第十四話「能力判明」
『──話し合いたい事がある。悪いけど今すぐ部室に来て欲しい』
誰もいない奇特部部室。私は痛む肩に耐えながら、ヒロシとLINEで甘く語り合い、無能どもを待っていた。
今の時刻は、日曜日の18時過ぎ。巻き戻った先は幸いにも、ヒロシとのデートは解散し別れた直後だった。スマートフォンには、愛すべきヒロシからの他愛ない新着メッセージが届いている。『今日は楽しかった』と、昨日と同様に返信しておく。
……デートの最中に時間逆行しなくてよかった。デート中に忽然と私が消えたら、怪奇現象に他ならない。話していた相手が突然音もなく消え去る恐怖は、よく知っている。あれはマジで怖い。
最愛の人からのメッセージに癒されながら、タク先輩に怒りのLINEを飛ばし、私はがらんどうとした奇特部の部室で仲間の到着を待つのだった。
「……」
「お待たせいたしましたわ、マリキューちゃん。緊急事態なのですね」
「ああ、あまり状況はよくない。マリキュ―後輩、詳しく説明してくれ」
日曜日の深夜、人気のなくなった学校の旧校舎。
一番最後にマイ先輩が部室へと顔を出し、奇特部が全員一堂に会した。
「この無能が」
真剣な顔をしているタク先輩が無性に腹立たしかったので、とりあえず一発蹴飛ばしておく。何故か一瞬、川瀬さんが羨ましそうな眼をしたのが気になった。
「……弓須さん。こんな時間に呼び出したからには重要な話なんでしょ? どうして怒っているのか知らないけど、さっさと本題に入って」
「そうですわね。お二方の反応を見るに、時間逆行後なのかしら。明日何かが起きるということですわね?」
「……すまん、俺はぶっちゃけ全容を把握できていないんだ。マリキュー後輩が目の前で三回連続ワン切りしてきた上に、その言動も怪しかったんでな。洗脳を疑って一回時間を戻した。お前目線だと、俺の事はどういう風に見えてたんだ? なんか妙に俺を敵視してるっぽいが」
すぅ、と無能が目を細めて私を睨みつける。まさかまだ、自分が洗脳されてたと気づいていないのかこの無能は。
コイツの視点では、私が洗脳されて妙な行動を取っていると見えていたのか。
「マイ、万一の時はマリキュー後輩を洗脳上書きさせる。構えとけ」
「……そんな」
「わかりましたわ。では、貴女視点での明日の話を、聞かせてもらえますか?」
タク先輩の言葉を聞いて、みんなが私に疑いの目線を向ける。ヤクザ共の手先になり下がったのではないかと。この金髪チャラ男め、シリアスな顔を作りやがってからに。
あーそうかい、わかった聞きたけりゃ聞かせてやるよ。お前がいかに無能だったかを、この部員全員の前でなぁ!!
「それ、マジ?」
「マジだよ無能先輩。痛いよ、未だに切りかかられた肩が痛くてしょうがねーよ。そんな最悪のコンディションでなお情報をかき集めた私と違って、お前はヘラヘラ部室で死体と会話してたけどな」
説明、完了。
明日何が起こるかの話を聞き終えた3人は、顔を真っ青にして黙り込んだ。特にタク先輩はしどろもどろとしている。うん、お前どう控えめに考えても戦犯だからな。
「……二通り、考えられますわね」
最初に沈黙を破ったのは、マイ先輩だった。
「洗脳能力者に騙されたのが、マリキューちゃんなのかタクなのか、の二通り。ただ話を聞いている限りは、正気なのはマリキューちゃんっぽいですわ」
「だろうね。弓須さん視点の方が、いろいろ筋が通っている」
「……嘘だろ。いつだ、いつの間にそんなことになった?」
「おそらく、その襲撃者はずっとマリキューちゃんを付け回していたんでしょう。そしてタクの能力についても詳しい情報を持っていた。最近、タクに能力について詳しく尋ねたりしませんでしたの?」
「あっ……、土曜日! 確か土曜日に、私タク先輩の能力について詳しく聞いたような……」
「それですわね。能力者に対する復讐心に取りつかれたその男は、自身の幻覚能力を用いて私とブン子ちゃんを殺害し、タクを騙して24時間稼ごうとした」
「は、はい」
「そして、その幻覚能力には効果範囲がありそうですわね。マリキューちゃんが部室の到着した直後、貴女も含め部員全員が幻覚に囚われてしまった。だけど、マリキューちゃんだけが部室から出て幻覚の効果範囲から逃れる。その後引き返してきたマリキューちゃんは、幻覚に捕らわれる事無く私たちが殺されている状況を認知した……」
