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10 コンタクト

「言語システムとしては、非常に未熟なのよ。むしろ、感情を音で表現するのに近いと思う」

 ヴァルヴァラが、分析する。

 BVとの会話は、意思の疎通と言うよりもむしろパズルのようであった。こちらから、『なぜ助けてくれたのだ』と訊ねても、BVは理解できなかったのだ。抽象的な『あれ』とか『そこ』などに相当する単語も無いようだし、時間に関する単語……たとえば、『さきほど』とか『このあと』といった単語も無いらしい。

 ぶつ切りの単語を並べて何とか聞き出したところでは、先程のDDは『はぐれ者』とでも名付けるべき南へと飛行するタイミングを逸した不良DDだったらしい。BVにも迷惑をかける連中であり、彼にとっても敵とみなすべき存在だったようだ。彼が人間を見たのは初めて。だから、敵とは思っていない。困っているのならば、助力する用意はある。

「信じられん……」

 ヴァルヴァラから英語で説明を受けたエリックが、首を振る。

「……ヴォーゲオスの生態を知る千載一遇のチャンスだわ」

 渚はそう主張した。

「同意するけど……危険だわ」

 ヴァルヴァラが、薄い唇をなめる。

 BVが、啼いた。

『帰る。来い』

 向きを変え、六本の脚でゆっくりと歩き出す。

「あ、待って」

 渚は急いで声を掛けた。もっと色々訊きたいことがある。

 BVが再びこちらを向いた。啼く。

『手伝う』

 どすどすと、BVが歩み寄った。渚は本能的に身を引いた。サンドブラウンの巨体が、目の前を通過する。青臭い臭いが、鼻を突いた。

 エリックが、BVの前肢によって軽々と持ち上げられる。ヴァルヴァラが拳銃をあげかけたが、すぐに下ろした。エリックも抗わなかった。かなう相手ではない。

 BVが、エリックを前肢で抱きかかえる。渚は思わず吹き出しそうになった。ハリウッドスタイル……いわゆる『お姫様抱っこ』の状態だったからだ。

『帰る』

 BVが啼き、歩み出す。

 渚とヴァルヴァラは顔を見合わせた。ヴァルヴァラが、仕方が無い、といった表情で肩をすくめる。ふたりは装備を拾い上げると、BVのあとを追った。


 人間の足の遅さに気付いているのか、あるいはエリックを抱いているために不都合があるのか、BVの歩みはゆっくりとしていた。

 二十分ほど歩むと、奇妙な一行はヴォーゲオスのコロニーの外縁にたどり着いた。

 おびただしい数のBVがいた。草を食んでいるもの。休んでいるのか、じっと動かないもの。メンテナンスだろうか、前肢で身体のあちこちをいじっているもの。空気は刈り取ったばかりの牧草のような、強烈な青臭さを含んでいた。

