13 大陸探検
「まあ……命令なら、行きますが」
長距離偵察機として白羽の矢が立ったのは、マイラのA−7だった。航続距離の長さはRQAF機の中でも随一。おまけにマイラは元アメリカ海軍エビエイターである。洋上飛行は慣れている。
「ドロップタンクの買い付けは終わっている。ステーション2に偵察ポッド搭載で、Fベースから片道八百五十マイル。問題はないだろう」
XOが、言う。
二日後、マイラのA−7は実に四時間を越えるミッションを終え、無事にFベースに帰還した。渚はじりじりしながら偵察写真が現像されるのを待った。
「やっぱり……」
拡大鏡を手に、渚は写真を精査した。なるべく広い面積を撮影するために高高度から写したので、ヴォーゲオスのコロニーは、大きなものでも五十円硬貨の穴くらいしかない。だが、見落とすほど小さいというわけではなく、渚はヴァルヴァラとエリック、プラサーン、それにホルヘに手伝ってもらい、すべての写真からコロニーの位置を特定した。
「五万平方マイルほど探して、わずかに十八個。しかも、このあたりに集中している」
渚は、新たに描かれた大陸南東部の地図の一点を指差した。海岸に程近い、南端から二百キロほどの地点だ。
「南部に森林地帯があるところなんて、キャリエス島によく似てるな」
地図を覗き込みながら、エリック。
「氷河期があったんじゃないかしら」
ヴァルヴァラが、言う。
「氷河期?」
「キャリエス島って、意外と植生が単調でしょ? 南部の森林地帯なんて、一種類の樹がまるで植林したみたいに延々と続いている。北部の草原地帯も、同じ草が一面に生えている。アルプス以北のヨーロッパに似ているわ。ヨーロッパでは、氷河の南下と共に植物も南下したの。暖かい地を求めてね。だけど、ほとんどの植物はアルプスとピレネーを越えられなかった。そこで、寒さに弱い植物は全滅し、氷河期を耐え切った寒さに強い植物のみがのちに繁茂し、種類の少ない単調な植生を作ったわけ。おそらく、この辺りも同じような経緯をたどったんじゃないかしら。最南部に森林が集中しているのも、その名残だわ、きっと」
「さあ、どうする?」
写真をもてあそびながら、エリックが問う。
「こうなったら、大陸に行って調べるしかないだろう。な、お嬢ちゃん」
ホルヘがにやりと笑った。
「どうやって? 八百五十マイルもあるのよ。ヘリコプターで行くとなると空中給油が必要だわ」
ヴァルヴァラが、言う。
「シェルパかなにかで着陸できそうなところはなかったのか?」
ホルヘが、隅のほうで缶コーク片手に休憩しているマイラに問うた。
「平地は多かったけど、たぶん植生が密すぎて危険だわ。もし着陸に失敗したら、生きては帰れないでしょうね。それに、シェルパじゃ航続距離不足だわ」
「ふん。往復となるとC−130クラスが必要か。それでも、かなりの冒険だな」
エリックが、顎を掻く。
「船で行くか。その方がはるかに安全だ」
ホルヘが提案する。
「安全だけど、新たに船員を雇わないと。機密保持上、色々と問題が生じるわね」
ヴァルヴァラが、考え込む。
「あの……提案があるんですが」
今まで黙ってみなのやり取りを見ていたプラサーンが、控えめに割って入った。
「なんだ? いい案があるんなら、遠慮しないで言ってくれ」
ホルヘが、促す。
「CL−215があれば、問題は解決すると思うんですが」
「あ、あったまいい!」
渚は思わず手を打った。飛行艇ならば航続距離も長いし、滑走路のない場所でも十分な長さの水面さえあれば離着陸できる。
「たしかにいいアイデアだが……215にしろ415にしろ、簡単には手に入らないだろう」
エリックが、眉根を寄せる。