「おお。成程」
マイ先輩は流々と流れるように状況を整理していく。流石、どこかの無能とは違って頼りがいがあるぜ。精神系の人だし、同系統の能力者には詳しいのかもしれん。
「ああマイ、だいたいそれで合ってると思う。ただ一つ気になるのは……、俺が能力の詳細をマリキュー後輩に解説した土曜日は、時間逆行で無かったことになってる事だ。その襲撃者が俺の能力の詳細を知っていたとすれば、奴は時間逆行しても記憶を保持できる存在。つまり、幻覚能力とかじゃなくて時空系の能力なのかもしれん」
「あ、そっか。あの土曜日はやり直して、ヒロシの告白に応じたんだっけ」
「……え、告白? 弓須さん、その話何?」
「あるいは時空系の能力者が彼の協力者にいる、という線も考えられますわね」
「……もしヤツの時間逆行しても情報を持ち越しているのであれば、明日の奴の出方は大きく変わってくるはずだ。後輩、油断するな」
成る程、敵も時間を繰り越して記憶が保持できるなら、明日の襲撃のタイミングは予想出来ない。朝一番に急襲してくる可能性もあるし、逆に明日は襲撃せず日を改める可能性もある。
まぁ、お前さえ騙されなければ万事解決するけどな。
「そうだ。私、良いこと思いついた。柊先輩の頭を爆発させるスイッチを作って、みんなで共有すれば良い。そして、異変に気付いた人が時間を巻き戻す訳」
「おいブン子、なんだその非人道的な提案は」
「名案ですわね」
「川瀬さん頭いい」
「何でみんな乗り気なんだよ! 嫌だからな!」
明日の襲撃に対する対策に頭をひねっていると、ここまでおとなしく口数も少なかった川瀬が、まさかのウルトラCな提案を出してきた。
確かに、それは有効だ。襲撃者は私を殺そうとした時に、幻覚能力を使っていなかった。つまり、あの幻覚は複数個所で使えない可能性が高い。
ならば、一か所に部員がとどまり続けない限り誰かは異変に気付ける。
「何で爆発なんだよ!! いいじゃん、毒薬とかでいいじゃん! ワンギリみたいに合図決めといて、その都度服薬自殺するよ!」
「派手で面白いから爆殺がいい」
「柊先輩だし」
「毒は時間かかりますわ。スピーディに巻き戻す必要がある時を考慮なさい」
「お前ら俺の命を何だと思ってる! いつ頭が爆発して爆死するか戦々恐々としながら過ごさなきゃいけないだろ!」
「銃殺も似たようなもんでしょうが」
「あれは覚悟を固める時間がある分マシなんだよ! あと比較的痛くない場所分かってきたし!」
我ら三人の本気の空気を感じ取ったらしい。かつてないほど、無能先輩は焦った顔で叫んでいた。
だけど、実際有効だし。昨日の無能を挽回する意味を込めて、タク先輩には遠隔操作型リモコン式爆弾になってもらおう。
……一回くらいなら、ネタで爆発させても許してくれるかな。
「まぁ、冗談はこのくらいにしましょう。タクは明日、私達からの着メロを変えておきなさい。連絡はライン通話で行えばよろしいですわ。もし通常の電話がかかってきたらそれは、時間を戻しての合図とします」
「え、冗談だったんですか」
「マリキュー後輩はやっぱ本気で言ってたよ!! この人の皮を被った悪魔!」
「私も冗談じゃなかったんですが。残念」
「ブン子ォ! お前もか!!」
あ、良かった。川瀬さんは本気だったんだ。いきなり頭が爆発するとか、絶対面白いもんね。
彼女、話してみれば案外私と仲良くなれるかもしれん。なんか嫌われてるっぽいけど、意外と気が合いそう。
「では、明日注意すべきことを整理しますわ。部員は定期的に部室を出て、戻ってくるのを繰り返す。これは幻覚対策としてですわね」
「もし時間逆行が必要だと判断したら、即座に俺のスマホ鳴らせ。明日は口の中に毒薬仕込んどくから、すぐ飲み込む」
「あと、3人以上が同じ部屋に留まるのもやめておきましょう。こんなところですかね」
先輩どもが総括を始めた。まぁ、無難なところではある。異論はない。
「それと、一応俺とマリキュー後輩は同じ様に登校して同じように過ごすこと。敵が同じタイミングで仕掛けてきたら、向こうは記憶を持ち越せてない事が分かる。逆に同じように過ごしたのに襲撃タイミングが変わったなら、記憶は持ち越していると確定する」
