魔王様、家庭に仕事を持ち込まないで!!
「どうした! 泣き叫ぶことしか出来ぬのか! 勇者たちよ!」
黒い影を部屋の隅々に伸ばす俺様が、部屋の中心で泣き叫ぶを勇者と呼ばれる男女をあざ笑う。
この2人の勇者! なんと小さい存在か!
赤子の手を捻るとは、このことだなっ!
魔王『俺様』の前では、予言にある双子の勇者たちなど取るに足らぬ。
「魔王様……」
恐れながら――と、腹心である女が剣を手に俺様の横に立つ。
おお、そうか。こんな泣き叫ぶ勇者たちなど、腹心の手で充分だ。よし、オマエの手で――。
「家庭に仕事を持ち込まないでください! 魔王様!」
「あっ、痛てぇっ!」
腹心の剣が俺様の横っ腹に突き刺さる。
「て、てんめぇ~! 脇を狙うとか卑怯な……」
のたうち回る俺様が面白いのか、双子の勇者たちは指差して笑いやがる。
おのれ、俺様の息子と娘ながら憎らしい笑い顔だ!
よしよし、パパですよ~。
こ、こら、髭を引っ張るな、息子よ!
か、髪を掴むな、娘! 取れるだろ!
2人の赤ん坊にじゃれ付かれる俺様を、腹心が虫でも見るかのような目で見下ろす。
「今度、家庭に仕事を持ち込んだら、刺殺しますよ。魔王様」
「今、刺したろ? 刺さってるよ、これ!」
俺様はローブをめくり、脇腹の傷を腹心に見せつける。
「刺しただけです。殺してません」
「おお、確かに」
「確かにじゃありませんよ、あなた様」
納得する俺様を窘めるように、美しい女が魔王の部屋にやってきた。
さる王国から攫った聖女とも呼ばれる美しい王女だ。しかし今は俺様の思うが儘になる妻である。
「おお、マイハニー。ひどいんだよ、オマエの妹。俺様の脇腹を――」
「酷いのはあなた様ですよ」
愛する妻は、俺様の髭と鬘……じゃなかった髪を引っ張る赤ん坊を手に取って抱き上げる。助かった、取れてない。良し、腹心も愛する妻も気が付いてないな。
「ダメよ、2人ともパパの髪を引っ張ったらハゲがバレ……髪の毛が抜けてしまうわ」
「ん? いま、ハゲって言っ……」
「姉上! 魔王様がまた姉上の子たちに、本気で脅しをかけたのですよ。なんとかしないといけません」
ん? なんか誤魔化された?
「まあ、怖いパパですね。ダメですよ、あなた様。そうやって自分の子に、畏怖の念を擦りこもうとするなんて」
「ぬぬぬ……、しかしだな! 予言ではオマエの息子と娘が、俺様を倒すという事になってるんだぞ? 神代からの予言だぞ! どの本にも書いてある予言だぞ! 俺様はおちおち安心して、コイツラのおしめも代えられんし、お風呂だって入れんのだ!」
「ああ、魔王様はこの間、お二人のおしめを代えてたら、見事に聖水を浴びて大騒ぎされてましたね」
「うむ、聖水が魔物に効くというのはそういう事かと――って、うるさいわ」
剣を仕舞う腹心に裏拳ツッコミを入れる。が、腹心は華麗なステップでこれを躱す。
追いかけて、裏拳を入れようとすると、腹心の手がこれを受け止める。
「おい、オマエ。俺様の部下だよな」
「いえ、私は姉上の部下――っ!」
会話の途中で不意打ちの気合一線、逆の手でツッコミを入れようとするが、それを払われた。もうツッコミじゃないな、これ。
この争いを止めたのは、愛する妻の声だった。
「あなた様。魔王が神の言うことを信じてどうするんですか? 神様がこの子たちを『勇者』と言ったことなど、信じなければいいのです。あなた様は魔王なのです! 魔王が神の言う事を信じてどうするのですか!」
愛する妻に強く主張され、俺様は気が付かされた。
そうだ。魔王が神の言う事を信じてどうする。
疑う、ゆえに魔王あり。
信じる者は、掬われる。
「言われてみればそうだな。魔王が神の言う事を信じていいも、の……か? ん? んん? うん?」
なにか違うような気がするが、確かに魔王が神の予言を信じるとはおかしい。……ような気がするがなんか違うような。
「信じなかった場合、凄い不利益を将来受けるような気がする……でも、魔王が神の言う事を信じるなど、いやまてなんか俺様勘違いしているような」
「どうされました? 哲学ですか? 魔王様」
「いや、そういう話じゃ……まあ、いい」
「バカですぐ考えを放棄する人で良かったですね、姉上」
「そうね」
「ん? なんか言ったか?」
「魔王様が賢明なご判断をされる方で良かったですね、と申しました」
「そうね」
「うむ、そうだろ」
俺様の偉大さと聡明さに、やっと愛する妻とその愚妹が気が付いたようだ。良いかな良いかな。
「はーい、二人とも、おっぱいの時間ですよー」
愛する妻が、息子と娘に食事を与えるため、その胸をさらけ出す。
勇者でありながら、意地汚くも貪りつく息子と娘。
その時、嫉妬の黒い渦が、俺様の心に湧き上がる。
「ダメだ! その胸は俺様のモノあっ、痛ってぇっ!」
腹心の剣が、また俺様の脇腹に突き刺さる。腹心だけに横っ腹。ってうるせーよ。
「こ、この~、同じところを刺しやがって……」
「すみません、刺しやすそうな脇腹をしているもので」
腹心は謝っているが、心から謝っていない。俺様、そういうのが分かっちゃうんだ。あの目は謝ってない。
「騙されんぞ! 俺様の心を見透かす目を持ってすれば、腹心の反意を見通せるようになるのだ」
「できれば刺された時点で気が付いてください、魔王様」
「ぐ、口の減らない腹心だ」
「かしこさが減りきった魔王様に言われても」
一触即発。
この嫌な雰囲気を吹き飛ばしたのは、愛する妻の声だった。
「あなた様。もうおやめになってください」
2人の子供に母乳を与え終えた愛する妻が、豊満な胸を仕舞いつつ俺様を窘める。少しは妹のである腹心にも注意してほしい。
「し、しかしだな、その2人が成長して、いずれは俺様をーー」
「だから、言ってるでしょう。家庭に仕事を持ち込まないでって」
「い、いやだからだな、俺様はオマエの夫だぞ? 旦那だぞ? それがいつか息子と娘に殺されるんだぞ?」
「だからよ」
愛する妻は、輝く聖母の笑顔で俺様に言い放つ。
「たとえ勇者であろうと、仕事を家庭に持ち込ませんわ」
短いですが思い付きで。
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