第1話「ヒロシ」
「マリキュー。これマジのマジなんだけどさ」
4月も半ばを過ぎた頃。
奇特部に心を折られた私は健全で安全なキチ〇イと言うよく分からない評価を得て、平凡な学園生活を享受していたそんな折。
私は今、放課後に仲の良い男子生徒から手紙で呼び出されていた。
「俺と付き合ってみねぇか? 損はさせねーから」
そう。なんとビックリ、私に告白してくる勇者が出現したのである。出会って半月のクラスメイトから屋上(告白スポット)へ呼び出され、何かなーとノコノコ誘いに乗ったらこの始末。
キチ○イに、淡い春が訪れようとしていた。
だが正直、すげぇ困る。
いや何が困るって、ほんとに困る。
他人を好きになるというその感情は仕方がない。
だけど告白はまだ早くないか? 入学してまだ半月だよ?
いくら私が超絶美少女だからといって……いや、そんなモテカワである私に、男子どもが告白してくるの仕方ないのだろうか。
だが、私は色恋の類に興味がない。いや、かまける余裕が無いというべきか。
何せ私には、この学園を混沌に染め上げるという使命がある。色恋等と言った青春ゴッコにうつつを抜かす暇などないのだ。
運が悪かったな少年、貴様の惚れた相手は人類悪のようなもの。貴様の失恋もまた、宿命だったと言うことだ。
……そうと決まれば、後腐れなくサクっと振ってやろう。いかにもチャラそうなコイツは、軽い気持ちで告白してきただけの様だ。バッサリいってもそんなに傷つけることにはならんだろう。
ようし。深呼吸して、なるべく強い言葉を選んで……。
「……私ににゃ、しょの様なことに、かまける暇は無い!!」
「どうどう。落ち着け、マリキュー」
おっと、セリフを考えすぎて声が裏返った。これじゃテンパってるみたいじゃないか。
「大丈夫、落ちちゅちゅいてるから」
「いや動揺しすぎでしょ。マリキューってば案外ウブ? それとも脈アリって事なんかね」
「誰がウブか!! 誰が処女かぁ!?」
「そこまでは言ってない。え、処女なの?」
「そりゃあ、って! 答える訳無いだろ!?」
なんつー事を聞いてくるんだこの野郎。危なかった、すんごいセクハラ質問に答えるところだった。
おかしい、上手く口が回らない。いや、というか、何だコレ別にコイツ好きでも何でもないのに直視できない。
……ウゴゴ、何が起こっている? 絶対おかしいぞ。このチャラ男め、どんな魔法を使いやがった!?
「……はっはっはっは! 悪い、そこまで追い詰めるつもりはなかったんだ。マリキュー、ちょっと時間置くからゆっくり考えてくれ」
「……へぇあ?」
言葉に詰まった私が恨めし気に目の前の男を睨みつけていると、その無粋な男は大笑いして私から一歩離れた。
「このまま強引に迫っても面白そうだけど……マリキュー、自分の気持ちがよく分からないままOK出しそうだし。時間あげるからよく考えてくれ」
「あ、あ、えー。……ありがと、助かる」
「おう。3日以内に答え出してくれねぇか? 腹が決まったら、返事をしに来てくれ」
そう言うと、目の前の男子生徒はニカリと笑う。
「いい返事期待してるぜ、マリキュー」
……そう言うと、チャラ男っぽいその少年は、グッと爽やかに親指を立て颯爽と屋上から去っていった。
完全敗北。何故か、そんな言葉が頭をよぎった。
「ヒロシ、ついに告りやがったか」
「マリキューどうすんの? 保留中なんだよね」
翌朝。やつの告白は既にクラス中に知れ渡ることとなっていた。私は一言も話してないのに。
誰だ、噂を広めた下手人は!?
