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第十五話「そして彼女は」

「ふ、また戻ってきてしまったか。この場所に」


 眩しい朝日が昇ると共に、うら若き純白の女性が私を起こしにやって来る。


 腕には点滴がテープで固定され、医療ドラマで聞いたような良くわからない名前の液体が私の体内に注入されている。


 その点滴の袋も、量が減ってきたからか看護師さんによって取り替えられていて。私はのんびりと微睡み、そんな看護師さんの朝の業務を眺めていた。


「弓須さん、おはようございます。お加減はいかがですか?」

「点滴のお陰か、痛みはマシになりましたね」

「この点滴には痛み止めなんて入ってないので、気のせいでしょうね」


 真新しい制服を身に付けた看護師さんは、病院着でまぶたを擦る私に、そう言って微笑む。


 今日は、月曜日。一月の間に二度目の入院を果たした私は、未だにチクチクと痛み続ける肩に耐え、個室の病室でぼんやりとベットに腰掛けていた。











「マリ、そろそろ本当のことを話して。今度は、一体何に巻き込まれているの?」

「いやですね母さん。私は別に危険な事には、あー、巻き込まれてないこともないんだけど、いや、巻き込まれてるのかな? あ、巻き込まれてるわ、どうしよう母さん」

「ほら見なさい!! 何に、どんなことに巻き込まれているの!! こんな肩に大怪我して、絶対に普通じゃないわ!」

「えーあー、そのどう説明したものか……。その、私の所属してるグループ(奇特部)が、あるグループ(ヤクザ)と敵対関係だったみたいで、その争いに巻き込まれた感じ?」

「学内派閥? ……だったら、そんな危ない人と連るまなければいいじゃない!! 人間関係は怖いのよ、頭が変な人は何をしでかすか分からないんだから!」

「……事情は複雑で、今さらグループを抜けたら私が一人狙い打ちされるだけなの。安全のためにもグループを抜けるわけにはいかない、それに一番頭がおかしいのはわた……ゲフンゲフン」

「そ、そんな危険な高校だったのね。生徒同士のグループ抗争だなんて、それに刃物まで持ち出してくるなんて……。また、転校したほうが……?」

「刃物どころか銃火器の類も飛び交ってるよ。そろそろ、硝煙の匂いには慣れて来たかな」

「ねぇそれ本当の話なの!? それって本当に日本の高校の話なの!!? 変なドラマの影響受けてデマカセ言ってないよねマリ!!」


 あ、しまった。なるべく嘘をつかず抽象的に説明するつもりだったのに、銃火器なんて言ったから一気に現実味が無くなった。


 上手く誤魔化さないと。銃火器はあんまり使われてない、と言い訳しておこう。


「銃火器は割とレアだし、大丈夫だよお母さん。うん、銃を使うのは最終手段みたいなところがある。私が見た感じ、人に向けて撃つというよりは、にっちもさっちも行かなくなった時の自決用に隠し持つってイメージかな」

「高校内で銃による自決が多発してるの!? どんな修羅の国だよ!! どれだけ命が軽い高校だよ!!」

「や、その、それは特殊な例で、あー」


 いかん。どうやら私、頭が回っていないらしい。


 話を聞いていた母さんの顔が、どんどん呆れ顔になっていく。


「……はぁ。そこまで言いたくないなら、話してくれるのを待つわ。見た感じ、そこまで余裕がなくなってるわけじゃなさそうだしね」

「割と事実しか話してないんだけどなぁ」

「言ってなさい。私はマリの味方よ、それだけは絶対に忘れないで」


 結局私の言い訳は母さんに虚偽と断定されてしまい、大きな大きなため息をつかれた。まぁ、誤魔化されてくれるならソレで良いか。


「父さんも心配してたわよ。今夜は仕事終わりにかっとんでくると思うから、それまでに話せることを整理しておきなさい」

「はーい」


 信じてもらえるとは思わない。信じてもらえる手段も少ない。能力者の異常な力は、客観的に気付けないものばかりなのだ。


 今、時間が巻き戻ったとして、それを母さんが探知する術はない。だから、能力の事は胸にしまっておこう。


 母さんは、「また来るわ」と言い残し病室を後にした。まだ、パートの仕事が残っているのだろう。これ以上、親に負担はかけたくない。一刻も早く、私は自分の問題を解決しなければ。


