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第二十話「本気を出すのです」

 生暖かい静寂が、部屋を包んでいた。


 死への恐怖に腰が砕けた私を、無表情に見つめる黒ずくめの男。ソイツは、面倒くさそうに頬を掻き、やがて観念したかのように私へと言葉をかけた。


「……早く行くぞ。いつまでも此処に残って、奴等に鉢合わせたら最悪だ」

「……貴方」

「良いから今は信じろっての。あんたに害意があるなら、助けたりしないって」


 何ともやりにくそうな声色だ。昨日の移動に車内でこの男が縛られている間、私はずっと彼を虐げ続けていた。加害者であり被害者である私に、何かしら思うところがあるのだろう。


 だが男は腰元に小柄な銃を構えながら、慎重に部屋のドア近くで手招きしている。見たところ、彼に嘘をついている様子は無さそうだ。


 先ほど店長が私を殺したと誤認したのも、この男の能力によるものだろうか。だとすれば、本当に私を助けてくれたことになる。


 ……一応、信用していいかもしれない。と言うか、この男まで敵だったとしたら状況的に詰んでいる。今は彼を信じるしか道はない。


「分かった。信じる」

「それでいい」


 男は私の言葉を聞くと満足げに含み笑いをこぼした。何とも胡散臭い笑顔だ。とは言え、信じると決めたからにはしょうがない。


 ただひとつ、どうしても気になることがある。これだけは、確認しておくとしよう。


「……ところで、もう削ぎ落とされたの?」

「落とされてねーよ!」


 だよね。男の象徴を切り落とされたにしては、妙に元気だよね。














「情報提供と取引によって、俺は大事な息子(チ◯コ)を守れたんだ」

「……ちっ!」

「そんなに削ぎ落としたいのかよ……」


 結局、安藤女史はこの男に大した罰を与えぬまま解放してしまったらしい。それで良いのか、私らの組織。


 ここで私がぶっ殺してやろうか。でも、助けられちゃったし……。ぐぬぬ。


「良いから、とっととズラかるぞ。俺は他にもやることが有るんだよ」

「……まーた能力者を狙ってるの?」

「否定はせん。だがよ、もうアンタらの組織のメンバーには手を出さねぇから安心してくれ。悪かったよ、人間には良いヤツもいればゲスもいる。そんな事を忘れちまってた、俺は視野が狭くなってた」

