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6. 黒島 哲平


黒島 哲平、通称テツと俺は所謂幼馴染みってやつだった。

17年前、俺が生まれて半年くらいした頃に緑里を授かっていることが分かり、松野一家は引っ越しをしたらしい。

その引っ越し先がテツ、黒島一家が住んでいるハイツだった。


ご近所付き合いってやつで、そこそこ母さんとテツの母親は仲が良かった。

そして、そのハイツで唯一の同い年で男だったテツと俺はすごく仲が良くなった。

よくお互いの家を行き来して遊んだ。

俺はアウトドア派で、テツはどちらかと言うとインドア派。

所々気が合わなくて喧嘩もしたけど、テツといるのが一番楽しくて、いつも一緒にいた。

多分テツも俺と同じように思ってたんだと思う。

気は合わなかったけど、性格の相性がすこぶる良かった。

今でもあの頃に戻れたら、と思う瞬間はある。


しかし、松野一家と黒島一家の間に距離があく出来事があった。

それが父さんの死だった。

俺が11歳のとき、突然の事だった。

よく理解が出来ず、とにかく大泣きする緑里を抱き締めてたことだけは覚えている。

最もショックを受けたのは間違いなく母さんだった。

その後家計が厳しかったのか、それとも家族みんなで過ごしたあの家での出来事を思い出すのが辛かったのか、俺たちは引っ越した。

テツの父親と父さんは仲が良くて、よく二人で釣りに出かけていたし、家族ぐるみでの付き合いだった。

だからか、どうしても母さんはテツの話をすると、泣きそうな顔をする。

そしてそのことに気がついて、いつも謝る。

ごめんね、母さん弱くてごめんね。

そう、謝る。

父さんを思い出しているのだと気づくには時間がかからなかった。

今では年賀状での付き合いがある程度の仲で、母さん同士が会っているようには見えなかった。


そんな出来事を経ても、俺とテツは仲が良かった。

俺は母さんの前でも、緑里の前でも、葬式のときでさえも一滴の涙も流さなかった。

だけど、それは理解ができてなかったからで。

ただ泣く二人を守ってやんなきゃと思ってただけで。

それでも辛かった。悲しかった。寂しかった。

俺がこっそり泣くようになると、いつもテツが隣にいて背中をさすってくれた。

時には父さんがするように抱き締めてくれた。

テツは俺よりも小さくて、頼りない腕だったけど、すごくすごく安心した。


成長するにつれて、母さんには内緒でテツと遊ぶことが増えた。

だって母さんが寂しそうだったから。

緑里は父さんが死んで、随分大人しくなったようだけど、俺がどこに行くのも着いていきたがった。

それでも緑里を置いて、こっそり遊んだ。

男同士の方が気が楽で、それに俺にとってテツは特別で、年下の緑里を連れて行って、テツが緑里の面倒を見るのが少し面白くなかった。


中学に入ってから新しく友達が出来た。

すごく気が合って、一緒にいると楽しかった。

そしたらテツといる時間は少しずつ減ってきて、だけども俺とテツは“幼馴染み”らしく仲が良かった。

ただそれも中学2年の冬までだった。


学校ではテツは俺といるか、一人でいるかという極端な生活を送っていた。

どうにも人見知りが激しいらしく、他人とは必要最低限しか喋らなかった。

そんなところがクールだなんだと女子にウケて、モテ始めた。

なんだかそれも面白くなくて、一緒にいる時間が更に減った。

だけど2年のときのクラス替えで俺とテツと、それから特に仲の良かった青山 雅が同じクラスになり、少しずつ3人で過ごすようになる。

最初は下校から、最後には3人でゲームもしたし、旅行の計画だって立てた。…まあ結局、旅行に行くことはなかったのだけど。


テツは昔より随分と無口になっていたけど、それでも雅とは仲が良さげだった。

俺は雅とも仲が良かったけど、テツの一番の友達は俺だと自負していただけに少し、いや、かなり面白くなかった。

一度だけテツにそのことを言うと、嬉しそうに破顔して昔みたいに抱き締めて背を撫でてくれた。

なんだか誤魔化されたようで腹が立ったし、嫉妬してる自分に気がつくと女々しくて嫌になった。

その頃にはテツは俺と同じくらいの大きさで、これも面白くなかった。


そして2学期の終わりが近づいてきた頃、その頃にしては珍しく俺とテツは二人きりだった。

そんなときにテツは言ったのだ。

俺、好きな人が出来たかも、なんて。

そういうのに疎いだろうなと思ってたし、とにかく意外で面白がって、誰?誰?と何度も聞いた。

俺の詰め寄りようは子供のじゃれ合いのようだと笑われてムッとした。

でも、テツが笑ってたから気分が良かった。


「なあなあ、そんでテツの好きな人って誰だよ。教えろって」


「だーかーらー!言わねえっつってんだろ」


「好きな人いるって言った時点で、そこまで言うのは必須だろ!」


「いるじゃなくて、出来たかもだし!