「あ、そうですわね。ならいつも通り放課後に3人、部室に集まりましょうか。マリキューちゃんも、同じ時間に部室へきて同じ時間に部室を出てくださいまし」
だが、話が進むにつれ先輩共はそんな無茶を言い始めた。さっきタク先輩は私に人の皮を被った悪魔とか言ってたけれど、この先輩二人も大概冷血だと思う。
さっき話したでしょうが。私は今肩に大怪我してて、保健室で応急処置だけされただけの状態だって。
「……いや、無理です。私、今必死で痛み堪えてますけど重傷なんですよ? 今日は夜、暴漢にでも襲われたことにして病院に行きます。多分入院になるので明日は学校いけません」
「は、入院? 何言ってんだ、気でも狂ったのか? あ、いや、元々か」
「だ、か、ら! 私は肩をパックリ切りつけられて重傷なんです!! これから病院に行きます!」
そして、じんわり涙が浮かびそうになる痛さに耐えている私を、平気な顔で煽ってくるタク先輩。マジでお前こそ人の皮を被った悪魔だよ。
「……弓須さん!? 血、制服に血が滲んできてる!」
「って、うわ、叫んで傷開いた!? ちょ、どうしよこれ!?」
「……え?」
しまった。怒りのあまり怒鳴った結果、傷が開いて来たらしい。肉が避ける鋭い痛みを感じる。
い、痛い。ぐぬぬ、何でこの私がこんな目に。これ絶対、傷跡残るよなぁ。服脱いだ時、グロかったらどうしよう。
ああ、だんだん凹んできた。体の傷程度でヒロシに嫌われるようなことはないと思うけど、そういうことするとき傷が気になったりするかもしれん。
「待て。待て、何で傷が残ってるんだよ。だって、時間逆行で傷は────」
「傷? ……そういや、時間逆行したのに傷残ってるのって、何かおかしいような」
「おかしいに決まってるだろ! だって、今日は日曜日で、日曜日の時点のお前は無傷だったはずだ!」
タク先輩は、露骨に動揺し叫んでいる。叫ぶな、傷に響くからやめてくれ。
「……ちょっと、お待ちくださいまし。すぐに車を手配しますわ、近くの協力者さんに連絡を取ります! 貴女は傷が動かないよう、ジっとしていなさい!」
「……了解です、マイ先輩」
「えっと、えっと。そうだ、私、保健室に行って包帯を借りてくる!」
「保健室は日曜だから空いてませんわ! それより運動部の部室棟に行ってくださいまし、ブン子ちゃん! 日曜日に部活してる方々なら、応急箱くらい持ってるはずですわ」
「あ、はい! 弓須さん待ってて!」
あわただしく駆け出す川瀬さんを見送り、マイ先輩はどこかへ電話をかけ喋っている中、タク先輩は無能にも棒立ちして私を見つめていた。
いや、何かしろよ。この傷、アンタの責任は一番大きいんだからな。
「そっか。そっか、あの発火のメカニズムも、それならつじつまが合う。くそ、何で考えが及んでなかったんだ、そりゃあそうじゃねーか」
ブツブツと悔し気に、無能先輩は私を見て独り呟いている。もういいや、コイツは放っておこう。じっと、無言で痛みに耐え続けるとしよう。
「……なぁ、マリキュー後輩。1個、確認したい」
「今、マジで痛いんで話しかけないでくれます?」
「大事な事だ。お前さ、今日は何で学校に一番乗り出来たんだ? 制服に着替えてまで、さ。確かお前、デートだったんじゃないの?」
「は? デートは昨日の話で、今日は学校に登校したからに決まってますよ」
「ははぁ。時間が巻き戻ったのに、お前は時の流れを無視して学校に留まり続けた。そういうことか?」
「は、はい」
「オーケー、オーケー。……成る程、物理法則に喧嘩売る能力なんて無いと思ってたが……」
タク先輩は、頭をくしゃくしゃとかきあげながら私の方を、うさんくさそうに見つめた。
「もしかしたら、お前の能力を使えば応急処置ができるかもしれん。よく聞け後輩」
「応急処置ですか」
「お前の能力は、固定なんだよ。時空間を固定し、干渉を不可能にする能力。ひょっとしたらお前が幻覚から逃れたのも、この能力が関係してるのかもしれん」
そして、タク先輩は語り始めた。私の能力についての詳細を。
空間を固定する。
