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第八話「時間」

「……そっか、マリキュー」


 土曜日の、放課後。


 私はヒロシを伴って二人きり、校舎の裏の人気のない場所に来ていた。散々じらしていたヒロシ少年の告白の、返事をするために。思いを告げられたものの責務を果たすために。





「私は貴方の告白に、応えられない────」




 そしてこの日、ひとつの恋が終わった。




「ゴメンね。ヒロシのことは、その、まだよくわからないから。嫌いじゃない、と言うかむしろ好きの部類には入るんだけど、その」

「良いよ、そういうのは未練が湧くから勘弁してくれ。うーん、そっか、まだ出会って1か月だもんな」


 ああ、振ってしまった。罪悪感で胸が押し潰れそうになる。ヒロシには、本当に色々と助けてもらったというのに。


 彼は覚えていないだろうけれど、映画館でふらついた私を抱き止めてくれたり、日本刀持って追いかけてきた川瀬に1人突撃したり、操られた生徒から咄嗟に私を庇って立ち塞がったり。彼は間違いなく真摯で、情熱的で、頼りになる好青年だ。私にはもったいないくらいの優良物件と言える。


 ……正直なところ、私がヒロシを意識していなかったと言えば嘘になる。むしろ、知人の男子では一番好意的に想ってる人間だろう。


 でも。


「……あー、告白焦りすぎたかぁ。でもさ、マリキュー地味に人気あったんだぜ?」

「私が人気? またまたぁ」

「多分、明日か明後日にはちらほら告ってくる奴が出てくる筈さ。そしてたっぷり苦労すると良い、俺を振ったことを後悔してもらうぜ」

「うぐっ……、はぁ。ヒロシ、私ね、実はまだ恋人とか作ったことなくてさ。正直に言うと、怖かったの」

「そーだよなー、めっちゃ初心だったもんなぁマリキュー。ガツガツしすぎたかぁ……」


 恋愛に不慣れな私が、臆病な選択肢を選んだ。ヒロシにはそう言い訳したが本当は、違う。彼と恋人になるのが怖かったのは事実だが、それは恋愛に対する忌避感ではない。


 泉先輩が怖かったのだ。


 無感情な瞳で睨みつけられまま、気圧された私は拒否も出来ずにヒロシを振る約束をさせられていた。


 最後には喉元に拳を突き付けられ、「嘘だったら許さない」と念を押され。コクコクと頷く私を、泉小夜は無表情に見つめ続けた。


 ────そんな私がヒロシと付き合ったら、泉小夜はどんな行動を取るだろうか。


 私自身ヒロシは好きだが、ゾッコンと言う訳でもない。どんな障害をはね除けてでもヒロシと付き合う、と言う情熱も気概もない。


 こんなに色々とヒロシに助けられてきたというのに、好きだと告白までされたのに、私はどこかでヒロシを恋人と別の位置に置いていた。彼を身近に感じすぎていたのかもしれない。私は存外に、情が薄い女らしい。




「ま、いいさ。俺を振った事を後悔させてやるぜマリキュー。それはそれとして、お前と一緒にいると楽しいからこれからも一緒に遊ぼーな」

「すまん、恩に着る。……いい男だなヒロシ」

「今気づいたのか? 遅いぜ、まったく」


 そう言いながら口元を歪めるヒロシは、成程格好いい顔をしていた。振られる前のいつものひょうきんさは鳴りを潜め、耐える男の顔をしていた。


「ただ、さ。今週末はちょっと顔合わしにくいわ。マリキューを遊びに誘わんけど、許してくれ」

「……あー」

「ごめん、な。月曜日までには整理つけるから。……じゃあなっ」


 ……すごく、勿体ないことをしたかもしれない。彼ほどいい男が、今後どれだけ出会えるだろうか。彼はきっと、本心から私の事を好いてくれていた。私も、少しヒロシが気になり始めてはいた。


