表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
昔話異聞  作者: 藤村ひろと
海の章
11/11

浦島太郎と乙姫様

 

「大丈夫、私に任せておいて」



 ちょうどそのとき、警備役の者たちが足音高く集まってきた。


 そして麻酔銃を構えた、その刹那。


 女が鋭い声を上げる。



「待ちなさい! 彼を行かせなさい。彼は施設の動力ラインを破壊する爆弾を仕掛け、その起爆スイッチを持っている」



 思わぬ言葉に、警備員たちが躊躇した。


 するとその後ろから、大きな声がかかる。


 太郎をここまで連れてきた、赤い髪の毛をした男だ。



「その男に、そんなことができるわけがない。その男はただの原住民だ。所長、あなた、その男を使っていったい何をたくらんでいるんだ?」


「ただの原住民ではなかったのよ。向こう側の工作員だったの」



 女の言葉に、あたりは騒然となる。


 太郎以外のすべての人間が、彼女の言う『向こう側の工作員』という言葉の持つ、恐ろしい意味を理解しているからだ。



「まさか! そんなわけはない」


「彼は実際に、爆弾の起爆スイッチを持っている」



 そういいながら彼女が太郎を指差した。


 きょとんとした太郎の顔は、しかし、恐怖に駆られる者から見れば、一種異様なふてぶてしさと取れないこともない。


 そして何より、彼の腰につけられた竹製の魚篭びくから、明らかに軽金属とわかる、鈍い光を放つ金属の小箱が見えていた。



「スイッチよ」



 叫びながら太郎を振り向いた女は太郎にだけ聞こえるよう、小さな声で言った。



「魚篭の中の箱を持って」



 言われるまま太郎が魚篭に手を入れ、小箱を取り出す。


 すると、周りの連中は凍りついたように固まってしまった。



「そのまま、ゆっくり歩いて」



 太郎はゆっくりと歩を進める。


 それに釣られ、彼と女を取り囲んでいた人々も、ゆっくりと移動した。



「うそだっ! そんなはずはない!」



 赤い髪の男が怒鳴る。


 その瞬間、女の瞳がきらりと光った。



「そんなはずはない? どういう意味かしら?」


「う……いや……」


「どうやら、ここにも工作員がいたようね? それとも、向こう側への、内通者かしら?」


「ば、ばかなっ!」


「まあ、とりあえずそれは、後で追及させてもらいましょう。今はとにかく、彼の言うことを聞くしかないわ。動力ラインを破壊されてしまっては、私たちの命はない。ここで水圧に押しつぶされるか、極寒に凍えて凍死するしかないのよ?」


「きさまっ! 何をたくらんでいる!」


「その男を確保しなさい。所長命令です。私には、あなた方の命を守る義務があるのです。彼が無実かどうかは、後日きちんと公開裁判を行います。今は何より自分の命を守りなさい」



 テロリスト問題を、いつの間にか『自己の安全の問題』にすり替えられてしまっていることに気づかず、警備員たちの数人が、あわてて赤い髪の男を取り押さえ、連行していった。



