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12 失敗

 本日午前中のDD襲来確率は、60であった。昨日の午後が20だから、まず間違いなく来る、と踏んだ渚は、朝食を済ませるとすぐに防空指揮所へと足を運んだ。

 Fベースの防空指揮所は閑散としていた。実際の指揮はオームラで執られるから、ここでは万が一の場合に備え、バックアップ態勢を取るだけなのだ。XO他数名の技術員が詰めている他は、チャートに状況を図示する係りがひとり座っているだけだった。むろん、パイロットたちは全員が出撃準備を整えて待機している。

「あら。もう来てたの?」

 渚はベンチに腰掛けているエリックを見つけ、歩み寄った。

「おはよう。DDは一時間以内に来るぞ。賭けてもいい」

 自信ありげに、エリックが言い切る。

「乗らないわ。……コーヒーでも、飲む?」

「嬉しいね」

 渚はエリックと自分の為にコーヒーを注ぐと、ベンチに腰掛けた。エリックの読みは、かなり正確だった。通信員がヒルトップ・レーダーからの警報を伝えた時には、まだコーヒーカップにはぬくもりが残っていた。

 通信員が、状況を着々と中継する。係員が、オーバーレイの上に状況を図示してゆく。

 DDの規模はレッドだった。五百以上七百五十未満だ。

「ちょっと多めだな」

 エリックがつぶやく。

 FベースとオームラABから、合計二十機が出撃する。オームラで全般指揮を執るCOは、予備機として確保しておいた六機も全機出撃させた。渚は搭乗割りを見た。ヴァルヴァラ・フライトはヴァーリャとホルヘのペアで、機材はL−39アルバトロスとミラージュIIIだった。

 じりじりと、時間が進む。先行偵察が行われ、DD群の数が六百と評価される。グループ1六機……二機が失われ、一機がエンジン換装待ちなのでいつもより機数が少ない……が交戦を開始した。次いで、グループ2本隊が交戦する。予備機の投入。それでやっと、残存DDが二桁となった。残る警戒機が交戦し、なんとか全DDを叩き落す。

「やれやれ。ぎりぎりだったな」

 XOが言って、コーヒーを注いだ。

「管理部をせっ突いて、俺とヴァルヴァラの新しい機材を早く入れさせてくださいよ」

 いい機会だと考えたのか、エリックがXOに嘆願した。

「いま、探させているところだ。ヴァルヴァラの方は、もう目処がついた。Su−22M3が、手に入る。エンジンがAL−7F3だから、整備が厄介だが。まあ、いざとなればR−29が余っているから、換装してしまえばいい。アルファジェットは元ドイツ空軍機が闇で何機かまとめて手に入らないかどうか、交渉中だ」

「俺のは複座型でなきゃ、だめですよ。渚を乗せるんだから」

「まあ、そちらもいざとなったら改造するさ」

 XOが、苦笑いする。

「そうそう。複座と言えば、東欧某国からMiG−23UBがまとめて買えそうなんだが……乗り換える気はないか?」

「結構です」

 エリックが、即座に断る。

「そうか。まあ、商談は進めてみるつもりだ。サラップはMiG−23の経験があるそうだから、乗り換えさせてもいいしな」

 XOが言って、コーヒーを飲み干した。


 大規模襲来から二日後、渚らは再びJコロニーへと飛んだ。いつもの潜入隊八人に、足首の癒えたエリックが加わり、総勢九名の陣容である。いつもどおり、ヴァルヴァラの指揮で進んだ一行は、何事もなくJコロニーの内部に入った。

 一匹のBVbが、近付いてきた。グエを付けている。渚は急いで識別帖……デジタルカメラの画像をプリントしてまとめたもの……を取り出した。今までインタビューしたBVbには、みなABC順にフランス名前をつけてある。グエの位置からいって、この個体はおそらくコレットだろう。

 前に出たヴァルヴァラが、挨拶した。コレットが、一言だけ軋り、歩み去った。

 怪訝な顔のヴァルヴァラが、一同を振り返る。

「妊娠したそうよ」

「ほう。めでたいな」

 のんびりと、ホルヘ。

「でも、嬉しそうじゃなかったわ」

「……感情まで読み取れるのか?」

 エリックが、驚く。

「なんとなくね。どう思う、渚」

「うん。喜んではいなかったわね」

 ヴァルヴァラほどではないが、渚もBVbとの会話はそれなりにこなしている。口調だけで、喜怒くらいなら判別する自信はあった。

「まあいいわ。先にジャンヌに挨拶しましょう」

 ヴァルヴァラが前進を促す。ほどなく、一行はジャンヌの住処に到着した。もはや懐かしささえ覚えるようになった場所であった。出迎えてくれたジャンヌと、皆が挨拶を交わす。ジャンヌはエリックのことを覚えていた。傷が癒えたことを報せると、ジャンヌは喜びの軋りを繰り返した。