 エリックを抱いたBVは、その中へと分け入っていった。渚とヴァルヴァラはためらった。

「彼にくっついていた方が、危険がないようにも思えるけど……」

 ヴァルヴァラが、言う。

「そうね」

 渚も同意した。他のBVたちは、抱かれているエリックに見向きもしなかったし、渚らの存在にも気付いているはずだが、別段警戒のそぶりも見せていない。

 渚は思い切ってコロニーの内側へと踏み込んだ。足早に、エリックを抱いたBVのあとを追う。厳しい表情のヴァルヴァラが、続いた。

 コロニー内部は、柔らかい土が剥き出しになった部分とよく茂った柔らかな緑色の叢が混在し、半ば迷路のようであった。

 やがて、BVが立ち止まった。そっとエリックを下ろす。

「……生きた心地がしなかった」

 青ざめた顔のエリックが、英語でつぶやく。

 BVが、手近の草を食み始めた。

「彼の家かしらね」

 周囲……BVと草しか見えない……を見渡しながら、ヴァルヴァラ。

 BVが、こちらを見て啼いた。

『喰え』

「なんだって?」

「遠慮しないで食べろって」

 渚は、エリックに意訳してやった。

「俺はベジタリアンじゃない、って言ってくれ」

 ふてくされたように、エリック。

「これからどうする?」

「彼の食事が終わるのを待つしかないわね」

 渚の問いに、叢を調べていたヴァルヴァラがそう答えた。

 渚は地面に座り込んだ。グエの数が限られている以上、他のBVに片端からインタビューすると言うわけには行かない。それに、他のBVが彼ほど親切だとは限らない。

「見て、渚」

 ヴァルヴァラが、BVが食んでいる草と同じものを差し出した。葉がいくつにも裂けており、裏側が白っぽい。

「ヨモギみたいね」

「丈がいささか高すぎるし、葉も大きいけど、そっくりだわ。間違いなく、キク科ね」

 ヴァルヴァラが、葉の一枚を手の中で揉んだ。鼻に近づけ、香りを嗅ぐ。

「臭いも一緒ね」

 渚も嗅いでみた。たしかに、ヨモギ餅のあの香りだ。

「奴に名前をつける必要があるな」

 ボトルから水をちびちびと飲みながら、エリックがそんなことを言い出す。

「危ういところに駆けつけてくれたヒーローなんだから、かっこいいフランス名前をつけてよ」

 渚はそう注文した。

「よし、ジャンと命名しよう」

「安易な……」

 ヴァルヴァラのため息。

 やがて、BV……ジャンが食事を終えた。渚とヴァルヴァラは、さっそくジャンとの対話を再開した。判りやすい単語を選び、さながらジグソーパズルのような会話を根気よく続けてゆく。

 すぐに判明したのは、ジャンが彼ではなく彼女だ、ということだった。過去に出産したことがあるという。

「じゃあ、ジャン改めジャンヌだな」

 憮然として、エリック。

 辛抱強い会話の結果、ジャンヌだけではなく、このコロニーにいるすべての個体が雌だということが判った。さらに突っ込んで訊くと、ジャンヌには『交尾』に相当する概念がないことも判明した。

「……興味深いわ」

 ヴァルヴァラが、かすかに眉根を寄せた色っぽい表情で考え込む。

「すべての個体が雌。しかも卵胎生。蜂や蟻の女王に比定すべき個体はいない。交尾したこともない。つまりは、単為生殖をしているということよ」

「単為生殖っていうのは……なんだっけ」

 渚は小首をかしげた。生物の授業で聞いた事があるような気もするが、はっきりとは覚えていない。

「交尾を行わない増え方よ。いわば、自分の複製を生むわけ。昆虫では珍しいことではないわ。短期間で爆発的に個体を増やすことができるから」

「複製って言うと、クローン?」

「いいえ。減数分裂を伴うはずだから、厳密にはクローンではないわね。いずれにせよ複製だから、それでは遺伝的に進化できない。ジャンヌは交尾の概念は持っていないけれども、『雄』という概念なら、おぼろげながら持っているわ。だから、周期的単為生殖なのかもしれない」

「周期的単為生殖?」

「通常は単為生殖で増え、一時的に有性世代が発生し、そこで交尾が行われ、進化する。新世代が単為生殖で増え、また有性世代を生み……といったサイクルをもつことよ。これならば、単為生殖の有利な点を活かしながら、遺伝的にも進化できる」

「DDが羽蟻のような存在……ってのは、ないか」

 渚は自分の意見を自分で否定した。DDもすべて雌だった。羽蟻は雄である。この仮説は成り立たない。

「定期的に、BVは雄を生んでいるのかもしれない。もう少し突っ込んで訊いてみましょう」

 ヴァルヴァラが、ジャンヌに向き直った。

 だが、彼女の仮説も外れた。BVが生むのはすべて雌らしい。しかし、質問を重ねるうちにさらに興味深いことが判明した。

 BVには、DDを生むタイプとそうでないタイプがあるというのだ。

 ジャンヌによれば、彼女はDDを生めないタイプ。生むタイプは、大きなコロニーの周囲にある小さいコロニーのうち、特定のいくつかで生活している。彼女らは、主にDDを生み育てることが仕事である。また、その個体数を維持するために、BVも生む。双方のタイプの差異は、外見上はない。最も異なるのは、臭いであるとジャンヌは主張した。

「単なる役割分担じゃないわ。おそらくは、遺伝子レベルで違う種類なのよ」

 ヴァルヴァラが、興奮した。

「仮に、DDを生むタイプをBVa、生まないタイプをBVbと名付けましょう」

 さらに質問が重ねられる。渚はコロニーについて詳しいことを訊いたが、あまり明確な答えは返ってこなかった。数や広さと言った概念が、曖昧なのだ。ただ、大きなコロニーとそれを取り巻く小さなコロニーいくつかが、ひとつのまとまった群として認識されていること、大きなコロニーには『たくさんの』BVbが暮らし、小さなコロニーには『少しの』BVaとDDの幼生、あるいはBVbのみが暮らしていること、BVaとBVbが同一のコロニーで生活することはない、ということ。そして、ほとんどのBVbがDDを単なる『無駄飯食い』と認識しており、それを生み育てるBVaに関しても決して好印象を持っていないことは判明した。