しかもラン口軽いじゃん。やだよ、絶対言わない」


「言えって、なーなー!絶対誰にも言わないから、絶対絶対秘密にするから!お願い!お願いします!」


頭まで下げるとは予想外だったらしく、テツは慌てて俺に顔を上げさせた。


「わ、分かったからやめろって」


「マジ!?誰誰誰!」


「…引くなよ?」


「うん?」


いっそ聞かなきゃ良かったのに。

知らなければ良かったのに。


「俺、雅のこと好きかも」


は?ってなった。

またしても俺はすぐには理解できず、固まった。


「うん、や、きもい、よな…」


「え、あ、そんなことないけど、」


「本当か?」


適当に返事すると、テツはまたしても嬉しそうにはにかんだ。

俺が意味を理解したのは家に帰って、一人きりになったときだった。


きもちわるい。

無理。

そんな言葉が浮かんでは消えていく。

テツはオカマだったのだろうか。

よくテレビで中学生くらいに意識したとか何とか言っている人がいる。

何を意識したって、自らが性同一性障害であることに。

…無理だ、想像できない。

真っ赤なルージュを引いて笑うテツが。

男のくせに男が好きだなんて、ただのホモじゃん。

きもちわるい。気持ち悪い。

裏切られたような気分だった。


それでも“そんなことない”と言った手前態度を変えるわけにもいかず、出来るだけ今まで通り過ごしてきた。

雅を見つめるテツの目が、雅に触れるテツの手が、雅のことを話すその声が、酷く気味悪く思えてならなかった。

テツと二人になるのが嫌だったけど、二人になると決まって雅の話をした。

テツはオカマなの?って聞くと、不機嫌そうに違うと言われた。

それならテツはホモなの?と聞いたら、それも違うと答えた。

よく分からなかった。でも、分かりたくなかっただけなのかもしれない。


大抵俺とテツなら、俺の方が体温が低くて、テツは高体温だった。

冬の寒い日はテツの足の上に足を重ねて温もりを何度も感じたものだった。

毎回テツは嫌がるけど、退かしたりはしなかった。

ただこの冬だけはどうしてもそんな気になれなかった。

テツが俺に触れることに不快感を抱くようになってからは少しずつ距離ができた。

雅はそんな俺とテツの微妙な空気に気づいていたのか、いなかったのか。いつも俺の傍にいた。

つまりは当然のことながら、テツは一人になっていった。


そんな日が1週間くらい続いて、ついにテツは動いた。

前々から家には来るなと言っていたのに、俺ん家の前で待ち伏せされていた。

母さんが来たらと思うと、むくむくと文句が出てきて、だけどそれを言うのも憚られた。

ただお互いが無言で突っ立っていた。


「…らん、」


「なに」


「ラン、」


「…だから何」


「ごめん」


「何が」


「…やっぱ俺、きもいよな」


寂しそうな、悲しそうな。

目を伏せると、長い睫毛が際立った。

なんだかその姿に再びイラッとした。


「雅には?言ったの?」


「言ってない」


「…そっか」


イライラした。


「言ってもいいの?」


「なわけないだろ」


「なら、言ったの?とか言うなよ」


「それは…、」


「前はああ言ったけど!」


テツの言葉を大きな声で遮った。

コイツは俺よりも口が上手いから、口喧嘩で勝てた試しなどないのだ。


「前はああ言ったけど、俺やっぱ無理」


「…そうか」


「男同士なんて変じゃん」


「だな」


いつになくしおらしいテツに余計に腹が立つ。

俺だけが子供と言われているようで、ああ、むかつく。


「お前さ、男が好きなんだろ?」


「別に雅が男だから好きとか、そういうわけじゃない」


「じゃあ何なわけ!?お前さ、俺のこともそーゆう目で見てたんじゃねーの!?すっげー裏切られた気分なんだけど!」


「っ見てない!!

ランは親友だし、そんな風に思ったこと一度もない!

お前のこと裏切る気なんて一つもない!!」


「ならやめろよ!雅好きなのやめて、雅に二度と関わんな!!」


「っな、おま、なんでそんな極端なわけ?

第一お前への裏切りと俺の気持ちは関係ないだろ!」


「だから、――――きもいんだって!お前」


久々に声を張り上げて喧嘩した。

もう長いこと喧嘩なんてしてなかったから。

だけど、言っていいことと悪いことがある。

それは分かってた。テツが傷つくのも分かってた。

分からないほど子供じゃなかった。

たくさん傷つける言葉を吐いたが、それでも言い返してきたから平気なのかと思った。

それが余計にムカついて、言うつもりのなかったことを言ってしまった。

その瞬間、テツはひどく傷ついたような顔をして黙ってしまった。

居心地が悪くて、更に俺は喚いた。傷つけた。

そして最後に、言った。


「消えろよ!!もう俺にも雅にも近づくな!

テツなんか、お前なんか親友じゃねえ!!」


今まで俺の罵声に言い返してきてたテツの目に涙が浮かんだ。

テツの涙を見るのは小さいとき以来で、ああ、言い過ぎたと気づいた瞬間でもあった。






苦い思い出がある。

テツとの記憶は何一つとして思い出したくない。

楽しかったこともあるけど、どうしても最後はあの瞬間に戻ってしまうからだ。

いつも自己嫌悪で苦しめられる。

あそこまで言わなくても良かったんじゃないか。

同性愛ってだけで辛いだろうに、勇気を出して俺に打ち明けたテツに対して、あれこそ裏切りじゃないのか。

俺は、ほんとは、

テツと雅が今以上に仲良くなって、一人になるのが怖かっただけじゃないのか。

多分きっともっと別のやつを好きだと言われていたら、見守ってやれたと思う。

申し訳ないと思うのに、いつまで経っても謝らず、あわよくばこのまま忘れてしまおうとしていた自分をたった今、思い出さされた。


あのあとテツは俺の言葉通り俺たちには近づかなくなったし、その後はいつも一人だった。

どういう偶然か、3人とも同じ高校に入学してしまったものの、あれ以来口を利いてないのは相変わらずだ。



「黒島 哲平は、お兄ちゃんに強い恨みを持っているの」



その言葉は、最も聞きたくない言葉だった。




閲覧ありがとうございました!


説明回として埋まってしまいましたね…。

本当はもっと短くする予定だったんですが。


予告短編バージョンとは少しずつ異なっています。

藍と哲平の決別時期の変更(合わせてシチュエーションも少し変更)

前話だと緑里の前世が変わってます。

予告のない変更、すみませんでした。


20150308 夏野 五朗

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