2章 再開は憎しみ
翌日、いつも通りに学校を出る。
今日の日付は六月十六日。
私は特に何もなく普段通りに二・四時限の講義を受けた。その間コイトスは教室の天井を駆け回ったり、昼飯のときは私の昼飯であるラーメン皿を両手で少しだけ傾けさせて汁だけ飲み干したり教師の頭に乗って飛び跳ねたりなどしていた。周りの人には気が付いていないようだった。
目障りな半分、今までと違った光景なのでその半分は面白かった。
しかし四時限目が終わって帰ろうとしたときに事件が起きた。一階の教室を出ようとしたとき大学の構内でアナウンスが鳴り響く。
『大学内に侵入者が……』
その声に反応してコイトスが言う。
「奴らが来たようだね。君の仲間にも会えるチャンスだ。扉を開けて行くぞ」
私は周りにいる生徒たちが「出るなって言われてんだろ」とか言う言葉を無視し白い扉を開ける。
「昨日の兄さんまし?」
「君は……」
扉の前に黒髪の赤いフードを被った女の子が立っていた。自動販売機の前で立っていたあの子だった。名前は確か……。
「藤井モナコさん?」
「……ってコイトス総長まし」
「コイトス、侵入者ってこの子じゃないよね?」
「もちろん、君たちの周りにいるのが敵さんだね」
周りには白いスーツに鬼の仮面を付けた人たちがいる。
「あのお面、高そうだな」
「あの……モナコですまし。こちら新人とコイトスに会ったのは良いけど白い輩に遭遇しましたまし。これより戦闘準備に入りますまし」
モナコさんが一人でそう話す。
「あの服装はフードを頭に被るだけで電話になるから“フォンフード”って言うんだよ」
「へえ……」
「すごい機能だろ。褒めてもいいぞ」
「使ってないからなんとも言えない」
その時だった。
「我々を無視するとは良い度胸だ」
白いスーツ奴らが白い弓矢を取り出す。それを私たちに向って打つ。
「赤弓」
赤い矢が白い矢に向かって放たれる。
「こんなもん。彼らにとっては序盤の序盤ですまし」
赤い弓矢を持ってたのはモナコさんだった。コイトスは私に近づき言う。
「君。習うよりも慣れろってことわざを知っているよね」
「あぁ」
「うーん。簡単な技から行くか……手を銃の形を作って親指を押してみて」
コイトスの言う通りに手の形を作る。
「雷銃弾」
何も考えてないのに口が動く。
すると指の先から光の線が一瞬一直線に出る。
「新人の兄さんまし。やるまし」
どうやらモナコさんは褒めているらしい。五人ぐらいの白いスーツの者達が倒れた。
「まさか最初からモナコよりも強い技が出るとは恐ろしいね」
「強い技?」
「漢字が多ければ多いほど強い。さっきのモナコの技は『赤』と『弓』。君は『雷』と『銃弾』。熟語になればなるほど威力と速度が増す」
「他にはどうすれば技が出る」
「あるけどもう少し術を使い慣らさないとね」
そのときだった。白い輩は剣を取り出し始めた。
「あれに対応できる技は?」
「剣を扱える者ならできる技がある……あぁ。あの子がいたら一番よい見本見せてもらえるんだけどね」
「あのバカ女は死んだましよ」
「そうだった。モナコには禁句だったね。でも、どうしようか。このままじゃ……」
黒い大きな盾と共に目の前に黒い浴衣の女の子が立つ。
「黒壁盾(BBS)」
エレベーターで会った子だった。
「あんた……死んだんじゃないのまし?」
「これ……渡しに来た」
彼女の指から飛ばされた黒いコインがコイトスの前に転がり落ちる。そのコインには『D』という文字があった。
「あれ?谷本百合のTでも王茂子子のOでもない」と尋ねてみた。
「この文字は死んだことを表す「D」だよ。モナコのコインの裏面に何も書かれてなかったのはこのためだよ」
死んだ?目の前にいるじゃないか?
