11 実験
「いまだに信じがたいな」
XOが、唸った。
Fベースで行われた渚とヴァルヴァラ、それにエリックの事後報告に出席した顔ぶれは少なかった。COの城山重光、XOのジェレミー・ボーマン。ドクター・ゲラ。それに、国王陛下の名代として派遣されたクロヒョウ。
「どうですかな、ドクター」
重光が、ドクター・ゲラに振る。
「……いや、正直申し上げて生物学には暗いですからな、わしは。昆虫のこととなると、通り一遍の知識しかない。だが、彼らの報告は筋が通っている。いや、驚きました」
「ヴォーゲオスの友人を作ってしまうとは。いやはや。わたしも驚きました」
クロヒョウも、唸る。
「それで……僭越ながら、みなさまに検討していただきたい案があります」
渚は思い切って言った。
「国王陛下は、BVはDDに支配されている気の毒な種族であるとお考えになって、BVに対する攻撃を禁じられました。ですが、今回の我々の調査によって、真の敵はDDを生み出しているBVaであることが判明しました。確証はいまだありませんが、BVaを攻撃殲滅することによって、DDの出現を抑制ないし阻止できる可能性が出てきました。ぜひ皆様に、BVaに対する対地攻撃の是非を検討していただきたいのです」
沈黙が流れた。
「まあ、検討の価値はあるな」
重光が、言う。
「大胆だな、あんたも」
食堂でユリと食事をしていた渚のテーブルの向かい側に、ホルヘが座った。
「今日は素面なのね」
「……まあな。聞いたぜ、BV爆撃案」
「BVaよ」
やんわりと、渚は訂正した。
「勝算はあるのか?」
「わからない。でも、やる価値はあるわ。今のところ、DDはヴォーゲオスの生活や進化に何ら役立っていない。BVaを全滅させれば、あるいは……」
「しかし、よくもそんなこと考えついたもんだ」
ボイルした鶏肉を品よく噛んでいるユリを眺めながら、ホルヘがつぶやくように言う。
「ジャンヌの話を聞けば、誰だって思い付くアイデアよ。それに……」
渚は言葉を切り、笑顔でホルヘを見つめた。
「ヒントをくれたのはあなたじゃない。別方向からアプローチしてみろって」
「はあん?」
きょとんとした顔のホルヘ。
「リカルド叔父さんの話よ」
「したか? 記憶にないが」
……どうやら、ほんとに酔っ払っていたらしい。
「まあ、いいわ」
渚は曖昧に微笑んだ。
もしBVa殲滅が成功し、DDが生まれ出なくなれば……RQAFの存在意義もなくなる。つまり、渚がオークリョアムを継がなくても済むわけだ。念のためにRQAFが存続し、COに就任せざるを得なくなったとしても、脅威は軽減されるから、向こうの世界に生活の重点を置けるだろう。すべてが丸く収まる。
「だがな、大きな声じゃ言えないが、あんたの計画を快く思っていない連中が多いことも確かだぜ」
小声で、ホルヘ。
「ある程度、予想はしていたけどね」
渋い顔で、渚は応じた。
DDを倒すことで、RQAFパイロットたちは生活の糧を得ているのだ。整備や補給、管理部門の人々も、RQAFを支えることによって給与を得ている。もしDDがこの世界から消えれば、彼らは用済みとなってしまう。
特に深刻なのはパイロットであろう。多くの者が、あちらの世界で様々な事情で飛べなくなった人たちだ。エリックも、ホルヘも、ヴァルヴァラも、プラサーンも、マイラも……。翼をもがれたパイロットほど、悲しい人種はいない。渚のプランが成功すれば、彼らが軍用ジェットを飛ばすことは永遠になくなるだろう。
「COの仕事は、RQAFの運営だけかもしれない。でも、オークリョアムの仕事は、キャリエス王国の臣民を守ることだと思うの。だから、攻撃的な性質のBVaを倒すだけで、この世界に安全をもたらすことが出来るのなら、それに賭けてみるのが本分だわ」
渚はそう言って、ホルヘの反応を見た。
「……俺も、ここの知的哺乳類は好きだ。みんないい奴ばかりだし。だから、できるものならばDDの脅威から開放してやりたい。だけど……」
