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第十六話「復讐と断罪」

「……これほど、自業自得という言葉が似合う話もないわね」


 アジトへと向かう車の内には、豚のように醜く悲痛な悲鳴が響いていた。私の右手には高価なシャープペンシルが握りしめられ、その尖った先端は男の太ももに紅い穴をいくつも開けている。


 移動中、簀巻きにされ後部座席に放られている憎らしきこの男を、私はただ無表情に文房具で滅多刺しにしていた。


「ブン子ちゃん、あまり悪戯に人を傷つけるものではありませんわ。この男の主観では、まだ何もしてないんですから……」

「何もしていない? いいえ、私たちを殺そうと『計画』していた筈です。現にマリの情報がなければ、舞島先輩も私も殺されてますから」

「それはそうですが……」


 男を痛めつける私に、舞島先輩がやんわりと制止をかける。舞島先輩は存外に優しい。


「この男が自我を保てるのはあと少しの間だけなんですのよ? アジトに着いてしまえば、おそらく洗脳処理されてしまうでしょう。彼が彼でいられる最後の時間くらい、優しくしてあげては如何?」

「コイツが洗脳され人形みたいになっちゃったら、それこそ復讐する機会が失われます。キチンと『反省』出来るのは今だけ。だから今のうちに思い知らせてやらないと」

「……っ!! んー!!」


 今まで観念したかのように大人しく痛みに耐えていたその男が、突然に暴れだす。


 私達の言葉で、自身に待ち受ける運命を察してしまったのだろう。男はよりいっそう激しくもがき始めたので、すかさず鳩尾を打ち付けて男を黙らせた。


 ぐぉ、と苦悶の声をあげたその男はギリギリと歯軋りして、額に脂汗を滴らせて静かになり。舞島先輩は、哀れむようにそんな男の無様を眺めている。


「ま、安西さんも反対はしないだろ。またマイの手駒が増えるんだ、喜ばしいと考えようぜ」

「タク。それは何も、喜ばしい事ではありませんわ」

「喜んどけ、マイ。お前の、そういうとこまで背負っちゃうのが良くないとこだぞ」


 不自然に陽気な声で、柊先輩は女装の美少女に語りかける。苦虫を噛み潰すような表情の舞島先輩は、柊先輩の言葉に軽く頷いた。


 他人を洗脳できるらしい舞島先輩も、彼なりの苦悩があるのだろう。彼の能力や悩みについて詳しく聞いてはいないけれど、なんとなく察しはつく。


「哀れな復讐者さん。……ごめんなさい、決して物言わぬ人形となったあなたを無為に辱しめる様な真似は致しませんわ。だから、安心してください」

「……んん、んぐぐ」

「納得いきませんわよね、悔しくて腹立たしいですわよね。ですが、伝えましたわよ」


 そう声をかけられた男は、静かに黙りこくった。観念したのかもしれない。私は血塗れのシャープペンシルをよく拭き筆箱にしまって、簀巻きの男から視線を外した。


 慈悲のつもりではない。変に苦痛を与えるより、じっくりと洗脳されるまでの時間悩み続けさせたほうが本人にとって辛いのではと考え直したのだ。


 身勝手な理由で親友を傷つけられ、あげく殺されかけたこの男。できる限り苦しめて殺さないと私の腹の収まりがつかない。


 洗脳されるだけで今後も生かしてもらえるだけ、彼は感謝すべき立場だ。とことんまで苦しめてやる。










「復讐か。成る程、大いに結構!!」


 そして、私達は目的地にたどり着いた。


 二人の言うアジトとやらは、オフィス街の一角にあるビルだった。そのビルは特別新しいわけではなく、かといってオンボロと呼ぶには失礼な、どこにでもありそうな普通のビルだ。


「あの、安西さん? 大いに結構って……」

「ふはは、来たかタク吉!! 報告は聞いている、お疲れだな!」


 そんなビルの最上階に、葉巻を加えグラサンを装備した『いかにも大物ですよ』と言った風貌の女性が、高価そうなソファにドッカと腰を下ろして私達を出迎えた。この女が、安西さんか。