 ヴァルヴァラが、留守中の様子を尋ねる。途端に、ジャンヌの様子がおかしくなった。不安げに、啼く。

「何ですって?」

 思わずヴァルヴァラが問い返す。渚も耳を疑った。

 ジャンヌは言った。『妊娠。羽根のあるもの。判らない』

 ヴァルヴァラが、冷静に一語一語区切って、質問を重ねる。ジャンヌが、ヴァルヴァラに合わせたのか、ゆっくりと軋った。

 何度聞き返しても、答えは同じだった。……信じがたいことだが、ジャンヌは羽根のあるもの、つまりDDを孕んでいた。


「ありえない……」

 渚は頭を抱えた。BVbは、DDを生まない種類のはずである。

「やはり、DDは生殖に関係する種類だったのよ。だから、代償作用が働いたんだわ」

 ヴァルヴァラが、悔しそうに言った。

「どういうことなんだ?」

 ホルヘが、また持ち込んだバーボンを瓶ごと呷りながら訊く。

「生物ってのは、子孫を残すためならばなんでもやってのけるのよ。結構多くの下等動物が、性比が崩れた時に性転換を行うわ。そこまで行かなくても、雄が雌の、あるいは雌が雄の代理を務めて、生殖システムの混乱を防止する例は多いの。人間だって、軍隊とか全寮制男子校なんて不自然な環境下に置かれれば、同性愛が増えるでしょう。同じようなことよ。あるいは、妊娠も出産もしていない女性が、乳児を与えられたことによって母乳を出したるするのもそうね」

 ヴァルヴァラが、説明する。

「ヴォーゲオスにとって、DDはなんらかの形で不可欠の存在。だから、BVaが全滅してしまうと、BVbの一部がBVaとなるわけか」

 エリックが、言う。

「ええ。わたしたちは、BVbこそがヴォーゲオスの基本的な形態で、BVaはDDという特殊な存在を生み出すためだけのいわば変異体であるというような認識しかもっていなかった。それが、根本から違っていた可能性すらあるわ。ジャンヌらの視点に立ちすぎてね。BVaこそが真のヴォーゲオスで、BVbは単為生殖して数を増やすことしかできない補助的な存在だったのかも知れない……」

 ヴァルヴァラの言葉に、皆が沈黙した。

「まあ、実験が失敗しただけじゃないか。またスタートラインに戻ったと考えようや」

 ホルヘが明るく言って、バーボンを呷った。

「だといいんだけど……」

 渚は唇を噛んだ。ヴァルヴァラも、表情が硬い。彼女も、この可能性に気付いているようだ。ため息をひとつついた渚は、メモを手にした。

「さっき、グエを付けたBVb七匹全部に当たってみたの。妊娠しているのは五匹。アメリー、ベアトリス、コレット、フローラ、ジャンヌ。うち、DDを孕んでいるもの三匹。BVを孕んでいるもの二匹。しかも、すべてがBVa全滅直後に妊娠したことに気付いているわ。Jコロニーおよび補助コロニーに居住するBVbの数は、写真から概算した限りでは約千八百。もし、この比率……七分の三でDDが生まれれば、その数は約七百七十匹」

「多いが、対処できない数じゃない」

 ホルヘが、言う。

「通常ならばね。しかし、生まれたDDの飛翔が大規模襲来の時と重なったら……」

 渚は眼を閉じた。今まで、RQAFはゴールド……七百五十匹以上の襲来を受けたことは三回しかないという。しかも、その数は八百止まりだった。もしJコロニーのDDがすべてまとめて襲来するとしたら……。そしてもしそれが、大規模襲来と時期を同じくしたら……。おそらく千数百のDDが襲い来ることになる。現状のRQAFの戦力では、対処しきれない。なにしろ、想定外の規模……千匹以上の集団を呼称するカラーコードは存在しないのだ。まず間違いなく、知的哺乳類に死傷者が出るだろう。実に、二十年ぶりに。

