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15 名なしの森

 一週間後、再びアルバトロスは大陸へと飛んだ。完全武装の知的哺乳類十二匹とゴエンザレド、それに当座の物資を海岸へと降ろし、すぐにFベースへと帰還する。

 翌日も飛んだアルバトロスは、大量の物資と知的哺乳類六匹を運んだ。さらに翌日の便には、渚とヴァルヴァラ、エリックとホルヘの姿があった。

「では、参りましょうか」

 知的哺乳類十二匹の護衛で、ゴエンザレド率いる一隊が新たに設営されたベースキャンプを出発する。むろん、渚ら四人の人間も加わっていた。渚、ヴァルヴァラ、エリック三人の肩には、それぞれのペットが載っていた。前回早期警戒用として役立ったことを考慮しての起用である。

 三時間ほどの捜索で、一行はDDの死骸十数体が蝟集する林間地を発見した。今度も、最初に気付いたのはミャーシェたちだった。

「すべての個体が、自然死している。生殖口の様子からして、おそらくは幼生を産んだあとだわ」

 ざっと死骸を調べたヴァルヴァラが、告げた。

「もう用がなくなれば、死ぬのね。昆虫ではよくあるケースだわ」

 渚はかぶりを振りつつ言った。それが生物の定めだと判っていても、女性としてはやるせない気持ちになる。

「……ってことは、近くに幼生がいるわけか。いわゆるBVsが」

 小声で、ホルヘが訊く。

「そうね。探しましょう」

 ヴァルヴァラが、護衛の知的哺乳類たちに合図を送る。


 ほどなく、BVsの群は見つかった。その数……十三匹。

「なんか……無警戒だな」

 エリックが、つぶやく。

 BVsたちは、あきれるくらい外部に注意を払っていなかった。渚らが三十メートル程度まで近付いても、気付いたそぶりさえ見せない。動きも不活発だった。

「グエでコミュニケーションが取れないのか?」

 ホルヘが訊く。

「……見てのとおり、頭部が小さいでしょ。卵を解剖した限りにおいては、脳容量も小さかったわ。おそらく、言語システムは持っていないんじゃないかしら」

 ヴァルヴァラが、答えた。ホルヘが、薄く笑う。

「子孫を残すためのセックスマシーンに過ぎないと言うわけか」

「まあ、試すだけ試してみましょうか」

 慎重に近付いたヴァルヴァラが、一匹にグエを投じた。だが、話し掛けても反応は絶無だった。

「やっぱり、セックス馬鹿だ」

 ホルヘが、鼻を鳴らす。

 観察を続けるうちに、一匹のBVsが、別のBVsに近付いた。後ろ向きになり、自らの尾部を、相手の尾部に押し付ける。

「なんだ、ありゃ」

 ホルヘが、首を傾げる。

「交尾よ。反向き型。蝶やカメムシに多いやり方だわ」

 しごくまじめな表情で、ヴァルヴァラ。

「色気のない方法だな。……人間に生まれてよかったよ、ほんと」

 しみじみと、ホルヘが言う。


 BVsの観察は、実に二週間に渡って行われた。アルバトロスの往復により継続して物資の補給を受けながら、渚らは静かにBVsを見つめ続けた。交尾の回数は、観察開始から三日で実に四十六回に及んだ。七匹の雌のほとんどが、六匹の雄すべてと交尾した。同じ組み合わせて複数回交尾した例も見られた。

「確実に受精するためよ。昆虫では普通だわ」

 ヴァルヴァラの説明に、男二人がうんざりした表情で目配せを交わす。

 観察開始から四日目には交尾が一度も見られなかった。五日目には、すべての雄が死んだ。雌は一切食物などを採ることはなく、静かに横たわったり、ゆっくりと歩き回ったりしている。八日目からは、雌たちの腹部が目立って膨らんできた。十三日目に、最初の卵が樹の根元に生みつけられた。産んだ雌は、前肢を使って卵の周りに枯れ枝や枯葉を使って器用にバリケードを築き、ほどなく死んだ。十四日目にはすべての雌が卵を産みつけ、そして死んだ。

