14 第四のBV
翌日昼前に、一同はコロニーを後にして、海岸へと向かった。
アルバトロスが着水したのは、正午から一時間ほど経過した頃だった。すぐにゴムボートを往復させ、一同は機内へと乗り込んだ。
「助っ人を連れてきた。ショーレンラムと、レディンホルだ」
サラップが、二匹の知的哺乳類を紹介する。茶色い毛並みのヒグマと、黄ばんだ白毛のホッキョクグマのペアだった。……両方とも、地球の実物よりも小柄で、せいぜいツキノワグマ程度の大きさしかない。
「火器も強化した」
サラップが指す先には、ごついリボルビング弾倉を備えたグレネードランチャー二挺と、コンパクトなマシンガン三挺があった。ミルコールMGLと、おなじみのミニミだ。
「離水するぞ。座席に着け」
機長のニックが怒鳴った。
一時間と掛からずに、アルバトロスはベースキャンプ上空に達した。低空で観察した限りにおいては、DDの姿はなかった。ラジオで呼び出しても、生存者の反応はない。
着水したアルバトロスから、機長のニックと副操縦士のサラップを除く全員が、ゴムボートで海岸へと向かった。二匹のクマは重武装だった。ミルコールMGLを抱えた上に、首からスリングでFNC突撃銃を吊っている。腰にまわしたベルト……長さは三メートルはあろうか……には、四十ミリグレネードが詰まった袋やFNのライフルグレネード、NATO標準の5.56ミリ弾三十発箱弾倉が入った弾薬パウチ、破砕手榴弾などを鈴なりに下げている。ヴァルヴァラとエリックとホルヘも、得物をミニミに持ち替えた。余ったHK79グレネードランチャー付きG3自動小銃は、渚が持つことになった。凄まじく重い。七キロ近くあるのではないか。
一行はヒグマを先頭に、ホッキョクグマを殿にしてベースキャンプを目指した。DDに遭遇することなく、目的の場所に到着する。
ベースキャンプは、恐れていた通りのありさまだった。
いたるところに、DDの死体があった。グレネードを撃ち込まれて胴体を引き裂かれたDD。銃弾で穴だらけとなったDD。流れ出した体液が、地面を暗褐色に変色させている。テントは引き裂かれ、食糧その他の装備品が散乱していた。短波無線機はDDの前肢の一撃を喰らったのか、真っ二つに割られていた。
ホルヘが、落ちていた薬莢のひとつを拾い上げて、臭いを嗅いだ。
「発砲したのは昨日だな」
「判るの?」
疑わしげに、ヴァルヴァラ。
護衛の二人……マットとアフマド、それにクマ二頭を周辺警戒に立たせて、残る渚らはベースキャンプを詳細に調べた。ほどなく、死体が見つかった。砂色の短い髪……元イギリス陸軍のグレッグだ。頭部にDDの打撃を喰らったのだろう、頸部がありえない角度で捻じ曲がっていた。左大腿部も茶色く変色した血に染まり、折れて尖った骨が、皮膚を突き破って露出している。
渚は歯を食いしばりながら、捜索を続けた。幸い、それ以上の死体は見つからなかった。
「銃の数が足りない。スンファとレフ、それにゴエンザレドは、襲われて反撃し、森に逃げ込んだんだろう」
エリックが、SEM−52SL/FM無線機のスイッチを入れ、コールする。
反応はなかった。
「二手に分かれて探しましょう。わたし、渚、マット、ショーレンラムで西側。エリック、ホルヘ、アフマド、レディンホルで東側。……三時間後にここに集合。正時に相互連絡。いいわね」
ヴァルヴァラが命ずる。
元アメリカ陸軍軽歩兵だというマットを先頭に、渚とヴァルヴァラ、そしてヒグマのショーレンラムは行方不明の二人と一頭を捜すために森へと分け入った。時折SEM−52のスイッチを入れ、コールする。だが、反応はなかった。
樹木の間隔は開いていたが、丈の高い下生えが密生しているところが多く、森の中は見通しが悪かった。地面は厚く積もった腐敗しかけた落ち葉のせいで、妙に柔らかい。
不意に、マットが立ち止まった。チョコレート色の片手をすっと垂直に上げる。停止のハンドシグナルだと気付いた渚は、音を立てないようにして足を止めた。気配で、背後のヴァルヴァラとショーレンラムも立ち止まったことを知る。
渚は外していた指を引き金にそっと当てた。DDか?