「じゃあ、何で黙ってうちらの組織から逃げた彼女がいるまし?」
「こればかりは僕にはわからない」
「私が選ばれたから……神にね」
コイトスとモナコさんの話の間に彼女が割りこむ。コイトスは地面に落ちたコインを両手で裏返しにする。そこには「G」と書かれていた。
「王茂子子のOに谷本百合のTが重なって神となるGになったというわけか。じゃあ君は一体……」
「助け……」
彼女が言い出したときにモナコさんが怒りを露わにして言う。
「帰ってまし。あんたは私たちの最大の敵かもまし。次会ったらただじゃおかないからまし」
谷本さんは悲しそうな顔をした後、壁沿いを歩き左に曲がって壁の中に消えた。それと同時に黒い壁が消え白い輩たちが倒れ込んでいた。お面がずれたら人間の顔をしていたが、目玉は一つしかなかった。
モナコさんと谷本さんの関係。さらに神という名のコイン。一体、このコインに何が……。
私は話を変えようと話し出す。
「他の生徒たちなかなか出てこないね」
「僕の能力で扉を頑丈に閉じておいた。一応、アナウンスも仲間に頼んで入れておいてもらったよ。時間も止まっているから大丈夫。あとは僕らが外に出ればすべて元通りだよ……あっ、来た」
「あれ?終わっちゃたみたいね。モナコちゃんさすがぁ♪」と青いフードに茶髪の女の子が言う。
「私じゃない。谷本とか王茂とかいうクソ女まし」
「やっぱり生きてたんだ。あ、新人さん、よろしく。私は七丘晴美、背が低いけどこれでも三十代だから……嘗めたら地獄行きよ。それとあそこで白いお面を付けた輩にゴミ箱からゴミを無理矢理食わせてるのは大橋信。無口だけどいい人よ」
彼女は緑色のフードを着てる男を指差して言う。
「ゴミ食わせてるところでいい人じゃないような……」
「あ……彼、私の夫だから……で何か言ったかな?」
怖いオーラが漂っている。
「……いえ、何も申しておりません」
「なら、いいわ」
「さて、あいつが来る前にここを移動しなくてはね?」
「そうましね」
私の腹のあたりまでしか背がない七丘さんとモナコさんがそうやり取りする。あいつとは一体…… 。私たちは建物がつながっていて外に出やすい通路を足早にして進んでいった。しばらくして私たちは大学の駐車場に出ていた。
「あれに乗るぞ」
そこには見たことのない黒い車が止まっていた。私は一番後ろの扉を開けモナコさんと共に座る。前を見ると大橋さんが座っていた。回転するイスのようだ。彼は私の顔を見るなり笑顔でこっちを見た。その顔にはさっきまでゴミを食わせていたイメージを破壊するほどの心が和やかになる笑顔だった。
「我らのアジトへ行くわよ」
大橋さんの横に座ってる七丘さんが運転手に向かって言う。
「へい、お待ち」
「彼は星野愁だよ」
コイトスは椅子と椅子のすき間に丸くなっていた。タイヤが地面に触れる感覚がしない。
「あの……出発しないんですか」
その答えに大橋さんが窓を指差す。道が動いていた。どうやら出発していたようだった。
「この車はタイヤで走るんじゃなくて飛んでるんだよ」
コイトスが付け加える。
「どうやって?」
「うちらにしか出来ない術で……」
「あぁ、無命線か」
「あの……」
急にモナコさんが赤面して話出す。
「その手相のこと笑ってごめんなさいまし。嫌でしたよねまし。でも私、仲間がまた増えて良かったんですまし……ってお兄さんまし」
彼女の頭に手を乗せる。
「俺も同じだよ。コイトスが告げてくれなかったら俺は一人だと思ってた。だから気にすんな」
「恥ずかしいからやめて下さいまし」
彼女は私の手を振り払う。
「そういえばモナコさんって何でましって語尾付けるの?」
そう簡単に聞いただけなのに彼女の頬に一筋の涙がこぼれ落ちた。
「女の子には聞いて欲しくないことがあるものよ」
七丘さんはそう言い、大橋さんは首を縦に何回もうなづく。そういうものか。
「姉御たち、アジトに着いたっす」
「あら、御苦労」
私たちは車から降りる。
五階建ての建物のようだ。薄茶色のようなその建物。
その玄関に私は入る。入口にある鈴が鳴り出す。
「総長たちがお帰りになられたぞ!!」
中からその声が聞こえた。すると近くに人が集まる。
「やぁ、諸君。ここに新たな仲間を紹介する。では、その彼からどうぞ」
どうぞって言われても。周りの人々の視線が気になる。
「全くもうですまし。自分の名前とか簡単に自己紹介すればいいまし」と私にしか聞こえないように小声でモナコさんは言う。
「私は秋上成助と言います。大学生です。未熟者ながらお世話になります。はい」
「そう、固くならなくていいんだよ。ここのみんなは優しいギルドであり、仲間であり、友人であり、家族なんだから」とコイトスは言う。
「総長の言う通りよ……さぁ、みんな、宴よ!!」と七丘さん。
「……とその前に。藤井モナコ!!」とコイトス。
「ひゃいまし!?」と驚いて変な声で彼女は返事する。
「今日から君は秋上君のナビゲーター役に任命する。つまり外に出る際は共に過ごせ!!それがお前が彼に説明せずに技を使用した罰だ。大学にもだぞ」
おいおい、この子は中学生だぞ?いくら何でも……。
「了解まし」
ほら、断れた……って……えぇ?
彼女に聞いてみる。
「君の学校はどうするの?」
「私は学校に出てるまし。でも、あなたのナビゲートもするですまし」
彼女の言っている意味が分からなかった。
「細かい話はいいじゃないの?」と七丘さんに促された。
それもそうだな。
そう思い、この38人と共に宴を楽しんだ。
私はまだ知らなかった。
この他に谷本百合と王茂子子の二つの名を持つ者とのギルド関係。さらにここにいない三人の強力な仲間がいたこと。そしてコイトスという生物とコインの本当の存在の意味を。
そういえば、あいつとは誰なのだろうか?
私の物語は今、始まったばかりである。
あれ?今、何か忘れてたことを思い出したような……。
まぁ、いいか。
宴を楽しむのである。