 エリックとホルヘが、ナイフとエントレンチ・ツールを使って卵のバリケードを取り除いた。きれいな卵だった。アクアマリンを思わせる透明感のある水色をした、ラグビーボール型の卵だ。大きさは、長さ四十センチ、直径二十センチくらいだろうか。

「ここからBVwが生まれるんだな」

 エリックが、しみじみと言う。

「そしてサイクルが始まる。……いくつかは、念のため持ち帰って孵化寸前まで育ててみる必要があるわね」

 ヴァルヴァラが言って、卵にナイフの刃を滑らせた。外殻は柔らかだが厚かった。内部はまだ液状で、切り口から粘性のある透明な液体がどろりと流れ出す。

「でも、BVw一匹でひとつのコロニーが形成されるとすると、辻褄が合わないわね」

 映画の『エイリアン』シリーズのワンシーンのような画にちょっと怖気をふるいながら、渚は問題提起した。

「そう。もっと大陸でヴォーゲオスが繁殖してもいいはずだわ。それを少なく保つシステムがあるはずなのよ。卵が意外と寒さに弱く、生き延びる数が少ないのか、BVw同士が争うのか、あるいはなんらかの天敵が存在するのか……」

 ヴァルヴァラが、考え込む。

 キャリエス島で大きなコロニーの数が一定だったのは、言うまでもなくDDが南部森林地帯に到達することができず、それゆえにBVsもBVwも生み出されなかったからだ。しかしここ大陸では、多数のBVwが毎年生み出されているはず。なぜ、大繁殖しないのか……。

「あのー、皆さん」

 背後から、ゴエンザレドが遠慮がちに声をかけてくる。

「はい?」

 渚は振り返った。

「この卵は、持ち帰って研究する重要な資料ですよね」

「そうですが……」

「あなた方のペットが、問題行動を行っているのですが……」

 ゴエンザレドが、前脚で三ヶ所を示す。

「ユリ!」

 渚は思わず叫んだ。ユリとサビーヌとスィレブローが、それぞれ別の樹の根元で、BVwの卵に挑みかかっていた。バリケードの一部を剥ぎ取り、できた隙間に小さな頭を突っ込んでいる。渚に呼ばれて隙間から頭を抜き出したユリの口元から、透明な液体が糸を引いて落ちる。