がさり、と前方の茂みが動いた。反射的にG3を肩付けにした渚だったが、狙いをつける前にその茂みはDDが潜むには小さすぎることに気付いた。
茂みから、五つの小さな頭が同時に飛び出した。
ミャーシェたちだった。しかも、そのうち三匹は見覚えのある顔だ。
その三匹が、いっせいに茂みを飛び出した。凄まじい速さで、ユリが渚に、スィレブローがヴァルヴァラに駆け上る。残されたサビーヌは、ちょっとためらった後に、遠慮がちにマットの身体をよじ登り始めた。
「なんだよ。あんたらのペットか」
小声で、マット。
「ごめん。でも、無事でよかった」
渚は例によって頬をぺろぺろと舐め出したユリの姿に眼を細めた。
「どうやら、友達を見つけたようだね」
ヴァルヴァラが、茂みから顔だけ覗かせているミャーシェを手招きする。だが、キャリエス島に住む同類と違い警戒心が多少強いらしく、二匹の大陸ミャーシェは近付いては来なかった。
「先を急ごう」
ショーレンラムが、促した。
二時間探しても、行方不明の二人と一頭は見つからなかった。無線連絡によると、エリックのグループも、手がかりなしという。
小休止ののち、渚らは捜索を再開した。二十分ほど歩んだところで、いきなりユリが渚の肩から飛び降りた。マットとヴァルヴァラの肩からも、サビーヌとスィレブローが飛び降りる。
「なにやってんだ? あんた方のペットは?」
脚を止めたマットが、後足立ちで鼻をひくつかせている三匹を見下ろしつつ、訊く。
「ちょっと緊張しているみたい。妙な臭いに、気付いたんだと思う」
周囲に警戒の目を走らせながら、ヴァルヴァラが言う。
不意に、サビーヌが走り出した。俊敏な動きで、前方の茂みの中に飛び込む。一瞬遅れて、ユリとスィレブローも続いた。
「ユリ! どこ行くの!」
思わず追いかけようとした渚の肩を、ショーレンラムが押さえる。
「待て。不用意に飛び出すな」
「そういうことだな。気を引き締めて行くぞ」
マットが言い、前進の合図をする。
一分足らずのちに、三匹は戻ってきた。ユリとスィレブローはそれぞれの飼い主の肩に駆け上がり、前方に向けて歯をむき出し、きいきいと啼き出す。サビーヌは、地面に後足立ちしたまま、同じように啼いている。
「……これは、前方に敵あり、と言ってるのかしら」
渚は興奮しているユリをなだめようと、腹を掻いてやった。
「ちょっと見てくる」
マットが言って、前方の茂みを迂回し始めた。
三匹は相変わらずきいきいと啼いている。
と、背中を見せていたマットがいきなり発砲した。素早くセミオートで二十発撃ち尽くし、さらにグレネードを水平に放つ。
渚はG3を構えて前進した。仁王立ちで弾倉交換を行うマットの傍らで、膝射の姿勢を取る。
木々がやや疎になった場所に、おびただしい数のDDが集っていた。すでに一匹はマットのグレネードに引き裂かれ、体液を撒き散らしながらのた打ち回っている。残るDD……三十匹というところか……は、危機を察知し前肢を振り上げながら集まりつつあった。
渚はランチャーの左側にあるプレス・トリガーを押して、四十ミリグレネードを放った。密集していたDDの只中で、激しい爆発が起こる。飛び散った弾殻が、DDの外殻に突き刺さる。
ヴァルヴァラが、ミニミを横射した。一拍遅れて、ショーレンラムがグレネードの連射を開始する。
渚はHK79のバレルを下方に開いて排莢すると、オレンジ色に塗られたグレネードを装填した。バレルを上方に向けて閉じ、その直後にあるコッキングハンドルを引く。狙いを付け、放つ。何度も練習したので、自分でも驚くほど滑らかに排莢から発射までをこなすことができた。
グレネードの猛射で、動くDDの数は極端に減った。だが、数匹は渚らの至近に迫りつつあった。十五メートルほどの近距離では、信管の安全装置が解除されないので、グレネードは効力を失う。
「伏せろ!」
マットが叫び、手榴弾を投げた。渚は急いで伏せ、自らも手榴弾を取り出した。安全ピンを引き抜き、マットが投げたものが炸裂したのを確認してから上体を起こし、投擲する。伏せている限りにおいては、五メートルほどの至近距離で手榴弾が炸裂しても、負傷するようなことはない。少なくとも、理論上では。
