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第三章プロローグ「文学少女」

間が空いてすみません。

 貴方は、ジャムを塗らない生のパンの味を知っているだろうか?


 スーパーの特売で1斤60円の値札シールが貼られ、消費期限が間近に迫った生のパンの味を知っているだろうか?


 無味に見えて仄かに小麦の甘い味がする。僅かに防腐剤の香りがする。


 誰もが進んで食べようとは思わない、生ゴミと大きな差はないけれど、食べてみればちゃんと味がある。



 ──私の人生は、まるでジャムを塗らない生のパンだった。



 無味無臭に見えて、僅かな甘味があった。柔らかくジドリと湿った、儚く脆い人生だった。


 家族の食卓に並ぶには役者不足で、独りの人間には分相応のメインディッシュ。


 そう、私はいつも(ジャム)を求めていた。















 中学時代。親友である弓須マリは、私に過去を奪われて平穏を取り戻した。


 それは、私の記憶補食能力(のろい)が生まれてはじめて役に立った瞬間で。同時に呪いは、私からかけがえのない親友を奪い去った。


 だけど、弓須マリと2度と会えないなんて私には耐えきれない。話しかけることは出来ずとも、彼女の傍らにいて見守っていたい。


 だから、弓須マリの進学する高校へ同じく入学した。


 二度と話すことが出来ない親友と同じ学校に通うことに、躊躇いは無かった。確かに寂寥は感じているが、私にとって弓須マリは全てだった。彼女に気付かれることなくとも、彼女の側でずっと見守るつもりだった。


 私の呪いによって、彼女の性格までゆがめてしまったのだ。記憶を失う前の彼女は、遠慮がちな笑顔を浮かべる、温和で穏やかな女の子だった。間違っても中学校の卒業式に、覆面レスラー姿で参列するような不審者ではない。


 そんな彼女も、愛らしく可愛くて私としては別に構わないのだけれど。


 変わってしまった彼女をなんとか正気に戻してあげたいような、正気に戻ったら戻ったで羞恥心で自殺する可能性があるから元に戻すのが怖いような。そんなおバカな事を考えながら、私はクラスが違う親友を想い、話しかけることはできずともずっと陰から見守っていた。







「なぁ。お前、普通じゃないだろ? 俺について来いよ」


 入学後そんな私に話しかけてきた、目つきの悪い上級生の男。その見た目からしてヤンキーっぽく、あまり関わりたい部類の人間には見えない。


 柊先輩はそんな風貌だったから、声をかけてきた理由も最初はナンパだと思った。なのでぞんざいに、適当にあしらってマリウォッチングを続けるつもりだった。


 でも、その男の誘いはあんまりにしつこくて。辟易した私は、少しだけ彼の話をしてみることにした。


 私と話をするだけで人間は勝手にボケていく。少しくらい記憶を抜いた方が、この男から逃げるのが楽だと思ったのだ。




 ところが、その男は。私に話しかけてきておいて、『私と目を合わせようともしない』。その男と目が合わぬまま、記憶を奪い取ることも出来ず私は旧校舎の怪しげな部屋に連れ込まれた。


 ほんの僅か、警戒心が湧く。この男、私の秘密を知っているのか?


 でも仮に、この男の目的が私への乱暴だったとしても問題はない。私に性欲を向けるという事は、廃人になることを意味するからだ。


 そう判断した私が余裕をぶっこいて男の行動を見守っていたら、私のスマートフォンに見知らぬ番号から着信音が鳴った。


 そして。私をここに連れてきた男は部屋を去り、電話越しに話しかけてくる。『お前の能力についてはよく知っている』と。







 話を聞けば、その男はタイムリープなんて非現実的な力を持っているらしい。


 別の時間軸で私は一度、あの男を廃人寸前に追い込んだのだそうだ。そして、あの男の記憶を奪った私は即座に男を射殺したという。この男の記憶を知って、全てをやり直すために。


 そしてやり直した彼が今、こうして私の能力を対処しつつ話をしているのだと、彼は話した。



『お前が能力をある程度制御できるようになれば、親友とやらと談笑できる日が来るかもしれないぜ』



 話をまとめると、私の勧誘だった。能力者の互助組織に入り、呪いに負けず生きていこうという話だそうだ。うまくいけば私は、誰からも記憶を奪うことなく他人と関われるようになるらしい。