「マリキュー存外にウブな反応でさ、ありゃ可愛かったぜ。俺の理性を褒めて欲しいもんだ」
「ヒロシかっこつけすぎだし」
「マリキューは癒し系だよな、実は」
告白してきた張本人が、ドヤ顔で噂を広めている件。
「ちょ、おい! 何で噂を広めてるのさ貴様!?」
「マリキューじゃん、オッスオッス」
「えと、その! あんま話広まると、恥ずかしいっていうか。だから噂広めないでよ!!」
「あー……悪い悪い。でもさ、マリキュー人気あるから、俺が告白したぞって広めておかんと牽制にならんでしょ」
「……牽制? なんの?」
「分からんならソレでいいよ。まぁなんだ、威嚇みたいなもんだ」
男子生徒は、不敵に笑う。
「それよりどうだマリキュー、考えてくれた?」
「う……あ、ちょっと、もうちょっと時間ください」
「おう」
「うっわマリキュー顔赤っ!」
「これは確かに可愛い」
「こっち見んな!!」
級友達はここぞとばかり、偉大なるこの私をからかってきやがる。ぐぬぬ、なんたる屈辱か。
「ヒロシ、これ貰っただろ。すでにオチてんじゃん」
「そう言うこと言うのやめろ、意地張られるだろ」
「なーんか腹立つわー。俺が告っときゃ良かった」
やめろ。やめてくれ、微笑ましいモノを見るかの如く私に接するな。
顔赤いのは自覚してるから。頼むから突っ突かないでくれ。
放課後。
私はいつもの如く、学校で宿題を終えてから下校する。
だが、今日はいつもと違い……
「マーリキュー? 良いじゃん、手繋ぐくらい」
「あばっばばばば」
「攻めるなーヒロシ」
今日は私の帰りに合わせ、ついてくる無粋な男が居るのだ。
その男は、あろう事か高貴なる私の手を握りしめてさっきから離そうとしない。
「緊張せんでも良いって。普通に話そうぜマリキュー」
「ほら、マリキューよく見てみ。ヒロシって、言うほどイケメンじやないだろ? 雰囲気でイケメンぶってるだけで、わりかし不細工だから」
「はっ倒すぞお前」
そ、その通りだ!
そもそも、私は緊張してなどいない。しているはずがない。こ、こんな雰囲気イケメンにこの私が緊張する筈がないだろう。
これはアレだ、無粋な男に対する不快感とかそういう感じのアレで。決して意識してるとか、そう言った話では────
「でも、もっと肩の力抜いて欲しいかな。普段の明るいマリキューが好きなんだ」
「あひゃあ!」
「お、マリキューか茹で蛸みたいになっとる」
そう言うのやめろ馬鹿!
ピーポー、ピーポー。
男子生徒が、ニヤニヤとヒロシの胸を突っ突き。ヒロシはばつが悪そうに、私と男子生徒の間で溜息をつく。
そんな時だ。間抜けなパトカーのサイレンの音が、私達の耳に響いたのは。
「ん、パトカー? 事故でも起こったんかね」
「この先の大通りからだな」
私が顔の熱を冷ましている脇で、男2人はパトカーに興味を移す。男子ってやはり、乗り物が好きな生き物なのだろうか。
男子生徒の怒濤の冷やかしから逃れて一息つき、私は平常心を取り戻す。ふぅ、落ち着いた。
「……うおっ! よく見たらマリキュー車道側じゃん。ゴメン、気付かなかったわ」
「え、あ……」
「こっち来なよ、女の子に車道側歩かせる訳にはいかない」
「フゥー! ヒロシ、ポイントを露骨に稼ぎに来るぅ!」
「もーホント黙ってろよ。さ、マリキューこっちだ」
ヒロシ少年は、私を道の内側へと手を引く。
そんなのいちいち気にしないんだけどなぁ。事故に遭う事なんて滅多に無いのに。そう言うのでポイント稼ぎに来るのってどーなんだろ。
所詮、私の色香に惑った男の浅知恵よな。
「にしても、さっきからパトカー多いね
「お、おい。見ろよ、あそこ。カーチェイスしてねぇかアレ」
「うおー映画みたい」
ヒロシの指差した方を見ると。成る程、黒塗りの車をパトカーがサイレンを鳴らしながら追いかけていた。
黒塗りの車は信号など知ったことかと、縦横無尽に走り回ってパトカーを混乱させている。け、結構ヤバイ事件じゃないアレ?