「日本にも、できのいい飛行艇があっただろう?」
ホルヘが、渚に振る。
「……絶対手に入らないと思う」
渚は首を振った。ホルへが言っているのはUS−1やUS−2のことだろうが、すべてが自衛隊に納入されており、民間機として売り出されている機体はない。
「そういえば、アルバトロスを売りに出してた奴がいたっけ」
唐突に、マイラが言った。
「アルバトロスって……A−40か?」
「まさか。グラマンのよ。G64」
ホルヘの問いに、マイラが笑う。
A−40はロシア海軍の対潜哨戒/救難ジェット飛行艇である。グラマンG64アルバトロスは軍用名HU−16として知られる救難飛行艇で、海上自衛隊でも長く使われた名機である。ただし初飛行は戦後すぐのロートル機だ。
「飛べるのか?」
疑わしげに、エリック。
「たぶん」
珍しく自信なさげに、マイラ。
渚によってCOに提出された『大陸探査計画』は、予算の無駄遣いであるとして予想通りRQAFパイロットの過半の反発を招いた。
そこへ乗り出したのは、国王だった。大陸探査をキャリエス王国のプロジェクトとして推し進めることを発表し、RQAFにその『助力』を要請する。RQAFとしては、スポンサーの意向に逆らうわけには行かない。反対勢力の声は行き場を失い、渚の『大陸探査計画』は、キャリエス王国の勅命プロジェクトの一部として具体化した。
COの指示を受けた管理部の手によってアルバトロス飛行艇が購入され、徹底した整備が施された。機体の状態は、思ったよりも良好だった。水上飛行機の経験が豊富なアメリカ南部出身のニックと言うパイロットがグループ3から呼ばれ、機長に任命される。
やがて準備を整えたアルバトロスは、装備を満載してFベースを飛び立った。メンバーは、機長のニックと、副操縦士に志願したサラップを除けば、Jコロニー潜入の時の面子と一緒だった。隊長格のヴァルヴァラ、渚、エリック、ホルヘ、通信担当のスンファ、それに、護衛の四人。ただし、今回は知的哺乳類が加わっていた。国王名代のクロヒョウ、ゴエンザレドだ。表向きキャリエス王国のプロジェクトなので、ゴエンザレドが探検隊長を公的に名乗ることになる。
「問題が発生した」
そうヴァルヴァラが渚とエリックに声を掛けてきたのは、アルバトロスが飛び立ってから三十分ほどが経過したあたりであった。
ヴァルヴァラが、二人を機体後部へと導く。ネットで押さえられた雑多な物資の上に、ヴァルヴァラの私物を入れたものらしい大きなバッグが置いてあった。それが、ごそごそとうごめいている。
「スィレブローを連れて来ちまったのか?」
すぐに察したエリックが、問う。
「それだけならよかったんだけど……」
ヴァルヴァラが、ファスナーをそっとあけた。
三匹のミャーシェが、いっせいに顔を覗かせた。
「あれま」
間違いない。ユリと、サビーヌと、スィレブローだった。それぞれの飼い主を見上げ、嬉しそうに首を振る。
「面目ない。閉めるときに気付かなかったのよ」
ヴァルヴァラが、謝る。
「いまさら引き返すわけにも行かないでしょう。それに、悪いのはそれぞれの飼い主だわ」
渚はユリをバッグから引っ張り出した。
「まあ、むこうにもこいつらの食い物くらいはあるだろう。問題ない」
エリックも、サビーヌを肩に載せる。
七時間あまりをかけて海原を乗り切ったアルバトロスは、無事に大陸南部に到達した。偵察写真上で選定した小さな入り江上空を低空飛行し、着水に支障がないことを調べる。得心したヴァルヴァラが、ニックに着水を指示した。