言葉にすれば一言であるが、その能力の詳細は複雑だ。そもそも固定、とは何なのか。
空間を硬く変化させ質量を持たせることが出来る、と言うわけではない。私が能力を使いこなした結果、いつでもどこでも透明な壁をつくれたり……みたいなカッコいいことにはならない。
私が固定する事が出来るのはただひとつ。それは、空間の時間軸を固定する能力。私は無意識のうちに「時間よとまれ! ザ・ワー◯ド!!」な結界を、自身の周囲数ミクロン言う極小範囲で展開しているらしい。
そしてわたしは停止した時間のなかで、普通に動き続けることが出来る。その結果、他の人からも、自分も含め「時間を停止させれていることに気付いていなかった」らしい。
「時空間摩擦、って知ってるか。時空方程式の時にも話したが、空間同士にも摩擦に似たエネルギーが存在している。乾ききった空気のなか、後輩が時空間の流れを激しく操作してしまえば、時空間の摩擦により発火が起きても不思議じゃない」
「もっと、簡単に説明してください」
「お前が能力の制御を誤ると、時空間が激しく擦り合わせれて火が点く」
「何それヤバい」
何と言うことか。
タク先輩の話は難しくて完全には分からなかったが、理解できた範囲で纏めると要するに、私は常時発動型のDI◯様的な能力だったのだ。強い。
しかも制御を誤ると発火するって、それ裏を返すとうまく制御出来れば意図的に火を起こせる奴やん。炎の時間停止能力者マリキューちゃん、爆誕。
「その時空間固定能力を応用して、傷口周囲の時間を停止させてみろ。うまくいけば、これ以上ない止血になる」
「……どうやって能力ってコントロールするの?」
「知らん、本人にしか分からん。あと、そう簡単にコントロール出来んとは思う」
「使えねぇ……」
だが。それもこれも、うまく能力が操れるようになってからである。
後、一見強力そうではあるが、能力である限りとんでもなく辛いデメリットがあるのだろう。楽観してはいけない、用心に越したことは無い。
「時空間を動かす感覚、分からねぇか? 予想だが、前の泉の時みたいに感情を揺れ動かす必要があるかも知れねぇ」
「うーん……」
「極小範囲での時間停止とは言え、時間停止した状態で身動きが取れるのは破格だと思う。こりゃ、俺の跡継いで戦闘要因になってもらえる可能性があるな」
「いや、無理無理。と言うかまだ能力の使い方が全く分からんし」
「使いこなせたら、の話だよ。あ、そーだ、あの人に連絡先して来てもらうとするか。前に言ったろ、時間停止能力者が俺達の先輩に居るんだよ。……あの人は時間止めても、自分の身動きは取れないタイプだけど」
私はタク先輩に言われるがまま、何とか時空間を動かそうとアレコレ試しているが、出来る気がしない。
自分の能力が分かったのは良いが、空間を操作する感覚が全くわからないのだ。四苦八苦としていると、やがて部室の扉が開く音がする。
「ゆ、弓須さん、借りてきた。傷、傷口見せて」
「おお、川瀬さんサンキュー。……よし、先輩方は部室から出てくれ」
そうこうしているうちに、川瀬さんが救急箱を持って部室に戻ってきたのだ。かなり走ったのか、川瀬さんは息が上がっており、ぜぇぜぇと肩で息をしていた。
「お? ……おお、そうか後輩は女か」
「タク、早く出ますわよ。マリキューちゃん、間もなく近場の協力者が車を出してくれますわ。応急手当が終わりましたら、すぐ校門前に移動しますわ」
「まか、任せて弓須さん、私が包帯巻いたげるから」
「……あ、ありがと。ありがとう?」
肩の傷を手当てするには、上着は脱がないといけない。なので男どもを部室から追い出し、私は川瀬さんに向き合った。
全力で走ってくれたらか、少し鼻息の荒い川瀬さんの前で私は服を脱ぎ、優しく包帯を取り替えてもらった。
手当てが終わると、マイ先輩に付き従って校門前の車に乗り、私はそのまま病院へと搬送される。以前にも入院した、あの病院である。
マイ先輩も川瀬さんも、良い娘だなぁ。怪我した私にこんなに親身になってくれるなんて。タク先輩は何もしてくれなかったけど。
──だから、
「……スベテは、マイ様のお心のママに」
だから、車の運転手が片言だったのは、気にしないでおこう。
そっか、そういやマイ先輩は洗脳系か……。