嘆息したホルヘが、頭を掻いた。
「俺は、根っからのジェットパイロットなんだな。もし飛べなくなったら、なんて考えると、貧血を起こしそうになる。RQAFがなくなっちまえば、ジェットを飛ばすチャンスもないだろう。でも、俺が今後の人生を、どこかの僻地でブッシュパイロットとして過ごす覚悟を決めるだけで、ここの連中がDDの恐怖に怯えずに済むのなら……俺は覚悟を決めるよ。好きに計画を進めてくれ。俺は、お嬢さんの味方だ」
ホルヘが一気に言って、テーブルの上に置かれた渚の手に、自分の手を包み込むように重ねた。
「ありがとう」
渚はおもわず胸を詰まらせた。軍事航空にそれなりに通じている彼女にしてみれば、ホルヘの気持ちは痛いほどよくわかった。
ユリが、鶏肉を噛むのをやめた。渚とホルヘの顔を見比べてから、おもむろに自分の前足を揃えて、重なっている二人の手の上にちょこんと載せる。
渚とホルヘの笑い声が重なった。
渚の提案した『BVaに対する限定的対地攻撃』案は、実験的規模ならばと言う条件付きで、国王陛下の裁可を得た。RQAFには、DDの大規模進入に備えた対地攻撃装備のストックがあった。大部分が、古い通常爆弾である。在庫一掃も兼ねて、これらが活用されることとなった。
計画は、XOが中心となって着々と進められた。最初になされたのが、新たなヘリコプターの購入だった。中古のSA330F……軍用ヘリコプターとして有名なピューマの民間型……が、Fベースに運ばれる。
細部が詰められ、やがて作戦計画が完成した。フェイズ1において、三機に援護されたピューマを使用し八名の人員がJコロニー(ジャンヌが住むコロニー)に潜入、ジャンヌと接触を果たし、S1からS3コロニー(Jコロニーの周囲にあるBVaの小コロニー)破壊の『承諾』を得る。そしてすべてのBVbに対し、フェイズ2の間Jコロニー内に留まるように伝達する。もちろん、BVaとの誤認を避けるためである。その後潜入隊は当地に監視カメラ等の偵察機器を設置、いったん撤退する。
フェイズ2は対地攻撃である。オームラABより出撃した十二機が、S1からS3コロニーに爆撃を敢行、すべてのBVaをDDの幼生もろとも殲滅する。直後にFベースより発進した四機が低空偵察を行い、撃ちもらしたBVaがいればこれを破壊する。
フェイズ3として潜入隊が再びJコロニーを訪れる。BVa全滅後に、BVbが果たして正常に生きてゆけるかを確認するためである。もしBVbのライフスタイルに大幅な変化……たとえば個体数の減少など……が長期的に渡って見られなければ、国王の裁可を待って本格的な『BVa殲滅作戦』が発動される。
渚は当然のことながら潜入隊に参加を表明した。提案者としての責任があるし、ここで後ろ向きの行動を取ればRQAF内での評価が下がってしまう。足首にまだ違和感の残るエリックは自重し、代役としてホルヘを指名した。『通訳』としてヴァルヴァラも志願する。知的哺乳類は敵視される恐れがあるとのことで、参加は見送られた。偵察機器設置と通信担当として管理部門の技術者が一人、それに護衛役として、元各国陸軍所属の男性がRQAF各所から四人集められた。隊長には、ヴァルヴァラが指名される。
『過去の戦訓』から、護衛役四人とホルヘには、HK79グレネードランチャー付きG3アサルトライフルが、通常榴弾および対装甲用榴弾とともに支給された。渚もTMPを渡され、わずか二十分だけだったが元オランダ王立海兵隊だという男に特訓を受けた。さらに、手榴弾投擲の訓練も受ける。使用された模擬手榴弾は、独特の折れ曲がったセイフティ・レバーからしてどう見てもロシア製のF1であった。
ピューマが、高度を下げた。地表すれすれで、ホバリングする。
「GO!」
護衛役の四人が、G3を抱えてスライディングドアから飛び出した。教本どおりX字型に展開し、四周に銃口を向ける。
「マジだな、あいつら」
一応ドアから銃口を突き出し、援護の態勢を取りながら、ホルヘ。