すぐにゴムボートが膨らまされ、小さな船外機が取り付けられた。四名の護衛が乗り込み、海岸を目指す。浅瀬にたどり着いたボートから飛び降りた三人が、G3アサルトライフルを手に散った。残る一人が、ボートを戻す。渚たちは、機内の機材や物資を次々とボートに積み込んだ。数往復で、すべての貨物と上陸班を運び終える。ボートが砂浜に引き上げられると、アルバトロスが向きを変えた。古臭いが信頼性の高いピストンエンジンが唸り、離陸滑走を開始する。いったんFベースへと戻り、主に予備燃料を積み込んで明日再度飛来するのだ。
一同はゴムボートを波風にさらわれない位置に運ぶと、やや内陸に入った地点にベースキャンプを設営した。距離的にFベースに最も近いここを拠点に、大陸の探索を行うことになる。
「やはり寒いわね。季節的には、秋なんだと思う」
用意してきたウィンドブレーカーを羽織りながら、ヴァルヴァラが言った。周囲に生えている木々は針葉樹らしく、深緑の葉を茂らせてはいるが、まばらに生えているもっと低い樹は黄色い葉をつけている。ナスを思わせる紫色の実をぶら下げている樹も、何本か見えた。アケビのような実をつけた蔓植物をまとわりつかせている樹もある。
「見てみろ、渚」
エリックが、渚の肘をつつく。
三匹のミャーシェが、鶏卵ほどもある何かの卵をひとつずつ抱えてちょこちょこと戻ってきつつあった。白地に薄茶色の横縞が入った、妙な卵だ。
「見せてごらんなさい」
ヴァルヴァラがしゃがみ、スィレブローから卵を取り上げる。
「キャリエス島にはなかったわね、こんなの。殻が薄いから、昆虫の卵だろうけど……。まあ、彼らが食べる気でいる以上、毒ではないでしょう。いいわ、お食べ」
卵を返してもらったスィレブローが、さっそく前脚で殻を割り、かぶりつく。渚とエリックも、許可を与えた。三匹は、夢中で卵を食べつづけた。
「少なくとも、こいつらの食糧問題を心配する必要はないわけだ」
エリックが、言う。
翌日、予定通りアルバトロスが飛来した。機内に積み込んだゴムの燃料袋を下ろし、身軽になったアルバトロスに、渚、エリック、ヴァルヴァラ、ホルヘ、それに護衛の二人が乗り込む。離陸したアルバトロスは、海岸線沿いに北上した。目指すは、ヴォーゲオスのコロニーである。いよいよ、本格的調査の開始だ。
空中からコロニーの位置を再確認したアルバトロスは、最寄りの海岸付近に着水した。手漕ぎゴムボートが二往復半して、六人と装備品を海岸へと運ぶ。荷降ろしが終了すると、アルバトロスはFベースへと帰っていった。次の飛行予定は三日後で、ベースキャンプに燃料と消耗品を運んだあと、この場所へ回収に現われる手筈だ。それまでは、一日一回正午にFベースより飛来するマイラのA−7が、唯一のキャリエス島とのつながりとなる。
「さて、行くか」
ホルヘがG3を手に、先頭に立つ。渚もTMPのスリングを首に回し、荷物を背負った。空気はひんやりとしている。内陸に三十分ほど歩むと、前方にコロニーが現われた。ヴァルヴァラが、手書きの地図を参照してコースを決める。やがて一同は、BVbのものと思われるコロニーの外縁にたどり着いた。
何匹かのBVbはすでに人間の接近に気付いていた。一匹が、好奇心を持ったのか近付いてくる。護衛の二人が、G3の狙いをつけた。ヴァルヴァラが前に出て、絶妙のタイミングでグエを投げる。
命中。
「わたしの言葉が判る?」
ヴァルヴァラが語り掛ける。
BVbが軋った。
幸いなことに、大陸でもBVbは友好的であった。
ヴァルヴァラと渚は手分けしてコロニー内のBVbの話を訊いた。ここでも、BVbとBVaの仲は悪かった。DDを生むのはBVaだけ。DDが何のために生まれ出るかは知らない。
だが……。
「興味深い話を訊いたわ」
食事休憩を兼ねた報告の際に、ヴァルヴァラが勢い込んで言った。
「ここのBVbは、いずれ全滅すると覚悟しているの」
