猫がガンを治したの?」

「そうだ。国王陛下の特別な……本当に特別な計らいで、わしのガンは取り除かれた。さらに、わしの身体には特殊な延命措置が施された。今九十五だが、おそらく百十歳までは健康に生きられるだろう」

「凄いじゃない」

 曽祖父が昔から年の割に若く見える理由はこれだったのだ。『元海軍士官だから鍛え方が違う』『一年のうち大半を暖かなフィリピンで過ごしてるから』などと言われていたが、どれも間違っていた。

「だが、お陰で死ぬまでCOの地位に留まることを誓わされた」

 重光が、苦笑した。

「それに、いつまでたっても老けないから、奇異に思われないためには適当なところで死んだふりをするしかなかった。そこで、九十歳を期に死んだことにした。フィリピンでなら、死亡証明書の偽造も楽だしな。和典にも芳江さんにも、利美にも拓真君にも、もちろんおまえにも悪い事をしたがな」

「……完璧に騙されたわ。みんな」

 渚は微笑んだ。重光との思い出は、実はそれほど多くない。フィリピンで元戦友が興した不動産関係の事業を手伝っている……おそらくこれも偽装だったのだろうが……ということで、会えるのは年に三回ほどだった。会った時には可愛がられたし、旅行や買い物にもよく連れて行ってもらったし、小学生には多すぎる額の小遣いもくれた。

「で、これからが本題だ」

 重光が、身を前に乗り出した。

「82年のことだ。国王陛下が、わしに『オークリョアム』というものを下さった。学術語で、おおよそ『守護者』というような意味だ。わしは長年の奉職に対する名誉称号だと思って、ありがたく受けておいた」

「オークリョアムねえ」

 渚は、発音しにくい言葉を口の中で繰り返してみた。

「だが、オークリョアムは単なる名誉称号ではなかった。軍の最高司令官に与えるある種の貴族位だったのだ。国王陛下としては、DDの恐怖から臣民を解放してくれたRQAFに対し、国軍と同格の地位を与えたかったようだ。そのためには、最高指揮官たるCOにも、それにふさわしい貴族としての位を与える必要があったらしい」

「へえ。名誉なことじゃないの」

「問題はふたつ。ひとつは、わしの命もあと十五年足らずということだ。もうひとつは、オークリョアムの地位は世襲だということ」

「はあ?」

「今のXO……ジェレミーは優秀な男だが、彼にオークリョアムの地位を継がせることは制度上不可能なのだ。わしが死ぬ前に、血の繋がっている者を後継者として指名し、経験を積ませねばならん」

「まさか……あたしが後継者?」

「そうだ」

「だからこの世界に呼びつけたの?」

「うむ」

 重光がうなずく。

 ……信じられない。

「なんであたしなの? シロクマでいいじゃない」

「オークリョアムは血の繋がっている者にしか受け継がせることはできないのだ。拓真君は婿殿。したがって、無理だ」

 ……確かに。

「息子とはいえ、いまさら和典に継がせる訳にはいかん。おまえに男兄弟でもいれば、継がせたいのだが……一人っ子ではな。まあ、おまえは年齢としの割にしっかりしているし、頭もよい。軍事センスもある。毎月読んどるぞ。『AFVジャーナル』と『航空マガジン』、それに『世界の海軍』のコラムを」

「無理……だと思うんだけど」

 渚は頭を抱えた。CO就任など、不可能だ。部下はそれなりに実績を積んだ連中で、しかも大半が男で、年上である。多少軍事に通じてはいるものの、軍務に服した経験もなく、パイロットですらない女の子の指揮権を認めることなどありえない。軍隊とはプロフェッショナル集団であり、それを戦術面で指揮統制できるのはより優れたプロフェッショナルのみである。少なくとも、近代軍隊においては。二十歳そこそこや十代の『将軍』だの『提督』だのが活躍できるのは、歴史書の中とお子様向けファンタジー小説の中だけである。

「今すぐというわけではない」

 なだめるような調子で、重光が言った。

「とりあえず、十年計画でおまえを立派なCOに仕立て上げるつもりだ。すでにおまえのために初等練習機購入の予算も組んである。PC−9かトゥカノがいいと思うんだが……どっちがいい?」

「あ、PC−9の方がかっこいい……とか、そういう問題じゃなくて」

 思わず口走ってしまった渚は、ひとり突っ込みをしてからあらためて重光を見据えた。

「ほんとにそんなことが可能だと思うの、ひい爺ちゃんは?」

「できる。べつに、おまえをジェットパイロットとして一流に育て上げる必要はないんだ。操縦を教えるのは、他のパイロットの思考方法や現場の感覚を習得させるために過ぎない。COの仕事は指揮統制と管理だ。国王陛下の後ろ盾があれば、権威はあとからついてくる。おまえなら、できる」