降着地……渚らが先日S−58に回収された地点と同じ……は平和そのものだった。ばりばりというヘリの爆音が響き、ダウンウォッシュが丈の低い草を地面に押し付けている。
隊長であるヴァルヴァラが飛び降り、形式的に地面をチェックし、パイロットに着陸よしのサインを送った。ピューマが、着陸する。クラッチが切られ、ローターが空転を始めたが、パイロットは計画どおりエンジンを切らなかった。……万が一再始動に失敗したら、取り返しのつかないことになる。
上空を、護衛役の三機が旋回する。マイラのA−7と、修理が完了したサラップのハンターFGAMk9、それにレナートのMB339だ。
渚はホルヘとヴァルヴァラを手伝って、装備を下ろした。今回は大荷物である。食糧と水、予備の弾薬、記録用のビデオカメラや音声レコーダー、バッテリー類、予備のグエが詰まった箱。調査が一日で終わらぬ事態も想定して、スリーピングマットまで持参である。スンファと名乗った韓国人らしい通信技術者は、自分の装備である通信機や遠隔操作カメラを丁寧に荷降ろししている。
ヴァルヴァラが、パイロットに完了の合図を送った。静止していたローターが回り出す。渚は軽い荷物が飛ばされないように手で押さえた。
ピューマが離陸する。計画では、航続距離の短いサラップのハンターが護衛に付いて帰投し、残るマイラとレナートは潜入隊が安全を確保するまで上空待機することになっている。
装備を背負った一行は、ヴァルヴァラのナビゲートで出発した。事前に偵察写真をもとに大縮尺の地図を作ってあるから、迷うことはない。護衛役の四名に囲まれるようにしながら、一行は足早にJコロニーを目指した。
「止まって」
念のため、コロニー外縁でヴァルヴァラが一行を止めた。十分ほど休憩を兼ねて待ち、BVbに警戒の動きがないか見極める。
「いいみたいね。行くわよ」
ヴァルヴァラを先頭に、一行はヴォーゲオスの住処へと足を踏み入れた。すっかりお馴染みになった青臭い臭いが、渚を包み込む。BVbたちは、闖入した一行に対し通り一遍の興味しか示さなかった。だが、一匹が強い関心を示し、近寄ってきた。
……ジャンヌだろうか? 渚は眼を凝らしたが、そんなことでBVの個体差など識別できるわけもない。グエが載っていないかと見たが、どうやらないようだ。
予備のグエを取り出したヴァルヴァラが、慎重にBVbに近付いた。護衛役の四人は銃口を下ろしてはいるが、いつでも構えて発砲できる態勢でこれを見守る。
ヴァルヴァラが、グエを投げた。狙いどおり、BVbの外殻にグエが吸い付く。
すぐさま、ヴァルヴァラがBVbに話し掛けた。もはや名人芸といっていいレベルの会話だった。BVにも判りやすい単語を適切に並べ、以前に世話になったBVbに再び会いに来たことを伝える。
このBVbは、以前にも人間を見たと述べた。その人間を世話した個体……つまりジャンヌのことも知っていると言う。ヴァルヴァラがすかさず案内を頼む。了承したBVbのあとに、一同は続いた。
「ジャンヌ!」
ヴァルヴァラが、思わず叫ぶ。
ヨモギもどきのあいだにいたのは間違いなくジャンヌだった。頭部に、渚がつけたグエがしっかりと張り付いている。
ヴァルヴァラが挨拶する。ジャンヌが挨拶を返し、次いで渚に向け前肢を差し出した。
『記憶。黒。頭部。雌』
たどたどしく、ジャンヌが軋る。渚のことを覚えていてくれたのだ。嬉しくなって、渚は思わず大根ほどの太さがあるジャンヌの前肢の先を両手で握った。
「彼女が噂のジャンヌが。なかなかの別嬪だな」
ちょっと警戒気味に、ホルヘがつぶやく。
ジャンヌが、残りの人間について質問する。ヴァルヴァラは、同じ『コロニー』の者だと答えた。
『肢。傷。雄。無い。死ぬ』
ジャンヌが軋る。……どうやら、エリックがいないので、負傷が元で死んだのではないかと危惧しているようだ。ヴァルヴァラが誤解を解く。それを聞いたジャンヌは、明らかに喜びを感じたらしい。好意を意味する軋りを数回繰り返した。