「各コロニーのDDが集合して飛来するという過去の襲来パターンからすれば、その可能性は高いな」

 エリックが、言う。

「とにかく、確認してみましょう。もっとサンプルを採らなければ、なんともいえないわ」

 ヴァルヴァラが、グエの入った箱を手に立ち上がった。

「そうね」

 渚も立ち上がった。たまたま、以前に話を聞いたことのあるBVbにDD妊娠者が集中していた可能性もある。千八百分の七では、有意な統計調査とは言えない。

 得られた結果は、皆の気持ちをさらに落ち込ませた。新たに話を聞いた三十二例中、妊娠しているのは二十六匹。DDを孕んでいるのが二十例。BVを孕んでいるのが六例。

 合計すれば、三十九例中妊娠三十一例。うちDD妊娠二十三例。BV妊娠八例。全体でDD妊娠数推定……千六十匹。

 代償作用どころではない。全滅したBVaとDDの数を一気に回復させようとした群が、いわば過剰反応しているのだ。

「XOに報告しましょう」

 硬い声で、ヴァルヴァラ。

 渚はぐっと拳を握り締めた。報告が行けば、出される結論はひとつしかなかった。Jコロニーの爆撃だ。千を越えるDDの襲来を防ぐためならば、国王陛下の裁可もすんなりと降りるだろう。そしてもちろん、その攻撃対象にはジャンヌも含まれる。

 すべては渚が引き起こしたことであった。オークリョアムとして、そしてCOとして、この世界に自分の人生を吸い取られないようにするための悪あがき。BVaの殲滅など考えなければ、ジャンヌを始めこの善良なBVbたちはその生を全うすることができたのだ。それを、渚が奪ってしまった。私欲の為に。

「自分を責めるな、渚」

 渚の様子に気付いたエリックが、言った。

「君はプランを出した。だが、作戦を行ったのはRQAFだ。責めを負うべきは作戦を遂行したRQAF全体だ。責任を感じるのは構わないが、責めを負うのは正しくないことだ」

「飲め」

 ホルヘが、バーボンを差し出す。いつの間にか、量は半分に減っていた。

 渚は瓶を受け取って、ちょっとだけ喉に流し込んだ。薫り高い液体が、喉を焼く。


「詳細は、国王陛下にご報告いたしました」

 クロヒョウ……ゴエンザレドが、静かに言った。

「陛下は作戦が失敗に終わったことを、大変悲しんでおられました。しかし、この作戦を裁可したこと自体を悔やんではいない、とも申されました」

 ゴエンザレドがいったん言葉を切り、黄色い眼で居並ぶRQAFの主要メンバーを見渡した。

「……国王陛下のお言葉を、そのままお伝えします。『RQAFの諸兄の勇気ある行動に、敬意を表する。キャリエス臣民をDDの脅威から救わんとした今回の作戦は、結果的に功を奏さなかったが、余は臣民と共にその努力を深く謝すものである』……以上です」

 会議室の末席に座った渚は、ゴエンザレドの言葉をぼんやりと聞いていた。すでに、Jコロニー爆撃計画は認可され、明日の決行を待つばかりとなっていた。

 千八百のBVbに対する、死刑執行令状にサインがなされたのだ。

 実験で抹殺されたBVaが推定で三百。DDの幼生は……五十というところか。妊娠していたBVaもいたろう。そして、おそらくJコロニーの個体のうち八割近くが妊娠していると推定される。

 合計三千六百以上。

 これだけの生命を犠牲にしてしまったのだ。自分の都合と幸せの為に。

 所詮昆虫。所詮単為生殖のクローン生物もどき。所詮敵。所詮低知能。

 言い訳はいくらでもできる。だが、失われた生命は生命だ。意味もなく、無駄に失われた生命。一方的殺戮。

「渚殿!」

 名を呼ばれていたことに気付き、渚ははっと顔を上げた。

 クロヒョウが、じっと見つめていた。

「な、何でしょう、ええと、ゴエンザレド殿」

 渚は慌てて記憶の隅からクロヒョウの名前を引っ張り出して応えた。

「本作戦の原案を提出したのは、あなたですね」

「はい、そうです」

「国王陛下が、お会いしたいと申されました。もしよろしければ、わたくしと共に王宮にいらしていただきたいのですが……ご都合はいかがですか?」

 ……国王が、何の用だろうか?