 とりあえず、当面の問題は件の襲撃者だ。最初の月曜日と違い私が入院してしまったことで、彼がどのような動きをするか予想がつかない。


 さらに、私の能力は時空固定という使い勝手の悪いものだった。このせいで、私は時間逆行による負傷回復の恩恵を受けられない。というか、この能力が今後私にとってプラスに働くビジョンが想像つかない。まぁ、呪いってもともとそういうものらしいけど。


 というか、アイツは私を付け回していたんだっけ。最悪中の最悪、回復できない私を殺す為に病院へ襲ってくるかも……。いや、その可能性は低いか。


 あの男は、タク先輩の能力を知っているようだった。私が殺されたとして、タク先輩により生き返らされると考えるだろう。万が一襲ってきたら、その時はその時だ。


 現状あの襲撃者に関しては、奇特部の先輩方がうまくやってくれること信用するしかない。私は昨日やれるだけの手は打ったし、情報は持ち帰れるだけ持ち帰った。その結果負傷してしまったんだから、いわば肩の傷は名誉の負傷と言えよう。


 きっと、先輩方はうまくあの襲撃者をぶっ殺して、東京湾に沈めるなりマイ先輩の洗脳奴隷にするなりしてくれるはずだ。


 私は静かに、怪我を癒すことに専念しよう。それでよい。








「……おい。マリキュー、無事か?」


 それで、まだ授業中だろうに血相を変えて私の病室に駆け込んできた、愛し麗しの恋人に甘えるとしよう。




「ヒロシ、授業は?」

「フケた。……入院したなら昨日のうちに連絡しろっての、朝っぱらから血の気が引いたわ。で? マリキュー襲った男って、どんな奴なんだ?」


 我が恋人はお怒りだった。やっぱりヒロシは優しい男だ。家族でもないのに授業をぶっちして病院に駆けつけてくれるなんて、なかなかできん。


「あー、覆面してたから顔は……。でも、少し話した感じ幼稚な性格だってことはわかったよ。年は大学生くらいかな? ただ、危ないから探し出して復讐とかやめてよね」

「……うちの生徒とかじゃないんだな? それ、警察には話してるよな」

「あー……。ま、まぁその」


 そういわれてみれば、まだ警察に通報とかはしてない。というか、出来ない。未来で切りつけられましたなんて被害届、持って行っても鼻で笑われるだけだろう。


 さて、どう言い訳したものか。目を泳がせて中途半端な笑顔を浮かべる私に、ヒロシはふぅとため息をついた。


「なぁ。違ったらすまんマリキュー、なんか俺に隠してないか?」

「ん?」

「その、さ。やっぱ何か、隠してるだろ。その傷まさか、知り合いにやられたとかじゃないよな?」


 あかん。どうやら私は、隠し事が苦手な人種らしい。


 そうだよな、肩を切りつけられて警察行ってないのはおかしいもんな。というか、短期間に二度も入院してるわけで、何か隠してると思うわな。


「一部のな、他クラスの奴等から聞いたんだが、お前危ない連中とつるんでるとか、援助交際やってるとかかなり滅茶苦茶言われてたぞ。全員締め上げておいたけど」

「……はい? 私が?」

「そ。なんか危ない街でお前を見かけたとか、ヤクザと親しげに話してたとか」

「ちょ、何だそれ!? ヤクザの知り合い何ていないぞ!」


 冗談だろとヒロシを見つめたが、彼の表情は真剣そのものだった。


 清楚で可憐でぷりちーな私が売春だと? 誰だ、どこのどいつがそんな根も葉もない……


「2年のヤクザのブローカーやってる柊先輩と仲良いとか、その斡旋でウリやってるとかそういう話らしい。俺も、柊先輩とマリキューが話してるのは見たことあるんだが……どういう関係なんだ?」