「……そのせいで、マリは」

「悪かった! それは本当に悪かった! いや、俺的にはまだ何もしてないんだけども!」


 この男によってつけられた親友の肩の傷を想起し、思わず男を睨み付ける。男は、慌てた様子で両手を振って私をなだめる。


「俺的には計画を未然に防がれた形だけど、確かにアンタら殺す気だったし言い訳はせん。心から謝る、すまんかった」

「で? その私達を殺す気満々な人が、何で私を助けたの?」

「そりゃ、安藤さんの命令だ。別件でこの店に張り込んでたんだけど、アンタが部屋に拉致られたのが見えて報告したら、すぐ助けに入れって怒鳴られてさー」

「アンタ、あの人の命令で動いてるのね」

「俺の股間の恩人だからな」


 嫌な恩人もあったものだ。


「結論から言うと、この店はヤクザの直営店だ。つまり敵の本拠地。アンタは何でまた、こんな店に?」

「……マリ、この店でバイト始めたみたいでね。様子を伺いに来たの」

「そりゃまた。マリって弓須マリだよな? お前らの仲間だろ、早くバイト止めるよう勧めておけ。いつ洗脳されてもおかしくねーぞ此処」

「伝えておくわ」


 そう言うと、彼は部屋のドアを開いて周囲を確認し、手招きした。


 遠くから注文をコールする声が聞こえているが、この部屋から見た限りで近くに店員は居なさそうだ。


「おい、今誰もいねーぞ。とっとと逃げろ」

「……あれ、鍵かかってないの? さっき店長が閉めてなかったっけ」

「店長に鍵穴の場所ズラして認識させたの。俺の能力」


 男は目線を私に合わせないまま面倒そうに呟いて、顎で部屋の外へ私を誘導する。めっちゃ便利な能力持ってんなお前。


 やはり、人の気配はない。そのまま周囲を警戒しつつ歩を進め、私と男は無事に店の裏口に辿り着いた。


「はい、出口。気をつけて帰れ」

「……どーも」

「ほい。服屋は、ここを出てすぐ左に50mだ。寄るだろ?」

「……」

「金はあるか? ちょっとなら貸せるが」

「煩いわね」


 ……裏口に辿り着いたは良いのだが、失禁してしまった私のスカートはびしょ濡れだ。こんな姿では、とても帰れない。


 この男もそれを見越したのだろう、近くの服屋の場所をスマホでググって教えてくれた。その気遣いがなんとも腹立たしい。


「まーなんだ。女の方がチビり易いっていうしな、あんま気にすんな」

「これ以上その話題を続けたら削ぎ落とすわ」

「へいへい」


 私が吠えるように一睨みすると、男は口元を緩めなら両手をあげて降参のポーズをとった。


 からかってやがる。この男、私が失禁したのを面白そうにからかってやがる。本当にぶっ殺してやろうか。


「んじゃあな。俺は張り込みを続けないといかん」

「ならとっとと失せろ、任務にもどれ」

「辛辣だねぇ」


 機嫌がよさげな男はヘラヘラ笑い、私に背を向けてゆらりと陽炎に消えた。立ち去り方カッコいいな、変態のくせに。


 そして、1人取り残された私は、濡れてしまったスカートを鞄で隠して教えられた服屋に向かって走った。









『了解ですわ。ブン子ちゃん、その戦国喫茶とやらにはもう近づいては行けませんこと』

「分かりました」


 服屋で購入した安い私服に着替えた私は、まず先輩に連絡を取ることにした。辺りを気にしつつ人気の少ない小道へと入り、蔦の絡んだ塀に腰を預けて通話を始める。


 ホウレンソウは大事なのだ。


「柊先輩にも、私から連絡します」

『いえ、必要ありませんわ。今タクは電話が繋がりませんの。おそらく戦闘中ですわ』

「そうですか」

『私からメールで伝えておきます。明日学校にタクが現れたら、戦国喫茶の1件を口頭で報告しましょう。それと、ブン子ちゃんは念のためアジトで一泊してくださいまし』

「アジトって、安西さんの居たビルですね?」

『そうですわ。アジトの場所は覚えてますわね? タクと連絡が付かないことといい、今日は敵の動きがきな臭いですわ。よくよく注意なさってください』


 舞島先輩は、そう言うと電話を切った。


 敵の動きがきな臭い、ね。そんな話を聞かされたら少し不安になるが、何か致命的な事態になっても柊先輩がうまくやるでしょ。


 そう考え舞島先輩との通話を終えた私は、スマホで再び電話帳を開いた。次の通話先は、マリだ。


 彼女のバイト先がヤクザの配下店だから、早めに辞める様に告げなくては。舞島先輩経由でマリに連絡が行くかもしれないが、念のため私からも電話しておこう。














『えー……。えぇー……』


 私からの電話にマリは少々驚いた様子だったが、私は気にせず淡々と業務連絡するがごとく、マリにバイトを辞めるよう通告した。


 彼女の反応は、それはそれは未練がましいモノだった。


『あの店は、私が私で居られる理想のバイト先だったのに』

「……」

『はぁ……。敵の本拠地かぁ、はぁ……。何かの間違いではないんだよね?』

「ええ」

『そんなぁ……』


 溜め息の数が尋常ではない。そんなに気に入っていたのか、あのお店。


 確かに、客や店員のほとんどがマリのテンションについていける貴重な店ではあると思う。だが、あんな所で働いていたらいつ洗脳されるか分からない。


『分かったよぅ。辞めるよぅ』

「そう」


 マリもそれは分かっている様だ。しぶしぶ、バイトを辞めることを納得した。かなり、苦渋に満ちた声だったけれど。


 これで、伝えるべきことは伝えた。後は早々に会話を切り上げてしまおう。


 今日はマリの事をいっぱい知れたし、電話で話せたし良い日だ。殺されかけた事を差し引いても、気持ちよく眠れそうだ。


『あ、それとさ。念のため、私もそのアジトとやらで泊まっていい? 今日は両親居ないんだわ』

「御両親が?」


 ところが、マリは会話を切り上げることを許さなかった。それどころか、


『二人で旅行に行ってるの。私、家で一人居るよりかはそのアジトって所の方が安心っしょ?』

「構わない、と思う」

『じゃー決まりね。でもさ、私はアジトの場所知らないから川瀬さんが案内してくれる?』


 ……。これは。


「わかったわ。アジトまで案内するから、○○駅に来てくれるかしら」

『よろしくねー』


 よくわからないが、私はマリとの二人っきりになる時間(デート)を確保できたようだ。能力を制御できるまではマリと二人になるつもりはなかったがこれは仕方ない、不可抗力と言うヤツだろう。


