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第十話「告白」

「……発火、ね。パイロキシスト、なんてもんは存在しない筈なんだがな」


 翌朝。いや、今朝というべきだろうか?


 さわやかな風が心地よい今の時刻は、泉小夜が燃え尽きた土曜日の朝7時。朝練中の運動部員しかいない静かな学校に、私は眠い目を擦りながら登校し、奇特部の部室でタク先輩に昨夜の出来事を報告していた。


「泉さんが憎くて、ヒロシを振っちゃった後悔とかで心の中が真っ黒になって、そしたら泉さんが……」

「突然火だるまになって、線路に墜落したと。話を聞く限りじゃ、誰かの煙草で火が付いただけの事故って可能性もなくはない。だからまだマリキューの能力とは断定できないが……。状況的には、お前の能力の可能性が高いな」


 タク先輩は、難しい顔でノートに昨日の状況のメモを取っている。


 泉小夜の焼死は、やっぱ私のせいなのだろうか。


 燃え盛る炎、むせそうになる強烈な肉の焼ける匂い、水風船が弾ける様に飛び散った泉小夜の肉片。……昨日の光景は、思い出すだけで気分が悪くなってくる。いかに憎たらしい泉小夜とはいえ、私はあそこまで酷い目に合わせようなんて考てはいなかった。


「私が泉小夜を呪ったから、なんでしょうか」

「憎しみが鍵となって能力が発動。うん、そりゃありえない話じゃない。実は一人、よく似た発動条件のやつを一人知ってる」

「その人は、どんな能力なんですか?」

「内緒だ。ただソイツは、人から好意的に思われると呪いが発動する事が分かってる。マリキュー後輩が誰かを強く憎むことによって能力が発動した、ってのは十分ありえる話だ」


 くるくる、とペンを回しながら、タク先輩はそこで言葉を切った。彼はそこで大きく眉をひそめて、ビシっと私にペンの先を向ける。

 

「ただし。問題は、何もないところから火が出るわけがないって事だ。お前の能力が発火だっていうなら、物理法則に正面から喧嘩を売ってる」

「ですよね」

「……まぁ、俺はもうその発火のメカニズムについての仮説は思いついているんだが。なぁ後輩、泉が焼死する直前に何か変わったことが起きなかったか? 時間が止まったりだとか、音が聞こえなくなったりだとか」

「え、えっと……無かったと思います」

「ん、そか」


 その返答を聞いた先輩は、再び唸りながら考え込み始めた。


 タイムリープする前の土曜日の夜、あの時の私は泉先輩が燃えているのに気づく直前までずっと、ヒロシと話をしていた。会話は途切れたりしていない、時間停止とか時間の逆行とかはなかった筈だ。


 そう。あの時私は、泉小夜に対しての好意を語るヒロシに打ちのめされ、そして憎悪した。だからはっきりと覚えている。


 そっか。そうだ、泉小夜に対するゴタゴタで頭から抜けていたけど。いや、思い出さないようにしていたのかもしれない。私は、ヒロシに振られたのだ。


 いや。私が振って、そして勝手に失恋しただけだ。


 ……失恋のショックが、今改めてズシリと臓腑にのしかかり、テンションが下がってくる。自分が好きだった人間い、ああもはっきり「泉小夜が好きだ」と言われたらかなり凹む────。


 ────いや待て。待て、今日は昨日だ。あれ、ヒロシに告白の返事をしたのはいつだ? えっと、昨日の昼だから今日の昼で、って事はヒロシに告白の返事をするのは今日の放課後で!


「思い出せ後輩。本当に、何でもいいから普段と変わったことは────」

「ああああ!! 私ってばヒロシへの告白の返事、やり直せるじゃん!」

「……。それは好きにしたらいい、今はまずお前の能力をだな」

「あ、ああ、そっかそっか、やったあああああ!!」


 よし。よし、これであの女狐の毒牙からヒロシを守ってやれる。ヒロシは元々私が好きなのだ、私もヒロシへの好意に気付いたからこれで両想いだ。


 問題はあの女狐が約束を違えた私に対して、強硬策に出てくる可能性。せっかくヒロシと付き合っても、その日の夜に、背後から髪を咥えて眼の光を失った泉小夜(ヤンデレ)に刺殺されては世話がない。


 誰か護衛を雇うべきか? 探偵さんとか、何だったら普段からヤクザとやりあっているキチガイ金髪に頼むのも────


 そうか。この金髪キチガイがいるじゃないか。確かに闇落ちした泉小夜は怖いけど、私が殺されても金髪の能力で蘇生してもらえばいいだけの話じゃん。


「タク先輩、その、もし私が泉小夜に襲撃されたら助けてください! 私、ヒロシと付き合う感じにします!」

「わかった、わかった。もしお前が泉に何かされたら、俺のスマホをワンコールだけ鳴らせ。ちゃんと対応してやるから」

「あざっす! ……あれ、万一殺されちゃった場合って私、生き返るんですかね?」


 私が死んでも、金髪キチガイが自殺してくれれば私が死ぬ前まで巻き戻る。……で、良いんだよね?