 ……根も葉もあったわ。そっか、タク先輩と話してるの見られて私にも風評被害が及んでたのか……。


 学校内ではタク先輩、ヤクザの下っ端と思われてるもんなぁ。


「あー、タク先輩は、その何というか……。あー」

「マリキューの事は信用している、噂を信じるつもりはない。普段のお前を見てるから分かる、マリキューはそんな人間じゃない。だけど、お前の抱えてる本当の事情も話しておいてほしい。俺を、あまり不安にさせないでくれ」

「……」


 ふとヒロシの目に、涙が浮かんでくる。


 ああ、そうだよな。今は信じてくれているけれど、何も話さない私に対する疑念も広がってきちゃってるのか。


「まさかあの男に脅されているのか? 相手がヤクザだろうと俺は怖くない、本当のことを話してくれ。俺は絶対にお前の味方だから。……その傷、柊先輩につけられたんじゃないよな?」 


 そして、誤解も広がっていると。


 いや、まぁあの無能先輩のせいでこの傷を負ったと言えなくもないから間違っちゃいないが……。


「……それは、違う。あー、タク先輩は一応味方側、というか」

「マリキュー……」


 どうするべきか。


 どう誤魔化すべきか。


 ヒロシの心配もよくよく理解できる。でも、私が能力関係の話をすべて話したとして、信用してもらう手段はない。


 親にも、能力のことは内緒にしているのだ。恋人とはいえここは、喋ることは出来ないと謝って────


「信じてくれ、マリキュー。俺は何があってもお前の味方だから。どんな事情を抱えていても、お前を見捨てたりしないから。……話してくれ、マリキュー」


 ……いや。


 逆か。私が、ヒロシを信用していなかったのか。


 あんな途方もない与太話を話したところで、ヒロシは私を疑って信じてくれないとそう思い込んでいる、私が博を信じていないのか。


 否定されたらどうしよう。そんな馬鹿な話を信じられるかと、罵倒されたらどうしよう。


 そんな、ヒロシに嫌われる恐怖から私は逃げだしていたんだ。ヒロシは、私に嫌われるかもしれないという覚悟で、私の事情を聴きだしに来てくれているのに。


 ……話してしまえば、ヒロシを巻き込むことになる。


 一般人で何の能力も持たないヒロシを、呪われた集団の抗争に放り込むことになる。


 それが、嫌だった。でも、





「ねぇ、ヒロシ。本当に私の味方でいてくれるんだね?」

「勿論だ」

「途方もないことを話すけど、信じてくれるんだね?」

「当たり前だ、マリキュー」





 信じてみよう。


 私も一度、大好きなこの人を信じてみよう。


 それがきっと、恋人だから。
























「もご、もご」

「結局、昨日と襲撃タイミングが全く一緒だったな。コイツ、時空系の能力じゃなくて精神系だ」

「拘束できまして? ならタクはこの男にこれ以上近づくなかれ、ですわ。精神系能力者は、私が管理いたします」

「餅は餅屋ってコトね、りょーかい。逃がすなよマイ」

「……コイツが、マリを」

「ブン子、その辺でやめとけ」


 夕方、PM6時、学園奇特部部室。


 ガムテープにより簀巻きにされた20代の男が、目隠しをされ猿轡をはめられ、部室の床にモガモガともがいていた。


「さて、だ。この男の確保はこれでいいとして、問題は外の洗脳生徒連中だな」

「銃声、鳴り響きましたわねぇ。事情を探りに、わらわらと集まってますでしょうね」

「いったん部室を離れるぞ、見つかると面倒だ。ドM教師の車を使わせてもらおう」



 そう言って、男はニヤリと笑い車のカギを取り出した。彼らの身内である教師から、預かっていたものである。


 校内に徘徊する、ヤクザの斥候と化した生徒たち。彼らの目をかいくぐり、3人の能力者は一人の襲撃者を乗せ、車へ向かった。


 幸いにも、首尾よく事は進み。能力者たちは誰にも気づかれることなく、自身の知り合いである奇特部OGの元へ車を走らせる。


「あまり、好ましくありませんが。この愚かな男も、洗脳してしまったほうが良いのでしょうね」

「……まぁな。これじゃ、やってることはヤクザと変わんねぇよな、俺達」

「コイツは自分勝手に、他者を傷つける人間。もしコイツに能力がなかったとして、どうせ警察に捕まってた。マリを傷つけたこの男を、洗脳する分には罪悪感を感じる必要はない」

