水葬
(肉体を崩さないように沈めてね)
「何この大きな水槽。」
僕が彼女の家に行くと、大きな水槽が部屋を占領していた。もともと、彼女の部屋には彼女が寝るパイプベッドと、其処まで大きくはない本棚があるだけだった。
「いいでしょ、ネットで安かったの。」
彼女はニコニコと笑いながら、僕に言った。それにしてもこれはこの部屋には大きすぎる。
「何に使うんだい?魚でも飼うのか。」
彼女はクスクスと笑い、イイエ、と答えた。
「私、もう少しで死ぬのよ。」
「‥‥‥は?」
「だから、その準備なのよ。」
彼女は黒い長い髪を揺らして僕の後ろから抱きついてきた。
「私、死んだら水に帰りたいの。」
「意味わかんないよ。」
「そうかもね、けど貴方ならわかってくれると信じているわ。私には貴方しかいないのだから。」
1ヶ月後、彼女は急死した。
彼女には家族はいなかった、友達も親戚もいない。僕は彼女の葬式を一人で行った。
彼女の部屋に陣取られた、水槽にたっぷりの水をいれて、彼女の遺体を、沈めた。痛めないように、傷つけないように。
「おやすみなさい。」
彼女は水に帰りたかった。
だが彼女の死体は、何年たってもその水槽の中で綺麗に残っていた。腐らず、痛まず、まるで僕を呪うように。
(相変わらず、君は言葉遊びが好きなようだね。)