「これだわ……森には卵を捕食する生物がいるのよ」

 かすれた声で、ヴァルヴァラ。

「そうか。無敵の生物も、卵になってしまえば脆弱なんだ」

 渚は思わず両手を打ち合わせた。

「寒さにも弱い」

 エリックが、言う。

「RQAFも天敵のひとつに数えていいんじゃないか」

 こう言うのは、ホルヘ。

 渚の頭に、DD対策の具体的なアイデアが浮かびつつあった。

「ねえ、ヴァーリャ。BVwの卵を死滅させることについて、国王陛下は反対するかしら?」

「しないでしょうね、たぶん」

「もし、DDに特定の場所でBVsを産ませることができれば……」

「問題は解決するわね。確実に」

 渚とヴァルヴァラは、顔を見合わせて微笑んだ。

「おいおい、何を企んでいるんだ?」

 エリックが、訊く。

「うまく行くかどうか確信はないけれど……包括的な解決方法が見つかったように思うの」

 晴れ晴れとした表情で、渚は答えた。




「では、国王陛下。どうぞ」

 渚に促され、歩み寄った国王が、前脚でそっと土をかき寄せた。居並ぶRQAF幹部の人間たちが拍手する。知的哺乳類は、それぞれ特有の方法で拍手に相当する音を奏でた。

 国王が退くと、控えていたトビネズミが進み出て、国王が寄せた土をしっかりと前肢で固めた。植え付けられた若木が、トビネズミが触れるたびに頼りなげに揺れる。

「作業開始」

 ゴエンザレドが、命ずる。待機していた百頭にもおよぶ知的哺乳類が、いっせいに動き出した。あらかじめ掘った穴に若木を入れ、シャベルや前脚や牙を使って植え付けてゆく。

 あたりには、土の匂いが立ち込めていた。国王が、渚に歩み寄る。

「余の見立ては間違っていなかった。そなたなら、この不毛な争いを終結させてくれると信じていたのだ」

「いえ、まだ実験は端緒についたばかりです。まだ、予想通りDDを阻止できるかどうか、判りません」

 北部辺境域における大規模な植林計画……。これが、渚とヴァルヴァラがたどり着いた最終的回答だった。DDがBVsを産むために、南部森林地帯への飛行を行っているのだとすれば、その眼前に新たに森林を……つまりはBVsの交尾と、BVwの卵を産むための適地を設けてやれば、それ以上の南下を防ぐことが可能ではないか、と考えたのだ。

 もちろん、簡単にできる解決方法ではない。地球のそれと同様、大森林を一から作るのは数十年掛かりの大事業である。将来森林が形成されたとしても、そこでDDがBVsを産むという絶対的な保証はない。もしうまく行ったとしても、産み付けられた卵すべてを処分し損ねて、たとえ一匹でもBVwを草原地帯に逃がしてしまえば、あらたなBVコロニーの出現を許してしまうことになる。

 だが……。

「余は信ずる。この計画の成功を」

 国王が、言った。

「素晴らしい解決方法だ。DDはいわばその生物としての使命を全うして、自然死することになる。生まれ出るBVsも同様に、交尾を行って自然死する。生まれたBVwの卵も、その大半が小動物に捕食され、自然なサイクルの中で死を迎える。不自然な殺害は、小動物のあぎとを躱して生き残った少数の卵だけで済む。なんと自然で、なんと慈悲深いやり方だろうか」

「国王陛下のご指導と、RQAFに属する者すべてと、陛下の臣民すべての協力があればこその成果です」

 渚はそう応じた。嘘偽りのない心境だった。渚はわずかなアイデアを提供し、事態解決の方向付けに多少寄与したに過ぎない。

 国王が、渚を振り仰いだ。

「余はおそらく、そなたのこの計画が成就するまで生きてはおらぬだろう。だが、心配はしておらぬ。わが臣民のために、そなたは立派にこの計画をなしとげてくれるであろう」

「……全力を尽くします」

 渚は厳かに応えた。植林計画自体は、すでに渚の手を離れ、キャリエス王国政府の一部局が主体となって進めることになっていた。すでに五千本を越える若木が南部森林地帯から移植される手筈になっている。団栗に似た実から苗を大量生産する育苗場も、すでに複数設けられ、地面からは黄緑色の芽が次々と顔を覗かせている。

 RQAFは、変わらずDDの迎撃に勤しむことになる。しばらくの間は、誰も失業しなくて済むわけだ。計画が滞りなく進み、数十年後にすべてのDDがこの『南下阻止ライン』を越えなくなったとしても、念のためにRQAFは規模を縮小しつつも存続することだろう。

「では、そちは将来のオークリョアム就任を了承したと考えていいのかな?」

 国王が、訊く。

「はい。曽祖父の跡を継ぎます、国王陛下」

 渚はきっぱりと答えた。もう後戻りはできないと、渚は覚悟していた。ここで投げ出しては、死んでしまった命に申し訳ない。RQAFのメンバーたち。ジャンヌを始めとするBVbたち。過去に失われた幾多の命。知的哺乳類。DDですらも。

 それに、渚もこの植林計画が最終的回答であることを内心では確信していた。所詮ヴォーゲオスは昆虫である。大陸でのDDやBVsの振る舞いを見て、渚はヴォーゲオスもその生態に忠実なだけであると見抜いた。条件……高い気温、適切な密度の森などなど……さえ整えば、DDはそこでBVsを産むはずだ。BVsは交尾して卵を産む。そしてそれらの大半は、ミャーシェのような小動物に喰われるに違いない。それが、この世界の神が生物としてのヴォーゲオスに与えた自然なサイクルなのだ。RQAFは、その卵をすべて破壊するか、孵化したBVwを一匹残らず叩き落すかすればいい。

