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第十三話「復讐者」

 奇特部は、襲撃者により壊滅しかけていた。


 既に事態は火急を要している。私の味方は殺された二人、そしてもはや頼りにならぬ糞雑魚タク先輩。このままでは奇特部はおしまいだ。




 ならば今、私がすべき事は何か。


 そして今、私に出来る事は何か。




 旧校舎の廊下を駆けつつ、私は考え続けた。あの襲撃者を撃退し、時間を逆行させるその術を。


 私の能力は、未だ不明だ。敵は能力者の可能性が高く、私一人で解決するのは難しい。頼りの筈のタク先輩は、敵の術中に陥っている。


 ……助っ人が欲しい。この事態を対処しうる人物が欲しい。


 私の中の頼れる男筆頭はヒロシなのだが、能力関連の話に彼を巻き込めない。と言うか、ヒロシを危険な目に合わせたくない。ならば、他に頼れる人物は誰か。


 この学校にいる、生き残っている能力関係者は誰か。




「さ、佐藤教諭!!」




 わたしが息も絶え絶えに駆け込んだ補習室には、ヒロシを含めた数人の生徒が講義を受けていた。壇上には、無愛想な顔の佐藤教諭が黒板に板書をしている。


 痛む肩を押さえながら血飛沫を撒き散らし、私は補習室に転がり込んで叫んだ。


「私達の仲間を、助けてください!」



















「能力関連の話なのだね」

「はい、佐藤教諭」


 佐藤はすぐさま、補習を中断し私を保健室へと連れて行った。心配そうな顔をしたヒロシが保健室までついてきたが、佐藤に睨みつけられて外で待機させられている。


 ここでの話をヒロシに聞かれるわけにはいかないのだ。


「洗脳系、幻惑系、どちらかだろうね。話を聞く限りは幻惑系の可能性が高い」

「ヤクザ達の襲撃ということでしょうか」

「だろうね。柊だけ生かしている当たり、敵は柊の能力を熟知している様だ。彼が24時間騙され続ければ、舞島も川瀬も生き返らないからな」

「……ならばいっそ、説得せず隙をついてタク先輩を殺しますか」

「それもアリだな。時間逆行しても記憶を保持できるという、君が生き残ってくれたのは幸いだ。不意打ちで彼を殺したとして、時間逆行後に説明することも出来る」


 佐藤教諭は、真剣な面持ちでそう言った。タク先輩を不意打ちで殺す、そんな手段すら辞さない状況らしい。


「幸いにも、私の能力は暗殺に向いている。保健室で待機していたまえ、マリキュー君」

「……お任せします。教諭もお気をつけて」


 私が知る限り、現在校内で唯一の能力関係者。それは、佐藤教諭だった。確証は無かったが、やはり佐藤教諭も能力者だったようだ。


 タク先輩のような学生ではなく、きちんとした大人。きっと見事に問題を解決してくれるに違いない。


「初めてお会いした時はドン引きしましたけど。教諭か縛られていたのも、能力関連だったんですね」

「いやそれは趣味だ、私の能力とは関係ない」

「アッハイ」

「良ければ景気付けに、君も私を蔑んで行きたまえ」

「良いからとっとと行けゴミ教師」

「うぉっふぉう!!」


 佐藤教諭は大変良い笑顔を浮かべ、身を震わせながら保健室から出ていく。やめろよ、その変に発情した顔。外で待ってるヒロシに誤解されたらどーする。


 前言撤回、コイツで大丈夫だろうか。大人とはいえ、ドMの変態だぞ。


 いや、性癖と能力は関係ない筈。例え変態中年教師だとして、今の状況を打開できればそれで良し。私の怪我に対しては応急処置してもらったし、救急車も手配してもらっている。後はあの人に任せて────






「ぬわーーーーー!!」






 その直後。保健室の外から、何とも情けない中年男性の悲鳴が木霊した。


 おい、まさかアイツ。


「何の声かしら……、ってきゃあああ!?」


 様子を見に行った、影の薄い保健の先生が悲鳴をあげ、その直後に保健室へなだれ込んできた男子生徒に組み伏せられてしまった。


 男子生徒は全身が血に染まっている。その背後の開いたドアからは、血塗れで倒れている中年男性(へんたい)が見えている。


 もう負けとるやんけ!!