「はい、伺います」


「そうとう気に病んでおられるようだな、渚殿」

 国王が、言う。

「はあ。やはり、多くの命を犠牲にしたにもかかわらず、何の成果も上げることができませんでしたから」

 椅子に堅苦しく腰を掛けた渚は、うつむき加減でそう応じた。

「いや、今度のことで、余は渚殿がRQAFを率いるにふさわしい方だと確信しましたぞ。ぜひ、重光殿のあとを継いで、オークリョアムとなっていただきたい」

 重々しく、国王。

「しかし……」

「知恵と勇気と他者を思いやる心。この三つが備わった者こそ、人の上に立つにふさわしい者です。そなたには、それがある」

 国王が、濡れた瞳で渚をじっと見つめる。

「今回は結果的に失敗に終わったが、もしまたこの戦いを終わらせる知恵が浮かんだら、それを積極的に推し進めていただきたい。余は、あくまでそなたの味方ですぞ」


 Jコロニーおよびその補助コロニー爆撃作戦『オペレーション・フィッシュネット』は滞りなく行われた。生き延びたBVは皆無だった。その日、渚は終日宿舎で過ごした。会話した相手は、ユリだけだった。


「まあ、たしかにあんたの株は下落してるな」

 相変わらず瓶ビールを飲みながら、ホルヘが言う。

 バーのテーブルには、渚の他にエリック、ホルヘ、ヴァルヴァラ、それにプラサーンの合計五人が集っていた。表向きは、ホルヘが発起人の『落ち込んでいる渚を励ますパーティ』だったが……単にエリックとホルヘがおおっぴらに飲む口実に使われたと言う側面も否定できない。

「株の下落?」

「本当のところ、次期COにはXOが昇格すべきと考えていた連中が多かったんだ。特に、パイロットの間ではね」

 ホルヘが、瓶を手の中で転がす。

「整備や管理部門の上級幹部は、その半数近くが古株の日本人とドイツ人だし、下っ端の連中もCOのことを気に入っている。だが、現在のパイロットに、日本人はひとりしかいないし、ドイツ人も三人しかいない。そろそろ、RQAFのトップに日本人以外が就任すべきとの意見が強まっていたことは確かだ。そこへ、あんたが現われた」

 にやりと微笑んだホルヘが、渚に向けてビール瓶を振ってみせる。

「一気に流れが変わったね。あんたみたいな可愛い子なら、指揮されてみたいって奴が続出さ。まあ、大半が若い連中だからな。無理もない」

「男性パイロットって結構単純な人種なのよね」

 珍しくブランデーのソーダ割りを舐めながら、ヴァルヴァラ。

「ところが、今回の一件であたしの株は暴落した。まあ、仕方ないわね。完全なる失敗だったもの」

 渚は肩をすくめた。

 薮蛇であった。オークリョアム就任を回避しようとしてかえってRQAF内での立場を悪化させてしまったのだ。

「まあ、そう落ち込むことはない。何か別の方法があるだろうし……」

 エリックが言う。

「別の方法ねえ……」

 渚はジンジャー・エールの入ったグラスを握って思案した。

「……基本に立ち返る必要があるのかもね」

 ヴァルヴァラが、ゆっくりと言う。

「案外肝心なことを見落としているのかも知れんぞ。よし、『魔のカーブ』の話をしてやろう」

 ホルヘが、嬉しそうに両手をこすり合わせる。

「『魔のカーブ』?」

「マテオ叔父さんから訊いた話だ。ある地方都市の郊外に、自損事故が多発するカーブがあった。憂慮した市長は、部下にカーブの改修を命じて、曲率を緩やかなものに変えさせた。だが、事故は収まらなかった」

 ホルヘが言葉を切って、一口ビールを飲んだ。

「市長は工夫を重ねた。カーブの手前に警告の標識を立て、ガードレールを蛍光色に塗り替え、制限速度を変更し、警察車両を常駐させることまでやった。だが、事故は続く。毎週何人もの男が、病院送りとなった」

「オカルト落ちじゃないでしょうね」

 ヴァルヴァラが、揶揄する。

「まさか。で、策に窮した市長は、市民対し交通安全のスローガンを募集した。多くの応募の中から選ばれたのは、ある小学生が考えついたスローガンだった。市長はその言葉を書いた巨大な横断幕を、現場に張ることにした。そうしたら、事故はぴたりと止んだ。喜んだ市長は、小学生に自腹で賞金を与えた」

「ほう。なんてスローガンだったんだ?」

 エリックが、訊く。ホルヘが、にやりと笑った。

「くだらないスローガンさ。鍵は横断幕にあったんだ。市長が一度でも現場に足を運べば、事故原因はすぐに判ったはずだ。横断幕を張ったせいで、その奥にあるトップレスの美女を描いたビール会社の看板が見えなくなっただけの話だ」

 からからと笑うホルヘ。

「……ブラジル人って、幸せな人種ね」

 憮然として、ヴァルヴァラ。

「教訓話としては、面白いですね」

 微笑みながら、プラサーンが言う。

「制限された情報だけでは、真実は見えてこないということね」

 渚はジンジャー・エールをすすった。そう。ヴォーゲオスについての知識は、まだ充分とは言えない。DDの正体すら、正確には判明していないのだ。このような段階で、BVa殲滅計画を進めるのは、やはり無謀だったのだろう。