 ヒロシを振ったのはただの損得勘定だ。私がリスクを背負ってまで、付き合う勇気が無かったって話。




「……あー、振った側なのになんだこの悔しさ」




 この辺も全て、泉先輩の思惑通りなんだろうか。いや、そうなんだろう。汚い人だ。


 ────うん、家に帰ろう。私も一人になりたい。この胸の奥のモヤモヤとした何かが無くなるまで。


 どうしようもない苛立ちが、私を包み込んだ。今日はちょっと、誰にも会いたくない。







 ……と、思っていたのに。


 土曜日の放課後、一人寂しく変える道すがら、突如鳴り響いた私のスマートフォンに表示された登録名は『キチガイ先輩(金)』だった。






『ようマリキュー後輩! ちょっと能力開発つきあえや』

「タク先輩は何もわかっていませんな。今日は半日授業、土曜日ですよ? クラスの人気者マリキューちゃんには予定が詰まってるに決まってるでしょうが。可愛く可憐で可哀想な頭の私の放課後は、そう簡単には────」

『お前1年の同級生を振ったんだっけ? で、ソイツの残念会が開催されてるそうじゃねぇか。お前、今一人だろ』 

「何故その情報を……」


 情報早すぎだろ。なんでヒロシを振った事がもう学校中に広がってるんだ。


 ちくせう。アンニュイなマリキューちゃんは、自分を見つめるべく一人になりたかったのに。


『30分後、14時にハチ公前な。この前の話の続きもしなきゃならんし』

「あれ、部室じゃなく外でやるんですか。私服で来いって事?」

『制服で構わん。補導されたそのピンチで、能力覚醒するかもしれんし』

「着替えていきますので、14時半にしてください」

『オッケー』


 ……んー、まぁでもこれもアリか。むしゃくしゃした時は、なにか別のことに没頭して忘れてしまうのも良いかも知れない。それに能力開発とか、なんかわくわくする響きだ。今日はあの先輩に付き合ってやろう。


 補導されたくないから着替えていくのは確定として。受けを狙ったネタ服にするか、目をつけられないよう目立たない服にするか、それが問題だ。当然デート用のお洒落服は論外、万一ヒロシに見られたら気まずすぎる。


 結局。無難なTシャツジーパン姿で、私は指定された場所へと向かうのだった。いつものごとく目立って写メでも取られたら面倒くさい。


 スパイ○ーマンのタイツはまた今度にしよう。





 指定された場所へいくと、タクは妙に洒落た出で立ちで私を出迎えた。ドクロのネックレスに黒を基調としたヤンチャな男って印象の服装であり、金髪と顔の傷が絶妙にマッチしている。


 ────せっかくの私服姿だが、正直近寄りたくないな。私の嫌いなタイプのルックスだ。こう、不良チックと言うか。


「来たな後輩。何だ? 随分地味な格好だな……。てっきりスパイダー○ンのタイツでも着てくるかと思ったが」

「そ、そんなありきたりなネタをする訳がないでしょう?」


 あっぶね、読まれてた。


「んじゃ行くぞ、目的地は近くの本屋。そこの店主も関係者だから。つまり、お前の紹介も兼ねてる」

「らじゃ」

「ここは人目があるから、詳しくは店内でな。じゃ、ついてこい」

「ほいほーい。……あ、開発ってどんなことを?」

「ああ、勉強だけど」


 ……勉強? この見るからにチンピラで、授業なんてサボってそうな男が何を言い出すんだ?


「……勉強って何?」

「ああ、量子力学とか運動物理学とかに数学的な空間を軸に加えた4次元理論とその解釈だ。現代物理学というのはすごいんだぜ? 能力の原理とかも、頑張れば説明付くかもしれない程度には研究が進んでる」


 しかも凄い高度な内容だし。


 私、高校一年なんだが。まだ運動方程式を習った直後だぞ。4次元理論ってなんだ。ド〇えもんでも召喚する気か。


 超能力の開発って、普通はもっとこう特別感あふれる修行じゃないの? クローンを1万人殺したりだとか、水で満たした器に葉っぱを浮かべたりだとか。


「……瞑想とかそういう修行はないんですか?」

「精神系はそれでいいかもしれんけどな。俺ら時空系は、能力の発動条件が力学的に理解できることが多いんだ。だからまずは基礎知識として物理知識を持ち、自身の能力と発動条件に対して考察する事から始まる。それに、物理法則に干渉してそうな能力を除外しないといけないだろ? 今のところ、物理法則に喧嘩を売る能力に俺はお目にかかっていないからな」