「さっそく、仕事にかかりましょう」
ヴァルヴァラが、命じた。
一同は荷物を降ろし、それぞれの仕事を始めた。ヴァルヴァラはジャンヌとBVa攻撃に関する交渉を始める。渚はホルヘを助手にして、他のBVbとの接触を試みた。スンファは通信機……PRC320をダイポール・アンテナに繋ぎ、Fベースとの交信を開始した。護衛役の四人も、二人ずつの組になって、ビデオカメラを回し始める。
渚は適当にBVbを選び、グエを貼り付けて会話した。その様子を、ホルヘがビデオカメラに記録する。質問項目は、すでに決められていた。主にジャンヌから聞き取った内容を再確認するのが目的である。話し掛けられたBVbは、みな一様に協力的だった。……東京で街頭インタビューするほうが、もっと苦労するだろう。
二時間後、ヴァルヴァラが集合を命じた。
「渚?」
「インタビューしたBVbは五匹。すべて、ジャンヌの言葉を裏書きしたわ。みなDDに用はないと考えているし、BVaも憎んでいる。BVa殲滅に関しても、反対意見は出なかった」
簡潔に、渚は報告した。
「BVa殲滅後の予測は?」
「それは成果なし。だれにも判らないそうよ」
渚は首を振りつつ答えた。
「やってみなけりゃ判らない、ってことか」
ホルヘがつぶやく。
「何か意見は?」
ヴァルヴァラが、集った全員を見渡した。口を開くものはいなかった。
「結構。スンファ、XOに報告。Jコロニーでの調査終了。フェイズ2移行に支障なし。本隊はこれより偵察機器設置にかかる。撤退は1600予定。以上」
渚らはジャンヌに遠隔操作ビデオカメラや集音マイクの設置許可をもらった。もっとも、これら機器の機能をBVbたちは理解していないのだから、無許可に等しいが。
手分けして、機器を設置する。かなり広範囲を見渡せる位置。ジャンヌの動きを観察できる場所。S1コロニーを遠望できるところ。
ヴァルヴァラだけは、ジャンヌに明日の日中だけコロニーの外へと出ないように説得していた。そして、その情報を他のBVbに伝えるようにとも付け加える。
「なんとか理解してくれたわ」
疲れた顔で、ヴァルヴァラ。
一同は荷物をまとめた。予備の食料や水、その他消耗品などは、ジャンヌの許可を得た上で、フェイズ3に備えてコロニー内に置いてゆく。スンファが、予定通り撤退準備が完了したことをFベースに通告した。
「さよなら、ジャンヌ」
渚はすっかり親しみを覚えるようになったBVbに別れを告げた。
無事Fベースに帰還した潜入隊は、XOと例の国王名代のクロヒョウに詳細な報告を行った。撮影されたビデオ映像も、再生される。
「フェイズ2発動に支障はないものと考えます」
ヴァルヴァラが、報告を締めくくる。
「いかがですかな、ゴエンザレド殿」
難しい顔のXOが、クロヒョウを見やる。
「問題ないでしょう。RQAFに、お任せします。いや、ご苦労様でした」
クロヒョウ……ゴエンザレドが、居並ぶ潜入隊のメンバーを労った。
「よろしい。フェイズ2発動する。攻撃開始は明日0900。統制機として、ジェットストリームを飛ばす。渚、君は同乗してくれ。COの意向だ」
「はい、XO」
対地高度五千フィートでゆっくりと旋回するジェットストリームの窓から、渚は眼下のBVaコロニー……S1を見つめていた。このくらいの高さからでは、S1コロニーも単なる大きな円にしか見えない。だが、あまりに低く飛ぶのは危険である。五百ポンドクラスの爆弾でも、高さ二千五百フィートくらいまで弾殻を飛ばすことがあるのだ。また、攻撃をかけて引き起こす機の邪魔にならないためにも、高度をとる必要がある。
ジェットストリームの後部は、一部のシートが取り払われ、そこににわか作りのコンソールが出現していた。無線機が置かれ、チャートや搭載兵器一覧表、搭乗割りなどがべたべたと張られたその一角では、XOと三人の技術者が厳しい表情で待機している。