「んー!! んー!!」

「ま、そっか。可愛い後輩を傷者にされたんだ、そう考えるとちっとは気が楽かな。なぁ、マイ」

「……そう割り切りましょうか。貴方には復讐というくだらない生き方を選んだその報い、受けていただきますわ」


 車の中で、能力者たちは方針を話し合う。


 この能力者を洗脳し、自らのグループの戦力とし。これから向かうOGに、この男の身柄を預けてしまう。


「念のため、時間を巻き戻せるようにこの男の洗脳は明日行いますわ。今日の夜洗脳に失敗して逆に私が操られてしまったら、また今日の朝からやり直しになりますし」

「だな。この男は死なない程度に拘束して、一日絶食させて消耗してもらおうか。その方が、マイの洗脳も通りやすいだろ」

「ちなみに私は舞島先輩の能力、まだ見せてもらえないの?」

「ブン子、基本能力は秘匿すべきだっての、仲間でもな。俺のは敵にバレてるから説明しただけ」


 そんな彼らは、気付かない。


 いよいよ、彼らが必死に維持し続けていた日常に、亀裂が走りつつあることに。


「じゃあ、安西さんに今回の件とこの男の事を報告して、解散にしよう。今日はもう遅い、面会時間を過ぎてる。後輩の見舞いには明日行くか」

「そうですわね。面会は夜8時まで、でしたっけ?」

「……私は行かない。行けないから、お二方に任せる」


 そして。


 この日、弓須マリへの連絡を取らなかったことが、致命的であった。


 ────日常の崩壊が、始まった。





















「これが、私の事情だよヒロシ。信じられるかな? 意味の分からない能力だとか、時間を巻き戻す前にヒロシが死んでただとか、ヤクザに洗脳された生徒が学校にいるとか」


 私一人の病室。


 ヒロシは、二人きりの閉鎖されたこの空間で、時折相槌を打ちながら私の話を聞き続けた。


「その、何だ。マリキューの話が本当だとして、柊先輩が能力者なんだな? で、現状マリキューは柊先輩に守られている立場と」

「昨日は実質、助けてあげた立場だけどね」

「ほかにも奇特部連中や、佐藤先生にこの学校のOB、OGその辺が能力者と」

「……信じて、くれるの?」

「当たり前だ。他に、何か知ってることはないかマリキュー?」

「えっと……。ごめん、もう話せることないかな。全部、全部話したよヒロシ」

「そっか。分かった」


 私の不安は、結局のところ杞憂に過ぎなかった。


 ヒロシは、私を疑う様子を微塵も見せなかった。我ながら途方もない与太話だと思うのだが、真剣な表情で一言一句聞き漏らさずに、私の話を聞いてくれた。


「ありがと、マリキュー。色々葛藤もあっただろうに、俺を信じて話してくれてさ」

「うん。だって、私はヒロシを信じてるって決めたから」

「……ありがとう、本当に」


 まだ、午前中。本来なら、学校に行っている時間。


 頼れる恋人と二人きり、すべてを話し終わった私は病室の中でヒロシの胸板に体を預け、甘えるように目を閉じ────


「アリがトウ まリキュー」


 その時、耳元から感情の消えうせた、冷たい声が聞こえてきて。


「……ヒロシ?」


 今の、なんだ。ヒロシの、声なのか? どちらかというとまるで、洗脳された生徒の様な。


 でもそんなはずはない、だってヒロシは、ヒロシは私の恋人で、










「ミツケタゾ」


 その無機質な声が耳に響くとともに、私の意識は途絶え、病室に静寂が訪れた────




第二章最終話です。

今までの視点キャラだった弓須マリは、哀れにも洗脳されてしまうため次回より主人公交代です。

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