ショーレンラムがFNCに持ち替え、撃ち始めた。ヴァルヴァラは二百発を撃ち尽くし、箱弾倉に切り替えつつある。マットがさらに手榴弾を投げた。渚は伏せたままG3をセミオートで連射した。グレネード弾の破片を浴びながらも果敢に突っ込んできたDDに、銃弾が集中する。わずか五メートルほど手前で、そのDDはやっと崩れ折れた。前方に投げ出された前肢の先が、伏せている渚の眼前の地面に、振り下ろされる鶴嘴の切っ先のごとく突き刺さる。
マットが振り向いて、手のひらを顔の前で激しく振った。……撃ち方やめのハンドシグナルだと気付いた渚は、引き金から強張った指を離した。なおも撃ち続けるショーレンラムには、ヴァルヴァラが手を振って合図して止めさせた。
DDはすべて倒れていた。まだ息のあるものもいるようだが、少なくとも、向かってくる奴はいない。
「今のうちに装弾を済ませろ。各自、残弾数を報告」
すっかり実戦モードになったマットが、きびきびと命ずる。
グレネードを装填した渚は、急いで弾薬数をチェックした。グレネード弾は金色の通常榴弾が三発、オレンジの対装甲弾が二発。弾倉は五本。手榴弾は三発。
「見て、渚」
ヴァルヴァラが、渚の肩を叩いた。
「あ」
渚は思わず絶句した。戦っている時は気付かなかったが、倒れているDD……少なくとも、腹部を上にして倒れているDDには、すべて共通の特徴が現われていた。
腹部が、異様に膨らんでいる。
「妊娠してる」
「道理で、動きが鈍かったわけだ」
MGLを肩に担いだショーレンラムが、言った。
「飛ぼうと試みた奴もいなかった」
マットが、指摘する。
「解剖してみたいわ。いい?」
ヴァルヴァラが、マットに許可を求める。
「レフとスンファ、それにゴエンザレドを探す方が先だろう?」
「いずれにせよ、もう時間切れよ。集合時間に間に合わないわ。マット、エリックたちに状況を報告して。ショーレンラム、周辺警戒をお願い。渚、援護して」
一方的に決めたヴァルヴァラが、DDの死体に歩み寄った。肩をすくめたマットだったが、素直にSEM−52を取り出した。ショーレンラムも、MGLを手に歩み去る。
渚は装弾をもう一度チェックすると、ヴァルヴァラのあとを追った。おあつらえ向きに腹部をグレネードで引き裂かれて横たわっているDDに近付いたヴァルヴァラが、慎重にミニミの銃口で肢の一本を突いてみる。DDは微動だにしなかった。ミニミを構えたまま、周囲に倒れているDDの様子をうかがったヴァルヴァラが、満足したのかミニミを下ろした。渚が油断なくG3を構えて控えていることを確認し、腰のガーバー・ナイフを引き抜く。
「やっぱり、ナイフじゃ無理ね」
しばらく開口部に刃を突っ込んで動かしていたヴァルヴァラが、首を振った。手近の草で体液をふき取ってから、ナイフを鞘に収める。
「手榴弾を使うわよ。渚、ミニミを持っていって」
ヴァルヴァラが命ずる。渚はG3を肩にかけると、ミニミのキャリングハンドルとグリップに手をかけて持ち上げた。二十メートルほど後退し、身を低くする。M26手榴弾を手にしたヴァルヴァラが、セイフティ・ピンを抜いた。セイフティ・レバーを外してから、DDの腹部の破口にM26を突っ込み、駆け足で退避する。
くぐもった音とともに、DDの外殻の一部が吹き飛んだ。
ミニミをその場に置いたまま、渚はDDに駆け寄った。先に戻っていたヴァルヴァラと肩を並べるようにしながら、大きく裂かれたDDの腹部を覗き込む。
体液にまみれた内臓の中に、明らかに内部臓器とは違うものが見えた。
「卵ね。これなら、ナイフでも歯がたちそうよ」
ヴァルヴァラが、再びガーバー・ナイフを抜いた。やや黄色がかった白に見える卵……大きさは、二十キロ入りの米袋よりやや大きい程度か……に、刃を突き立てる。すでに爆発で一部が破壊されていた卵は、易々と切り裂かれた。