「さあ、私が案内するから、潜水艇のところまで行ったところで、そのスイッチを渡してもらうわ。いいわね?」



 強くそう聞かれ、わけもわからぬまま太郎はうなずく。


 彼女は瞬時に振りかえると、警備員に向かって強く叫んだ。



「ここは彼を刺激しないように、言うことを聞きます。みんな下がって、管制室のモニターで、事態を監視してください」



 要は何もせずに下がれ、ということだ。


 だが、『モニターで監視』と言う、新たな行動命令を与えられている。


 命令される側と言うのは、明確な命令を与えられると、そのとおりに動くことで安心できるのだ。


 そのため、単純に引けと言われるよりも、心情的に受け入れやすかったのだろう。警備員たちは、上司である、彼女の命に従った。




 女は太郎を連れて、潜水艇のある格納庫へ向かう。


 そこに入って格納庫の扉を閉めると、メイン電源盤を開け、ブレイカを落とした。


 これで、緊急回路が入るまでの30秒間、格納庫は閉鎖される。



「急いで!」



 太郎の手をとって駆け出した女は、潜水艇に入り込む。


 間髪いれずにメインコンピュータを起動させる。


 最大権限のあるIDをスキャンして、潜水艇のコンピュータは、言われたとおりエンジンを起動した。



 そこでようやく緊急回路が作動し、格納庫の動力が生き返る。



「ハッチ、オープン」



 潜水艇から発せられようが、どこから発せられようが、彼女の命令は、今のところ絶対だ。


 格納庫のコンピュータは、彼女の、正しくは『所長のIDを持つ潜水艇コンピュータ』の要求にしたがってハッチを開いた。すぐさま発進した潜水艇は、全速前進で開いたハッチを飛び出す。


 異常に気づいた管制塔が、あわててハッチを閉じようとしたときはすでに遅く、潜水艇は深海の闇の中へ消えていった。



 


「とまあ、こんなところで授業は終わりだけど、何か質問は?」


「質問だらけ。とりあえずわかったのは、あなたが神様じゃないと言うことくらいですかね」



 太郎の答えに、女は満足そうに笑った。



 いずことも知れぬ、海。


 波間に漂う潜水艇。


 そのデッキの上で、太郎と女は、燦々(さんさん)と照る太陽を浴びながら、微笑みあっている。



 逃げ出した二人は、いずれどこかに上陸し、姿を消さなければならない。


 だが、その前に、少しでも太郎に現状を把握させなくては。


 女は、噛んで含めるように易しい言葉を使って、今までの経緯を太郎に伝えた。



 そして、ある程度話したところで、覚悟を決めた。


 自分たちがやってきたことは、太郎側からしてみれば、到底、許せるものではないと思ったからだ。残虐非道のそしりを受けようとも、甘んじて受け入れなくてはならないだろう。


 そう覚悟をして話したのだ。


 しかし、おそるおそる反応を待っていた彼女が受け取ったのは。


 彼女から渡された小箱――それはスイッチでもなんでもない、ただのシガレットケースだったのだが――を海へ投げたあと、満面の笑みを浮かべた太郎のこんな言葉だった。



「間違うことも、誤ることも、人間ならあるでしょう。だったら、気づいたそこから取り返せばいいじゃないですか」



 まっすぐなその答えに、彼女は胸のつかえをいっぺんに降ろす。


 もちろん、話はそんな単純なことではない。


 これから、その償いなりをしてゆかなくてはならないだろうし、その前に、追っ手から逃げなくてはならない。目の前には、不安材料ばかりだ。



 だが、彼女には不思議と、何の不安もなかった。


 目の前にいるこのたくましい男が、無限の勇気と力を与えてくれるような、そんな不思議な感覚に包まれているのである。女はまぶしそうに、太郎の顔を見つめていった。



「それじゃ時間もないし、もう一度、わからないところをおさらいしましょう。そのあとどこかに上陸して、今後のことを考えなくちゃ」



 すると太郎は、手をかざして太陽を見てから、彼女へ視線を落とす。



「ああ、そうですね。でも、それより先に教えてもらうことが」


「なに?」



 怪訝な顔をした女に向かって、太郎は。


 見る者の胸が痛くなるほど、優しくてピカピカに光った。


 最高の笑顔を浮かべて言った。



「決まってるでしょう? あなたの、本当の名前ですよ、乙姫様」


「あ……」



 女は声をなくす。



 それから、少し唇を震わせた。


 やがて、涙と笑みで顔中くしゃくしゃにしながら、女は太郎の胸に飛び込んだ。


 その豊満な身体を、太郎は軽々と抱きとめる。



 色んなことがある。


 今までの責任、これからの仕事、大切なこと、大変なこと、たくさん。


 でも今は。今だけは、忘れていいよね?



 女は身体中にあふれ出す幸せとともに、太郎の耳元へ口を寄せる。


 それから、打ち寄せる波の音に負けないよう、大声で叫んだ。



「私の名前はね……」




 

拾えてない伏線、つじつまの合わない所などありますが。

ハッピーエンドが好きなので、こんな感じで終わらせていただきます。

説明ばかりで終わるより、アクションとハッピーエンドのがいいかなぁと。


お気に召さなかったら、申し訳ありません。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