花葬
「私は鈴蘭が好きなんです。」
彼女は微笑んだ。花よりも可憐で、美しい彼女は沢山の花の花束を抱いていた。
「鈴蘭ですか、僕も好きですよ。」
彼女は小さな花屋の店員だった。小さな頃、母と父を亡くした彼女を支えてくれたのは美しい花たちだった。花が好きで、愛情を注ぎ、花の手入れをしている彼女の姿が僕の心を打ったのだった。
鈴蘭か、と僕は考えた。確かに、鈴蘭は素敵だ、小さくて可愛らしくて、まるで彼女の用で。‥‥だが、しかし。
「知ってましたか?」
彼女は悪戯っぽい微笑みで僕を見た。
「何をだい。」
「鈴蘭って‥‥。」
彼女は僕の耳の元でそっと囁いた。
「‥‥そんなハッタリ‥‥。」
「ハッタリじゃないですよ。私のおばあちゃんに聞いたんです。」
「おばあちゃん‥‥って、それおばあちゃんの悪知恵だろ?小さかったお前をからかっただけだよ。」
「違いますから!」
僕らは笑い合った、二人で。僕はそれだけで幸せだったんだ。彼女と他愛の無い話をしながら、ただ笑い合うだけで。
実を言うと、僕らはただの知り合い程度の関係で、僕が彼女に一方的に好意を抱いているだけであった。
それは、ある日の午後。よく晴れた、彼女の好きな青空が広がっていた日だった。警察が僕の所へやって来た。僕は言われるまま、警察についていくと、そこは警察の霊安室だった。
「えっ‥‥。」
「彼女は、貴方への手紙しか持っていなかったんです。なので‥‥。」
彼女には遺族がいなかった。そう、彼女には何も無かったのだ。
「‥‥‥しばらく、二人にさせてくれませんか。」
僕がそういうと、一緒に霊安室に入ってきた刑事らしき人は部屋を後にした。
僕は、すがり付くように彼女の手紙を抉じ開けた。
『貴方宛の手紙を書いたのは、私には思い当たる人が貴方しかいなかったからです。私には、恋人がいました。恋人は、もう遠い昔に天国へと旅立ってしまいました。今日は、その人の命日だったのです。私は、一生その人しか愛さないと心に決めて生きてきました。この思いを忘れるくらいなら、いっそのこと死んだ方がいいと思うくらい。
ですが、私は貴方に会ってしまった。貴方の優しさが、貴方の微笑みが私を苦しめました。私には、‥‥私には、限界だったのです。私は生きていると、貴方を愛してしまう。いくら離れても、貴方を忘れようとしても、私はどう足掻いても貴方を愛してしまう。限界が来たのです。
私は、あの人を忘れない為に、貴方を愛さない為に、最後の悪足掻きをします。‥‥貴方にお教えした通り、鈴蘭畑の中で眠り、私は息を引き取ります。貴方は嘘だと言ったけど、私は鈴蘭畑で眠り、鈴蘭に殺されて死ぬのです。あの人が愛した花、鈴蘭に思いをよせて。
‥‥貴方が私を大切に思っていてくださったことは知っていました。本当にありがとうございました。私は貴方と出会えた事を幸せに思っております。私の遺体を、ご迷惑かとは思いますが、貴方の好きなようにしていただければと思います。勿論、見捨てても構いません。
最後になりましたが、私は、自分自身を此処まで追い込むほどに、貴方を愛していたのです。』
手紙は、そこで終わっていた。‥‥僕は、僕は。僕は笑うしか無かった、笑うしか無かったのだ。
僕は彼女の遺体を引き取った。警察もそれが彼女の遺言だと言って、許してくれた。
そして僕は、彼女の遺体を棺にいれた。大量の赤い花と一緒に。
「だって、君には白い鈴蘭よりも、赤い赤い花の方が似合っているよ。」
僕は笑うしか無かった。泣いて、鳴いて、哭いて、啼いて、そして笑った。
(貴方はまるで芥子のように、僕を惑わせて狂わせて、破壊した。)