「ありがとう、渚」

 重光が、渚の手を取った。

「これで安心して死ねるなんて、言わないでね」

「まだまだ。おまえを一人前のCOにしてからでなくては、死ねんよ」

 重光が、笑った。

「失礼、渚殿」

 ゴエンザレドが、割り込む。

「何でしょうか?」

「陛下のご提案なのだが……この新たな森の名を『ナギサ』と名付けることを承諾してもらえるかな?」

「はあ? なに言ってるんですか?」

 渚は国王陛下の御前であることを忘れて、ゴエンザレドに突っ込みを入れた。

「新たにできる森には、やはり名前が必要だ。名なしの森では、都合が悪い。そちの業績を記念して、名前を拝借したいと考えてな」

 国王が、言った。

「……どうだろう。名前を貸してもらえんかな」

「そんなそんな……。あたしの名前を付けるなんて、滅相もありません」

 渚は慌てふためいた。とてもではないがそれにふさわしい業績をあげたつもりはないし、はっきり言って恥ずかしい。それに、森に渚などと海辺の名前をつけるのも不自然だ。

「もし人名を元に名付けるのであれば、あたしよりヴァルヴァラの名前の方がふさわしいかと……」

「そんな。わたしにそんな資格はありません」

 パイロットたちの列から慌てて飛び出したヴァルヴァラが、すかさず言った。

「そうですか。では、『ヴァルヴァラ=ナギサ』でいかがでしょう」

 ゴエンザレドが折衷案を出す。

「それも恥ずかしすぎます」

 渚は即座に反対した。ヴァルヴァラも、反対に同意する。

「そうか。では、せめてそちたちに名をつけてもらおう」

 国王が、ヴァルヴァラと渚を前肢で指し示した。

「名付け親……ですか?」

「それならば、構うまい。ぜひこの場で、よい名を付けていただきたい」

 国王が、眼を細める。

「どうしよう……」

 渚とヴァルヴァラは額を寄せ合った。国王とその側近たちは、二人が話し合うのをじっと見つめている。重光以下RQAFの幹部たちも、興味津々でこちらを注視している。

「……そうとう期待されてるわね」

 小声で、ヴァルヴァラ。

「受け狙いで変な名前付けたら、責任問題に発展するかも」

 そっと周囲をうかがいながら、渚はそう言った。

「二日ぐらい考える時間を下さい……とか言いたいんだけどな」

 渚は脳味噌を絞った。だが、考えれば考えるほど、くだらない名称ばかり頭に浮かんでくる。『サダム・ライン』『DDホイホイ』『マジノ線』『三十八度線』『バーレブ・ライン』

「壁……」

 不意に、ヴァルヴァラがぽつりと言った。

「壁はどう? 『緑色の壁』」

「方向性はいいと思うけど……なんか、安っぽいペンキを塗っただけの壁みたい」

「……じゃあ、城壁。『緑色の城壁』」

「エメラルドの城みたいでかっこいいわね。でも、いまひとつ……」

「判った。『緑色の盾』」

「さすがヴァーリャ。完璧よ!」

 渚とヴァルヴァラは、国王陛下に森の名を告げた。

「良き名を付けてくれた。礼を言うぞ。皆の者、今後この森は『緑色の盾』と呼ぶように。名付けたのは、この渚殿とヴァルヴァラ殿である」

 国王が告げる。

 一斉に、拍手とそれに準ずる音響が巻き起こった。若木を植え終わった知的哺乳類たちも、ある者は手を打ち合わし、ある者は地面を踏み鳴らし、またある者は吠え、新たな森の誕生と命名を祝った。


最終話をお届けします。最後までお付き合いいただきありがとうございました。次回作ですが、新作がいまだ書き上がりませんので(汗)旧作を改稿したものを投稿させていただきます。初回は八月十五日土曜日に投稿、以後毎週土曜日に連載という形で行きたいと思います。ジャンルとしては……一応SFになりますでしょうか。長さは中編、女性主人公の一人称ものです。雰囲気としては好評とは言えなかった「バタメモ」に似た感じですので、アクセス数に不安が残りますが、こちらもよろしくお願いします。

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