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5. “前”と“今”


非常に長いため、お時間がたっぷりあるときにお読みください。




ぶるりと震えて、頭の中が真っ白になる。

言葉も出ない俺に緑里は続けた。


「あの、これってどういう状況なんですか?」


そんなの俺が聞きてえよ。

これって何、記憶喪失ってやつ?


「お兄さんは…誰なんですか?ランラン、ではないですよね。流石に」


少し冷静になったらしい緑里が俺に敬語なんか使っちゃってる。

いやいや、お前そんなキャラじゃないでしょ。

何これ、どういうこと?

あれ、こういうときってどうすればいいんだ?

ググればいいのかな。


「さっきからお前何言ってんの?俺はお前の兄貴の松野 藍だろ?」


「……えっと、」


「うん、なに?」


「あの、私は、」


わたし?

お前の一人称は緑里だったじゃん。

子供のときからずっとそれで、子供っぽいから直そうとしてるのに、中々直せなくて。

わたしなんて言うほど大人ではなかったじゃん。


「その、兄弟はいなかったように思うのですが」


「っ何馬鹿言ってんだよ!緑里は俺の妹じゃん!俺は、お前のお兄ちゃんなの!」


「そ、そんなこと言われたって!!

私、松野 藍なんて名前の知り合いいないですし!

貴方みたいなイケメンなお兄ちゃんはいないんですよ!」


「なっ、…緑里、お前、ほんとに忘れちゃったの?記憶喪失ってやつ?冗談とかなら、今だったら許してやるから。なあ、ほんとのほんとに…、」


「記憶喪失じゃないです」


段々と涙声になる俺とキッパリと言い切る緑里。

なんだかいつもと立場が逆だ。

どういうことなの、ほんとこれって。


「貴方と、松野さんとどういった事情で一緒にいるのかは分かりかねますが、とにかく帰らせて頂いてもよろしいでしょうか?」


「帰るってどこにだよ」


「勿論私の家に」


「っ、緑里の家はここだろ!」


「そもそも私、緑里じゃないんですってば!何か勘違いしてませんか?

っていうか、これって拉致ってやつですか?

こんなおばさんどうするつもりなんですか!?」


「おば!?」


突っ込みどころがありすぎて、…ああ、もうどうしよう。

緑里が緑里じゃないとか、拉致とか、お、おおおばさんとか!!!

何言ってんの?何が言いたいの?

緑里、どうしちゃったんだよ…!!


段々と熱が出たときみたいに頭がぼーっとしてきて、何も考えられなくなる。

駄目だ、こういうときこそ兄貴の俺がしっかりしなきゃいけないのに。

そうだ、病院、病院に連れてかなきゃ。

そっと床に落ちたスマホに手を伸ばす。

俺の手の動きを追って見ていた緑里の視線が不意に止まる。


「これって、」


それは俺が贈ったバースデープレゼントで。

ああ、そういや緑里が倒れた瞬間、こいつも落ちてたんだっけか。


「パレ恋のネックレス…?」


「ぱれこい?」


ぱれこい?ぱれこいってなんだ?ブランドか?

