第七話「取引」
「私の歌を聞けぇぇぇぇっ!!!」
天を見上げ、腕を掲げ。私はクラスのアイドルとしての義務を果たすべく、美声を存分に披露する。
今日は、華の金曜日。以前より企画されていたヒロシ会の日である。すなわち、我が級友にして私にゾッコンなヒロシの、地味に広い顔により集った10人近いメンツで合コン的カラオケ大会が開催される日だ。
結局、ヒロシの告白はどうなったかって?
────実は私の入院やら何やらで、彼の告白の返答期日は明日まで待ってくれる事になっている。元々のヒロシの予定では、この場で私とつきあってます宣言をしたかったらしい。
退院したあと、それはそれはヒロシに心配され、何だかんだでもう3日ほど時間を貰えたのだ。ありがてぇ。今日は気兼ねなく、カラオケを楽しむとしよう。
店員に案内された部屋に入ると、ヒロシはビニル袋で封されたマイクを手にとって私へと向け、派手に頼むよと言って笑った。
なるほど、盛り上げ隊長と言う奴だな。学園一の美少女たる私の美声でカラオケを開幕する事により、初っぱなから皆のテンションを全開にするヒロシの名采配だ。
では、さっそく。マイクを握り決めポーズを取った私は、日曜日の朝に流れる子供向け魔法少女ソングを大声で熱唱するのだった。
『今夜はドッキン!! ラブデスボンバー!!』
作詞:とあるお方
秋葉の夜に訪れた 不敵な最凶暗殺者
史上最低のテロリズム 場所を選ばず仕掛けるの
そう、私は爆弾魔 恋の爆弾 無差別爆撃
巡り合ったが最期 避けられぬ宿命(爆死・殲滅)
この世は既に焼け野原 私という花を求めて
無粋な男ども 群がるの(どかーんッ)
それが それが それが カ・イ・カ・ン
今夜はドッキン!! ラブデスボンバー!!
「ホンマ、期待を裏切らん女やわマリキュー」
「トップバッターは、羞恥心のない奴に任せるに限る」
「音痴は次に歌う人にプレッシャーもかけない。まさに理想のトップバッターだな」
「ヒロシ、良い判断だ。開幕マリキューは正解だ」
「……あー、いや別に俺はそこまで考えてた訳では。単にマリキューが歌いたそうにしてたからで……」
歌い終わった私に降り注ぐ、容赦のない罵声の嵐。そこまで音痴だろうか。私の歌声は点数に反映されにくいだけで、天上の調べの筈なのに。
解せぬ。
────宴もたけなわ。
「貴女が噂のマリキューなのですねー」
むぎゅう、と。無駄にイケメンボイスでロックを熱唱したヒロシにヤジを飛ばしていた私は、面識のない女生徒に抱きしめられた。
見ると、ゆるふわな髪型で垂れ目の女性が私に密着している。おっとりした雰囲気で、柑橘系の香りのする女性だった。
「これは確かに、可愛いのです。私がやってるデレストに出てくるキャラにそっくり。痛々しいところとかー」
「初対面の人に正面から痛々しいと言われたのは久しぶりです。どうもどうも、神と悪魔の隠し子にして齢50万歳を迎えました、残虐超人のマリーキュース・デストロイヤーです」
「私は二年の、泉小夜と言います。うん、この痛さが心地良い……」
泉小夜、聞いたことの無い名前だ。2年ってことは先輩なのか。なんか間延びのする話し方の人だな。てか、話したことも無い先輩が、何で初対面で抱き着いてくるんだ?