 正直、見た目はヤクザっぽい。というか映画に出てくるヤクザそのものだ。狙ってやってるんだろうか。


「……と言うか、タク吉ってなんです?」

「タクのあだ名ですわ。ブン子ちゃん、後輩をあだ名呼びするのも我が部の伝統ですのよ?」


 そっ、と舞島先輩が私に耳打ちしてくれる。成程、そういえば私もマリも本名で呼ばれてないな。


「お前が噂のブン子ちゃんか!! 覚えておけ、本名がバレることで不利になる能力も存在するからな!! 貴様らも極力、身内を呼ぶときはあだ名を使うがいいぞ!!」

「正直、今のご時世で本名を隠しきるのは無理なので、ほぼ形骸化してますけどね。ネット普及前とかですと、割かし重要な情報の自己防御だったみたいですが」

「そんなことを言うなマイマイ!! 少しでも効果があるかもしれないなら、やって損はないだろう!!」


 あぁ、能力対策なのね。一利ないこともないか。


「それより安西さん。……コイツに関して何だが、仕出かしたことは報告の通りです。洗脳処理でいいんですよね?」

「洗脳? 何で? そんなことするつもりは無いけど」

「あれ?」


 安西と呼ばれた女性は、キョトンとサングラス越しに目を丸くする。意外な提案をされた、と言わんばかりだ。


「だってこいつの目的は俺達の命ですよ? ハイさよならと逃がしてやる訳にはいかんでしょう。洗脳しないなら、殺しちまうって事ですか?」

「かぁーっ!! 視野が狭い! これだからタク吉はタク吉なんだ!! 惨めで矮小で馬鹿でのろまでケツ穴の小さい蛆虫以下のタク吉なんだ!」

「俺、そこまでディスられるほどの事言いました!?」


 安藤と呼ばれたその女は、ソファで寝そべったまま柊先輩に暴言を吐き散らした。流石は奇特部のOB、彼女は一癖も二癖もある女傑(へんじん)の様だ。


「おいタク吉! 私達の理念とモットーは何だ!」

「……え? あー、呪いによって歪められた人生と戦い、人間として真っ当な生き方をするための互助組織?」

「その通り! で、貴様らを殺そうと目論むこの男は敵か? 味方か?」

「いや、言わんとする事は分かりますけれども」

「私達の救うべき人間ってのは、まさにそこで簀巻きにされた様な男の事だ。能力によって反社会的行動を取らざるを得なくなった救うべき人間を、洗脳処理しようだなんて二度と考えるなタク吉。洗脳ってのは殺人とほぼ同義だからな」


 そこで安西は言葉を切る。ぶおん、と静かな空調の音だけが部屋に響く。


「我々が洗脳処理を行うのは、救いようのねぇヤクザか既にもう向こうさんに洗脳された被害者に限る。覚えておけ」

「えぇ……?」


 バシン、彼女は机を殴打した。そして鶴の一声、なんとこの襲撃者を身内に迎え入れると宣言してしまった。


 いや、彼にも同情されるべき部分があることは分かっているけれど。それでも────


「納得出来ません。彼の身勝手な襲撃によって、我々の仲間が重傷を負っています。彼を仲間と見なすことは出来ません」


 自分は許されるのかもしれない、そう目に希望を抱いている襲撃者の腹を蹴り上げて。ありったけの憎しみを込め、安西さんとやらを睨み付け反論した。


 弓須マリを、私の大切な親友を傷付けたこの男をそう簡単に許せるものか。


「無論である!! ブン子の気持ちもよく分かるぞ!!」


 そんな、私の敵意満々な目を見て。安西とやらは実ににこやかに、目を閉じたまま腕を組んで切り返す。私の反応は想定内ですよ、とでも言いたげに。


 ……目を閉じられた。流石に私の能力については知っているようだ。この女、案外強かもしれない。


「殺人は罪である。殺された人間とは、二度と会えない。それは悲しく罪深い事だ。だから、この男も我々の仲間になるにあたって、我が後輩を傷付けた罪を当然償って貰う」

「……具体的には?」

「んー……よし。『削ぎ落とす』で良いか」


 削ぎ、落とす?


「元来、男は女を襲撃する生き物だ。今回の襲撃だってタク吉以外全員、つまり女生徒のみが殺される未来だったと聞いたぞ」

「安西さん、私の性別を間違えておられませんか?」

「つまり、この男は女性を狙う卑劣漢。ならば二度と女性を襲撃できないよう、削ぎ落とせば良いのだ」

「……おい安西さん、アンタまさか」

「何を切り落とすおつもりですの!? ちょっと、安西さん?」


 ……。この女が削ぎ落とすって、まさか。


「そんなもん! ポコチンに決まっとろーが?」

「んんんーー!? んー! んー!」


 言い切りやがった。


 仮にも女性が、白昼堂々男のアレを削ぎ落とすとか言い切りやがった。


 襲撃者は必死の形相で逃げ出そうと、もがきにもがいている。だがアイマスクで目隠しされ、縄で両手両足の自由を奪われている男に出来るのは、哀れな悲鳴を上げる事だけだ。


「そんなだから何時まで経っても結婚できねぇんだ……」

「何か言ったかタク吉。私はあくまで呪いのせいで結婚できないのであって……」

「……そんな外道を行うくらいでしたら、せめて一思いに洗脳してあげては?」

「洗脳なんて可哀想だろう、命とは自我があってこそだ。何、安心しろ。私のポケットマネーから当座のオムツは支給してやる」


 ……襲撃者は顔を青くしてブンブンと左右に首を振っているが、安西さんとやらはニコニコ笑ってその様を眺めているだけ。判決が覆ることは無さそうだ。


 だが、この判決は私側も色々と納得しがたい。大した理由も無しに大切な人(マリ)を傷つけられ、挙げ句殺されかけた。


 こんな男には、相応の報いがあって然るべきだ。男性器を切り落とす、等と言った下らない刑罰で済ませるべきではない。


 ……いっそ今、隙をついて殺るか?