残念ながら、よく分からずに買ったから正解は分からない。

ただ店の名前はもっと違った名前だった気がするけど。


俺が緑里のために用意したものはネックレスだった。

お洒落に興味がないわけじゃないだろうけど、そういったアクセサリー類を1つも持っていなかったから。

緑里が私立の女子高に進んで、困窮とまではいかないものの家計は常にキツキツ状態ってことが原因だったのかもしれない。

だから、遠慮してこれが欲しいだとかあれが欲しいだとか言えなくなったのかなと考えていた。

そんなわけで女友達にも相談して、最近人気らしいネックレスをバイト代で買った。んだけども。

これを見た瞬間にぶっ倒れたこともあって、なんだか縁起悪い気がしてきた。

返品って出来るよな?使ってないし。


「~~っ、」


「緑里!?どうした!?頭痛いのか!?」


突然こめかみをぐっと押さえて顔をしかめる。

テレビとかでよく見かけるその仕草を緑里がするだけでこんなに心配になるとは思わなかった。


「っ、あああ」


「緑里!?」


ガチャリと玄関の方から音がしたのと同時に、緑里は再び意識を失った。






そこまで心配しなくても平気よ、と母さんが言った。

それでもなんだか酷く恐ろしいことが起こるような気がして、眠れなかった。

きっと帰って来て倒れてる緑里を見た母さんの方が心配だろうし、驚いたと思うけど。


緑里には高い熱があって、だけど恐らく風邪だろうと母さんは言う。

でも俺にはそうは思えなかった。

もしかしたらとんでもなく深刻な不治の病なんじゃないだろうかって思うと泣いてしまいそうになる。

明日は母さんは8時からの日勤だからってもう寝てる。

もう少し心配してもいいのに。でもハードなシフトなんだからしょうがない。

それに母さんは俺たち兄妹のことを未だに風の子だと思ってる節があるから、今回も問題ないと思ってるんだろう。

サラサラの髪をすくように撫でる。

机の上にあるハートのチャームが通ったネックレスをチラリと見るが、格別変わったことはなく、緑里が倒れたり頭を痛がったのはやはり偶然なんだろう。

そろそろ朝が来る。




母さんが仕事に出掛けて、学校に休みの連絡を入れた。

成長期男子としては当たり前の欲求で、ご飯はガツガツ食べたものの、それ以外は緑里にべっとりくっついていた。

中々目を覚まさない緑里に不安を覚えつつ、昼の3時を回った頃だった。


「お、兄ちゃん…?」


緑里がようやく目を覚ました。


「緑里!!!大丈夫か?どっか痛くないか?」


「ごめ、水ちょうだい…」


「あ、そ、そうだな!」


声が掠れている。

そういや長いこと寝てたんだもんな。


「お兄ちゃん、」


「ん?」


「…お兄ちゃん」


「どうしたんだよ」


「私…、あの」


言いにくそうに目を伏せる。

水を差し出すとお辞儀して受けとる。

家族間とは言え、親しき仲にも礼儀ありの姿勢を貫く緑里はいい子だなと思う。


「昨日、びっくりした。大丈夫か?病院とか行くか?」


「ううん、いい。平気」


「そっか」


「……、」


「……、」


何とも言えない空気の中、ついに耐えきれずに口を開いたのは俺の方だった。


「緑里は、昨日のこと覚えてるか?」


「……、」


「…覚えてない?」


「いや、覚えてる、けど」


「うん」


「……こんなこと言ったらどうしたって思われるかもしれないんだけどね、」


「うん」


「ネックレスを見た瞬間、身体中に電撃が走った気がしたの」


「え、」


「そしたら全然思い出せなくなっちゃって」


思っているほど深刻ではないけど、それでも頭を抱えずにはいられない事態だ。

今は普通に話してるし、一時的な記憶喪失だったんだろうか?

いや、でもそんなことってあるのか?


「お兄ちゃん、私、あの瞬間は『緑里』じゃなかったんだよ」


「どういう、ことだ…?」


「“前”の記憶しかなくて、“今”の記憶がなかったの」


「前?今?ちょっと意味分かんねえんだけど」


「うん、だよね。っていうか、こんなこといくら兄妹だからって話すことじゃないよね。

どうせ信じられないもの。黙ってた方が良かったのかもね」


寂しそうに言うが、どこか嫌味っぽく感じて少しイラッとする。

緑里はこんな言い方をしない。

いつだってストレートな物言いで、こんな回りくどくない。

緑里は「あの瞬間」だけが自分ではなかったと言うが、俺には今も違うように思えてならなかった。


「緑里、ちゃんと話せよ」


「…そんなに難しい話じゃないの。ただ思い出しただけなの」


キョロリと辺りを見回して、やがて“何か”を見つけたらしい。


「あれ、あれ見て」


緑里が指差したのは、ネックレスだった。


「あれを見て思い出したの。

1度目は前世の記憶を。2度目は今世での記憶を」


「前世?前世って、あの前世?」


「うん、私が生まれる前に過ごした人生の記憶」


「、」


「ネックレスを2度見てから、細かい記憶…個人情報とか詳しいのは忘れちゃったんだけど。

でも、あの時は完全に私じゃなくて、前の人だった。

今は“緑里”の人格が戻ってきたの」


納得できるような、できないような。

つーか、そういうのってマジで有り得んの?

ドラマだけの話じゃないの?


「緑里、は、今もなんか違う」


「え?」


「雰囲気とか、喋り方とか。前世とかほんとにあんのか知らねえけど、でも、…緑里、変わった」


そう言うと、緑里の瞳はじんわりと涙の膜が浮かぶ。

と思ったら、ぎょえっと内臓が飛び出そうなくらいきつくきつく抱きつかれた。


「お兄ちゃん、お兄ちゃん」


こうしていると前と同じだ。

つむじが、やっぱり愛しい。

俺の大事な、大事にしている妹だ。


「嬉しい、嬉しいよ…」


「何が?」


「気づいてくれて、嬉しい。本当に嬉しい」


んなこと言われましても。

誰でも気づくんじゃないのかと思いつつ、いや、もしかしたら家族だから気づいたのかと感じ始め、まあ、緑里が喜んでんだからいっかという考えで落ち着いた。


「緑里、あのさ、聞きたいことあるんだけど」


「なに?」


やっぱり返事の仕方一つでも全然違う。

前世だとか信じていいのかはよく分からない。

もしかしたら俺が帰って来るのが遅くて意地悪してやろうって魂胆なのかもしれない。

でもだけど、それならいつまでこの茶番は続くんだ?

緑里の言うことなら何だって信じてあげたいし、味方になってやりたい。

それでも、今回のはあまりにも信憑性に欠けているのだ。


「なんでネックレス見て思い出したんだ?」


いや、仮に誰も、俺でさえ信じられないような事実も俺は信じなきゃいけない。

だって俺はお兄ちゃんだから。

妹のことは誰より信頼して、守ってやらなきゃいけないから。

だから、だから。


「信じてくれるの…?」


俺は、信じなきゃ。


「勿論だ」


グニャリと何かがまた一つ歪んだ気がした。





「本当は私、生まれ変わったこと、つまり転生したこととか言うつもりなかったの」


「うん、」


「起きてすぐでも分かった。だっておかしいでしょ?有り得ないでしょ?

でも言わなきゃって思って」


「うん、」


「…あのネックレスは前世で見覚えがあったの」


「え?」


「ううん、ネックレスだけじゃないな。

正確には松野 藍のことも、―――――黒島 哲平のことも知ってた」



思わず、息が止まった。






閲覧ありがとうございました!


ある方より助言をいただき、サイトへのリンクを取り消すことになりました。

その関係で、いただいた拍手の返信を活動報告にてさせていただこうと思います。

大体小説の更新の後に書いているので、小説の話をだらだら話してしまう可能性が高いですが、覗いてやってくださいませ。


次の話は今夜9時に予約投稿させていただきます。

それに合わせて活動報告を書く予定です。

そして、次の話は今回よりも長いので時間がないときに見るのは控えたほうが良いかもしれません。


20150308 夏野 五朗





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