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昔話異聞  作者: 藤村ひろと
桃の章
1/11

旅立ちと出会い

 

「では、鬼退治に行ってまいります」


 桃太郎は晴れ晴れと老夫婦に微笑むと、くるりときびすを返した。


 爪に火をともすような生活をしながら、深い愛を持って彼を育ててくれた二人に感謝し。さらにこれからの困難な道のりを考えて、ぶるっと武者震いをする。


 貧しい中をやりくりし、おばあさんが一生懸命あつらえてくれた旅支度も凛々(りり)しく、桃太郎は意気揚々と胸を張る。


 おじいさんおばあさんにしてみれば、 危険な旅に出るのは賛成したくない。


 だが、彼が自分で決めて、言い出したことである。


 一抹の寂しさを感じながらも、可愛がって育ててきた子供の成長を感じられるのはうれしいものだ。


 彼らには、桃太郎の凛々しいこの姿が一番の報酬である。



「桃太郎、身体に気をつけてね?」


「桃よ、しっかりやってこい」



 老婆は身体を気遣い、老人は激励する。


 ふたりとも、本当は行って欲しくなどないのだが、しかし、男がひとり決めて立った。それをとめる事など、出来るものではない。


 桃太郎は、伝え聞く悪の温床、鬼が島に向かって歩き出した。


 




「勇ましいお侍さん、その腰につけた弁当を、ひとつ俺たちに施しちゃいただけませんかね? もうずいぶんと、何も喰っていないので」



 言葉尻は慇懃いんぎんだが、しかし、その言い回しは明らかにあざけりの調子を帯びている。山を越えようと入った峠道で、桃太郎の前に立ちふさがった男がそのセリフを吐いた。