 その男の誘い文句は、この上なく魅力的だった。あまりに都合がよすぎて一抹の怪しさを覚えながらも、私はその誘惑に抗えず奇特部に所属することに相成った。


 弓須マリの友人として、何気なく談笑する。それはどれだけ幸せな事だろうか。どれだけ素晴らしいことだろうか。


 親しい人間と笑顔を共有できる、それ以上に素晴らしい時間などこの世に存在するだろうか。


 私には、それ以上に幸福なことが思いつかなかった。だからこの見るからに胡散臭い組織に所属してでも、忌々しい能力を何としても制御してみせるとそう決心した。


 その数日後。変人の巣窟であることをかぎつけた弓須マリが奇特部へ突撃してきて、運よく二、三言ほど言葉をを交わすことが出来た。相変わらずマリは、エキセントリックモードの様だ。


 引っ込み思案でおとなしい彼女は、どこにいったのだろうか。案外これが素なのだろうか。


 でも。その日は久しぶりにマリと話せて、うれしくて寝付けなかった。
















「約束通り、私はこの部室に来たわけですけれど。タクさん? って人から何か聞いてない?」


 ────ところが現実は残酷で、蠱惑的だった。


 その数日後。私の親友もまた、あの男にスカウトされてこの部室に来てしまった。呪われし者の巣窟、奇特部へと。


 柊先輩曰く、マリは『時空系の能力者』だと言う。あれよあれよと言う間に、彼女は私達の仲間となった。柊先輩の時間跳躍に巻き込まれても記憶を保持しており、それで彼女が能力者だと分かったのだとか。


 ふと、マリの過去を思い起こしてみる。彼女の過去は私の記憶に封印されているが、実に悲惨なものだ。


 たまたま入学した高校に『頭がいかれたレイプ魔』がいて被害にあい、それを何故か『教師は見て見ぬふりをし』たせいで生き地獄を味わい、『挙げ句どこへ逃げ出そうとも不良共に見つかってしまう』。


 弓須マリが呪われていると今まで気づけなかったのが恥ずかしいくらいに、彼女は不幸だった。一般人だと思っていた彼女もまた、私と同じく呪いの被害者だったのだ。


 その能力の詳細は不明だが。私が力になれるのであれば、何でもしようと思った。その為にはまず、自らの呪いを律しないといけないけれど。








「ブン子ちゃん、覚えておきなさい。精神系の能力を制御する肝は、すなわち感情のコントロールですわ」

「感情、ですか」

「ええ。精神系は能力の出力に、少なからず自分の精神的なコンディションが関わってきますの。自身の能力が発動している時を思い出してくださいまし? どのような精神状態だと出力が下がるのか。どのような精神状態だと、暴発するのか」


 私の能力の指導に当たってくれたのは学校一の美少女である男、すなわち舞島先輩だった。電話越しに、彼は私に色々と指導してくれている。


 実は彼も、入学当時は殆ど能力を制御できていなかったらしい。今でも、女装をしていないと能力を律しきれないのだとか。


「私自身の感情で、あまり能力が強くなったりする印象はありません。どちらかと言うと、他人との距離感が深く関わっていますね」

「いいえ、精神系であるならば少なからず貴方の感情が関わっていますのよ。それと、距離感が能力に関わる事は私も伺っておりますわ。申し訳あませんが貴方に直接指導はいたしません、電話越しの無礼をお許しくださいまし」