「近づかない方が良いな。少し遠回りになるけど一本違う道で帰ろうぜ」
「さ、賛成」
「ヒロシィ、普段なら面白がって見に行く癖に。何格好つけてんの? それともわざと遠回りしたい系?」
「お前なんでさっきから俺の邪魔ばっかすんの!?」
ヒロシの提案に乗って、私達は1つ道を外して帰ることにした。
奴の思惑は透けていたけど、触れてやらないのがいい女ってヤツなのさ。
私達は歩いた。
人気の無い、大通りの狭間の脇道を。
ヒロシは、私の方を向きながら後ろ歩きで冗談を飛ばしている。
ヒロシの友人らしい男子生徒も、合わせて大爆笑している。
気付くべきだった。徐々に大きくなっていたサイレンの音に。2人の男子生徒に囲まれて下校している状況がとても居心地良かったから、私はいつしかパトカーの事なんか忘れてしまっていた。
いつしか男子達と一緒に笑いあっていた私は、なんとも言えぬ羞恥心と、少しばかりの楽しさを覚えながら。ヒロシのアピールの様な、他愛ない自慢話を聞き────
私は、真っ正面から見てしまった。
後ろ歩きをしていたヒロシが、脇道から大通りへと出たその瞬間に。
右から凄い速度で突っ込んで来た、暴走する黒塗りの車に跳ね飛ばされたその瞬間を。
────ぐしゃり。
暴風が、私のスカートを揺らす。直後、追従するいくつものパトカーがけたたましいサイレンを鳴らしながら車を追いかけていく。
鈍い音を立て勢いよくガードレールにぶつかったヒロシ少年は、あらぬ方向に首を曲げ地面に叩きつけられる。先ほどまで、私達と笑いあっていたままの表情で。
激突した衝撃でひしゃげたガードレールの下、うつ伏せに横たわっているヒロシ少年は、私に足を向けたまま、首筋から血を吹き動かなくなった。
そんな有様でなお、彼の顔は血の気を失いながら、私と視線を合わせ笑っていた。
それからの記憶は、曖昧だ。
私は、その場で尻餅をついたのだと思う。その夜、私のスカートには、血がベットリと染み付いていたからだ。
ヒロシの友達だった、男子生徒の怒号が響く。通行人から悲鳴が上がり、男子生徒がヒロシへと駆け寄る。
この時の光景で、私がぼんやりとでも覚えている事は。
カーチェイスをしていたパトカーの1台が停車し、慌てた表情のお巡りさんがその場を仕切りだしたこと。
ヒロシは、私から視線を外さず、血を吹きながら笑いかけ続けていたこと。
野次馬の連中が、面白そうにスマホで撮影を始めたこと。
その景色全てに、まるで現実感がなくて。全部全部妄想としか思えない、現実と幻覚の区別がいまいちついていない。
ただ、1つだけ確かなのは。私の手には、握りしめられていたヒロシの爪痕が、擦り傷となってシッカリと残っていた事だけだ。
きっと、あの光景は、現実だったのだろう。
そのまま警察署に行って、確かアレコレと話を聞かれたんだっけか。私には答える余力が無く、別室にいた男子生徒クンに任せきりだったけれど。
帰り際、父さんと母さんに迎えに来て貰って私は帰宅した。私は終始無言で、父さんに掴まって家に入った。
どこかふわふわとした感覚で、つま先から下の感覚がなくて、歩くときに地面を上手に押せなくて。
誰かに掴まっていないとマトモに歩けなかった。
そしてその晩は、なぜかよく眠れた。クラスメイトが目の前で死んだというのに。私は随分と白状な人間らしい。
あの景色に現実感がなさ過ぎたことも、理由の1つかもしれない。あんな、非現実的な光景を、脳が認識するのを拒んだのだろう。
笑いかけてくるヒロシの死に顔が、何かの映画のワンシーンにしか思えないのだ。
きっと、明日になると全部嘘になっていて。私が学校へ行くと、ヒロシが何時ものように笑っていて────
そんな有り得ない幻想を、私は本当に起こると思い込んで、凍り付くような寒気から逃げるように布団へ潜り、眠りについた。
翌日。
なんとか歩けるまでに回復した私は、何時もと変わらない様に接してくれた両親に別れを告げ学校へと向かう。
1つ外れた道で凄惨な事故が有ったとは思えない、普段のままの通学路。同じ高校の制服を着た生徒達が、眠そうな目を擦りながら歩いて行く。
ふと、小さな脇道が目に入る。それは昨日、ヒロシが事故に遭った時に通った、1つ隣の通りへと繋がる細道だ。
……今日は目が覚めるのが早かった。まだ、授業まで存分に時間はある。
折角なので、ヒロシ少年の事故現場に行って手でも合わせようかと考えた。ほんの少しでも、供養になるかもしれないし。でも、私はその細道へ足を向けようとして、すぐに思いとどまった。
────私にまだそんな精神的余裕はなかったらしい。ガクガクと脚が震え意識が遠くなりそうになったのだ。
ヒロシ、ごめん。まだちょっと、心の整理がついてないの。帰りには寄るから、貴方の通夜にも行くから、今は許してください。
心でヒロシ少年に詫びながら、私は真っ直ぐ学校を目指す。運動部が朝練しているのを尻目に、私は教室へと足を踏み入れ────
「よう、マリキュー」
私の肩を気さくに叩く、にこやかな笑顔の男に目を見張り、私はビクンと振り向いた。
教室には、奴がいた。
彼の笑顔は、昨日のままだ。昨日の、事故の、あり得ない方向にねじ曲がっていた時と全く同じ笑顔だ。
「どう? 告白の返事、考えてくれたかい?」
何の罪もないヒロシ少年の命を奪った、あの残酷な事故の翌日。
登校した私を出迎えたヒロシは、少しばかり顔を赤らめながら、昨日の様に笑いかけてきた。
次回更新は1週間後です。