「さて、じゃあ肝心な質門をしましょう。DDの正体は何なのか」

 すっかりのめりこんだヴァルヴァラが、勢い込んでジャンヌを質問攻めにする。

 だが、これに関するジャンヌの答えは失望すべきものだった。『知らない』というのが、返ってきた答えの大半であった。DDとは何か、何のための種類なのか、なぜ知的哺乳類を襲うのか……。

「BVaに訊いてみるしかないんじゃないのか? 一応、親なんだし」

 エリックが、言う。

 だが、ジャンヌに対しての、BVaの誰かを紹介してくれとの依頼は拒絶された。どうやら、BVbとBVa間のコミュニケーションは皆無に近いらしい。不用意にBVaの小コロニーに近付いたBVbが、BVaに殺される事例も後を絶たないという。

『危ない。死ぬ』

 BVaコロニーに対して質問されたジャンヌが、軋る。

「手詰まりね。でも、DDはおそらく生殖に関連した役割を担っているという感触ね」

 ヴァルヴァラが、言う。

「雄を生むための羽根のある雌、というのはどうかしら」

 渚はそう仮説を述べた。

「そうね。DDの生殖器官は不十分なものだったけど、卵巣はあったから、単為生殖は可能だったはずよ。なんらかの特殊な条件を満たす場所を探して飛ぶ。そこでおそらく羽根のある雄を生んで、雄がコロニーに戻ってきて一部の雌……おそらくはBVaと交尾する。そして生まれた世代が再び単為生殖をする……」

 ヴァルヴァラが、あとを引き取って予測する。

「それならば、色々と筋は通るわね。でも、なんだかどこかで似たような話を聞いた事がある気がするのよ。たしか、地球の昆虫のケースだったと思うんだけど……」

「スィーランス!」

 いきなり、エリックが叫んだ。ヴァルヴァラが、口をつぐむ。

 エンジン音が聞こえていた。ごーん、というターボプロップ特有の爆音だ。

 エリックが、PRC−90を取り出した。すぐに、回線が繋がる。相手はXOだった。……ジェットストリームで飛来したのだ。渚は上空を見上げた。空飛ぶ十字架のようなターボプロップ機のさらに上空に、小さく二機の護衛機も見える。誰が来てくれたのだろうか。

 エリックが、ことの経過を報告した。しばらく会話してから、PRC−90をヴァルヴァラに差し出す。

「BVの庇護下にあると言っても信じてくれない。君の確認を求めている」

 ヴァルヴァラが、エリックの話を追認する。次いで渚が三人とも正気であることを保証し、やっとXOも納得した。

「補給物資は、このコロニーの南西千メートルの位置にドロップして下さい。IPは低い岩山です」

 ヴァルヴァラが告げる。……さすがにパイロットである。ジャンヌのあとを追いながらも、ちゃんと周囲の地形を確認していたようだ。

「S−58用の燃料基地設置は難航しているようよ。タンクローリーでは乗り越えられない地形だから、少しずつ四輪駆動車で運ばなきゃならないから」

 PRC−90を切ったヴァルヴァラが、説明した。

「航空ガソリンの備蓄自体がろくに無いだろう。あいつはタービンヘリじゃないからな」

 エリックが言う。ヴァルヴァラがうなずいた。

「でも、明日の午前中には準備が整うそうよ。それまでなんとか凌ぎましょう」

 三人は食事を採った。そのあとで、暇つぶしを兼ねてジャンヌにいろいろと質問をぶつける。食事の回数と量。排泄の仕方。他のBVとのコミュニケーション法。簡単な記憶力テスト。視力テスト。夜間の行動について。

 三人のBVに関する知識は膨れ上がっていった。


 翌朝飛来した二機のRQAF機……MB339Aに乗るレナート・オルシーニがエレメント・リーダーだった……が、救出作戦の詳細を伝えてきた。当初の計画通り、S−58を使うという。Fベースの三十マイル北に設けた補給処を起点とした飛行ならば、往復百八十マイル。約三百三十キロ。収容にかかる時間を入れても、余裕で飛べる。

 CSARミッションの場合、ヘリコプターは着陸しないのが普通である。地表の状態がつまびらかでない場合、離着陸を行うとトラブルが生じることが多い為だ。しかし今度の作戦では燃料と時間を節約するために、S−58が着陸して収容するものとされた。そのために、収容地点はあらかじめ定めず、直前に渚らが適地を選択し、先行する偵察機に伝達するという取り決めがなされた。回収予定時刻は、1400。ヘリや護衛機の離陸時刻は、その時間から逆算される。