 とにかく材料を集めねばならない。

 翌日、定期連絡便に便乗しオームラABに向かった渚は、ドクター・ゲラの診察室を訪れた。応対に出てきた助手のウサギ……ジャスレインに依頼し、ドクター・アルベリンのヴォーゲオスに関する研究資料をすべて借り出す。次いでベース内のスウェーデン人二人に手伝ってもらい、生態その他に関する部分を抜き出して読んでもらった。だが、注目すべき記述はなかった。

 夕食を採った渚は、事務方に出向いた。管理責任者の日本人から、RQAF設立当初からの出撃や偵察に関する文書記録の写しを借り出す。

 宿舎に戻った渚は、メモをとりつつ出撃の記録を精査した。初期の記述は、かなり曖昧かつ断片的だった。ほんのメモ程度の戦闘記録がほとんどだ。幸い、大半が日本語……よく戦記ものに出てくるような、漢字とカタカナで書かれたもの……なので、読解に支障はなかった。時代が下るにつれ、その体裁はより詳細かつ整ったものになってゆく。やがて、手書きが英語でのタイプ表記になり、それに日本語とドイツ語が併記されるようになった。それが、七十年代半ばに英語オンリーとなる。渚はくたびれた眼をこすりながら手元のメモに視線を落とした。ほぼ白紙だった。……参考になりそうな事柄は、ほとんど見いだせていない。

 偵察記録を開く。こちらは出撃記録に比べ、はるかに量が少なかった。地図上に、コロニーの位置が描き込まれ、数その他に関するデータが添えてある。

 ……おや。

 渚はもっとも古い日付……四十四年一月七日とある……の地図と、最新のものを見比べて首を傾げた。すべて手書きの上、文字通り朱筆でコロニーの位置を描き込んだ黄ばんだ荒い紙と、淡い多色刷りで印刷された上にフェルトペンで描き込まれた紙……。二枚の地図に相似が見られたように思えたのだ。

 渚はじっくりと両者を見比べた。コロニーの位置は異なっているし、その総数も同じではないが、どう見ても両者は似ている。しばらく考えてから、ふと思い付いた渚は大きなコロニーの数だけを数えてみた。前者が四十八。後者は……四十八。渚は偵察記録から三枚をランダムに引っ張り出した。大きなコロニーの数だけ数える。四十八。四十八。四十……八。

 群の数は変わっていないのだ。

 まあ、単為生殖をしているのだから、それは意外ではないだろう。最初になんらかの形で大陸からここキャリエス島に渡ってきた個体が四十八、ないしは最初に生まれた個体が四十八であれば、それをもとに各個体が単為生殖を繰り返して独自の群を作れば、いつまでたっても群の数は増減することはない。

 ……いや、あたしが一個減らしちゃったんだっけ。

 渚は腕組みした。しかしそう考えると、キャリエス島に渡ってきたヴォーゲオスがなぜ四十八もの群を作ることができたのか疑問が残る。単なるBVが、新たにひとつの群を作れるのならば、どこででも群の数を増やせるはずである。となると、キャリエス島に渡ってきたのはBVではない、という結論になる。DDでもないことは確かである。あれだけDDを生み出しているにも関わらず、群は現実に増えていないのだから。

 ……もう一種類いるのか。

 そう考えるのが妥当だろう。BVでもDDでもない、群の元となれる種類。おそらくは、DDが生み出すであろう種類。彼らがなんらかの形でキャリエス島に渡ってきて住み付き、四十八の群を作り上げた。

 DDを捕獲して、飼育できればあるいは謎は解けるかも知れない。だが、どうやって?

 渚は思案したが、DD飼育案は放棄せざるを得なかった。どう考えても、不可能だ。

 ならば……大陸か。

 大陸ではヴォーゲオスの大繁殖は見られない。しかし、群の元となれる種類……仮にXと名付けるとすると……Xが大陸から渡ってきたことはほぼ確実とみていいだろう。Xが生み出されているにも関わらず、なぜ大陸がヴォーゲオスだらけではないのか。いや、ひょっとするとすでに全土がヴォーゲオスに占拠されているのだろうか。

 渚は地図を思い浮かべた。大陸までは……たしか千五百キロ程度。ちと遠いが、足の長いジェット戦闘機なら、余裕で往復できる距離だ。

 偵察の必要がある。


第十二話をお届けします。

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