「ヒロシー、この娘をお持ち帰りして百合調教したいのですー。2人でカラオケ抜けて良いですー?」
「ゆ、百合っ!?」
やば、こいつ危険人物やんけ。私はノンケなのだ、いくら私が超絶美少女だからといって、同姓にまで好かれるのは困る。
「泉さん、マリキューは見た目より初心なんで、からかわないでやってください。後マリキューが俺の告白先だって知ってるでしょ」
「先輩なのですー、欲しいのですー。可愛いマリキューちゃんを百合調教して、ショウケースに入れて飾るのですー」
「猟奇的!? てか泉先輩、彼氏いるじゃないっすか」
「あー、もう別れたしー」
あ、圧がすごい。パーソナルスペースとか気にしないのだろうか? グイグイ来るな、この人。
言ってることも電波そのもの。成る程、さてはキチガイの逸材だな。
「また振ったんすか」
「なんか違ったのでー。そうだ、ヒロシも一辺、私と付き合ってみますか?」
「俺はマリキューが好きなんで」
「……んあーっ!! これですよ、コレが正解ですよ!」
新たなる奇人に遭遇して喜んだのもつかの間。ガチ百合らしき女先輩は私を全身で抱き締め拘束した。
口元にピッタリ胸を押し付けるな、息が出来んぞ。つーかミカンの匂いきつすぎ、香水つけすぎだ。
「信じられます? この前のデートの時に、聞いたんですよ。私のこと好きですか? って」
「……そうですか」
「そしたらあの野郎、ソコソコって答えやがりましたよ。ソコソコって言いやがりましたよ!!」
「は、はぁ」
「お世辞でもなんでも世界で一番愛してるっていうべきでは!? ひょっとして、私はキープか何かですか!? で、喧嘩別れして、今フリーなのです……」
「世界で一番愛してるぞ、マリキュー」
「私に言えや!!」
待って、マジで解放してくれって。息が、息が……
息が────、息が出来ない────
「あ、先輩ストップ。マリキュー窒息しかけてる」
「やだー!! 色々とストレスフルな私は、この子を百合調教するのー!!」
「ちょ、マリキュー顔青いですって。先輩、まずいですよ先輩!!」
「ごめんね、マリキューちゃん。ちょっと私、荒れてたみたいなのです。反省します」
「い、いえ」
泉先輩、と言ったか。
私にグイグイ迫ってきたこの女先輩は、帰り道が私と同じ方向だったので一緒に帰ることとなった。あんまり面識ないからやり辛い反面、この先輩と仲良くなれるチャンスと考えよう。
私個人としては、泉先輩に散々に振り回されてしまったので、彼女には苦手意識を持っているのだが。
「ごめんなさい、見苦しかったですね」
「普段の私も見苦しいので大丈夫ですよ先輩」
「……マリキューちゃん、自覚有るのね」
「バッチコイです。先輩こそ、今日の荒れ方はかなり個性力のポテンシャルを感じましたよ。さぁ、先輩も私と一緒に個性派を目指しましょう」
「あれ!? 私マリキューちゃんに仲間意識持たれてます!?」
この人はかなりのポテンシャルを秘めている、とも感じた。
口調もなんか気持ち悪いし、初対面の相手にも物怖じせず抱きついてくるし。
奇特部が思ったより真面目なトコだったので、この学校を征服するための変人仲間は自力で探さねばならない。そして、あつらえたかのように現れた基地外候補。
手始めにこの先輩を引きずり込むとしよう。変人たちによる学校征服計画は、まだまだ進行中なのだ。
「先輩は、歌が上手かったですよね。明日朝一番、運動部の駆け巡る校庭のど真ん中に立って、2人で校歌を熱唱しませんか?」
「完全に仲間意識持たれてる! しないよ、そんなことしたら変な子だよ!」
「成る程。先輩はまだ、変な子だと自覚を持たれてないのですね。早く気付かれた方が良いですよ」
「マリキューちゃんは今、スッゴい失礼な事言いましたよ!? 気付いてます!?」
……むしろ、個性的だと褒めてるつもりなんだけどなぁ。
「その、今日はむしゃくしゃしてたというか。少し暴れちゃいましたけど、忘れてくれると嬉しいのですー」
「……まぁ、今日はこの辺にしときますか。自分の異常性が自覚できましたら、また私にご連絡ください泉先輩」
「うわーん!」
まだまだ自分のことをまともだと思い込んでいる段階のようだ。いや、あるいは先輩は自分の異常性を理解できないタイプのキチガイなのかもしれない。
後者であれば間違いなく逸材だ。自覚のないタイプのキチガイは、安定して高品質の奇行を繰り返してくれる。
「くすん、色々と言いたいけど、すっごく文句言いたいけど、一旦おいておきます。マリキューちゃん、少し相談があるんですけどー」
私が先輩の将来性の考察に耽っていると、彼女は目を伏せながら、指を絡めて言葉を濁した。
今日出会ったばかりの私に相談とはなんだろう。口を濁しているあたり、近しい人には言い辛い事なのだろうか。
「スッゴく卑怯で、スッゴく虫の良い話です……」
「して頂く分にはご自由に、泉先輩。私は神と交信してますのでお気になさらず」
「聞いてよぉ! 何でヒロシはこんなの選んだんでしょう……」
こんなの、て。先輩も大概に失礼では?