「よし。ジャンヌと交渉だ」

 エリックが、意気込む。

 渚とヴァルヴァラは、ジャンヌに帰ることを伝え、途中まで同道してくれるように頼んだ。いともあっさりと、ジャンヌが承諾する。引き止められるかもしれない、と危惧していた二人は、ほっと顔を見合わせた。

「ぎりぎりまでここにいましょう。少なくとも、安全だわ。コロニーから充分に離れるのに三十分。降着地点選定に一時間。予備に三十分。正午出発で、いいわね」

 ヴァルヴァラがてきぱきと取り決める。

「昨日落としてもらった補給物資はどうする?」

 エリックが、訊く。

「置いて行きましょう。惜しくはないわ」

 あっさりと、ヴァルヴァラ。

 午前中は、ゆっくりと過ぎていった。ジャンヌがのんびりと草を食み、渚らは最後のレーションを、浄水錠が溶け込んだ不味い水で胃に流し込んだ。

 騒動が持ち上がったのは、そろそろ出発の準備でもしようかと、渚らが腰をあげかけた頃だった。

 コロニーの隅の方で、急にBVたちが騒ぎ出していた。軋るような声が多数聞こえる。

「何があった?」

 ヴァルヴァラが、ジャンヌに問うた。

『上質。草。獲る』

 ジャンヌが啼く。ヴァルヴァラが、さらに問う。

 どうやら、BVaが、DDを育てるために質のよい草を収穫に来たらしい。ジャンヌに言わせると、BVaはBVbよりも草の育て方が下手くそなので、定期的にBVbのコロニーに『侵入』し、勝手に草を食べてゆくのだという。どうやら、いったん消化管に収めたものを、DDの幼生に与えているらしい。……ドクター・ゲラの推測どおりである。

「渚。グエを貸して。BVaと接触するチャンスよ」

 ヴァルヴァラが言って、手を差し出した。渚は、うなずいてグエを渡した。

「気を付けてね」

 言ってから、通じていないことに気付く。

 コロニーに侵入したBVaは、かなりの数にのぼるようだった。ヴァルヴァラが、ジャンヌと会話している。柔らかな発音のロシア語と、軋るようなジャンヌの声。……傍からみると、なんともシュールな光景である。

「メキシコの村を襲う無法者の群、って感じだな」

 遠くでうごめいているBVたちを眺めながら、エリックがつぶやく。

「ホースオペラね」

 英語で渚も応じた。

 やがて、こちらに一匹のBVが近付いてきた。外見は、他のBVと何ら変ったところはない。だが、傍目にもジャンヌが警戒の色を見せたことが判った。BVaなのだろう。

 BVaが、草に喰らいつく。ヴァルヴァラが静かに近付いた。渚が昨日ジャンヌにしたように、グエを放り投げようとする。

 BVaが、動いた。前肢が横様に繰り出される。ヴァルヴァラが、俊敏な動きを見せて飛び退かなければ、まず確実に突き飛ばされていただろう。

 すぐさま、BVaが第二撃を繰り出した。ヴァルヴァラが、地面に転がってこれを躱す。

 そのときにはもう、ジャンヌが動いていた。前へ出てヴァルヴァラに更なる攻撃を加えようとしたBVaに、体当たりを喰らわす。よろけたBVaの頭部に、ジャンヌの前肢が叩きつけられる。ひるんだBVaが、よろけつつ後退した。

 ヴァルヴァラを守るように立ちはだかったジャンヌが、複眼でBVaを睨みつけた。

 狼藉BVaが、不意にこちらに関心を失ったように見えた。ぷいと横を向き、別な叢に向けてどすどすと歩み去る。渚はヴァルヴァラに駆け寄った。

「コミュニケーションには失敗したけど、BVaとBVbが違う種類だと言うことが、これで証明されたわね」

 ヴァルヴァラが立ち上がり、フライトスーツについた埃を払った。

 渚は自分のグエを拾い上げた。

「どうする? そろそろ正午だぜ」

 ゆっくりと歩んできたエリックが、訊く。

「これ以上ここにいても無駄だと思う。ジャンヌの都合がよければ、出発しましょう」

 ヴァルヴァラが、言った。


 コロニーの南二キロほどのところに、降着適地は見つかった。比較的固い地盤の上に、芝草が密生している。周囲に障害物はなく、ほぼ真東五百メートルほどのところに、よく目立つ白っぽい岩の露頭がテニスコート三つ分くらい広がっている。