「寒さで死んでしまうんでしょ? あたしも聞いたわ」
ホルヘが開けてくれたショートパスタの缶詰にフォークを突っ込みながら、渚は言った。
「じゃあ、本当らしいわね」
ヴァルヴァラが、うなずく。
「BVたちは、冬に堪えられないと言うわけか。ここのDDもキャリエス島と同じように南下するのか?」
「おそらくね」
エリックの質問に、ヴァルヴァラが簡潔に答える。
「じゃあ、DDは生き延びるために暖かい南を目指すわけか」
パンを千切りながら、ホルヘが言う。
「もうひとつ、重要なことを聞いたわ。羽根のあるBVについて」
ヴァルヴァラが、続ける。
「何だって? それって、DDのことじゃないのか?」
エリックが、聞き返す。
「いいえ。DDじゃないわ。あくまで、羽根のあるBVよ。あたしが聞いたBVbも言ってたわ」
渚はそう断言した。
「彼らに言わせると、この地のBVが寒さで全滅しても、また暖かくなれば羽根のあるBVが飛んできて、コロニーを復活させてくれるそうよ。あたしが調べた百年前の探検隊の記録に、羽根のあるBVに関する目撃談が載っているの。読んだ時にはてっきりDDの誤認だと思ったけど……どうやら正確な情報だったようね」
「コロニーの復活だって? 伝説とかそんなんじゃないだろうな」
疑わしげに、ホルヘ。
「生物学的には辻褄が合ってるわ。南を目指すDDが、そこで羽根のあるBVを生み育てる。冬季を乗り切るために、ある種の必須移住性生活環を作り上げているのよ。……似たような事例は、地球の昆虫にも見られるわ」
ヴァルヴァラが、分析する。
「おそらく羽根のあるBV……仮に、BVcと名付けましょうか」
「おいおい。BVaだのbだのcだの、ややこしすぎるぞ」
ヴァルヴァラの命名に、ホルへが突っ込む。
「じゃ、BVwにしましょう。推測だけど、BVwは有性生殖で生まれた個体じゃないかしら。あるいは、BVwには雄雌両方いて、コロニーに戻ってきてから交尾し、生まれた仔が単為生殖で増える……」
「あるいは、南で交尾して、胚子を宿してから雌だけ戻ってくるのかも」
渚はそう指摘した。
「その可能性も否定できないわね」
「ともかく、鍵は南にあるわけだ。そこでDDどもが何をやっているかを突き止める必要がある」
エリックが、言う。
「やれやれ。DDのベッドシーンを覗くわけか。気乗りしないねえ」
ホルヘが肩をすくめる。
「ところで、DDの出現頻度なんかについては判ったのか?」
エリックが、ヴァルヴァラに訊く。
「ひとシーズンに一回だけだそうよ。寒くなる前……つまり、秋に一回大量に生み出されるだけ。キャリエスに移住した群は、おそらく環境の変化によってサイクルを狂わされて、一年を通してDDを定期的に生み出すようになってしまったんじゃないかしら」
「あるいは、気温が高すぎて正常に反応できないのかも知れんな」
エリックが、唸る。
「……てことは、そろそろこの辺りのDDも大発生が近いってことか?」
ホルヘが、そわそわとあたりを見渡す。
「BVbによれば、あと一週間程度で飛び立つらしいわ」
落ち着いて、ヴァルヴァラ。
「……まずいな。のんびりしていると、DDの大発生に巻き込まれる恐れがある」
ミネラルウォーターのボトルを開けながら、エリック。
「ところで、素朴な疑問なんだが」
ホルヘが、芝居がかって挙手する。
「なんですか、セニョール・ホルへ」
ヴァルヴァラが、これまた芝居がかってホルヘを指差す。
「なんで、BV自体が南にコロニーを作らないんだ? そうすれば、寒さで全滅しないで済むだろうに」
「おそらくは、昔からの習慣なのよ」
「習慣で……全滅するのか?」