「……ミツケタゾ」

「あー、はいはい。成る程、やっぱあの襲撃者はヤクザさんなのね」

「……ミツケタゾ」

「この怪我だし、この人数だし、私も死んだかなぁ。タク先輩さえ気が付いて自殺してくれたら、生き返れるんだけど」

「……ミツケタゾ」

「気付いてくれるかな、タク先輩」



 情けなく佐藤教諭が死んだを眺めている私へ、表情のない生徒たちが私をじぃと見つめ近づいてくる。


 そんな、わらわらと保健室に入り込んでくるヤクザの下僕達を前に、早々に私は生きることを諦めた。


 無理だ、これ。ざっと、20人弱の生徒が保健室に押し寄せてきている。怪我で満足に動けないこの状況下で、どれだけ抵抗しても焼け石に水だろう。


 よくみると、カナも居る。カナはヤクザに洗脳されている生徒だもんな。そりゃ居るわな。


 無表情に私を見つめる生徒の群れ。殺されるのか、それとも洗脳されるのか、どちらにせよ私はここでおしまいだ。せっかく、人生で初めて恋人が出来たのになぁ。


 ここで死んでも、タク先輩さえ無事なら、私は生き返るはずだ。


 それで、また時が戻れば全部やり直して、ヒロシとデートしたいな────











「素晴らしい。能力者共が、こんなに集っているとはな」









 そんな他愛ない妄想をしていたその時、世界は紅く塗り上げられた。閉鎖された空間を引き裂くように、機械的な爆音が響き渡る。


 ドドドドド、と凄まじい発砲音と共に、保健室が真っ赤に染め上がり。無表情に私を見つめていたカナの頭が、スイカ割りの後みたいに赤く弾けて。


 入り口に目を向けると、先ほど奇特部で襲い掛かってきた襲撃者がいた。


 その手にはフルオートの、サブマシンガン。日本では滅多にお目にかかれない、軍隊が使用する人を殺すためだけの武器。どっから入手しやがった、そんなもん。


「……能力者に与える慈悲は無い」


 その喧噪の合間、やさぐれた男の声が途切れ途切れに聞こえた。呆然自失として、呆けるように私はその男の虐殺を眺めていた。


 やがて保健室に死が充満した後。銃声が止み、場に静寂が訪れる。血まみれの保健室のなかで動くモノは、その男と私だけになった。



 ……なぜ、襲撃者が、ヤクザ側の生徒を殺している? それは、味方ではないのか?