 渚は腕時計を見た。救助隊到着までは、まだ一時間ほどある。彼女の頭の中で、ひとつのアイデアが固まりつつあった。

「ねえ、ヴァーリャ。ジャンヌに、BVbとBVaの仲は本当に悪いのかどうか、訊いてくれない」

 ジャンヌとの会話は、いまやほとんどヴァルヴァラの役目になっていた。言語のセンスは彼女の方が上だし、BVの言葉の構造も、どちらかと言えば日本語よりも英語やロシア語に似ているようだ。

 長々と、ヴァルヴァラとジャンヌが話し合う。

「……悪いみたいね。お互いに悪感情に近いものを抱いているみたい。ある種の階級闘争みたいなものかも知れないわ。BVaはBVbを、DDを生めない役立たずだと思っている。BVbはBVaのことを、DDを育てるしか能のない連中だと思っている……」

「もし、BVaがいなくなったら、どうなると思うと訊いて」

 渚の依頼に、ヴァルヴァラの眼が光る。

「まさか、BVaを攻撃するつもりじゃないでしょうね」

「とにかく、訊いてみて」

 会話が再開される。渚はじりじりしながらそれが終わるのを待った。

「どうなるかは判らない。でも、DDは生まれなくなる。BVbは幸福になる、とジャンヌは言ってるわ」

 ヴァルヴァラが、言う。

「過去にそういうことが……なんらかの事情でBVaが全滅したことがあったのかしら」

「あったとしても、それは伝わってないでしょうね。記録とか伝承とかとは無縁なはずよ」

「説明してくれ」

 ロシア語と日本語、それにBV語の会話に全くついていけなかったエリックが、口を挟む。

「BVaだけがDDを生むのなら、もしBVaを根絶やしにできたらどうなるか、と考えたのよ。どうせBVbは単為生殖で増えるのでしょう? うまくいけば、すべての個体をジャンヌのような攻撃性のないBVbにできるかも知れない。もちろん、DDは生まれない」

 渚は、ゆっくりとした口調で説明した。

「そううまく行くかな」

 エリックが、疑問を呈する。

「もう一度訊いてみて、ヴァーリャ。もしBVaがすべて殺されたら、BVbはどう考えるかを」

 ヴァルヴァラが、ジャンヌに訊ねる。

「BVbは喜ぶそうよ。DDもBVaもいなければ、トラブルもない。……それと、こうも言ったわ。BVaをすべて殺すものがいたら、BVbはその存在に感謝するだろう」


 渚らは、1330にジャンヌをコロニーに帰した。いくら友好関係を結んだとはいえ、ヘリの接近に異常反応を引き起こすおそれがないとは言えない。

 収容予定二十分前に先行偵察機二機が飛来した。マイラのA−7と、プラサーンのF−5だった。エリックがPRC−90を使い、降着地点を通知する。

 やがて、待望のS−58が二機の直衛機を伴って飛来した。ヴァルヴァラがフレアを上げ、降着地点をマークする。風下から進入したS−58は、優雅に着地した。渚は、ヴァルヴァラとともにエリックに肩を貸してヘリコプターに乗り込んだ。

「よう、お帰り!」

 貨物室にいたのは、なんとホルヘだった。

「出せ、ミゲル!」

 ドアを閉めたホルヘが、高い位置にある操縦席に向かって叫ぶ。

「助かったぜ、相棒」

 床に下ろされたエリックが、笑顔でホルヘの手を取った。

「ということで、ちと早いが……」

 ホルヘが、隅からクーラーバックを引き寄せる。

 案の定、ぎっしりと入っていたのは瓶ビールだった。

「XOにどやされるわよ」

 鼻にしわを寄せて、ヴァルヴァラ。

「はは。そう思って、バクラーを入れてきた。ノンアルコール・ビールだから、渚でも飲めるだろう」

 ホルヘが、茶色い瓶を配った。渚も一瓶受け取る。恐ろしく冷たく冷えていた。

「やだ。こっちの瓶は本物じゃない」

 ヴァルヴァラが、残っている三本をつついた。

「こいつは、パットたちの分だ」

 急に真顔になったホルヘが、その三本をつかんだ。操縦席の窓を開け、一本ずつ地表に放り投げる。

「さて、乾杯しよう」

 戻ってきたホルヘが、栓を抜いた。

「帰ってきた三人と、帰ってこなかった三人に。乾杯」


第十話をお届けします。 用語解説 減数分裂/染色体の半減を伴う細胞分裂 IP/イニシャル・ポイント。参照点。この場合は、目立つ地物

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