「何か想像してたのと違う。こう、めっちゃ不味くて飲むとものすごく苦しむ代わりに、無理矢理に能力を引き出す魔法の水とかないの?」

「そんな都合のいいものはない」


 超能力の特訓って聞いて微妙に期待してたのに……。理科の勉強ってアンタ、そりゃないよ……。


 その後私は意気消沈しながら、ポケットに手を突っ込んでがに股で歩くタク先輩に連れられて、無事に少し古めの小さな緑色の屋根の古書店へとたどり着いた。


 この人やっぱガラが悪いなぁ。タク先輩は普段からヤクザとやりあっている人だ。自然と態度もチンピラっぽくになったのだろう。友達と思われたくないな。


 さて、タク先輩は書店の中で、レジ付近に座ってあた小太りの店員さんに一言挨拶し、奥の部屋へと私を連れ込んだ。


 案内された部屋の中には長方形の机が一つ用意されており、壁際に設置された本棚には難しそうな本が並ぶ。店員の休憩スペースか何かだろうか。


「さぁ、授業を始めるぞ。お前は高校一年だから、基本的な話からミッチリ教えてやろう。んじゃ、その『キチガイでも理解できる相対性理論』の本を開け」

「こりゃまたスゲェ本が出てきた」


 私にピンポイントすぎる表題の本だ。よく見つけたな、そしてよく出版する気になったな。


 いかん、このままでは貴重なJKの土曜日の放課後が、意味の分からない高尚で学術的な勉学に塗りつぶされる。上手く話をそらさねば。


「その前に、先輩。その、まずは時空系能力って言うのを理解するために、先輩の能力とかについて詳しくおしえてくださいませんか?」

「俺の能力についてか? んー、まぁいいか。本当は他人に能力の詳細を話すのは愚策だが、俺はもう敵さんにバレ切ってるしな」


 やったぜ、このマリキューちゃんにかかればこんなもんよ。上手く話題を変えることが出来たぞ、あとは適当におだてて持ち上げてタク先輩を良い気にしてから帰ろう。


「俺の能力は自分の死亡を契機に24時間、地球自転一回分の時間逆行が強制発動する能力だ。逆行を起こさないという選択肢はない。これは、死んだ瞬間に能力が発動する制約上、自身で能力の発動の有無を選択できないからだ」

「自動発動って事ですか。逆に気を失った後に殺されても発動するんですね」

「そうだな。そんでここからが大事、俺は24時間以上は遡れない。死んでタイムリープして、時間を巻き戻したその直後に自殺しても、48時間前には戻れない。その場合は、1回目にタイムリープした時刻までしか遡れないんだ」


 あ、そうなんだ。無限に遡れるのかと思ってたけど、そこまで万能な能力じゃないのね。


「俺の能力の弱点は2つあって、そのうちの1つがさっき言った24時間しか遡れないって制約。んでもう一つは、予知能力者に弱い事だ。例えば『Aという行動を選んだ結果死んでタイムリープ』して、『Bという選択肢を選びなおして』も、予知能力者はその度に選択した俺の行動を読んでくる。予知能力者が敵に回ると、ループ脱出が死ぬほど難易度上がるって訳だ。一回これで詰みかけたし」

「ああ、予知能力者が天敵なんですね」

「まぁ、そんなところだな。ヒントにはなったか?」


 うーん。どう見ても最強じゃんと思っていたタク先輩の能力にも、穴はあるのね。だけど、それを差し引いても、かなりエグい能力だと思うけどなぁ。上手くいくまで無限にやり直せるんだったら、いつかはタク先輩が勝つじゃん。もしかして回数制限とかあるんだろうか。


「そうはいっても先輩の能力ってかなり強いですよね。タイムリープは無制限にできるんですか?」

「まぁな。死にさえすればいつでも絶対発動する能力だ、たぶん無限に発動する」

「……良いなぁ、絶対便利ですよねソレ。私の能力もそういう感じだといいなぁ」


 回数制限なしなのか。じゃあ、好きなだけやり直して好きなだけいい未来を選びなおせるのね。どおりで、今まで奇特部なんて怪しすぎる部活があるのに、ヤクザさんに我々の正体が露見していない訳だ。


