軽い酒宴
お酒に弱い人は、おちょこ一杯でも結構酔うということを竜也は学んだ。
「うーん、やっぱ早苗にはキツイか」
竜也の隣には横になって寝ている早苗がいた。おちょこ一杯でこうなるとは竜也は全く想像してなかった。
「ちょーと普段よりキツイだけなんだけどねぇ」
「私たち神様からすれば水なんだけどねぇ」
「そもそも未成年にお酒飲ませちゃ駄目だと思うんですけど」
「何を言ってるの。幻想郷に『未成年』なんて言葉はないわよ」
「さあお飲みなさい! そして大人の階段を駆け上がるのよ〜」
「早苗さんの二の舞になるのはごめんなので飲みません」
竜也はおちょこを受け取り拒否しながらお茶を口に入れてガードする。神様二人はあれこれして竜也に酒を飲ませようとするがしばらくして諦めた。
諦めたのを確認してから竜也はお茶を飲み干す。
「しかし、竜也も大変だったんだね。知ってたら一時的に外に帰って手助けも出来たんだけど」
「いや、何するつもりなんですか?」
「闇金の所行って祟ったり?」
「御柱を事務所にぶち込んだりくらいはするかもね」
「くらいじゃすまないんですが・」
「早苗は雷落とすかもしれないし、それに比べるとだいぶ有情だも思うんだけどね」
「闇金の人達死にませんかそれ?」
そんな感じに雑談しながらご飯を食べていると、コンコンと扉を叩く音がしてきた。
「こんな時間に誰が?」
「妖怪からすれば夜が本番なんだけど、最近は皆昼型だし」
「私が行ってくるよ。神奈子は座ってて」
よいしょっと言いながらカエルの帽子を被り諏訪子は玄関へと向かう。
シーンという音が聞こえそうなくらい部屋が静かになる。神奈子は何かを言おうとして口をパクパクさせている。
「神奈子さん?」
竜也が話しかけると、神奈子は突然頭を下げてきた。
「ごめんね竜也」
「え? 何が、ですか?」
「竜也を独りにさせてしまったのは、私のせいだからね」
「……ああ」
神奈子のその言葉で、竜也は諏訪子の話してくれたことの内容を思い出す。
神奈子は、早苗や諏訪子に相談することなく、この幻想郷に神社を移動させたのだ。
神奈子は少しだけ頭を上げて口を動かす。
「早苗には、私たち二人にはない選択もあった。一緒に幻想郷に来るか、それとも残って普通の人間になるか。その選択を、私は自分の都合で消したのよ」
そこで一息ついて神奈子は続ける。
「はっきり言って怖かったのよ。早苗が自分について来てくれなかったら、家族と離れることになったらどうしようって。その感情に気付いた瞬間、私は二人に何も言わずに神社ごと幻想郷に移住する決意をしたわ。竜也や信仰してくれていた数少ない人間の記憶を消し、幻とすることを」
顔を上げ、神奈子は自嘲気味の薄笑いを浮かべる。
「そんなに怖いなら、そもそも幻想郷に移住するのをやめれば良かったのに、そんな選択肢は頭に浮かばなかった。……本当にごめんなさい」
さっきよりも深々と神奈子は頭を下げてきた。
竜也は口を開かず、黙って神奈子の隣に移動して頭を無理やり上げさせる。
「竜也……?」
「別にいいですよそんなこと。ですから神様らしく気丈に振る舞ってください」
神奈子のおちょこにお酒を入れながら竜也は少し笑う。
「それに、これから助けてくれるんですからそれで帳消しにしましょう。昔のことを気にしてたら前に進むことも出来ませんから」
「……ありがと竜也」
そう言って神奈子は卓袱台の上にあるおちょこにお酒を入れて竜也に差し出す。
「いや、だから未成年……」
「固いねえ。ここは幻想郷だから、未成年なんてものはないのよ。それにお酒というのは古来から親交を深めるのに使われてきたのよ。そういった儀式のようなものだと思って飲みなさい」
「は、はぁ。じゃあほんとにちょっとだけ」
竜也はおちょこのお酒を少し飲もうとして、
「とうっ」
後ろから誰かにおちょこを傾けられて全部口の中に入れられた。
お酒が喉を通り、とてつもなく熱い。
「げぼっ! がはっごほっ!?」
「諏訪子〜? 今結構真面目な場面だったんだけど?」
「そんなお固いのはうちには合わないよ」
「まあそれもそうね」
「げぼごぼば!!」
竜也は慌ててお茶を飲もうとして、お酒の名前に目がいった。
『越後さむらい』
新潟県にある、アルコール度数46度のお酒だった。
「ばにのばじでんでぇずが!?」
「呂律が回ってないってレベルじゃないわね」
「子供にはキツかったかな」
「諏訪子。その見た目で言っても説得力がない」
二人が何か言ってたが竜也には何も聞こえない。妙に身体が熱い。
(早苗さん……そりゃ寝ちゃいますよね)
竜也の意識は、そこで途絶えた。