 漏らした甲斐があったかもしれん。















 待ち合わせた駅に行くと、そこに制服姿のマリが立っていた。


 待たせてしまったかな。


「あっ!! 川瀬さん、ヤッホー!」

「……ええ」


 ブンブンと右手を振る、新品の包帯を巻いた笑顔の彼女に声をかけられる。一方で私は目をそらし、鉄面皮を作り上げて応対した。


 日々努力をしているが、まだ能力の制御には自信がない。あまり親しげに話すのはやめた方が良いだろう。


「で、さ!! 今からその、アジトへ行くんだよね。安藤さんって人のところにつれてってくれるんだよね?」

「そうね」

「んふふ、楽しみだなぁ!! くー、もうちょい時間あれば蜘蛛男タイツに着替えていったのに……。こんな平凡な制服姿で会って失礼とか思われないかな?」

「全身タイツの方が失礼よ」

「ま、一度安藤さんに会って見てから判断するか! 悪漢の股間を削ぎ落としたと言う女に会えるのが、楽しみで仕方ない!」


 マリは昨日から、安藤女史の話を聞いて会うのを大層楽しみにしていたらしい。彼女は随分とワクワクとした表情で、口取りも軽やかに語り始めた。


 まぁ、股間を削ぎ落としてないみたいだけどね。


「誘えば一緒に『魔法少女リリックなのか』コスチューム着てくれるかなぁ? あれ、二人一組的な衣装だから一人で着ると恥ずかしいんだよねー」

「二人で着ると倍恥ずかしいと思うの」

「聞けば、安藤さんって結構年上なんでしょ? なおさら魔法少女服はよく似合うと思うなー」

「……」


 何やら、彼女の頭の中はまだ見ぬ安藤女史の妄想で膨れきっているようだ。安藤女史もマリに仲間意識を持たれて羨ましいような、可哀想なような。


「で? その、私達の秘密のハウスはどこなの川瀬さん」

「……案内するわ。着いてきて」


 ハイテンションで滑っている親友に何とも言えぬ残念な気持ちになりながら、私は昨日教えられたアジトに向かって移動を始めた。


 私の後ろからはニコニコと、満面の笑みのマリが歩いてついてくる。まぁ、マリが笑顔なら何でも良いか。












「ふっふふー、男を紹介するのですー」

「げ、出た」


 そして私達はアジトに向かう道端、寂れた裏路地へ入り人気が無くなった瞬間に、突如として沸いて出た見覚えのある変な女生徒に捕獲された。


 なんだコイツ。


「約束どーり、あの妙チクリンな店のバイトを代わってあげたのですー。私的に、精神が磨り減る地獄な時間だったのです」

「えー? めっちゃ楽しくなかったですか?」

「楽しくなかったのです」


 彼女は、何やらすマリと親しげに話している。あ、そーか、昼に会ったマリのバイトを代わった人か。


 いきなり男を紹介しろだとか、不審者かと思った。


「店の空気が独特すぎるのですよー。あのテンションについていけるのは、変な人だけなのですー」

「だから先輩にお願いしたんですけど」

「てめぇぶっ殺してやるー」

「うわ、目がマジだ」


 この先輩も、あの後苦労したらしい。客として行くならばともかく、バイトとして運営する側に回るのはキツイ職場だろう。


「まぁ任せてください。一途で高収入の、包容力のある優しい大人の男性を紹介しますよ」

「むー? 本当なのですねー?」


 マリがそう言うと、女生徒は少し頬を染めてくねくねと動き出した。マリは顔が広いな、そんな知り合いがいるのか。


「少しMっぽい人ですけど、逆に言うと大抵の事で怒らない人です」

「むー? まぁ、ちょっとくらいなら変態でもまぁ」


 ……。


「でも先輩の望み通り、すごく一途ですよ。……奥さんいるけど」

「んー? 今、最後にボソッと何か……」

「言ってないでーす」


 妻が居るドMの成人男性……? それってまさか。



『ぬるっぽう!! はぁはぁ、はぁはぁはぁ』



 深く考えない様にしよう。


「ところでー、後ろの貴女は昼に会った子ですねー。やっぱりマリキューちゃんのお友達ですかー?」

「あれ、それ川瀬さんのこと? 昼間に会ってたの?」

「ええ。詳しくは後で話すわ」


 先程からずっとマリと話していたその女生徒は、ようやく私に気がついた様だ。いや、最初から私に気が付いていたがマリに対する恨み節を優先したのかもしれない。


