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通学路でぶつかった娘が転校生だった×15

作者: システム

菱井(ひしい)灯士(とうし)、往生しなさい!」


 残暑の日差しがまとわりつく朝。俺が日本屋敷の門から出た瞬間、怒声と共にセーラー服の女の子が脇からタックルをしてきた。

 艶やかな黒髪を振り乱しながらのタックルはそこそこ迫力があったが、いかんせん190cm100kgの俺とは体格差がありすぎる。

 胴への衝撃を真っ向から受け止めて、相手の勢いが止まった所で身体をひねってやる。


「あっ……きゃあああーーーー!?」


 同時に、右手を互いの身体の隙間に差し込み振り払う。名前も知らない女の子は俺の身体から手を離し、悲鳴と共に地面を転がって行った。


「これで一人目……」


 息をついて左手に持ったラグビーボールを弄びながら、俺はつい二週間前のことを思い出す。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「灯士、お前を物理的に押し倒した娘を許嫁にするから」

「爺さん、とうとうボケたか?」


 夏の太陽が中天に差し掛かり、蝉時雨がやたらとうるさい時間帯。でかい屋敷内部の八畳の和室で、俺の祖父はそんな爆弾発言を繰り出した。


「いやいや、灯士が見合い話断りまくるもんだから、ワシらもこれじゃいかんと思ってな? どんな女の子が好みなのか聞いたじゃん?」

「俺よりラグビーが強い娘って答えたかな」


 厳密には、見合い話そのものが嫌で適当を言ったんだったか。


「爺さんのことは好きだし、菱井グループの御曹司って自覚もあるけど、今日び17歳で政略結婚なんて御免こうむるぞ?」


 少なくとも、今は学生生活を謳歌したいんだよ。

 菱井家の金や立ち場を狙ってくるハイエナ女子の相手なんて嫌で仕方ない。


「だから、お前好みの女の子をあてがってやろうとな」

「さっきの条件なら無理だろ」


 俺の体格、身体能力、勇気、技術、経験……はまだ高校生だから浅いが。

 それと比較して、ラグビー選手として勝てる女子がいるとは思えない。少なくとも、一対一(ワンオンワン)ならどうあがいても俺が勝つ。それぐらい男女の体力差と周囲の練習環境は圧倒的に違うもんだ。

 だからこそ、得意なラグビーと絡めて無茶な条件を突きつけたのだが……。


「百も承知じゃ、一応チャンスはあったと他の家の面子を立たせるためじゃな。そのため、お前には各家のお嬢さん方と真正面からぶつかり合ってもらう」

「ぶつかるって……それで『物理的に押し倒した娘を許嫁に』って? 相手が壊れても知らねーぞ?」

「まあ聞け、これは一種のスポーツみたいなもんじゃ。ルールは一応定められとる」


 いわく、人数は同年代の女子十五人まで。

 襲うのは登下校時に限る。

 怪我は自己責任、搬送や治療は各家が行うこと。

 ラグビーボール以外の道具の使用は禁止、等々。

 いったいどういう話し合いをすれば、こんなトンチキなことになるのやら。


「ちなみに、開始は今から二週間後。夏休み明けじゃな」

「はっ?」

「参加する淑女達は、今頃コーチを呼んで練習に勤しんでることじゃろう。心しておけ」

「はあぁ~~っ!?」


 爺さんはシワだらけの顔にとても良い笑顔を浮かべていた。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「そんで、今に至る訳だがよ」