「生物って、間尺に合わないことをするものなのよ。渡り鳥を見てごらんなさい。一年中暖かな場所にいれば苦労して何千キロも往復しなくて済むのに、わざわざ寒冷地へと帰ってゆくわ。産卵のためにだけ、激流を遡る鮭。わざわざ食べるものが得られない奥地で卵を産み、子育てするペンギンたち。それに、食糧の問題も大きいと思うの。南部には、彼らの主食たる草が少ないんじゃないかしら」
「前にヴァーリャが氷河期の話をしてたじゃない。それが原因じゃないかしら」
渚は考えつつ言った。
「全くの仮説だけど、昔のヴォーゲオスはごく短距離の移住だけで生活環を保ってたと考えてもいいんじゃないかしら。そこへ氷河期が来て、有性生殖に必要な森がどんどん南下していってしまった。DDの飛行能力の向上も、ひょっとするとそれで説明がつくかもしれない」
「ちょっと強引ね。でも筋は通ってるわ」
「しかし……」
言いかけたエリックが、口をつぐんだ。
護衛の二人が、血相を変えて駆け寄ってくる。G3の銃口は、上を向いていた。
渚は空を見上げた。
「DDだ!」
ホルヘの声。
おびただしい数のDDが、迫りつつあった。
渚は反射的にTMPをつかみ上げ、コッキングハンドルを引いた。
ヴァルヴァラは、BVbに必死に話し掛け始めた。はっと気付いた渚も、グエを付けたBVbのところへ駆け寄った。とても数挺の銃とグレネードランチャーで追い払える数のDDではない。BVbの庇護を受けない限り、全滅は必至だ。
渚が話し掛けたBVbは、即座に保護を承諾してくれた。だが、彼女いわく、あのDDを危険視する必要はないという。
『南。飛ぶ』
同じ単語を繰り返して軋る。
ほどなく、コロニー上空にDD群が差し掛かった。わーんという圧倒されるような羽音が、辺りを包み込む。巨大な影が、次々と地面を駆け抜けてゆく。
片膝をついた渚はTMPの銃口を空に向けて、DDどもが飛びすぎてゆくのを見つめた。……北爆に向かう米軍機を見つめる北ベトナム兵士の心境、といったら言いすぎだろうか。他の面々も、銃口を空に向けたまま微動だにしない。
やがて、DD群は去っていった。
「ふう。死ぬかと思った」
ホルヘが言って、手を私物袋に突っ込んだ。バーボンのボトルをつかみ出し、ぐいっと呷る。渚も、冷たい風が吹いているのにもかかわらず額に吹き出た汗をぬぐった。
「参ったわね。スンファたちに警告してやる方法がないわ」
苛立たしげに、ヴァルヴァラ。持参したラジオは短距離用のFM無線機だけである。
「DD大発生は一週間後じゃなかったのか?」
ホルヘが訊く。
「このコロニーではね。たぶん群によって、若干のずれはあるのよ」
「ともかく、明日の昼にはA−7が来る。アルバトロスを呼んでもらって、いったん撤収しよう。DD出現のシーズンが終わってから、また来ればいい。南部の森を調べれば、羽根のあるBV……BVwの秘密も判るだろう」
エリックが言う。全員が、賛同した。
翌日正午に、予定通りマイラのA−7が飛来した。ドロップタンク四本の長距離飛行仕様である。
ヴァルヴァラがPRC−90でDDが南部へと向かったことを知らせる。すぐさま、マイラが機首を南へ向けた。渚らは内心の苛立ちを押し隠しながら、マイラから通信が入るのを待った。やがて再びA−7が飛来した。
「ベースキャンプと通信ができない。低空で目視観測した限りでは、ベースキャンプは放棄された模様」
PRC−90から、マイラの声が聞こえる。
ホルヘが慎み深く、グエを外してから悪態をつく。渚には、『フィーリョダプッタ』と聞こえた。
「マイラ、生存者のいる可能性は?」
硬い声で、ヴァルヴァラが訊く。
「不明。航過しただけでは、判らなかった。しかし、フレアその他救助を求める信号はなかった」