渚は双眼鏡を取り上げ、二千フィートほど低い高度で旋回待機しているオームラABから飛来した二機を観察した。ホークと、MiG−21のペアだ。双方とも、M117と思われるずんぐりとした古臭い形状の通常爆弾を翼下に吊っている。M117についているサスペンション(吊り金具)の間隔はNATO規格の十四インチで、MiG−21に通常ついている二十五センチ規格のパイロンでは搭載できないはずだが……どちらを改修したのだろうか。
渚は時計を見た。0858。もうすぐ開始だ。
ホークとMiG−21のペアが、待機経路を離れ、渚の視界から消えた。ほどなく、XOが作戦開始を告げた。
その直後、渚から見て左方からホークが緩降下してきた。すぐに爆弾を全弾リリースし、左側へひねりながら急上昇する。
S1の中で、光がきらめいた。土煙が、どっとあがる。どんどんという音は、驚くほどあとから渚の耳に届いた。衝撃波だろうか、ジェットストリームがびりびりと震える。
三十秒後に、MiG−21が進入した。ホークと同じ要領で、投弾する。爆発。
BVaに対する、一方的な虐殺である。渚の心がわずかに痛んだ。凶暴とはいえ、BVaもジャンヌらと同じBVなのだ。それなりに知的で、ある程度の社会性をもつ、高度に進化した昆虫たち。
オームラABから飛来した十二機は、四機ずつがS1からS3までにそれぞれ投弾した。全弾が、コロニー内に命中した。ターゲットは大きなものだし、対空火器の反撃も電子妨害も敵制空戦闘機の脅威もない。実戦経験豊富なRQAFのパイロットたちにしてみれば、いわゆる『ミルク・ラン』だったろう。
ジェットストリームが、高度を下げた。BDA(爆撃効果判定)を行うのだ。
爆撃の効果は凄まじかった。七百五十ポンド、五百ポンド、それに二百五十キロ爆弾の雨は、コロニー内にいた大半のBVaを、原型を留めないほどに引き裂いていた。だが、外縁部では生き延びた個体が数多く見られた。XOと技術員が、撃ち漏らしたBVaの位置を、正確にチャートの上に記してゆく。
「XO。マイラ・フライトはS1。チャンネル4。レナート・フライトはS3。チャンネル5」
指示を受け、待機していたグループ1の四機が低空に舞い降りた。マイラとサラップのペアと、レナートとプラサーンのペアだ。兵装は爆弾ではなく、ロケットポッドとガンポッドである。渚は双眼鏡をマイラのA−7に向けた。SUU−23二本、LAU−3四基という重武装だ。
四機が、技術員の誘導を受けながら、撃ちもらしたBVaを丁寧に仕留めてゆく。まず大き目の集団にロケットを撃ち込み、確実に潰してから、さらに低空に下りて、ガンで一匹ずつ射撃する。十五分ほどで、すべてのSコロニーから動くものが消えた。
「よし。XO。作戦終了。マイラ・フライトおよびレナート・フライト。帰投せよ」
渚は双眼鏡でJコロニーを覗いた。静かだった。遠隔操作ビデオ映像を監視している技術員も、Jコロニー内に異常を認めなかった。フェイズ2は大成功と言えた。
だが、作戦全体が成功したかどうかは、フェイズ3まで待たねばならない。
翌早朝、二機の偵察機がオームラABから飛び立った。丹念に三つのSコロニーを調べたが、生きているBVは一切見当たらなかった。少なくとも、ジャンヌの属する群のBVaは全滅したのだ。
この報告を受けて、Fベースからピューマと援護機が飛び立った。進入隊のメンバーは、前回と全く同じだった。降着地点も同様。ただし、荷物は前回よりも多かった。数日間の滞在を予定しているのだ。一同は慣れた足取りでJコロニーに向かった。
BVbの様子も、前回とさほど変わらなかった。だが、ジャンヌを含むグエを付けたBVbのすべてが、BVaの全滅を喜んでいた。
「身内の鼻つまみ者が死んでくれた親族一同、といった感じね」
一通り調査を終えたヴァルヴァラが、そう評した。
「よかった……」
渚はジャンヌの巨体に抱きついた。ジャンヌが一瞬ためらいを見せてから、おずおずと前肢を渚の背中に添える。