 彼は、電話越しにそう謝った。


 自分の呪いに苦しんでいた彼だからこそ、精神系能力という呪いの恐ろしさをよく分かっている。私としても、彼のようにキッチリと気を付けて関わってもらった方が気が楽だ。


「最も、精神系の能力者は他人の精神系の能力に対し耐性があるらしいですわ」

「そうなんですか?」

「なので、ブン子ちゃん。貴女がいつか自身の呪いを制御できたか否かを確かめる時は、私自身がお相手いたします。制御、ちゃんとお願いしますわね?」


 彼は、そう電話越しに告げた。その声色は、優しかった。







 そして。折角マリが奇特部に所属してくれたものの、私から彼女に話しかけることはしなかった。


 電話越しなら、メール文通なら、交換日記なら。そんな誘惑に必死で耐え、私はツンとマリから距離をとった。


 マリと面と向かって話すこと、これが私の目標である。その為に、日々舞島先輩の指導を受けて能力を制御しようとしているのだ。


 中途半端にマリと会話してしまうと、モチベーションが落ちてしまう。マリと親しくなってしまうと現状に満足してしまう。


 それが、怖かったから。


 それに彼女の側には、たくさんの友人がいた。彼女は私がいなくても、笑顔で学園生活を謳歌していた。私のような嫌われ者が彼女に近づいても、きっと彼女の学園生活の邪魔になるだけだ。


 いつか、私も彼女の友人の輪に加われる事を夢見て。私は今日も、いつも通りに、無心で自身の心に語りかける。自身の能力を制御する術を身につけるため────




『緊急事態です 本日中に学校の奇特部部室に集まられたし 弓須マリ』




 そんな折、短い文面のグループメールが私のスマートフォンを鳴らした。私は、即座に制服へ着替え下宿を飛び出した。










 奇特部の部室へ行くと、無言で椅子に腰掛けるマリがいた。


 肩に重傷を負った親友、そんな彼女から知らされた『襲撃者』の存在。彼女によると私は明日、襲撃を受けて首を切り落とされるらしい。何それ怖い。


 それにしても殺人鬼とタイマンを張ることになるなんて、彼女は本当に呪われている。次から次へとよくもまぁこんなに不幸を手繰り寄せられるものだ。


 おまけとばかりに「時間逆行から切り離されて傷が治癒しない」などという不幸に見舞われていた。そのお陰で、彼女はまた入院である。


 とはいえ。今回の不幸は、人災といっていいだろう。実にフザけた奴がいたものだ、能力者というだけで何も悪くないマリに手を出そうとは。


 明日の学校が、楽しみである。



















 そして、私は女性で後輩ということで安全のために部室には近付けない。先輩方二人で応戦するらしい。


 この手で親友を傷つけたクソ野郎を血祭りにしてやりたかったのだが残念である。


 そんな私の役目は図書館の個室ブースにこもって、部室に仕掛けられた監視カメラの映像を見続けること。舞島先輩曰く、襲撃者が精神系の能力者であれば機械越しの映像で他者を騙すことはできないはずだそうだ。


 そして、放課後。柊先輩と舞島先輩が談笑するさなか、マリの情報通りの黒ずくめの男が部室に現れた。カメラに明確に映るその襲撃者なのだが、不思議にも先輩方はその存在に気づいていない。


 奴は、そのまま部室に隠された武器庫に直行し、ガサゴソと物色を始めた。これはもう、間違いないだろう。


『先輩方。武器庫前目掛けて一斉攻撃してください』


 私は短く、先輩方の耳元に設置されたイヤホンにそう囁きかけた。


 その結果、日本刀を手に持ってニヤリと笑っていた襲撃者は、柊先輩に椅子を投げつけられ頭を強打しその場にばたりと伏した。


 こうして、私達はマリを傷つけた悪の権化を確保するに至る。


「ようし、コイツを安藤さんの元へ連れて行くとしよう」


 危険極まりないこの男の処遇については、柊先輩の運転の元、私達のOB組織に連行する事となった。そこで洗脳処理を行い、二度とコイツが敵に回らないようにするのだとか。


 そういえば、私もこいつらの言う組織とやらについて詳しく知らない。安藤さん、というのは私達のボスの名前なのだろうか?


 これもいい機会だと、私は二人に連れられて組織のアジトとやらについて行く事となった。実は未だに、先輩の言う「能力者達の互助組織」に胡散臭い空気を感じているのだ。一度、自らの目でその実態を確かめられるのなら行く価値はあるだろう。


 舞島先輩と私を乗せた灰色の中型車は、柊先輩の運転のもと夕焼けの空を走り続ける。後部座席に簀巻きで放置されている男と共に。

 







 これは、変人になりたい女の子の親友のお話。


 これは、幸せを求める女の子の物語で、生まれながらに幸せになれない運命を背負った女の子の物語である。


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