ラジオを通してやや歪んだマイラの英語が、一同を打つ。
「ともかく、アルバトロスを寄越して。我々はここから撤収するわ。そのあとでベースキャンプを捜索、生存者を収容する予定」
ヴァルヴァラが、ちらりと皆の方を見てから、告げる。
「了解。しかし、アルバトロス到着は明日の午後になると思う」
「……仕方ないわね」
すでに正午から一時間半近く経っている。アルバトロスの巡航速度はわずかに百三十ノット。これからマイラがキャリエス島付近まで戻り、ラジオでアルバトロスの緊急離陸を要請したとしても、大陸到着は確実に日没後になる。レーダー高度計すらついていない旧式機で夜間着水など、正気の沙汰ではない。明日の早朝離陸するとなれば、大陸到着は早くても昼過ぎだろう。
「明日正午に出発します。いいわね」
ヴァルヴァラが、一同を見渡した。
……また死者を出してしまった。
スリーピングマットにぺたんと座り込んだ渚は、深いため息をついた。国王勅命の探検とはいえ、今回も発起人は渚である。
すでに周囲はとっぷりと暮れていた。夜空には、合計四つの月がそれぞれ微妙に異なる色合いの光を放っている。反射能が違うのだろうか。
「渚。しっかりしろ」
エリックが、渚の肩を揺さぶった。
「後悔はあとでもできる。今は、状況を確認して、もし生存者がいれば早急に収容しなければならん。人手は少ないんだ。君だって、貴重な戦力なんだからな。ぼんやりしていられては、困る」
「……そうね」
「ほら。これでも飲め」
ホルヘが、バーボンのボトルを押し付けてくる。
「それはちょっと……」
「じゃあ、これだ」
今度押し付けられたのは、ジンジャー・エールの缶だった。渚はありがたくいただいた。生ぬるい液体が、喉を流れ下る。
「連中、まだ全滅と決まったわけじゃないしな」
エリックが、言う。だが、スンファは通信の専門家だし、残る二人……グレッグとレフもそれぞれイギリス陸軍と『ソビエト』陸軍で軍務経験のあるプロである。たとえ通信機器を失ったとしても、A−7が飛来したことに気付けば、何らかの通信を試みようとしたはずだ。それが一切見られなかったということは……やはり死んでいる可能性は高いと言わざるを得ない。ゴエンザレドは、逃げ足の速さを活かして生き延びたかも知れない。ヒョウは猫科の大型獣のなかでも、もっとも適応力に富んだ種類だと以前に聞いたことがある。
「……稚拙すぎたわ、計画が」
独り言のように、渚は言った。
「急ぐ必要はなかったのよ。無理してアルバトロスで来ることはなかった。船でよかったんだわ。十分な火力さえあれば、DDの襲撃くらい防げたのに」
「いまさら言っても始まらん。反省するのは、それが活かされる時でいい」
バーボンを呷ったホルヘが、自分に言い聞かせるように言った。
「ボールを相手に奪われたら、反省する前に足を出せ、走れ。相手に喰らいついて、奪い返せ。それが無理なら、パスコースを消しにいけ。それも無理だったら、せめてシュートを打たせるな。反省は、ハーフタイムにしろ……。そんなことを、ペドロ叔父さんに言われたよ。昔な」
「……ブラジル人らしいな」
エリックが、笑う。
「というわけだ。あんたは、たしかにミスをした。だが、そのミスが取り返しのつくものになるかならないかは、今後のあんた次第なんだ。判るな」
ホルヘが重々しく言いつつ、渚のジンジャー・エールの缶に勝手にバーボンを注ぎ入れる。
第十三話をお届けします。 用語解説 C−130/アメリカ製の四発ターボプロップ戦術輸送機 CL−215/カナダ製の双発レシプロ飛行艇。CL−415はその発展型で、エンジンをターボプロップに換装したもの