 さっき吹き飛ばした黒髪の女の子は、土埃が舞う地面に伏せたままピクリとも動かない。

 不憫と言えば不憫だが、回収や治療は彼女の実家に任せよう。


「……もう行くか」


 元より今は『登校中』だ。この屋敷から高校まで、俺が走って15分程度。

 その距離であと十四人から襲撃がある筈だ。遅刻しないよう時間に注意しつつ走り出し、十字路を左へ曲がって……死角になる位置から女の子が襲ってきた。


「そう来ると思ったよ!」


 ボールはあらかじめ右手へ持ち替えておいた。至近距離にある顔を左前腕で迎撃する。


「ぎゃうっ!?」


 脇腹に当てた一撃で、さっきの黒髪よりも小柄なその娘はアッサリと吹き飛んだ。

 襲う時に声を出さない分、黒髪よりもしたたかな二人目だった……と思いきや。


「時間差かっ!」


 右手側から突っ込んで来た三人目がボールを狙っている。

 俺の意識の虚を突いたタックル。このトンチキ婚約勝負は建前が『ラグビー』なので、ボールを奪われても地面に落としてもそれで終わりだ。


「チィッ!」


 舌打ち一つ。ボールを脇に抱えたまま、すり足で間合いを潰してむしろこちらからぶつかって行く。

 タイミングを狂わされた三人目のタックルはクリーンヒットせず、代わりに顔が俺の右肘へと吸い込まれた。

 カウンターで顔面を潰されたその娘は、鼻血を垂れ流しながらズシャリと崩れ落ちた。


「組んでくる奴もいるのか。案外、油断できないかもな」


 再度走り出したその後も、襲撃は当然のように続いた。

 電柱の上からダイブしてきた四人目は、体勢を低くして躱すことでコンクリートの地面へ自爆させてやった。

 同時に、右斜め低い位置から膝裏を掴むようなタックルをしてきた五人目は、奥襟を掴んではたき込んだ。


「大丈夫ですか!?」


 地面に打ち付けられたそいつらを心配して駆け寄るフリをして、俺の虚を突こうとしたのが六人目。ただ、体力も技術も大したことなく出足払いで転ばせることができた。


「高校へ向かうに連れて、ギミックは仕込みやすくなる訳か」


 上にも交差点にも通行人にも注意しなければいけない。厄介なことだ。


「そういう種が割れたから、病人のフリをするのも無駄だぞ?」


 路上にうずくまって俺を待っていたらしき七人目は、ビクリと肩を震わせた後に振り返りざま襲ってきた。だが、こいつは大きくも速くも……って、右手に禁止武器(スタンガン)持ってやがる!


「ぜいやっ!」

「あうっ!?」

「きゃっ!」


 手刀一閃、七人目の手首を打ち据えてスタンガンを叩き落とす。

 そのまま腹に蹴りを入れて、コッソリと近づいてきた八人目への肉壁とした。

 もはやラグビーの範囲からは大きく逸脱しているが、俺も開き直ってやる。


「これで半分!」


 大声を上げて無理やりテンションを高めつつ、再び路地を駆ける。

 しばらくは本物の通行人ばかりで気が緩みそうになるが、まさしくそんなタイミングを狙ったらしい。

 九人目から十二人目は四人同時に異なる方向から襲ってきた。


「チィィッッーーーー!!」


 九人目は上体をかがめて躱す。十人目は右腕で弾いて方向を逸らす。十一人目は跳んで跨ぐ。

 そんな俺の身体が宙に浮いた所を、十二人目のタックルで捉えられた。

 だが、辛うじて体幹はブレていない。


「おおぉぉっ!!」

「う、嘘っ! 止まらない!?」


 タイミングは良かったが、俺を突進を止めるには体重と腕力が足りない。

 学生服を掴まれたまま走りを止めずに引きずると、十二人目は握力が耐え切れなくなって脱落していった。


「お願いします! あなたの婚約者にならないと、実家が潰れて路頭に――」

「知らん!」


 ぶつかるのを諦めて、泣き落しにやってきた十三人目は歯牙にもかけない。


「今だっ……って、速っ!?」


 通学路に人も増えてきた所で、群衆に紛れるように男装していた十四人目もやってきたが、純粋に走力で置き去りにする。

 そして十五人目。


「菱井灯士、覚悟ぉっ!」


 真正面から沈み込むようなタックルは、俺の足首を狙えそうなくらい低い。これは付け焼刃ではなく、歳月と熱量を捧げた技術が宿るタックルだ。

 体格も良く、180cm75kgはくだらないだろう。そして何より、強い意思を宿した瞳は俺にぶつかってくる勇気に満ち溢れている。

 どこか温室育ちの雰囲気が抜けなかった他の御嬢様達とは違う、ベリーショートの髪に美人ではないが気迫の篭った面構え。割と好みだが……。


「だからこそ、全力で潰さないとなぁ!」


 俺はステップを踏み、左右へ身体を揺らし加減速も絡めることで距離感を幻惑。相手に的を絞らせない。

 翻弄された十五人目のベリーショートは腕を伸ばすが、俺の体幹を捉えることはできない。辛うじて指が靴下に引っかかったが、それも足の一払いで引き剥がしておしまいだ。


「登校完了、っと!」


 そして、俺が校門をくぐると同時に勝利のファンファーレのごとく予鈴が鳴り響いた。


「まぁ、思ってたより悪くなかった……かな?」


 最初は無茶な婚姻話だと思ったが、終わり良ければ全て良しだ。とりあえず全員撃退したし、一時の余興としては楽しかった。

 ボールを下駄箱に放り込みながら勝利の余韻に浸りつつ、二学期もお世話になる教室へ向かう。

 先に来ていた友人達と挨拶を交わし、途中で見かけたラグビーもどきみたいなアレはなんだと聞かれ、適当に誤魔化していると本鈴が鳴った。

 黒縁眼鏡の冴えない担任教師が教室に入って来……て!?


「起立、礼、着席! あー……今日からな、この教室の仲間としてな、転校生がいる。……その、十五人ほど」


 担任に促されてゾロゾロと女の子達が入室してくる。

 どいつもこいつも、通学路で襲撃を仕掛けてきた連中だ。鼻にガーゼを貼りつけ、俺をガッツリ睨みつけながらも歩いている根性の据わった奴もいる。


「それに伴い席替えもしようか」


 担任が指示を出すと、俺の周囲の席は即座に襲撃女子連中で埋められた。

 ……これ、裏でどんな権力が働いたんだ。菱井グループ嫡男の許嫁って立ち場はそれほど魅力的なのか。

 俺が呆然としていると、右隣の席にいるベリーショートの十五人目が話しかけてきた。


「チャンスは何度でもあるから! 登下校の時はずっと狙うから!」


 一回きりのチャンスじゃねぇのかよ! 俺ってこれからずっと狙われるの!?


「お前にはずっとアタックするから! 覚悟しとけ!」


 ベリーショートの血走った眼を見て確信した。

 ……どうやら、彼女達からの物理的なアプローチは今後も止みそうにない。

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