「一応確認なんですけど、時空能力者は生き返らないとかそんな制限はありませんよね?」

「ねーよ、生き返るに決まってんだろ。時空系の俺も、毎回生き返ってるだろうが。お前の主観的には、死んだ直後に五体満足になって昨日の日付で意識が戻る感じだ。時間が戻れば、記憶以外のすべての情報はリセットされる。死んだ直後に昨日に意識が飛ぶから、混乱して変な声出さんようにな。いきなり絶叫とかしたら目立つ……。……うん、お前は特に気にしなくていいや」

「いきなり叫びだしても違和感ねーなこの女みたいな目で見るのやめてくれません?」


 ……そっか。そりゃそうか、金髪先輩も毎回死んで、すぐ生き返ってる。私が万一殺されても、きっとこの男が何とかしてくれるだろう。


 よし、これで泉小夜対策は完璧だ。と、なると後は―────


「じゃ、考察を再開するぞ。まず、泉の燃え方についてだが……」

「はい、あの時は」


 私自身の、呪いについて向き合う時間だ。













「つまり。泉は発火する直前まで一切声を出さず、火が付いた瞬間も悲鳴一つ上げず。服だけじゃなく彼女の全身は炎に包まれて、線路に転落して電車に跳ね飛ばされたと。運転手は燃え盛る死体が目に入らなかったのかね」

「言われてみればおかしいですよね」


 改めて昨日の状況を分析してみると、奇妙な事が多すぎる。何で泉小夜は悲鳴一つ上げなかったのか。なぜ電車の運転手は、燃える死体なんて目立つものを見落としたのか。


 やはり、たまたま駅のホームの人間の煙草で着火して転げ落ちた等の事故というより、私の能力に起因する可能性が高い。


「まだ情報が少なすぎるし、何が起こったかは断定が出来ない。だがとりあえず後輩、お前は当分人を憎むな」

「そんな無茶な。釈迦にでもなれと?」

「そうだ、やれ。また誰かを火あぶりにしちまったら、その都度俺が自殺しないといけなくなる。知ってるか? めっちゃくちゃ痛いんだぞ銃自殺」

「……はーい。仕方がない、暫くは菩薩メンタルで生活しますよ」


 タク先輩に睨み付けられ、眼力に負け頷く。……怒るな、と一言で言われても難しいんだが。


 感情を完全にコントロール出来たら、そりゃあ人間じゃない。心の広い私と言えど、泉小夜みたいな人種には吐き気を催す。


 ……精神修行でも始めるかな。手始めに、どっかで滝に打たれてるか。


「にしても、泉ってそんなキャラだったんだな。おっとりした癒し系だと思ってたわ」

「タク先輩、泉さんと知り合いですか?」

「同じクラスだ。話したことは殆ど無いがな」

「一度話してみては? 何か情報があるかもしれませんし、ひょっとしたら泉さんの能力かもしれませんし。HRまでまだちょっと時間があるので」

「……そーだな。ただ、俺はクラスの連中に毛嫌いされててなぁ……。ま、やれるだけやってみっか」


 ……そういや、あんたの悪評は一年の教室にまでとどいてたな。タク先輩というか、奇特部の悪評だけど。





 ────こうして時空系能力者会議は終了し、それぞれが分かれて自らの教室に向かった。


 彼女は、弓須マリは気付かない。


 彼女の左手には、もはや古傷となった何かに強く引っかかれた痕跡、ヒロシの事故の古傷が今もなお残っていることに。













「来たな、マリキュー」


  もう体験するのは何度目かは分からない、既視感(デジャヴ)。巻き戻った時間は、私が別の選択肢を選ばない限り、寸分たがわず再現される。


 放課後、ヒロシへの返事をしに行った私は、昨日と何もかもが同じなヒロシの声に、涙ぐみそうになるほど安心した。良かった、私はやり直せるんだ。


「お待たせ。さぁヒロシ少年、心の準備はよろしいかな?」

「そりゃこっちの台詞だよ。やっと心の準備が出来たんだな、マリキュー? 一週間も悶々とさせてくれおってからに」

「……そ、そりゃすまんかった」


 昨日(きょう)と何も変わらぬ、ヒロシの姿。だが、昨日(きょう)とは違い、彼は余裕に満ちていた。


 