「まだ安心はできないけどね」
ヴァルヴァラが、厳しい表情で釘を刺す。
「生態系に強制的に変更を加えたのだから。他の群のBVaが、代わりを務めるかもしれない。あるいはDDは単なる警護役で、それがいなくなったがためにこのコロニーが他の群の襲撃を受けるかも知れない。ひょっとすると、バランスを崩したせいで、このコロニー自体が衰亡するかも知れない」
「環境の変化ってのは案外恐ろしいからな。ルイーサ叔母さんも、若い頃はまじめ一本槍の人だったが、離婚したとたんに競馬狂いになっちまったからな。まあ、三レースに一回は当ててたから、身代は潰さずに済んだが」
至極まじめな顔で、ホルヘが言う。
「まあ、経過を見るしかないということだ」
通信機を据え付けながら、スンファが達観した口調で言う。
一同はジャンヌの許可を得て、彼女の住処のすぐ傍に寝泊りすることにした。スリーピングマットを敷き、寝袋にくるまるだけだが、草の上に直に寝るよりははるかに快適だろう。
いくら何でも火を使うわけには行かなかったので、食事は冷たいままだったが、缶詰とパンだけでも前回一泊した時の航空救命食よりははるかに旨かった。食事が終わると、ホルヘが自分の荷物から一本の瓶を取り出した。バーボンだ。
「へへ。さすがにビールは重いからな」
「だめよ。二時間交代で夜間当直があるんだから」
「明け方までには醒めるさ」
そう言って、手酌で飲み始める。護衛のメンバーもしつこく勧められたが、プロらしく応じるものはいなかった。
その夜は、何事もなく過ぎた。翌日も、Jコロニーに変化はなかった。Fベースから偵察機が飛ばされ、付近のコロニーの調査も行われたが、そちらにも顕著な変化は見られなかった。
三日目の昼に、渚らはいったんJコロニーから退いた。そろそろ、次の大規模襲来の時期である。DDの群がJコロニーに現われる可能性がないわけではないし、大規模襲来の時間帯に潜入隊になにかトラブルが発生した場合、支援機や救出機を派遣するといった対処ができない恐れがある。
ピューマでFベースに帰還した渚は、集めた資料の整理を任された。ヴァルヴァラとホルヘはオームラAB行きの連絡便に乗り込んだ。もしDDの規模が予想を上回るものだった場合、余っている機体を駆って迎撃に離陸するのだ。護衛役の四人とスンファも、本業がある。手が空いているのは、渚しかいなかった。
自室にこもると、渚はメモ類の清書に取り掛かった。グエは会話しか翻訳してくれない。昔はRQAFの標準語は日本語とドイツ語だったそうだが、いまではすっかり英語が標準語と化し、公的な書類の類はすべて英語で書かれていた。渚はヴァルヴァラの達筆やホルヘの殴り書きのメモを、事務室から借りてきたオリベッティのタイプライター……RQAFには、まだインテルとマイクロソフトの侵略の手はそれほど伸びてきていない……で清書した。
「いいか?」
ドアにノックがあったのは、二時間もしんどい作業を続けていいかげん飽きてきた頃だった。
顔を見せたのはエリックだった。肩に、ユリとサビーヌを載せている。
ユリがさっそく飛び降り、渚に向けて突進した。長い間留守にしていたことを咎めるかのようにじーっと睨んでから、おもむろに頬を舐め始める。
「エリック。足首の具合はどう?」
「ほぼ完治したよ。痛みはもうない」
エリックが、左のつま先を立て、足首をぐるぐると回して見せた。
「そう。よかった」
「実験はうまく行ったようだな」
立ったまま、エリックが言った。
「今のところはね。まだ油断はできないと思うけど」
「次のJコロニー行きには、俺も付き合うよ。ジャンヌに、礼を言っておきたいからな」
「命の恩人だものね」
渚は微笑んだ。
第11話をお届けします。 用語解説 ダイポール・アンテナ/二本の直線状のエレメントを左右対称に取り付けたアンテナの総称。よく見かけるのはV字状や棒状である M117/旧式な750ポンド通常爆弾 ミルク・ラン/比較的安全な戦闘任務の俗称