「すまぬが、私はこれから鬼退治にゆかねばならないので、残念ながら君達に分け与える余分はないのだ。許されよ」



 桃太郎の真摯な言い回しに、三人は爆笑。



「ははは、兄ぃ。こいつはこれですぜ?」



 ひとりがそう言いながら、頭の横で指をくるくると回してみせる。



「なるほど、それじゃあ、判りやすく言ってやろうか。おい小僧! いいから黙って身ぐるみ置いて行きやがれ。さもないと、ぶっ殺すぞ」



 ドスのきいた声でそう言われ、世間知らずの桃太郎も、ようやく事の次第に思い当たったようだ。合点のいった顔でしきりにうなずいている。



「なるほど。君らは山賊なんだな?」



 いまさらの問いに、三人の男は失笑する。


 頭目らしき男が、二人の手下てかに向かってニヤニヤと言う。



「おい、イヌ、キジ。このお坊ちゃんは、どうやら世間の厳しさをご存じないようだ。おめえら、しかたねえからお召し物を脱ぐの手伝ってやれや」


「ほいさ、任された。キジ、おめえはそっちを抑えろ」


「あいよ、イヌのアニキ。サル兄ぃ、殺しちまっちゃまずいですかね?」



 手にヤリを持ったイヌと呼ばれる男がおどけて請け負うと、キジと呼ばれた下っ端がニヤニヤ笑いながらそう脅しをかける。


 そのどこか放牧的な雰囲気に、桃太郎は思わず微笑んだ。


 すると、その笑いを嘲笑と勘違いしたのか、キジが脊髄反射で吼える。



「ヤロウ! なにがおかしい!」



「いや、すまない。愚弄する気はないのだが……しかし、兄弟で仲むつまじいというのは、いいものだな。私には兄弟がいないから、うらやましい」



 三人はぽかんとしてしまった。


 それから、またバカにされたのだと思ったのだろう。


 今度はイヌが、怒気も激しく噛みついてきた。



「てめぇ、命はいらねえらしいな? 兄ぃ、殺っちまっていいっすね?」


「おう、やれ」



 答えを聞くが早いか、イヌとキジは桃太郎に飛び掛る。


 イヌは地を這うような低空からヤリを突き出し、キジは空高く跳躍すると、上から匕首あいくちで切りかかってくる。見事な連携だ。


 しかし、桃太郎の神技は、そのはるか高みを行っていた。



 低空から突き出されるヤリを跳んでかわしながら、一閃、腰の太刀を抜き放つ。


 鞘走った太刀はひらりとひらめいて、キジの匕首を飛ばした。峯打ちでキジの手を叩いたのだ。


 あっと叫んでキジが匕首を取り落とすのと、ひらめいた刀が下方から突き出されたヤリの柄を切り飛ばすのは、ほとんど同時だったろう。


 あわてて先のないヤリを引っ込めたイヌの眼前に、桃太郎の刀の切っ先がぴたりと止まる。



「私の剣は鬼を斬るものだ。無益な殺生は控えたい」


「そうは、いかねえな」



 そう答えた声は、頭目であるサルのものだ。



「おめえらじゃかなわねえ。ひっこんでな」



 言いながら、背中の大刀をのそりと抜き放つ。驚くべきその刃幅と、奇妙に反り返った形は、桃太郎の初めて見る刀だった。


 思わず見入ってしまった桃太郎の表情を、おくしたものと勘違いしたのだろう。


 サルはにやりと笑う。



「こいつはな、海の向こうから来た連中が持っていた、青龍刀という外国の刀だ。おめえのなまくらなぞ、いっぺんに斬り飛ばしてくれるわ」


「ほぉう、外国の刀か。それは珍しいな。ずいぶんと大きいが、そんなものを振り回せるのか?」


「やってみればわかるさ」



 言いながらサルは刀を背に引いて、奇妙な構えを取った。そう、刀と同じく中国の拳法をも、この男は身につけているのだ。


 その奇妙な構えのまま、サルはじりじりと間合いを詰める。


 初めて見る構えに、しかし、桃太郎の動揺はない。


 抜き放った太刀を正眼せいがんに構え、切っ先の延長上におのが胆力をぴたりと乗せる。


 見事な構えだ。



「やるな……」



 小さくつぶやいたサルは、不意に風をまいて襲い掛かった。


 まっすぐ突きかかって来るのではなく、身体を独楽こまのようにくるくると回しながら、上下左右、息もつかせぬ攻撃を繰り出してくる。



「すごい。このようなわざがあるのか」



 桃太郎はひらひらと青龍刀の切っ先をかわしながら、驚嘆する。


 しかし軌道が読めてしまえば、手に余るほどではなかった。


 円を描く弧の軌道を見切り、瞬時に間合いを詰めると、必殺の突きを繰り出す。桃太郎の突きはあやまたず、サルの肩先を浅く貫いた。


 支点を突かれた独楽こまは、たやすくバランスを崩す。


 むぅとうなったときには、すでにサルの身体は地べたにどうと倒れていた。


 そののど元へすかさず切っ先がさし出され、サルの反撃をとめる。


 そのまま、わずかの時間が流れ。



 やがて。



「参った」


 サルは小さくつぶやいた。


 悔しさよりも、あまりの彼我の実力差に苦笑さえ浮かんでくる。


 いったい、この男はどれほど強いのだ。腕に覚えの自分が、まるで子ども扱いではないか。


 元来、彼らのようなやからは、強者にたいして憧れと好意を持つ。


 成り行きを見守っていたイヌとキジ、そして誰より桃太郎の強さを身体で知ったサルは、この若武者にすっかり心酔していた。



「これで、通してもらえるかな?」


「いいや、ダメだ」



 サルの言葉に、イヌとキジが驚く。



「兄ぃ?」



 しかし続いて出た言葉に、ふたりとも破顔する。



「通すわけには行かねえな。俺とイヌとキジを、あんたの家来にしてくれなけりゃあ、な」


「兄ぃ! さすが、わかってる!」


「大将! 大将の名前を教えてくださいよ!」



 イヌはにやりと笑い、キジは桃太郎になついてしまう。


 桃太郎は困ったような顔をしていたが、やがて、真剣な顔で言った。



「私はこれから鬼が島へ、鬼退治にゆくのだ。人外の魔物ゆえ、命の保障はない。それでも、ついてくるか?」



 瞬間、三人は笑い出す。



「なんだ、さっきのは俺たちをからかったのかと思いきや、本当に行くのかい? 驚いたな。しかし、さすが俺を倒した男だ。目標がでかい。まさか鬼退治とは」


「うむ、村の者も、旅の届けを出しに行ったときの役人も、みな同じように笑った。私のやることは、それほど愚かなことなのだろうな。しかし、私はそれでもやらなければならない」



 真剣な桃太郎の様子に、三人の山賊は笑いを引っ込めた。



「なぜ、そんなことを?」



 キジの問いに、桃太郎は、まじめな顔で答える。



「私も人外の物の怪(もののけ)かもしれないのだ。桃から生まれたのだからな。そんなものに、普通の運命が待っているわけないだろう? 桃から生まれた私には、きっと、天が授ける使命のようなものがあるに違いない。そう思って生きてきた」


「桃から……」


「そして、鬼が島の話を聞いたとき、私の身体にはしるものを感じた。これが天命かどうかは判らぬが、しかし、そのまま知らぬフリをして安穏と暮らすことは出来ない。そう感じたのだ」


「なるほど、天意ってやつか……俺たちがこんなところで、兄弟三人山賊をやっていたのも、もしかしたら天意ってヤツなのかもしれねえな。了解だ、大将。俺たち三人は、今からあんたの手下てかだ。なあ、おめえら?」


「おう、よろしく頼むぜ、大将」


「大将、名前は?」



 イヌが力強く笑い、キジが同じ質問を繰り返す。


 その問いに、桃太郎は少し恥ずかしそうにはにかみ。


 それから、思い返してぐいと胸を張り、強い口調で言った。



「桃太郎だ」



 三人の手下は、その名に、運命を感じた。



「俺はサル、こっちがイヌで、こっちがキジだ。大将、言っておくけど、俺たちは兄弟じゃないぜ? 義兄弟の契りを交わした仲なんだ」


「ふむ。しかし、義兄弟であれ、そう仲がよいのはうらやましいものだな」



 本気でうらやましそうな桃太郎の顔に、サルはあきれて肩をすくめると言った。



「かー、まったく勘の鈍い人だね。だから、俺たちと義兄弟の契りを交わしちゃくれないか? って頼んでるんじゃないか。もちろん長兄は大将、あんただよ?」



 たっぷり数秒間、三人の荒くれの顔を見つめた桃太郎は。


 彼らが笑顔でうなずくのを見てうれしそうに、心底うれしそうに微笑んだ。


 若武者らしい、なんとも涼やかな笑顔だった。


 


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