 昨日(きょう)の告白は、1回目の告白では、私は開口一番ヒロシに謝った。


 その瞬間的、ヒロシはだいたい察してくれた。その後の私の言い訳を、涙を堪えながら聞いてくれた。


「うん、周囲確認よし。こっそり覗きに来てるバカはいなさそうだね」

「だな。で、どうだ? 俺はマリキューのお眼鏡に叶ったか?」


 だが、今日(いま)は違う。私は、ここにヒロシの告白を受けに来ている。


 私の態度を見て期待を持ったのか、ヒロシはニヤリ、と不敵に笑っている。だが、よく見たら微妙に頬が引きつってもいる。


 不安か。期待か。高揚か。


 彼は、ヒロシは内心でいろいろな感情がせめいでいるというのに、それを悟られまいと格好つけているのだ。うむ、なかなか愛い奴だ。


 さて、私の返事は決まっているわけだが。今この瞬間が、私の人生初の恋人誕生の瞬間である。さて、どう答えたものだろう。


 オッケー、といつもの如く気軽に答えるか。永遠の愛を、みたいに仰々しくドラマチックに答えるか。


 うーむ、後者はなんか私のキャラじゃないな。前者はなんか軽いし却下。よし、真顔でたっぷりと焦らした後で、ニコリと笑って快諾する方針にしよう。



『ヒロシよ、貴様は神の血を引く悪魔の片腕として私に忠誠を誓うのであれば、我と共に歩むことを許す』



 うん、セリフはこんな感じでいいかな。中二病くさい? HAHAHA、何をいまさら。


 さて、ここからが私の時間だ。クイズミリオ〇アの如く返答をよく溜めて、タイミングを選びぬいて。真顔を維持したまま、私はジィ、とヒロシを睨むがごとく見つめ続けた。


「……」

「……マリキュー?」


 まだだ。


 私と見つめあい、徐々にヒロシの顔から余裕がなくなってくる。そうだよな、こう焦らされると答えを聞く方は不安になってくるよな。先程の余裕の表情から一転、ヒロシはゴクリと唾をのみ真剣な顔になってきた。


 脳内でドラムロールが鳴り響く。屋上には涼やかな風が吹き抜け、タラリと滴ったヒロシの汗を運び去る。


「……」

「え、えっと。おーい、マリキュー?」


 ヒロシはやがて、心配げな表情を隠そうともせずに私の目の前で手をひらひらと振り始めた。違う、そうじゃない。焦らしてるだけだから、私は。


 とはいえ、少々溜めすぎたか。ネタも通じていないようだし、そろそろ答えてやるとするか。


「……」

「……」


 わたしの沈黙に耐え兼ね、やがてヒロシも黙りこくった。


 今が返答するチャンスかな。えっと、セリフはなんだっけ。どう応えるつもりだったっけ、えっと、えっと。


「……」

「はぁ。マリキュー、生きてるか―?」

「……」


 えっと、あれ。私は、その、何を言えばいいんだっけ。上手く頭が働かない、おかしいな。


 と言うか、頰が熱い。目もぐるぐる回ってきた。めまい、なんだろうか? クソ、何でこんな時に。


「……」

「ダメだこりゃ、フリーズしてやがる。はやく再起動しろマリキュー、顔真っ赤になってるぞ」


 ……えっと。いかんこりゃダメだ、落ち着け、落ち着け私。


 思い出せ。私は絶対にここで、ヒロシに返事をしないとダメだってことを。


そうだ。そうじゃないか。ここで返答できなかったら、ヒロシはあの女に、泉小夜に取られ────




「ヒ、ヒロシィ!!!」

「うおっ!!」




 脳裏に、私を見下す奴の顔が浮かんで来て。反射的に私は、ヒロシに向かって叫んでいた。


 驚きの表情で、目を丸く私を見つめるヒロシ。


 言うんだ、今がチャンスだ。もう言葉なんて何でも良い。


 付き合うといった旨の言葉を、告白を了承するといった旨の発言を、絞り出してぶつけるんだ!


 思い出せ、あの屈辱を。泉小夜に見下され、ヒロシに見捨てられ、挙句殺人に手を染めてしまった虚無感を。


 ああ、そうだ。私はここで告げないといけないんだ、ヒロシへの想いを。彼は、正面から私を好きだと言ってくれた。なら私だって逃げずに、正面からこの男に返答しないと失礼じゃないか。





「私の方が! ヒロシをスッゴい好きだし!!」





 い、言った。よし、なんかチープな言葉だけど、とりあえずこれでヒロシが奪われる心配は────




「……」




 ……あれ? 今、何を言った私?


「……くく、そりゃ光栄だな」


 何か、とてつもなく恥ずかしい事言ってなかったか私?


 え、ちょっと。あれ、何でヒロシお前そんなにニヤついてんの? 何でそんなに調子乗ってるの? アレ?




「これから宜しくな、マリキュー」

「……あれぇ?」



 笑いを必死で堪えながら、ヒロシ少年は私を抱き締める。


 突然の抱擁に言葉を失い、頭が真っ白になって棒立ちしていると。彼は私の頬に、優しく口付けをし愛を囁き始めた。



 つまり、私にとって色々衝撃が強すぎたのだろう。



 直後に私は、「ちょ、ちょっとタイム!」と叫んで、ヒロシから逃げ出し校舎へ戻るドアを開けて。



 ────ドアの前で、私の返事を覗き見ていた魑魅魍魎(クラスメイト)達の姿を視認した。奴等は、私と目が合うと蜘蛛の子を散らすように逃げ出して、ブチキレた私は怒りのままに悪霊(きゅうゆう)どもを追いかけた。


 つまりまぁ、誰にも怒らないという菩薩メンタルの誓いは、半日も持たなかった訳だが。この日は誰も焼け死んでいないから、セーフとしておこう。



 こうして。良くわからないウチに、私は人生初の告白イベントを終えたのだった。

GWで書き溜め予定です。

1週後の投稿を目指します

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