内部には、思ったとおりヴォーゲオスの幼生が入っていた。もうかなり成長しており、特徴的な前肢やほっそりとした頭部などがはっきりと見て取れる。腹部は爆発の為に損なわれていたが、おそらくは同じような成長過程にあったのだろう。色がごく薄い黄土色であることを除けば、成虫とほとんど変わりない。
「羽根がないわ。BVwじゃないみたい」
ナイフであちこち探りながら、ヴァルヴァラ。
「どういうこと?」
「ちょっと待ってね」
ヴァルヴァラが、さらに深くナイフを幼生に突き刺した。まだ柔らかい身体を切り開いて、観察を続ける。
「身体の特徴は、BVaやBVbによく似ている。でも、細部に違いがあるみたい。少なくとも、Jコロニーで見た幼いBVbとは異なるわね」
「あとから羽根が生えてくるってことはない?」
「まずありえないわね」
渚の意見を、ヴァルヴァラが一蹴する。
「既知のヴォーゲオスの生態からすると、そこまで劇的なメタモルフォーゼは考え辛いわ。それに、この頭部の貧弱さを見て。脳が凄く小さいわ。まず間違いなく、第四のBVね」
「……ややこしい」
渚はつぶやいた。DDを生む凶暴な種類がBVa、生まない大人しい種類がBVb、まだその存在が実証されていない『羽根のあるBV』がBVw。それに加え、新しいBVが見つかってしまった。
「名付けるとすれば……なんだろう」
ヴァルヴァラが首をひねる。
「BVsでいいじゃない」
渚は言った。
「Sはなに?」
「ストレンジのS」
ヴァルヴァラがくすりと笑う。
「いいわ。BVsにしましょう」
渚は頭の中を整理した。外郭の小コロニーに存在し、DDを生み育てる凶暴なBVa。普遍的な種類で、友好的なBVb。南方から飛来して、コロニーを復活させてくれるらしい羽根のあるBVw。そして、DDが孕んでいた謎のBVs。
「もっとサンプルがいるわ」
顔をあげたヴァルヴァラが、言った。
ヴァルヴァラによるDD解剖は、三十分に渡って繰り広げられた。
「やっぱり。このBVsには、雄が含まれているわ」
「DDは有性生殖を行う世代を生み出すための種類だったのね」
渚は言った。
「じゃあ、この有性世代が交尾して、BVwを生むのね?」
「結果的にはそうなると思うけど……」
ヴァルヴァラが、体液まみれのナイフを手に考え込む。
「有性生殖と単為生殖を繰り返す周期的単為生殖。冬季を乗り切るための必須移住性。……思い出した。アブラムシよ」
「アブラムシ?」
「そうよ、地球のアブラムシによく似た生態の種類がいるわ。たしか……一匹の雌が、樹にある種の巣を作るの。これが単為生殖で増殖し、そのうち有翅虫が生み出される。これが離れた場所にある草本へ飛び、また単為生殖で増殖する。そこで今度は有翅の産性虫が現われ、樹に戻る。そこで有性世代を生み、交尾し、卵を産む。その卵が孵り、たった一匹から同じサイクルを繰り返す……」
「なんか、ややこしいだけで無駄が多い生き方に思えるんだけど」
「そうでもないわ。単為生殖ならば有性生殖よりも速く増殖できるし、有性世代の出現によって遺伝子の組換えという利点も失わない。そう、たしかアブラムシは冬季を卵という有利な形態で乗り切るために、こんなサイクルを確立したのよ。ヴォーゲオスも、それに類似した生態を持っている可能性が高いわ」
「じゃあ、このBVsが交尾して、卵を産むわけ? そしてそれが孵ったものが、BVw?」
「……おそらくは」
「となると……」
渚はイメージしてみた。BVwが、草原地帯に飛んでゆき、そこで単為生殖によって数を増やし、コロニーを作る。生まれるのはBVbばかりである。そのうち寒くなってくるとBVaが生まれ、DDを生み育てる。DDは暖かい南部森林地帯へと飛行し、そこで有性世代であるBVsを生む。BVsが交尾し、卵を産む。卵は冬を乗り切って孵り、BVwとなる。BVwは草原地帯に帰り、また自分の羽根のない複製を作って増え……。
……あらためて考えてみると、それほど複雑なシステムではないようだ。
「おそらくは、なんらかの形でBVwがキャリエス島にたどり着いてしまったのでしょうね」
ヴァルヴァラが、推測を述べる。