 マリとの会話をしている間も、たまに目が合っていた。時折妙な方向に目をやっていたが、私の方向も間違いなく見ていた。


「こんな時間に二人でお出かけですー? それとも、病院帰りでしょうか?」

「まぁそんなとこです」

「ふーん。じゃあ、」


 私の存在を特に気にする事無く、その女の先輩は話を続けた。


 そんな彼女の様子を、私も私で気にすることはなかった。私と泉先輩はあまり親しくない、最初はマリに話しかけるのは当然のことだ。


 ……だから、気がつかなかった。




「あの後、二人でマリキューちゃんのお見舞いに行ったのですねー」




 私の背後に、いつの間にか佇んでいたその男の存在に。


 ヘラヘラ笑いながら、気配を殺して私の肩を叩いたその男に、反射的に振り向いた私は───


「こんバンは」


 目つきが凍りついた、明らかに自我のない男子生徒(ヒロシ)と目があった。あの泉小夜(せんぱい)が、時折私の後ろに視線をやっていたのをもっと気にするべきだった。


 居たのだ、この男は。私とマリが合流したその時から、ずっと私の後ろに。


 どうみても、まともな状態じゃない。男と目線は合わないし、口元がピクピクと小刻みに痙攣している。(ヤクザ)だ、そう判断するのに時間はかからなかった。


 そこからの私の動きは、何も考えていない反射的なモノだ。咄嗟に地面を蹴って距離をとり、同時にポケットに収めたスマートフォンに手を伸ばして、


 全力疾走しながら柊先輩へ電話を繋げようと踏み込み────、突如目の前に現れたマリに遮られ、敢えなくスマホを掴み取られた。



「あー。川瀬さんゴメンね? 今の状況分かるかな?」

「……弓須、さん?」



 マリはそのまま、いつかのように私のスマートフォンを勝手に弄り電源を切ってしまった。


 何をしているんだ、彼女は。まさか気が付いていないのか、その男が操られていることに。


 いや、違う。これは、まさか。





「ごメンね、川瀬サン。私、こっち側ナンだ」





 ……マリも、もう手遅れだったのだ。


 こうなってしまえば、私に出来ることは何もない。柊先輩へと連絡し、彼女が洗脳される前まで時間を戻すほかない。


 だがしかし。そのための手段だったスマートフォンは、既に彼女に奪われてしまった。


「んー? 何をしているのですー? 喧嘩ですかー?」

「先輩ハちょっと待っテテくださイね」

「んー?」


 状況が飲み込めていないらしい女先輩は放置しよう。考えろ、この辺に公衆電話はあったか? いや、それ以前に(ヒロシ)に腕を掴まれているこの状況から、どうやって脱出する?


「ちょっと、マリキューちゃん大丈夫ですかー? 呂律が回ってませんよー?」

「……」

「というかー、ヒロシもいきなりその子の腕を掴んだりして乱暴なのですー」


 力尽くで振りほどこうと暴れてみるも、筋力の差からか彼の腕を振りほどける気配はない。よく見ると、道の遠くに黒塗のクルマが止まっているのが見える。ヤクザの車だろう。


 このままだと、何の連絡もできないまま拉致される。怖い、どうしよう、大声で叫ぶか?


 そう思い息を吸い込んだが、今度は背後に居るマリに首を絞められた。これでは、声が出せない。


 ……酸欠で、意識が遠のく。体の力が抜けていくのが分かる。まずい、このままじゃ。


 このままじゃ、マリが洗脳される前まで時間が戻せないかもしれない。そうなったら────





「……無視するなですー!!」





 そして、私は投げ飛ばされた。同時に、美味しい新鮮な空気が喉を通る。


 正確には、私を掴んでいた男が泉先輩に投げ飛ばされて。引っ張られ私も転倒した結果、首を圧迫していたマリの手からも逃れられた。


「いきなり何をやっているのですか貴方達はー! 冗談にしてもやりすぎなのですー」


 思わずむせ込んでしまった私を庇って、泉は洗脳された2人の前に割って入る。その顔は、憤怒に染まっていて。


「ヒロシ、マリキューちゃん。どんな事情が有ろうと、暴力はいけないのですよ? ここはちょっと先輩らしく、お説教させてもらうのですー」


 何も知らぬであろうその女先輩は、恐れも知らずにそう言い放ったのだった。

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