「マリ。弓須マリ、あとは貴様だけだ」





 生徒を全滅させたそのあと、何でもないことのように、黒ずくめのマスクの男がジャキンと私に銃口を向けた。


 マスクを被っているせいでその表情はよく見えないが、それは酷く聞き覚えのある声な気がした。


 どこかで聞いた、男の声だ。だが、その正体を想起するほどに、私の精神に余裕はなかった。


「少々計算が狂ったが、許容範囲だ。お前もここで死ね」

「え、あ。ちょ、ちょっと待って」

「待たん。貴様が生まれたての能力者であることは知っているし、未だ誰にも害をなしていないことも知っている。だが、それは今だけだ」


 ゆっくりと。その男は銃口を向けたまま私に近づき、絶対に外さないだろう至近距離まで歩いてきて、改めて私の脳天に狙いを定めた。


 この男はなんなんだ。ヤクザの仲間じゃないなら、何で私が殺されないといけないんだ。


 カキン、と冷たい無機質な音が、銃から聞こえてくる。サブマシンガンに撃鉄なんてついてたっけ、なんてどこかズレた考えが頭をよぎる。


「……言ってる意味が分からない。襲撃者さん、何で私は殺されないといけないの」

「決まっている。貴様が生き続けることで、貴様は周囲に不幸と害を振りまくからだ」

「何でそんな事が言い切れるの。この優しく素直で清楚なマリーキュース・デストロイヤー様が、人に迷惑なんかかけるものか」

「貴様が能力者である限り。やがて貴様は、人の人生を食い物にするだろう。それは、避けられん」

「そんな横暴な。貴方によるただの決めつけじゃない、差別じゃない。世界人権宣言に則った正しい判決を要求するわ」

「余裕な口先とは裏腹に、顔は真っ青だな弓須マリ。……それに、俺は断罪者ではない。正義を振りかざすつもりは毛頭ない」


 男は、底冷えする様な低い声で、私にこう呟いた。その声は少しばかり、自嘲げな音を帯びている。


「能力者に人生をすべて奪われた男が、能力者を殺して回って何が悪い?」

「……うわ、そういう系なの」

「能力者を一人殺す度、俺は胸がすく。だから、俺は俺のために貴様を殺す」

「いや、いい歳してそんな子供染みた事しないでよ……。多分結構年上でしょ、襲撃者さん」

「ああ。俺はどうやら年上らしい、お前よりもずっと。何せ」


 時間を稼がないと。状況を出来るだけ整理して、死ぬ直前ギリギリまで情報を集めて、巻き戻った時に有利に立ち回れるようにしないと。それが今の私の役目。


 なるべく刺激しない様に、私は彼と会話をつづけた。


「何せ、洗脳能力者に支配された俺が、自分を取り戻して最初に見た日付が10年後の未来だったんだ」

「……」

「俺はどうやら、いい歳らしい。信じられるか? つい最近まで俺は中学校に通って、野球部で練習して、勉強も頑張って、そんな毎日を過ごしてたんだ。そんな俺が、気づけば大人だ。どれだけ絶望したと思う?」


 男は私の会話に乗った。どうやら、彼なりに溜め込んでいるものがるらしい。


「……家族は、貴方を探さなかったの?」

「当然、すぐに実家に戻った。家族はどうなったのか、10年もいなくなって心配をかけていないか、それを確かめるために。……もう、一人も生き残っちゃいなかったがな」


 この男の独白の中身は、幼稚だった。家族を殺されたから、能力者を皆殺しにする。まさに子供の発想だ。


「半年かけて、使える手段はすべて使って、俺は家族の行方を調べたさ。父さんと母さんは、銀行強盗の実行犯になって刑務所で自殺していた。盗んだ金の場所は、絶対に吐かなかったそうだ。姉は覚せい剤漬けになってて、風俗嬢として働き、発狂死してた。妹の面影のあるよく似た女がAVに出てたよ、1年前に謎の不振死を遂げてたけどな。一家そろって食い物にされて金を搾り取られた中、俺だけ奇跡的に自分を取り戻せたんだ」


 その襲撃者の、不安定で偏執的で未熟な感性は紛れもなく。彼の成人した外見とは裏腹の、思春期真っただ中の少年の精神だった。


「思うだろ、運命的だって、神様がくれたチャンスだって。復讐をなす機会だって、そう思うだろ弓須マリ!」

「……うん、貴方に同情はするけど。私はそれに付き合ってやる義理はない」

「関係ない、ここで死ね。俺の人生のように不条理に、ここで死ね」


 子供染みた復讐劇。


 なるほど、状況は整理できた。この男は、ヤクザ側の人間ではない。


 ヤクザにより洗脳された被害者の、そのなれの果て。能力者に偏執的に恨みを感じる、未熟な復讐者。あとは、この男の素顔を知っておきたいのだが、頼めば見せてくれるだろうか。


「死ぬ前にさ。貴方の声を何処かで聞いたことがあるんだけど、私たち知り合いだったりしない?」 

「……いや。知り合いではないな」

「含みがあるね。知り合いじゃないけど、何か関係はあったって事?」

「言ったろ。俺は最近までずっと、10年以上ヤクザの下僕として動いていたと。貴様と知り合えるわけがないだろう」

「あ、そっか。そうだよね」


 うーん。どこかで、この男の声を聴いたことがあるのだが……。わからんな、殺される直前まで考えてみよう。


「じゃあな、能力者」

「あ、一つだけ良い? 貴女は精神面では思春期真っただ中なんだよね」

「何だよ、精神面というか、中学生から記憶が飛んでるだけで」

「死んだ後、私の身体にえっちな悪戯しないでね。私彼氏いるから」

「するかっ!! 顔は可愛い癖に、頭の中は残念だなお前!」

「うん、顔は可愛いってよく言われるし、頭が残念ともよく言われる」

「ほ、本当に残念な奴だな……」


 馬鹿な下ネタを振ってみても、流石は中身中学生、しっかり拾ってきてくれる。もう少し揺さぶってやれば、案外良い情報をくれるかもしれない。


 それに、ひょっとしたら間に合うかも? 