「しかし、冬がこないからそのサイクルが狂ってしまった。だから、一年中DDを生み出すようになった。DDは本能に従って南下し、胎内の胚子を護るために知的哺乳類を敵とみなし、襲い掛かった。そんなところじゃないかしら」
「無駄な戦い……」
なんとも不毛かつ無意味な殺し合いである。
「とりあえず、ベースキャンプに戻ってエリックたちと合流しましょう」
行方不明の二人と一頭は、依然見つからなかった。
「いったん撤収しましょう。装備の大半は海岸に残し、後日あらためて捜索隊を派遣するのが上策だわ」
ヴァルヴァラが、決断した。
「グレッグは、連れて帰るぜ」
ホルヘが、言う。
「もちろんよ」
撤収準備を終えた一同は、海岸へと向かった。ビニールシートにくるまれたグレッグの遺体は、マットとアフマドが丁重に運ぶ。
アルバトロスへ乗り込んだ渚は、疲れた身体をベンチシートにあずけた。窓から海岸を眺め、ため息をつく。ヴォーゲオスの生態はほぼ解明された。だが、犠牲が多すぎる。得られたのは、人命を費やしてまで獲得する必要のある知識ではない。
おや……。
渚は眼を凝らした。岸からさして遠くないところで、黒っぽいアザラシのような生き物が泳いでいる。
アルバトロスのエンジンが、唸りを高めた。機体がゆっくりと動き出す。
本当にアザラシか? それにしては、泳ぎが下手くそのように見える。まるで、溺れているかのようだ……。
「離陸待った!」
渚は慌てて操縦席に駆け込んだ。驚くニックとサラップに対し、海上を指差してみせる。
泳いでいたのは、ゴエンザレドだった。
「いやあ、助かりましたぞ。元来、泳ぎは不得手でしたからな」
機内に引き上げられたずぶ濡れのクロヒョウが、荒い息をつく。
「良くぞご無事で。さっそくですが、レフとスンファの消息を」
勢い込んで、エリックが訊く。
「残念ながら、お二人とも亡くなりました」
いきなりDDの群に襲われたベースキャンプ。三人の人間は激しく応戦し、多くのDDを倒したが、乱戦に持ち込まれてグレッグが死に、スンファも負傷する。ゴエンザレドはレフの援護を受けながら、スンファを背負って逃げた。その後海岸を目指したが、別のDDの群と出くわしレフが戦死。スンファもそこで死んだという。
「ずっとあちこち逃げ回っておりましてな。何度かRQAF機を見かけたので、ベースキャンプの方向へ向かっていたところ、この機が降りてきたのに気付きまして」
「そうでしたか」
ヴァルヴァラが言いながら、タオルでゴエンザレドの身体を拭いてやる。
……結局また三人もの命を失ってしまった。
渚は再びベンチシートにへたり込んだ。もはや限界だった。これ以上、犠牲者は出したくない。何があろうとも。
「離陸する」
ニックが告げ、エンジンの唸りが高まった。がくんがくんと波にぶつかりながら、アルバトロスが滑走してゆく。機体がふっと浮き上がり、すがりつく海水を振り切った飛行艇は、翼のある船から艇体の飛行機へと変身を遂げた。
「渚殿。ヴァルヴァラ殿から話を聞きましたぞ。ついに、ヴォーゲオスの生態を解明したそうですな。素晴らしい成果です」
十分ほど飛行したところで、生乾きのゴエンザレドがぬっと近付いてきた。
「……ほとんどヴァルヴァラのお手柄ですわ。それに、三名もの犠牲を払ってしまった。成果とは言えません」
ベンチシートに沈み込んだまま、渚はぼんやりと応じた。
「成果は成果です。探検に危険は付き物。国王陛下も、お喜び下さるでしょう」
「はあ」
「ヴォーゲオスの生態が完全解明されるまで、あなたには探検に付き合ってもらいますぞ」
ゴエンザレドが、渚の手に自分の前脚を重ねた。思ったよりも柔らかい肉球の感触だ。
「ですが……」
「お忘れですかな。此度の探検、隊長はわたくしですぞ。犠牲者が出た責任は、渚殿ではなくわたくしにあるのです」
ゴエンザレドが言って、ウィンクしつつ鋭い歯を剥き出した。
第十四話をお届けします。本作は次の第十五話が最終話となります。なお、次回投稿は作者都合により(ぶっちゃけ夏休みなので)投稿日ないし時間が前後する可能性があります。あらかじめご了承下さい。 用語解説 SEM−52/ドイツ製のポータブル軍用無線機