 陰でタク先輩が頑張ってくれていたのだろう。




「────本当に、便利なだけの良い能力だと思うか?」




 そんな風にぼんやりとタク先輩の能力をうらやんでいた私を、彼はひどく不快そうに睨みつける。


「タク、先輩?」


 何か、気に障っただろうか。怪訝そうな私の前で、男は凍えるような目つきのまま、ゆっくりと口を開いた。


「俺の叔父の話をしようか。叔父も、俺と同じ能力者だった。言っただろ? この能力は、ウチの家系にポツポツ発現する能力なんだ」

「は、はぁ」

「叔父は10年前の大地震の日、たまたま震源地の都市に家族旅行に行っていた。そして、運悪く車ごと土砂崩れに巻き込まれたんだ。……考えてもみな。叔父はタイムリープ能力者だ、すぐさま自殺して家族旅行を中止にすればいいだけの話だろ?」

「……そう、ですね」

「だが思い出してくれ。俺や叔父の能力の弱点は、24時間しか巻き戻せないこと。土砂崩れから掘り起こされた叔父の車は、運転席が大きく損傷していた。おそらく叔父は、土砂崩れの衝撃で気絶してしまったんだ。少なくとも丸一日、な」

「それ、どうなるんですか? 24時間以上気を失っちゃったら、時間逆行しても地震の前の日まで戻れない────」

「そうだ、それが俺の能力の限界でもある。地震の後、掘り起こされた叔父の遺体が握りしめていた手帳には、『殺してくれ』と書きなぐられていたそうだ」


 タクはそこで、話を切った。


 ごくり、息を呑む。


「わかるか、マリキュー」

「……まさか」

「叔父の視点に立って考えてみろ。そういう話だ」


 殺してくれ。


 遺体となった筈の叔父がそんなことを願った理由は、それはつまり。


「叔父は今も、息が出来ずもがき苦しむ家族を見つめながら、死ぬ直前の最期の24時間を繰り返し続けてるんだ」

「……でも叔父さんは、もう死んで」

「俺の視点だとそうだな。時間系能力者がタイムリープに巻き込まれるためには、ある程度近くで能力が発動しないといけない。俺は叔父さんと距離が遠すぎたから、叔父の死のループに巻き込まれずに済んだ」


 タクの叔父の主観では、彼はまだ生きて続けているのだ。無限に窒息し続け、絶望に歪む家族の顔を見てそしてまた生き返らされ続ける。


「こんなふざけた能力(ちから)があるか!」


 それは、呪詛だった。タクという金髪の飄々とした男が初めて見せる、恐怖と苦痛に歪んだ絶望の顔だった。


「叔父は、きっと今も窒息死し続けている。終わらぬ24時間を永遠に繰り返しながらな。うらやましいよ、俺は普通に死ねる人がうらやましい。いつか俺は、逃れられぬ死に出くわした時、無限地獄に叩き落とされるんだ」


 そして、それは。今日、明日、明後日か、いつ訪れるか分からぬ柊タクへの無間地獄への予告状。彼は生まれながらにして、永遠に解放されることの無い牢獄への切符を手渡されているのだ。


「わかったか。俺の背負った呪いが、お前の背負うことになる十字架が。間違っても、能力を肯定的なモンだと捉えるんじゃねぇぞ? 能力を使って幸せになっている奴なんぞ見たことがねぇ。俺もいつ、死のループに捕らわれるか怖くて気が気じゃねぇ」


 鼓動が早くなる。ああ、思い違いをしていた。私は、私はワクワクしていたんだ。


「忘れるなマリキュー、能力者の全員が間違いなく、自分の能力なんか消え去ればいいと思っている。俺たちは呪われた人間なんだ。神様に呪われた、哀れな子羊さ」


 超能力なんて信じられないほど強力な個性を持って。これから始まる危険なスリル溢れる非日常に、少なからず胸を躍らせていたのだ。


「いつか、お前さんは言うだろうさ。能力なんて、無ければよかったってね」


 私はただ、貧乏くじを引いただけだった。私はこの時やっと、それを自覚したのだ。


次回は1週間後です

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