「やっぱり、聞き覚えあるよ、貴方の声。うん、何処だったか分からないけど……」

「はぁ。……冥途の土産に教えてやる、確かに貴様とは一度会ったよ」

「うお! 冥途の土産、そのセリフ現実で初めて聞いた! 良いな、私も死ぬまでに一回言いたいなそのセリフ!」

「なら今言えよ、お前もう殺される寸前だ。死ぬまでに言っときたいなら、もう今しかチャンス無いからな?」

「なら、遠慮なく。冥途の土産、もっと頂戴。何処で会ったっけ?」

「冥土の土産をねだる為に使っただと!?」


 うん、コイツは幼稚ではあるが、思ったより常識が残ってそうだ。上手く私のペースに乗せられている。


「……前会ったときは、ガン泣きしてたくせに。もう少しおとなしい奴だと思ってたよ」

「は? ガン泣き? この私が?」

「昨日、痴漢されてガン泣きしてただろーが。迷ったけど、感情による能力暴発が怖かったから、俺が助けに入ってやったんだぞ」



 ……あ!!



「あの時の雰囲気イケメン大学生!!」

「いや、俺は大学行ってないし。能力者の巣の候補として奇特部には目をつけててな、一番警戒心が薄そうなお前を付け回したんだよ」

「げ、ストーカーじゃん!? へ、変態!」

「やましい事は何もしとらんわ!」

「いや、めっちゃ人殺してるし!」


 そうだ、あの若い大学生の兄ちゃんの声だ。大学生じゃないらしいけど。


 ああ、やっとスッキリした。これで大体情報はつかめたかな、タク先輩に色々と報告できそうだ。


 ……さて。


「オッケー、ありがと。ところで、タク先輩が催眠状態っぽくなってたのもアンタの仕業?」

「……それは、あー。お前ひょっとして、情報集めに来てないか?」

「もう死ぬのに情報集めてどうするのさ。気になってるだけだよ」

「そっか。催眠というか、何と言えばいいのかね? あれは俺もよくわからん、多分本人にとっての現実を歪めてるんだと思う」

「自分の能力なのにそんな事も分からないのか」

「自分の能力すら分からんお前が言うな」


 せやな。


「中途半端に私の声が聞こえてたっぽいね。タク先輩の中では、私の声が歪んで認識されたってとこかしら?」

「スマンが検証したことない。でもまぁ、確かに気になるな。今度、その辺のやつで調べてみよう」

「いや、それだけ分かれば十分なんだ。中途半端だとしても、私の声が認識出来たらそれでいい」


 私はそこで、ニヤリと笑った。


 さっきから、1分おきに何度も何度も、私は繰り返していたのだ。ポケットの中の、スマートフォンのショートカットキーに設定した、とある動作を。


「何が言いたい?」

「つまりね、タク先輩は音が聞こえるんだよ。貴方が此処にいるということは、スマホで音が鳴っても、止めたり壊したりする人がいないの」

「……それで? あの男の認識は今、平和な日常の中にいる。きっと悪戯とでも判断するさ」

「それが、しないんだよなぁ。前もって、合図を決めておいたからね」


 ────そう、それはつい数日前のこと。


 タク先輩は、こういった。泉小夜に襲撃されたらスマホをワンコールだけ鳴らせ、と。


 もう、3度目だ。私は3度、ワン切りを繰り返している。タク先輩は今回無能だったが、彼は元々そこまで頭の回転の遅い人間ではない。


 三度もワン切りされたら、今見ている現実を疑い始めるはずだ。


「合図だと。それh、どういう────」


 その言葉が、続くことはなかった。ピタリ、と襲撃者は動きを止め、ゆっくりと背後へ歩き始める。


 凄まじい不協和音が、耳を切り裂く。


「ふぅ、間に合ったか。殺されずに済んだ、儲け儲け」


 そして。世界は、不協和音と共に逆行を始めた。柊卓也は、異変に気が付いてくれたようだ。


 もう何度目かわからぬ逆行する世界の中、痛む肩に気を配りながら、私は奇特部の部室へと走り始めた。

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