「ああ、これは決定だから妙な真似はしてくれるなよ? そこのブン子、お前だ!」

「っ!」


 ソッと。


 私が内ポケットに隠した小型のナイフに手を当てたその瞬間、機先を制する怒号が部屋に響き渡った。


「この男を殺すことは許さん! この私の決定だ。まさか、逆らおうなんて奴はおらんよな」

「……」

「そう睨むな、ブン子。私を信じろ、私の選択が不幸の引き金になることはない! 貴様なら言ってる意味がわかるな、タク吉? 私には、この男は見えているのだ」

「見えている? ……あ-了解です、安西さん」


 柊先輩はそれを聞くと、私の肩を掴んでナイフを握り締めている私を復讐者から引き離した。苛立った私の舌打ちが、小さく響き渡る。


「ブン子。あとで説明してやるから、安西さんには逆らうな」

「了解です」


 だがそう、睨みつけられてしまえば手を出せない。私は肉体派ではないのだ、タイマンで先輩方に勝てるとは思っていない。忌々しいが、この男を殺すのは諦めなければならないようだ。


「では、この男は私が預かることとする! しっかり罰は与えておくからそれで気を収めろ、ブン子よ。女であるお前にはピンと来ないだろうが、イチモツを切り落とされるのは大変な苦痛を────」

「私、男性の記憶も持ってるのでその辺は知ってます」

「む、そうだったか。……あまりおおっぴらに自分の呪いの話をするではないぞ? それは自身の身を滅ぼしうる情報だ、それ以上詳しい話はここでしちゃイカン」

「……はい」


 まぁ私は能力がバレたところで、大して困ることなどないのだが。もともと有ってないような、無味無臭の人生である。


 私は生きているだけで人を傷つけてしまう存在。マリが私を忘れた今、私の死を悲しむ人間はこの世界にいないだろう。


「では、今日はもう遅いから帰れ。あ、私の部下に送らせるから待っていろ。タク吉の無免許運転がバレたら面倒くさいからな」

「分かった、サンキュー安西さん」

「それとブン子。一寸先は闇、我々は常にそんな状況の中で生きているのだ。くれぐれも、死がそこらじゅうに転がっている事を忘れるな」


 安西女史はそんな、ありきたりな助言を残して奥の部屋へと引っ込んだ。


 この時はさもありなん、と聞き流していたけれど。安西は、能力者として私のずっとずっと先輩なのだ。


 理不尽な呪いという現象にに付き合い、生きてきた先達なのだ。私はそれを失念していた。


 まさか本当に、この時一寸先の闇が待ち受けていようとは思っていなかった。












 翌日。マリは退院し、包帯を巻いて学校に登校してきていた。彼女の様子は、普段と何も変わらない。


 いつももどおり、にこやかに。活動的で、きさくな少女として学園生活を楽しんでいた。そんな彼女を、私は遠くから見守っている。


 早く放課後にならないだろうか。放課後になれば、マリが入院していた間の出来事を詳しく情報共有する予定だ。つまり、私からは積極的に話しかけられないけれど、マリと共に過ごせるのだ。


 それだけで、私は神に奇特部に入れたことを感謝した。呪いなんてものをこの世に生み出した神も、たまにはいいことをする。


 HRが終わると、私は無言で速やかに部室へと向かう。窓際のパイプ椅子、それが私の指定席。


 読みかけの小説を手に持って、麗らかな陽の光を見に浴びて、私は椅子に腰を落とす。そして、彼女を待つのだ。


 かけがえのない親友で、いつかまた談笑してみせると誓ったその少女を。孤独な私の人生の唯一の光であった、弓須マリを。






「ねぇ、川瀬さんて眼鏡を取ると可愛いよね」






 ……一寸先は、闇である。


「あー、私に恋人ができたって話? あれは嘘だよ、タク先輩が色目使ってきたから牽制のつもりでそういうことにしたの」

「あの、えっと、弓須さん?」


 油断していた。いつも部室に一番乗りに到着するのは私だったから、まさかもう彼女が部室に隠れているなんて考えていなかった。


 このままでは正面切って話をしてしまうことになる。私は咄嗟に目線を切って、本を読む振りをしながらマリへ返事をした、のだが。


「まつげ、長いよね。川瀬さん、この前の続きしない?」

「こ、こ、この前?」

「そ、この前。……ねぇ、川瀬さん」


 彼女は、そんな私のそっけない態度をモノともせずに背中越しに抱きついてきた。耳元に囁くように、彼女は蠱惑的な声で囁く。


「川瀬さん。今、好きな女の子はいないのかな?」


 そして彼女の指が、ゆっくりと私の脇腹をなでるように制服の中へ侵入してきた。





 助けて、先輩方。助けて、安藤女史。 


 こんな展開はさすがに予想してない。

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