「その、ね。マリキューちゃんらヒロシの告白、保留してるんだよね」
「明日、返事は返しますよ」
「……受けるのですか?」
……切り出されたのは、ヒロシの話だった。
この先輩と私は完全に初対面。共通の話題があるとしたら、ヒロシの事だけだろう。恋バナだろうか。
「実は、まだ決めてません。明日ヒロシの話聞いて、その場の空気で決めようかと」
「ヒロシは返事をずっと待ってたのに、まだ決めてないんですかマリキューちゃん」
「いや、答えは出すつもりですよ」
先輩の言葉に、少しトゲを感じる。ヒロシには確かに結構待ってもらっていたけど、先輩には関係ないだろう。
それとも何か。さては泉さん、ヒロシの事が────
「……ヒロシを、振ってくれませんか?」
ヒロシの事が、好きなのだろうか。
「先輩、それってどういう……」
「卑怯な事を言っている自覚はありますよ」
冷たい声が、路上に響く。
先程までは喜怒哀楽に溢れていた彼女の顔から、表情が消える。夜の闇に溶ける、泉先輩の瞳の光。
「先輩は、ヒロシが?」
「もう、一度振られているんですがねー。でもさ、やっぱり未練はあったのです……」
……周囲の気温が下がる。
泉先輩は俯いたまま、顔を上げない。その目元は髪に隠れよく見えないが、口元は真一文字に結ばれていた。
「その、私にヒロシを振れって、どういう意味ですか?」
「慰めます。失恋をしたヒロシの、弱った心につけ込みます。ええ卑怯ですよ、罵ってください」
ゴクリ、と唾を飲む。
なんだこれ。ヒロシって案外モテるのか。楽しいカラオケ会が終わったと思ったら、修羅場が待ち構えているなんて聞いてない。
「……ただ言えるのは、貴女より私の方が、絶対にヒロシの事を愛してますよ?」
泉先輩の感情のない瞳の奥が、ドロリと歪む。その瞳の揺らめきからは、ハッキリと私に対する負の感情が滲んでいた。
「……そこは同意してくれますよねー?」
私は、顔がひきつるのを感じた。
無表情に私を睨む泉小夜からは、目的のためなら何でもしてきそうな、そんな凄みを感じる。
────恐怖。ごくり、唾を飲んで私は一歩後ずさる。
────殺意。私の腕は泉小夜に掴まれる。後ずさったはずの私の目前には、彼女の無表情な瞳が揺らめいている。
泉先輩は逃げようとした私に警告したのだ。逃がすつもりはないと。
何だこれ、私そんなに悪いことした?
というかカラオケ中、泉先輩はニコニコと私に笑かけてましたやん! あれ、まさか全部演技なの?
……こ、怖っ!?
「なんで貴女なんですかね。ヒロシと私は一応、中学からのつきあいなんですよ?」
テンパった私が身動きできないでいると、迫ってきた泉先輩に壁際まで追い込まれ、疑似壁ドン状態に。しまった、逃れられなくなった。
「出会ってひと月なのに、貴女はどうやってヒロシを誘惑したのですかね。私と貴女の差は何なのですかね」
髪で目元が隠れたまま、泉先輩はギリギリと私の手を握り締める。小刻みに震える口元から、私への呪詛が零れる。
「ねぇ、マリキューちゃん。もし、まだ悩んでるくらいの気持ちなら。……譲って、くれませんか?」
そこで、私は泉小夜と目があった。
彼女の瞳には、憎悪が揺らいでいる。人気のない夜道で、壁際に追い詰められた私は、まさにまな板の鯉。
結局、数分の睨みあいの末、私は生命の危機を感じ、重圧に負けてコクりと頷かされてしまった。
───この時、私が泉小夜の脅しに屈した瞬間。私を含め空回りしていた数奇な運命の歯車が、小さな音を立てて噛み合い始めていた。
次回は一週間後です。
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私は要りません。