 説得口調で、重光。

「他に方法はないの?」

「ないな。キャリエス王国国民二百万のためだと思って、引き受けてくれ」

 二百万、と聞いて渚の心がちょっと動いた。

「……イエスと答える前に、もう少し具体的な計画を教えてくれない?」

「いいだろう。おまえは大学卒業まで、向こうで生活する。こちらへは定期的に通って、操縦訓練を受けてくれ。案内役に付けたエリック・ユステールは、飛行教官の経験がある。当面は、彼に教わることになる。大学卒業後は、主な生活の場をこちらに移し、本格的な修行の開始だ。最終的には、戦術機の単独飛行はもちろん、DDとの交戦をこなせるまで学んでもらう。平行して、わしの副官格としてRQAFを率いるだけの知識と経験も研鑚してもらう。十年かければ、充分だろう」

「……残りの人生を、RQAFに捧げろとでも言うつもり?」

「いやか?」

 重光が、問う。渚は、ややためらった後に、答えた。

「……いや」

「悪くない人生だぞ。知的哺乳類はみんないい奴ばかりだ。国王陛下は立派な方だし。まあ、向こうの便利な生活に慣れた身には多少不都合があるかも知れないが、すべてのキャリエス国民に感謝される存在なんだ。有意義だよ」

 渚はコアラの村で聞かされた言葉を思い出した。『空飛ぶ善き者たち』

「なにか就きたい職業とかあったのか?」

 重光が、訊く。

「それは……」

 シロクマの影響もあり、なんとなく軍事ライター系の仕事をしてみたい、と思っていたことは確かである。『海外取材と資料漁りにはまず英語力』というわけで、意図的に英語の勉強には力を入れてきた。だが、それが人生の当面の目的だったわけではない。なにしろまだ十七歳である。この先どんな出会いや発見があるかも知れない。人生の進路なんて、ちょっとしたきっかけで変わってしまうものだ。

「まあ、とりあえず今回の目的は、色々とキャリエスとRQAFについて知ってもらうことだからな」

 重光が、言った。

「とにかく様々なものを見て、多くの人に話を聞いて、なんでも経験してみるといい。決断は、急ぐ必要はない。わしは、おまえが後を継いでくれると確信している」

「どうして?」

「他に選択肢がないからだ」

「それって、ひどい言い方じゃない?」

「溺れている仔猫を見たら、どうする?」

 唐突に、重光がそんな質問を放った。

「そりゃ、助けるわよ」

「なぜ?」

「仔猫が死んだらかわいそうじゃない」

「それも、他に選択肢がないからだろう? 自分が助けねば、仔猫は死ぬ。だから、自分が助ける」

 重光が、指摘する。渚は腕組みした。どうも、うまく嵌められたという気がする。

「今のところ、返答は保留させてもらうわ。とりあえず、シロクマに連絡を取ってくれない? あたし、コンビニの帰りに行方不明になったんだから、騒ぎになってるとまずいわ」

「心配ない。すでに利美にはRQAFのスタッフが接触した。今は夏休みだろう? しばらく家を空けても、問題はないはずだ」

「確かに……」

「さて。本来ならば次は国王陛下に謁見といきたいところだが……今現在国王陛下は南西部の視察中で王都を留守にしておられる。二日ばかり王都の見学でもしていてくれ。おそらく三日後に、DDの大量襲来がある。その時には、ここの防空指揮所に詰めて、迎撃指揮統制のやり方を見学してくれ。いいな」

「……はい」

 渚は気乗りしない返答をした。

「それと……」

 重光が、封筒を差し出す。

「なに?」

「カネだ。いくらか持ち歩いていた方が、都合がいいからな」

 渚は中身を確認した。真新しい二十ドル紙幣がきっちり十枚入っていた。


 第五話をお届けします。いきなりですがお詫びと訂正を。あらすじなどで『異世界空戦もの』と謳っておりましたが、改めて見直してみると空戦シーンがさほど多くないことに気付きました(汗)。(主役がパイロットじゃないんだから気付けよ作者)そこで煽り文句を『異世界冒険もの』に差し替えたいと思います。失礼いたしました。 では用語解説  J47/GE開発のターボジェットエンジン。多数の戦闘機、爆撃機に搭載された名エンジンである PC−9/スイスのピラタスが開発したターボプロップ練習機。トゥカノ/エンブラエルEMB−312。ブラジル製のターボプロップ練習機

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